五平の元に、警察から連絡がきた。
小夜子には伝えないでほしいとという、五平の要望を理解した警察のはいりょだった。
「自首してきましてね、本庁に。凶器のナイフも所持していました。
おとなしく捕まりました。あの手の犯罪者というのはにげまわるもんなんですがね。
犯人の名前は、太田和宏です。年令は、44歳です。心あたりがありますか?
出身がはっきりしないのですが、本人の言によると山陰地方だというんですが。
ただねえ、戸籍がねえ。本名かどうかも怪しいんですがねえ。
どうも筋者ではないようです、いわゆる特攻帰りというやつですな。
これだけははっきりとしています」
戦後の混乱期に帰国した者の戸籍については、中には怪しげなものもありはした。
外地で戦死した者の戸籍をかたる者がいたのは事実だったからだ。
「で、ですな。動機なんですが。本人は『天誅だ、てんちゅうだ!』とさけぶんですなあ。
義侠心にかられてのことだ、と。
なんかお宅、あこぎな商売をされているようですな。
『大杉商店の件だといえばわかる』と言ってるんですがな」
やはり日の本商会だった。起死回生の一手のつもりなのだろうが、悪手にはちがいない。
個人商店ならばいざ知らず、立派な会社組織なのだ。
社長不在だからとゆらぐことはない。ただ、不祥事としてとらえられることが困る。
社長個人のトラブルとして処理できれば、それに越したことはない。
あくまで、会社間のトラブルとしての報道はさけねばならない。
「で、ですな。新聞記者がうるさいんですわ。
詳細を教えろ、やいのやいの。そこで事情をお伺いしたいのですよ。
会社関係ならば加藤さんでしたかね、専務の。
もし個人的なことでしたら、もうしわけないが奥さんにでも」
どっちにする? 会社関係か、それとも個人間のトラブルとして処理するか? と迫ってきた。
どもこうもない。個人間のトラブルで処理することは決まっている。
しかし小夜子では、そこの所の打ち合わせができていない。
こんなに犯人逮捕が早いとは、想像だにしていない。
相手の作戦勝ちだ。下手をすれば同情による逆転だってありうる。
とっさの判断を迫られた五平、「個人の浮気です」と断じた。
思わず顔をあげた竹田の表情を読みとった警察官だったが、とりあえずの深入りはさけた。
富士商会という会社について検索をかけた結果、かつてGHQとつながりのあった会社だと言うことがわかったからだ。
下手につついて藪から蛇となれば、自身に難がおよぶ可能性もある。
ここは慎重に、なんらかの証拠があがってからのこととした。
「そうですか。それじゃ、もうしわけないが奥さんからすこし事情をおうかがいしますか」
竹田がそくざに反応した。
「お姫さまは、いまはやめてください。まだショックが大きくて。それに社長につきそわれていますし」
「社長とは戦友でしてね。女あそびは、わたしのほうが。
というより、奥さんはご存じないでしょうし」と、五平が話を引き取った。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます