埼玉のかあちゃん社長奮闘記_サステナブルな毎日

起業して20年超。藍染めを傍らに太陽や風、星や花の声を聴きつつ埼玉とみなかみを行き来する埼玉のかあちゃん社長奮闘記です。

持たない贅沢

2010-02-07 10:56:59 | ライフ&ワーク
今の私にとって、守るべきものは命であり、貫くべきものは意志だ。そんなことを昨日思った。私を苦しめるものを、私はここ数年の間に捨ててしまった。それは、モノだったり、人間関係だったり、自分のプライドだったり。本当に必要だろうか、とひとつひとつ自分に問うてその持ち方を変えてきたのだ。捨てたり、離れたりすることは苦しいことだったけれど、決断して行動した結果、今はもう新しい自分の暮らし方が始まっている。

どん底に陥った時、ふーっと消えちゃいたいなと思ったこともあった。
けれど本当にそうなのだろうか?「これまで」を引きずったまま、私はあらゆる計算をしお金が回らない現実を嘆いていた。自分はこんな人間だ、と決めてかかり「だから仕方ないじゃないか」と自分にいい訳をしていた。家族に対しても「こうあるべきだ」という自分を曲げられず、かといって思うようにできない現実を悔やんでいた。母だから、妻だから「こうあるべき」といった自分の決め付けが、相手と十分に対話していない身勝手な思い込みであることにも気づかなかった。相手を信頼して素直に思いをぶつけたり、自分を深く振り返ったりしようとはしなかった。

絶体絶命のどん底で、私はようやく気がついた。
守るべきものは命であり、貫くべきものは意志だ、と。
私が守るものは、贅沢な暮らしを家族にさせることではなく、命をのびのびとつなぐことだった。その存在を大事にして毎日毎日をお互い思いやりながら積み上げていくことだった。そのためには大きな家は必要ないし、贅沢な車も要らないことに気がついた。また、「命」を大事にすることは、私を支えてくださるすべての方々にいえることだと気がついた。私が望むのは、居心地の良い暮らしと支えあえる人間関係だ。そのために何ができるかを考えるようになった。

そう考え出したら、私の周りにはいらないモノがたくさんあることに気づく。「死んだ方がラクかも」と思って暗い顔して生きることと「家を守ること」どっちが大事?。「死んだ方がラクかも」と思って暗い顔して生きることと「車を持ち続けること」どっちが大事?。「死んだ方がラクかも」と思って暗い顔して生きることと「社長のプライド」どっちが大事?
ひとつひとつ考えて、あれこれ持たないことを選んだ私。それを守る苦痛から開放された。持たないことで、とても自由になった。心もお金も自由になったのだ。

そんな私の暮らし方を決めているのは、こうありたいと思う「意思」。
今の私の暮らしには、私を苦しめるモノがない。何て気楽なんだろう。

【今日の名言】
「何かをやると決めることは、しないことを決めること。」

【写真】フジコ・ヘミングのCD
フジコ・ヘミングのピアノ、聞きごたえがあって大好き。落ち込んだ時は、いいんです。「革命」とか「ラ・カンパネラ」とか聴いてると、どん底まで落ち込めます。で、「あー、まだまだ」とか思って復活できる。ついつい、CDに向かって拍手しちゃうのです~。

有限会社E-スタヂオ
BLOG版-ちょっと得するパソコン講座

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「埼玉のかあちゃん社長奮闘... | トップ | プレッシャーに »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ライフ&ワーク」カテゴリの最新記事