昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~ (四百四)

2024-01-02 08:00:04 | 物語り

 五平の元に、警察から連絡がきた。
小夜子には伝えないでほしいとという、五平の要望を理解した警察のはいりょだった。
「自首してきましてね、本庁に。凶器のナイフも所持していました。  
おとなしく捕まりました。あの手の犯罪者というのはにげまわるもんなんですがね。
犯人の名前は、太田和宏です。年令は、44歳です。心あたりがありますか? 
出身がはっきりしないのですが、本人の言によると山陰地方だというんですが。
ただねえ、戸籍がねえ。本名かどうかも怪しいんですがねえ。
どうも筋者ではないようです、いわゆる特攻帰りというやつですな。
これだけははっきりとしています」

 戦後の混乱期に帰国した者の戸籍については、中には怪しげなものもありはした。
外地で戦死した者の戸籍をかたる者がいたのは事実だったからだ。
「で、ですな。動機なんですが。本人は『天誅だ、てんちゅうだ!』とさけぶんですなあ。
義侠心にかられてのことだ、と。
なんかお宅、あこぎな商売をされているようですな。
『大杉商店の件だといえばわかる』と言ってるんですがな」

 やはり日の本商会だった。起死回生の一手のつもりなのだろうが、悪手にはちがいない。
個人商店ならばいざ知らず、立派な会社組織なのだ。
社長不在だからとゆらぐことはない。ただ、不祥事としてとらえられることが困る。
社長個人のトラブルとして処理できれば、それに越したことはない。
あくまで、会社間のトラブルとしての報道はさけねばならない。

「で、ですな。新聞記者がうるさいんですわ。
詳細を教えろ、やいのやいの。そこで事情をお伺いしたいのですよ。
会社関係ならば加藤さんでしたかね、専務の。
もし個人的なことでしたら、もうしわけないが奥さんにでも」
 どっちにする? 会社関係か、それとも個人間のトラブルとして処理するか? と迫ってきた。

 どもこうもない。個人間のトラブルで処理することは決まっている。
しかし小夜子では、そこの所の打ち合わせができていない。
こんなに犯人逮捕が早いとは、想像だにしていない。
相手の作戦勝ちだ。下手をすれば同情による逆転だってありうる。
とっさの判断を迫られた五平、「個人の浮気です」と断じた。

 思わず顔をあげた竹田の表情を読みとった警察官だったが、とりあえずの深入りはさけた。
富士商会という会社について検索をかけた結果、かつてGHQとつながりのあった会社だと言うことがわかったからだ。
下手につついて藪から蛇となれば、自身に難がおよぶ可能性もある。
ここは慎重に、なんらかの証拠があがってからのこととした。
「そうですか。それじゃ、もうしわけないが奥さんからすこし事情をおうかがいしますか」
 竹田がそくざに反応した。
「お姫さまは、いまはやめてください。まだショックが大きくて。それに社長につきそわれていますし」
「社長とは戦友でしてね。女あそびは、わたしのほうが。
というより、奥さんはご存じないでしょうし」と、五平が話を引き取った。



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