昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (三百八十八)

2023-09-12 08:00:03 | 物語り

「えっ!?」
 不意の小夜子のことばに、タキは驚いた。うっすらと涙をうかべる小夜子など、はじて見るすがただった。
「ごめんなさい、へんなこと言って。迷惑ですよね」
「とんでもない、小夜子奥さま。
うれいですよ、あたしは。勝子におしえられなかったことをね、おっぱいの飲ませ方やらおしめの変え方やら。
小夜子奥さまにおしえられて、あたしはいま、もうれつに感激しているんですよ。
小夜子さんが迷惑でなかったら、母親としてのつとめをね、はたさせてもらいたいぐらいです」

「じゃ、じゃあこれから、お母さんって呼んでもいい?」
「もちろんですよ、小夜子おくさま。こちらからお願いしたいぐらいです。
勝利なんか、ほんとに無口で。それにかえりもおそいですし、さびしくてね」
 はたから見ればなかむつまじい嫁姑に見えるふたりだった。
たがいのこころがしっかりと結びついて、あれほどに剣呑な表情を見せていた小夜子が、柔和な表情を見せるようになった。

「竹田さんに付き添っていただいてから、ほんと大人しくなったわね」
「そうなの、びっくりよ。助かるわ、ほんとに」
「でもさ。毎晩来る、竹田さんの息子さんちょっと良い男じゃない? それに優しそうだしさ」
「旦那さんの会社に勤めてるんでしょ? 将来の幹部社員だって」
「そうなの? それじゃあたし、アタックしよっかな?」
「ムリ、ムリ。あんたごときじゃ、釣り合いがとれないわよ。
それにもういるんじゃないの、恋人は」と、看護婦のあいだでかまびすしい。

「小夜子奥さま。いかがですか、お加減は?」
「お母さんのおかげで、順調よ。この分だと、すぐに退院できるんじゃない? 
武蔵に出張に出ないようにって、ね」
「かしこまりました、かならずお伝えします。
でも良かったです。大勢が押しかけるのはどうかということで、ぼくが代表して来ているのですが。
みんな、こころ待ちにしています。みんな、早く赤ちゃんを見たい見たいって、毎日まいにち大騒ぎなんです」

「そうね、お披露目しなくちゃね。でも、すぐはだめよ。
自宅に押しかけるようなことは、絶対だめだから。
どんな病気を持っているか、分かったものじゃないでしょ? 
竹田。あなた、大丈夫よね? 病気なんかしてないわよね? 風邪、ひいてないわよね?」と、しつこく詮索する。子を思いやる母のきもちを知った小夜子だ。
“憎くて遠ざけられたんじゃない、可愛いからだったんだ”

 廊下を咳してあるく者がいると、すぐさま赤子をしっかりと抱きしめる。
マスクすがたの看護婦が部屋に入ろうとすると、柳眉をつりあげてせいしする。
異常なほどの反応を見せる小夜子だった。
「そんなに神経質になることはありませんよ。
おっぱいの中にね、赤ちゃんをまもる強いみかたがはいっているんですよ。
お母さんが健康ならば、大丈夫なんですよ」

しかしタキのことばにも、これだけは譲らない。
「だめだめ、だめよ! あたしの赤ちゃんに病気をもちこむ人は、ぜったいに許さない。
たとえ武蔵でも、だめ!」
 その小夜子の頑固さに、医師もあきれはてて「過保護すぎるのも、赤ちゃんに良い影響はあたえないから。
ま、ほどほどにしなさい」と、さじを投げた。



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