昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百六十九)

2022-10-06 08:00:39 | 物語り

“やっぱり見透かしていたか。ましかし、工房やら工人と懇意にしていてくれるのはありがたい。
こけしの職人を工人と呼ぶのは知らなかった。女将の人脈は、相当のもののようだ。
それとも案外、発展家なのか? 顔立ちからは想像もできないけれども”
きつね顔のほそ面で、浮世絵に多い顔立ちだ。
“ビードロをふく女に似ているんじゃないか。喜多川歌麿だったかな。
おれの好みとしては、丸顔の大っきな目なんだが。でもないか。
守備範囲は広いからな、女に関しては”

「失礼ながら、女将。あなたは素人さんに見える。仕事柄いろいろの宿を知っているが、、」
 武蔵の言葉を遮って、ぬいが笑みを見せながら語りだした。
「社長さまには包み隠さず申し上げますが、あたくし旅館経営などまったくの素人でございまして。
先代の女将が急死したものですから、やむなく後を継いだのでございます。
いち時は閉館とも考えたのでございますが、亡くなりました主人の遺言もございますし。
いえいえ、主人は病死でございます」

 武蔵にお茶を勧めながら、自身も口を濡らした。
「胸を病んでいたのでございますが、戦時中に他界いたしました。
戦地におもむくこともなく、肩身のせまい思いをしながらのことでございました。
そしてまた、主人を追いかけるように先代の女将が他界いすたしまして。
女将業の修行途中でございます。さぞや無念のことと思います。
ですが、残された方はたまりませんですわ」

 ころころと笑いながら話すぬい。暗さなど、微塵もみせない。
「あたくしの父は銀行員なのですよ。いまは退職して、悠々自適の生活を送らせていただいておりますけれども。
支店長時代に、この旅館に融資をしたことがありまして。
で、そのご縁で嫁いできたようなわけでございます。まったくの世間知らずの女なのでございます。
ですが、気持ちだけはありますの」と、意気軒昂だ。

「そうですか、女将ひとりでの切り盛りですか。まあ、こういった客商売では、女将の力が大です。
男なんて、髪結いの亭主同様に、刺身のつまみたいなものですよ。
表に出しゃばってくるのは、だめです。あくまで裏方に徹しなければ。
縁の下の力持ちの役割に甘んじなきゃ。あ、こりゃ失礼。故人におなりだったんだ。
失礼、失礼。一般論として話したつもりなんです。他意はありませんから」
 女将が後家だと知った武蔵、饒舌さに拍車がかかる。



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