萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.47 another,side story「陽はまた昇る」

2018-01-27 08:20:17 | 陽はまた昇るanother,side story
If this be error and upon me proved, 凍える先へ、
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.47 another,side story「陽はまた昇る」

責任について話しましょう、お父さんと待っています。

そう君の母親はメールで告げた、その父親が山から下りてくる。
雪ふる軒端の彼方ほら?作業着姿と登山ウェア姿に隣、そっと息吐いた。

「よし…」

ちいさな横顔が呼吸する。
その明眸まっすぐ前を見て、澄んだ声で言った。

「おばあちゃん、お母さん、私は私の責任で大学に行きます。お父さんにも同じに話すだけよ?」

ソプラノまっすぐ祖母と母親を見る。
縁側にかっぽう着姿ふたり、銀髪と黒髪のんびり微笑んだ。

「あれまあ、まあ…桂子さん、美代もナカナカだねえ?」
「そうですねえ?まあ、お義母さん譲りだなあってナットクですけども、」

笑顔のんびり二つ、縁側から山を見る。
そんな家族に隣の横顔くるり、周太に囁いた。

「ね、湯原くん…どんな風向きかなあ、これ?」

女性ふたり、どちら側に立つのだろう?
それぞれの言葉たちから答えた。

「…否定はされていないと思う、よ?」
「そうだよね…、」

汁粉の湯気ごし、大きな瞳ゆっくり瞬く。
雪おだやかな縁側しずかに冴えて、雪の足音もう近い。


「よっこいせ、っと、」

雪軒端のっそり、広い肩ふたつ白い庭に立つ。
作業着姿どこか厳めしい隣、登山ウェア着た学者が笑った。

「小嶌さんのお祖母さんですね?イキナリ邪魔してすみません、見事な梅の木を見させてもらいましたよ、」

半白の茶色い髪ふっさり、雪の滴きらきら舞う。
大柄なくせ人懐っこい笑顔に皺ふかい瞳ほころんだ。

「あれまあ、まあ、梅をほめられると悪い気しませんよ?ハジメマシテの方よねえ?」
「田嶋と申します、東京大学でフランス文学の教鞭を執っている者です、」

鳶色の瞳ほがらかに笑って、半白の頭ぽんと下げる。
いつもながらの学者に銀髪ふわり、三つ指ついた。

「あれまあ、まあ、ソンナ偉い先生が頭下げないでくださいよ?」
「いやいや、偉くないですよ?」

くったくない貌が手を振る、その指ふしくれ逞しい。
大きな手だな?すなおな感想の先、低い声が響いた。

「学者だから偉いってコトはありません、でも、小嶌さんは偉いと思います。そうでしょう?」

低い、けれど肚響く明らかな声。
その声に見つめる真中、深い鳶色の瞳が言った。

「人生まるっと懸けて進学を勝ちとったんだ、学問に全部ぶちこめる精神力は学者として最高の資質です、」

人生を懸けて、ほんとうにそうだ。
だから合格発表の直前、君は泣いた。

『もう帰るとこないの私、これで落ちてたら…ほんとバカだけど、泣くけど、でも後悔しない、』

職場も家族も捨てて後悔しない、そんなふうに言うのは簡単だ。
けれど実行は難しい、それに君は職場も家族もイコール故郷だ。

―ふるさとを棄てるなんて美代さん…辛いよね?

なぜ君が大学を選びたいのか?
その理由を自分は知っている、だから痛みが響く。
どんな思いで君は選んだのだろう、今ここにいるのだろう、その願い唇ひらいた。

「あのっ、美代さんが大学に行くのは、ここが大好きだからですっ」

飛びだした声に視線が突く。
雪軒端のっそり立つ作業着姿、その眼ざしに向きあった。

「山も水も木も美代さん大好きなんですっ、大好きだから護りたくて、護るための力が欲しいから美代さんは大学に行きますっ…ただここが好きだから」

お願い、わかってください君の家族だから。

ここに生まれたから君は願ってしまった、だから、家族だからこそ理解してほしい。
そうじゃなかったら君の願いは努力は何処へ行けばいいのだろう?
この故郷を棄てたら君は、どこへ?

「ここが大好きだから美代さんは大学に行くんですっ、だからお願いです!美代さんの進学を認めてくださいっ、美代さんの帰る場所でいてくださいっ」

どうか君の夢、どうか叶いますように。
そのために君の家族は知ってほしい、解って認めてほしい。
そうじゃなければ君の夢は消えてしまう、どうしても消したくない、だから、

「ここで生きたいから美代さんは大学に行くんですっ、お願いします!」

どうか君の夢こそ叶え、僕も同じだから。
願い頭下げた隣、ソプラノ声が透った。

「お父さん、私、大学に入ります。後悔しません、」

まっすぐ声が澄む、きっと左頬は赤いまま。
その原因になった手は視界の端、節くれて大きい。

―たくさん畑仕事してきた手、だね…りっぱな手、

頭下げたまま大きな手が映る、あの手が君を叩いてしまった。
それは褒められたことじゃない、それでも君を育んだ手であることは事実だ。
だからかもしれない?こんなに大きく見えるのも、怖いのも、そして温かに想えてしまうのも。

「お父さんが言うように結婚できないのは恥ずかしいかもしれない、だけど私は、後悔するほうがもっと恥ずかしいの、」

澄んだ声まっすぐ想いつむぐ。
大きな手と雪の縁側、君の声が言った。

「もし大学を諦めたら後悔だらけの言訳オバサンになっちゃいます、そんな恥ずかしい人生は嫌です。責任転嫁なんてしたくありません、」

雪軒端に想い響く、君の声だ。
冴えわたる冷気かすかに甘く香って、想い透った。

「だって身代りなんかドコの誰もいないでしょう?私は私に責任とって大学に入るだけです、だからお父さんも私のこと他の誰かの責任にしないでください、」

この声は左頬まだ赤い、きっと叩かれた痛み消えていない。
これからもっと痛むかもしれない、それでも声凛と響いた。

「もう帰らない覚悟で大学に行きます。だから、あと15分この家にいさせてください、荷物まとめます、」

頭下げた視界、君の横顔が映る。
その左頬まだ赤い。

※校正中

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 116」】
第85話 春鎮act.46← →第85話 春鎮act.48/斗貴子の手紙
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