昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (百八十三)

2022-01-12 08:00:42 | 物語り

 小夜子が社員から慕われるのは良しとしても、恋心を抱かれては困るのだ。勿論、小夜子がそれによって動揺などするわけはない。しかし、恋愛の対象として見られるのは我慢できない。あくまでも、小夜子奥さまとして奉られなければならないのだ。いみじくも事務員たちからこぼれた、お姫さまでなければならない。
「とに角、許さんぞ。小夜子に淫らな思いを抱く奴は、誰だろうと許さん。いいか、たとえそれが、五平お前でもだ!」
「大丈夫です、心配いりません。みんな、富士商会のお姫さまと思っていますから。竹田にしても、感激しているんです。あれほどに心配された小夜子奥さんに、です」
「そうか。なら、いいんだ。うんうん。お姫さまと言っているのか、みんなが。そうか」


 してやったり、の思いだった。一気に武蔵の相好が崩れた。どっかりと椅子に座ると、恵比寿顔だ。今の富士商会は独裁国家のようなものと感じていた。御手洗武蔵という絶対君主の下、一糸乱れぬ兵士だった。創業時はそれでいい。いや、そうでなけれは困る。右を向けと指示したときに、一人でも左を向く者が出たら混乱を来すことになる。一人でも不平を言う者が出れば、小さなことだとしても不満を抱く者が出れば、崩壊してしまうことになる。
 しかし現在の富士商会は、この界隈で名の通った会社となっている。この雑貨品を扱う業界でも名の通った会社として存在感を放っている。社員にしても、三桁の数字を窺うところまで増えている。こまで所帯が大きくなると、どうしても目の届かぬ所が出てくる。五平にも目を光らさせているが、小さなミスが発生している。在庫数の違いから得意先に迷惑をかけたことが、この半年で7、8回起きた。発注ミスによる在庫切れやら、逆の在庫増が起きた。口を酸っぱくして「小さなミスの積み重ねが大きなミスを呼ぶ。小さな金額だからと甘く考えていると、ドカンと大きな損失に繋がるんだ」と訓示しても、どうしても他人事と考えやすい。

 

 役職を作りそれなりの権限を与えても、小さなミスだと安心してしまいやすい。「社長に任せていれば大丈夫さ」。そんな緩みが蔓延し始めている。武蔵のご機嫌取りがはびこり、危うい情報がすぐには上がってこない。皆が武蔵を怖がり、畏怖の念を抱きすぎている。といって緩めるわけにもいかない。「俺が王なら、妃をつくればいい。妃を崇めさせれば、変わる」
 そして小夜子のお披露目となり、その狙いがぴたりとはまった。
「姫のために」。「笑顔が見たい」。「表彰してもらう」。
 それまでのピリピリとした空気が一気に華やぎ、活気溢れる富士商会に戻ることが出来た。



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