昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

ボク、みつけたよ! (三十)

2022-01-09 08:00:53 | 物語り

 少年には永遠の時間のように感じた、その道のり。
話に興じるアベックたちの間延びした声が、少年の耳に届く。
バンドの音楽も回転数を間違えたレコード音の如くに、間延びして聞こえる。
少年が立ち上がって、ものの5、6秒。
三つのテーブル先に陣取っていたあの女が、今まさに目と鼻の距離にいる。
そして階段も、ほんの1、2メートル先だ。
「あのお……」
 少年は、自分でも信じられない程に容易く女に声をかけた。
つまりつまりながらも、少年が女に話しかけた。
訝しげに見上げる女に対し、精一杯の真心を込めて話した。
付き添いの女の雑音にはまるで耳を貸さず、ひたすら女に向けて発信した。
少年の熱い目線を避けて俯くだけの女に対して、異国の言葉で語り続けた。

That’s Syougatsu!
やったね! ナンパに成功だあ。でもこれって、ナンパか?
たゞ、住所を聞き出せただけじゃないか。
midoriさん、いい名前だ。ピッタリだぜ、その容姿に。楚々とした風情だった、
連れの女は少しケバかったけど。
「止めなさいよ、midori! このひと、少しオカシイんじゃんないぃ」
 悲鳴を上げる豚のように、金切り声を上げた。回りの若者たちが一斉に彼に視線を送る。
彼には“ガンバレ、ガンバレ”と聞こえ、ケバい女は“カッコ悪う”と聞こえる。
「あなたをイメージして、詩を書き上げたんです、今。今度は、小説を書いてみたいんです」
 走り書きしたメモ用紙を見せて、彼女を納得させた。
「わたしも、詩を書いてるんです……」
 嬉しい言葉が発せられた。思いもかけぬ優しい言葉に、彼の脳内は爆発寸前になっている。
(ああ、なんて綺麗な声だ。ぼくの差し出したメモ用紙に、midoriさんが住所を書き込んでくれるなんて。もういい、明日が来なくても、この店を出た途端に車に轢かれても構わない)。

「知らないからねえ、あたし!」
 呆れ顔で、連れの女が言う。
「大丈夫! 詩を書く人に、悪い人はいないわ。それに、素敵よ、この詩。わたし、好きよ」
(にこやかな笑顔が、ホント眩しかった。これは、マジで頑張らねば・・)。
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花が咲いたよ 
パッと赤い花が 咲いたよ 白い花も 咲いたよ
ぶぁーっと お花畑いっぱい 咲いたよ

陽が照ってきたよ 
サッと 青い花が背伸びしたよ 緑の花も背伸びしたよ
わぁーっと お花畑いっぱい 背伸びしたよ

風が吹いてきたよ
ドッと 赤い花が踊ったよ 白い花も 踊ったよ
どぁーっと お花畑いっぱい 踊ったよ

水が撒かれたよ
ワッと 青い花が喜んだよ 緑の花も喜んだよ
うぁーっと お花畑いっぱい 喜んだよ

お花たちが言ってるよ
ありがとう!
うれしいな!
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 それなのに、もう一枚のメモ用紙に書かれた……
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何一つ不満のない生活━
愛する妻がいて、愛する子供がいて、
        絵に描いたような幸せな生活

ベビーシッターとして現れた、娘
妻との生活をエンジョイする為の、娘、の筈が……

男は、同時に複数の女性を愛せるものらしい
女は、どうなんだ?……

答えがかえってきた 
「冷めるわ!」

おお、恐あ!
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 幸せな時間に浸りきることができない、彼。常に二つの世界を思い浮かべる彼。
 どうしても、自身を信じ切れない彼なのか。



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