「どうしたの? ニヤニヤして。思い出し笑いなの?」
ときおり小さな笑い声を出している武蔵に対して、小夜子が拗ねたような表情をみせた。
「いや、なに。小夜子がはじめて来たときの、ちぢこまった姿を思いだしてな。ククク」
我慢できずに、バンバンと膝を叩いて大笑いした。
「やあな、お父さん。誰だって、初めてのお宅じゃ緊張するでしょうに。まして、赤の他人よ!」
口を尖らせて反論する小夜子に、「それが今じゃ、な!」と、武蔵が言う。
「今じゃ、って何のこと!」
「そう、尖がるなよ。美人が台無しだぞ」
「おかめで結構です」
ぷうーと頬を膨らませてそっぽを向いた。
当初は何かにつけて緊張感から顔を強ばらせる小夜子だった。
が今では、すぐに怒り顔を見せたり泣き顔を作って見せたり、先ほどのような拗ね顔を見せたりしていた。
そんな変幻自在の表情を見せる小夜子を眺めるのも、武蔵の楽しみの一つになっていた。
「お父さん、お茶にします? それともコーヒー飲みます?」
小夜子は武蔵を、お父さんと呼ぶことにしていた。
「あなた、はダメかあ?」と、武蔵がおどけてみせたが
「ダメ! お父さん、なの。それとも、以前のように、社長さんにする?」と、言い返した。
「分かった、分かったよ。社長では他人行儀すぎる。それでいいよ」と、矛を収めざるを得なかった。
小夜子の差し出すコーヒーをすすりながら、
「うーん、美味い! 小夜子も上手になったな。
初めの頃は、薄かったり濃かったりと、とてもじゃないが飲めた代物じゃなかったがな」と、相好を崩した。
「そりゃあ、そうよ。愛情たっぷりの、コーヒーだもの。
あっ、愛情と言っても違うからね。変な風に取らないでよ。お父さんに対する、愛情だからね」
「おうおう、それを言うか、小夜子は」。
快活に笑う武蔵に、小夜子は「そうよ、そうなの! お父さんは助平だから、勘違いされたら困るもんね」と、念を押した。
「どうだ、小夜子。一度、会社に顔を出さんか?」
突然に、真顔の武蔵が言う。
「会社に? あたしが?」
「ああ、顔合わせだ。小夜子に、俺の社長姿を見せるのもいいかな?と思ってな」
「なに、それって。惚れさせようって、魂胆かしら?」
「ハハハ、小夜子にはかなわん。すべて、お見通しか?」
「そうよ。お父さんの考えることなんか、お見通しよ、ぜんぶ」
腰に手を当てて胸を反らせる小夜子に、「お見それしました、元帥閣下」と、最敬礼の姿勢を武蔵が見せた。
「参りました、小夜子さま」と武蔵が発すれば「うん、分かればよろしい」と、ますます反り返る小夜子だった。
そろそろ外堀を埋めて、小夜子の心中に武蔵の伴侶になる心積もりを抱かせようと、考える武蔵だった。
会社に顔を出させることで、社員に対して小夜子を妻として認知させる。
そしてその空気を小夜子に感じさせる。必然的に、武蔵を男として意識することになる小夜子。
それを狙ってのことだ。
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