「でもね、勝子。うちにいても、なにもできないよ。おとなしく寝てなきゃだめなのよ。
そんなの、いやでしょ? だから、もうすこし辛抱してちょうだいな」
「どうしてよ、どうして寝てなきゃいけないの?
こんなに元気になってるのに。おかしいわよ、ぜったい。
それとも、治ってきてないの? 悪くなってるって言うの?
お母さん、お母さん。先生に言われたの?
『勝子さんはもうだめです。治りません。あとは死ぬだけです』って」
「な、何て事を言うの、この子は。えんぎでもないこと、言うもんじゃないよ!」
「そうだよ、姉さん。そういうことを言っちゃだめだよ。
やまいは気からって言うんだから」
「なによ、その言い草は。勝利! ほんとのことを言いなさい。
お姉さん、長くないのね? やっぱり死ぬのね?」
金切り声が大きくひびいた。勝子の切実な思いが、はげしく竹田をなじった。
大きくふくらみはじめていた疑念の思いが、竹田に向けられた。
母親に対してはどうしてもいえないことばが、弟の竹田には言える。
そして竹田ならば、弟だからうそは言えない、いや言ったとしても勝子には感じとれるのだ。
「そうでしょ、そうなんでしょ。勝利! お医者さまからなんて言われたの!
正直に言いなさい。ほらごらん。なにも言わないのは、ううん、言えないんでしょ!」
竹田に勝子が、はげしく詰め寄った。
「ばか! いい加減にしなさい。」
母親の手が飛んだ。をがどっとあふれさせながら、平手打ちが飛んだ。
「親よりさきに死ぬのは、さいだいの親不孝だよ。
痛いかい、痛いだろう。生きているから痛いんだ。
でもね、ぶたれたあんたより、ぶったかあさんの方が、なん倍もなん十倍も痛いんだよ。
手が痛いんじゃないよ。こころが、こころがね、痛いんだよ。
かわいいわが子に手を上げるつらさが、痛さが、あんたに分かるかい!」
そのことばは、勝子の胸にズシリときた。ふかくふかくつきささった。
慈愛にみちた母親のことばが、勝子をあたたかくつつんだ。
「でも、でも……。勝利のかせぎの大半が、あたしの病院代に消えてるし。
毎日の食べものだって、汁物とすこしの煮付けに、それからおしんこだけだし。
たまにでるお魚にしても、いわしの干もの一匹じゃない。
それにそれに、勝利は結婚もできないじゃないの。
あたしは、あたしなんか、竹田家のやっかい者なのよ」
畳にワッと突っ伏すと、勝子の肩がおおきく波うった。
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