生まれてこのかた、女と名のつく人種との会話といえば母親ぐらいの彼だった。
幼児期は「人見しりのはげしい子でして」。
小学生時代には「恥ずかしがり屋さんでこまりますわ」。
中学に入ると「愛想のない子でして」。
そして高校時代に、ゆいいつ訪れた機会をうしなってしまった。
通学時にバスが同じになる女子生徒が声をかけてきた。
ただ単に「おはよう!」という声かけだった。
「おはよう」なり「ああ…」とかえすだけでも良かったのだが、とつぜんのことに頭が真っ白になり、返事をすることもなく横をむいてしまった。
彼としては悪口雑言をあびせたわけでもなく、すこしの邪険な態度をとっただけじゃないかと思っていた。
しかし女子生徒にとっては、衆人環視のなかで受けた屈辱でありいたたまれないものだった。
わっと泣き出してその場にうずくまってしまった。
以来、彼に声をかける女子生徒はいなくなった。
“なんだよ、なんだよ、なんなんだよ。
そんなオーバーに泣くことないだろうが”
後悔の気持ちがわいてはきたが、「この間はごめん」とひと言あやまればすんだことなのに、彼ときたら。
「いよっ、色男!」。級友のからかうことばに、真っ赤になってしまった。
(無視しちゃえ、むし。彼ならきっと……)
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