昭和の恋物語り

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敬愛する 芥川龍之介 を語る (十一)

2020-08-03 08:00:48 | よもやま話
芥川の自殺の根拠は何か? これは、私の最後の課題だった。
芥川には神はないから、自殺を否定する大きな障害はなかった筈である。

「乃木将軍は武士道の為に死に、
 キリストは信仰の為に死んだ」

しかし、芥川はそんな思想や信仰の為に死んだのではない。
彼の精神が、現実に耐えられなかったのだ。
「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」の為に死んだのである。
誰にも責めることはできない筈である。
これをエゴイズムとののしる者はののしればいい、と私は強く言う。
少々主観的になりすぎ、走りすぎたことをここで詫び、次に、芥川の人格を語りたい。

芥川の倫理観・人生批評は、鴎外や漱石よりも世紀末的な色彩が濃い。
芥川には、社会の進歩を信じ人間の福祉を願う、明るい希望に満ちた思想はない。
逆に、いわばキリスト教の「原罪」に似た思想が彼の中に巣くっていた為に、終生厭世主義から免れることはできなかったのではないか。
その上に、芥川は鴎外や漱石よりはダンディであった。
芥川が、芸術に絶対の価値を置き人生の最高の事業と考える、芸術至上主義者として生きていたことは言うまでもない。

しかし、谷崎潤一郎の耽美主義とは異なったものであることも間違いない。
谷崎の道徳を完全にけ飛ばした享楽は、芥川にはない。
芥川の内部には、世間一般の道徳はないにしても、倫理的なものが、芥川自身の倫理的問題がでんと腰をすえていた。
そしてそれが、芥川の芸術の後ろ髪をひいていた。
そしてそれは、『地獄変』での、良秀の自殺にあらわれた。
その当時の芥川には、何の不安も動揺もなかった。
良秀を自殺せしめずにはいられなかった芥川は、悲しいかな、後年の自己の運命を予感したものといえる。


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