昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(三十八)の七と八

2012-06-16 23:00:35 | 小説



“女? 立派な女? どういう意味だ?
加藤家を辞しているって、どこに、どこに移ったというのか。

僕を為にするための戯れ言か?
いや、叔父が、僕ごときに弄されるとは思えない。”

「嘘ではないぞ、確かなことだ。
嫁ぎ先に確認をしたことだ。」

「お、叔父さん。
嫁ぎ先って、本当ですか!」
思わず、語気鋭く詰め寄った。

「信じられない、そんなこと。
あれほど固く約束をしたんだ。

接吻までしての、約束事だ。
信じられない、断じて違う!」

源之助にというよりは、己に言い聞かせる言葉だった。

確かに不安はあった。
ひと言の連絡も入れていないのだ。
東京に着いたことすら伝えていない。

同じ街で同じ空気を吸いながら、己の気配すら感じさせていない。
缶詰状態の中で、日夜をプロジェクトに費やしてしまった。

「男をたぶらかして、その男の家に転がり込んだようだ。
キャバレーで煙草売りをする傍ら、男の値踏みをしていたようだな。」

勝ち誇った言い草だった。
多分に源之助の創作を入れながら、思い切り小夜子を貶めた。

「信じられない・・信じられない。
そんな方じゃない、誇り高い女性なんだ、小夜子さんは。」

何度もかぶりを振って、否定する正三だ。
しかし源之助は、畳み掛ける。






「会社経営をしている男だが、ころりと小娘に騙されよった。
ふん、小物だな。
雑貨品を扱っているというが、ちまちまとした小商いだろう。」

どうしても、武蔵を認めたくなかった。
政府筋ではなくGHQ絡みと分かった折には、
関わりを持ちたくない相手だと思った。

「信じられんか? だったら、自分の目で確かめてくればいい。
今度の休みにでも行って来なさい。
住所は、ここだ。」

源之助の差し出す便箋は、目に入らない。

「違う、違う。何かの間違いだ。
そうに決まっている、あの小夜子さんが。

僕を裏切る筈がない。
伯父さん、人違いじゃありませんか?」

すがるような正三に、源之助は厳しく宣した。

「いい加減にしなさい!
いつまでも、未練たらしいぞ。

お前も男だろう、笑って許してやれ。
独りきりの東京がどれほどに厳しいものか、まして女だ。

分かってやれ、正三。」


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