昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(三百七)

2023-01-12 08:00:31 | 物語り

「でもね、勝子。うちにいても、なにもできないよ。おとなしく寝てなきゃだめなのよ。
そんなの、いやでしょ? だから、もうすこし辛抱してちょうだいな」
「どうしてよ、どうして寝てなきゃいけないの? 
こんなに元気になってるのに。おかしいわよ、ぜったい。
それとも、治ってきてないの? 悪くなってるって言うの? 
お母さん、お母さん。先生に言われたの? 
『勝子さんはもうだめです。治りません。あとは死ぬだけです』って」
「な、何て事を言うの、この子は。えんぎでもないこと、言うもんじゃないよ!」
「そうだよ、姉さん。そういうことを言っちゃだめだよ。
やまいは気からって言うんだから」
「なによ、その言い草は。勝利! ほんとのことを言いなさい。
お姉さん、長くないのね? やっぱり死ぬのね?」

 金切り声が大きくひびいた。勝子の切実な思いが、はげしく竹田をなじった。
大きくふくらみはじめていた疑念の思いが、竹田に向けられた。
母親に対してはどうしてもいえないことばが、弟の竹田には言える。
そして竹田ならば、弟だからうそは言えない、いや言ったとしても勝子には感じとれるのだ。
「そうでしょ、そうなんでしょ。勝利! お医者さまからなんて言われたの!
正直に言いなさい。ほらごらん。なにも言わないのは、ううん、言えないんでしょ!」
 竹田に勝子が、はげしく詰め寄った。
「ばか! いい加減にしなさい。」
 母親の手が飛んだ。をがどっとあふれさせながら、平手打ちが飛んだ。

「親よりさきに死ぬのは、さいだいの親不孝だよ。
痛いかい、痛いだろう。生きているから痛いんだ。
でもね、ぶたれたあんたより、ぶったかあさんの方が、なん倍もなん十倍も痛いんだよ。
手が痛いんじゃないよ。こころが、こころがね、痛いんだよ。
かわいいわが子に手を上げるつらさが、痛さが、あんたに分かるかい!」
 そのことばは、勝子の胸にズシリときた。ふかくふかくつきささった。
慈愛にみちた母親のことばが、勝子をあたたかくつつんだ。
「でも、でも……。勝利のかせぎの大半が、あたしの病院代に消えてるし。
毎日の食べものだって、汁物とすこしの煮付けに、それからおしんこだけだし。
たまにでるお魚にしても、いわしの干もの一匹じゃない。
それにそれに、勝利は結婚もできないじゃないの。
あたしは、あたしなんか、竹田家のやっかい者なのよ」
 畳にワッと突っ伏すと、勝子の肩がおおきく波うった。



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