goo blog サービス終了のお知らせ 

昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[ブルーの住人] 蒼い情熱 ~ブルー・れいでい~ (十六)逡巡

2023-06-17 08:00:19 | 物語り

 少年が立ち上がった。
しかし逡巡はつづいている。
帰られるのだ、このまなにごともない顔をして帰ることができるのだ。
しかし少年の足は、あの女のもとにうごいた。
手足のない達磨のごとくにすこしの歩みではあっても、かくじつに少年の歩はすすんだ。
亀のようにのろい歩みではあっても、たしかに女の元へ。

 少年にはえいえんの時間のように感じた、その道のり。
話にきょうじるアベックたちの間のびしたこえが、少年の耳にとどく。
バンドの音楽も回転数をまちがえたレコード音のごとくに、間のびして聞こえる。
少年が立ち上がって、ものの五、六秒。
三つのテーブルさきに陣取っていたあの女が、いままさに目と鼻のきょりにいる。
そして階段も。

 「あのお……」
 少年は、自分でも信じられない程にたやすく女にこえをかけた。
つまりつまりながらも、少年が女に話しかけた。
いぶかしげに見あげる女に対し、せいいっぱいの真ごころをこめて話した。
つきそいの女の雑音にはまるで耳をかさず、ひたすら女にむけて発信した。
少年のあつい目線をさけてうつむく女にたいして、異国のことばでかたりつづけた。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿