萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk18 竹酔月―dead of night

2013-10-30 22:50:34 | dead of night 陽はまた昇る
酔月閑話
第70話「竪杜act.6」の後です



secret talk18 竹酔月―dead of night

缶ビール500mlの最後ひとくち飲みこんで、ほっと吐いた息にアルコール香る。
その横でも座るベンチに缶を置いて、こつり非常階段に音鳴って英二は笑った。

「黒木さん、やっぱり呑兵衛ですね?」
「やっぱりってどういう意味だ、宮田、」

低く響く声が夜空に笑って、また缶ひとつ渡してくれる。
並んでプルリング引いて弾ける音が立つ、そして軽く缶をぶつけ合うと口つけた。
ふっと喉からアルコールが香って幾らか呑んだと自覚する、そんな足許で並んだ缶に微笑んだ。

「後藤さんも国村さんも酒が強いですよね?だから俺の中で山ヤは酒が強いってイメージなんです、呑んでも救助要請は受けますし、」
「確かに酒の強いヤツ多いな、山の上で飲むなら度を越すと危ないが、」

答えてくれる言葉は生真面目で、けれど陽気の気配が笑う。
いつもの謹厳と違って話しやすい空気に英二は訊きたかったことへ口開いた。

「黒木さんて、ゲイなんですか?」

訊いた途端、端正な貌は思いきり噴き出した。

「…っぅごほっ、ごほぐほっ、」
「大丈夫ですか?」

笑いかけた先でシャープな瞳がこちらを睨む。
けれど困ったよう笑って黒木は質問した。

「ごほっ…俺がゲイだって噂でもあるのか?」
「噂ってほどではありません、」

さらり答えて缶ビールに口つける。
すこし温くなった発泡が喉を濡らす、その感覚を楽しむ横で低い声が笑った。

「なら宮田の推測か、根拠は何だ?」
「黒木さんが独身だってことですね、」

思ったまま答えた向う困りながらも笑っている。
普段は鋭利な瞳も今は可笑しそうに促す、そんな先輩に遠慮なく英二は笑った。

「3週間の印象だけど、黒木さんは整った貌で背も高くて骨っぽい感じがカッコいいです、なのに三十歳で独身で女っ気も無いから、」

言いながら、ちょっと近未来の自分を考えてしまう。
この自分こそ三十歳になっても「女っ気」は無いだろうな?
そんな予測ごと笑った昏いライトの下、困ったよう先輩は教えてくれた。

「そうなんだよな、俺も三十歳だから退寮しろって肩叩きが来るだろうな?」

単身寮も長すぎれば新人に譲れと促される。
そう聞いたことはあっても「肩叩き」の本人を見ることは初めてで、つい訊いてみた。

「普通は結婚して単身寮を出ることが多いですよね、なぜ黒木さんは結婚しなんですか?」

問いかけの途中すぐ黒木は缶を口から離した。
そして呆れ半分の鋭利な目が困りながら瞬いて率直に笑った。

「出逢いが無いってヤツだろが、そんな質問すんな、イケメンな分だけ嫌味ったらしい、」



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