萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.45 another,side story「陽はまた昇る」

2018-01-19 22:44:19 | 陽はまた昇るanother,side story
fair frend, you never can be old,  永き華に、
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.45 another,side story「陽はまた昇る」

あまやかな湯気のむこう、銀髪ゆうらり歩みよる。

「おや?あれまあ…」

とん…とん、とん…

ゆったり足音ひとつ廊下を来る、おだやかな静かな雪軒端。
すこしだけ苦いような澄むような香ゆれて、かっぽう着やさしい老女が微笑んだ。

「あれまあ、まあ、湯原くん?いらっしゃい、」

銀髪おだやかに傾げて皺の唇にっこり笑う。
この笑顔は一年ぶり、その懐かしい疼きと立ちあがった。

「あの、とつぜんおじゃましてすみません、美代さんの進学をゆるしてくれませんか?」

とさり、

膝のブランケット落ちるまま頭下げる。
縁側の靴下つまさき木目、皺やわらかな声が笑った。

「そんな頭さげないでくださいなあ、お座りな?美代もそんな頭下げんでイイの、」

年輪やさしい声が笑って縁側、座布団ひとつ寄せてくれる。
かっぽう着こなれた笑顔ゆったり腰下して、白髪きらきら微笑んだ。

「まあまあ、ふたりともお座りな?おしるこ食べ食べ話しましょ、」

老女の声に主婦が笑って、あまい湯気ひとつ盆が来る。
三人ならんで雪の縁側、あずき穏やかな香に隣が口開いた。

「おばあちゃん、私、東京大学の入学手続きします、」

噛みしめるソプラノの声は細くて、勁い。
そのままに小さな掌は椀そっと盆に戻し、祖母へ三つ指ついた。

「ごめんなさい、おばあちゃん、私、もう家に戻らない覚悟です、大学にいきます、」

黒髪さらり揺らいで横顔が頭さげる。
その背すじ真直ぐきれいで、輪郭ほのかに眩しい。

“もう家に戻らない覚悟です、大学にいきます”

こんなふうに言える君、だから僕は好きになった。
こんな勇気まぶしくて、そんな光に憧れるのだと自覚する。

―こういう美代さんなんだ…だからおばあさまも?

この女の子に大叔母は何を見たのか?
その告白が小豆あまい湯気にくゆる。

『似ているの、』

君は似ている、大叔母の従姉と。
ようするに僕の祖母と似ていて、そんな君が君の祖母と向き合う。

「あれまあ…家に戻らないで美代、どうしていくんだい?」
「学生寮に入ります、月2万も掛からないの、貯金とアルバイトでがんばれます、」

まっすぐ祖母を見つめてソプラノ冴える。
薔薇色の頬やわらかに凛と佇んで、その左頬に老女が言った。

「美代、ほっぺた痛かったろう?思いだしたよ、」

すこし枯れた声おだやかに微笑む。
その言葉に孫娘の瞳おおきく瞬いた。

「思いだしたって、おばあちゃんも叩かれたこと、あるの?」

どうして?

問いかける瞳に老女の頬やわらかに笑う。
おだやかな笑顔で、その笑顔に自分こそ聴きたい。

―美代さんのお祖母さんと、僕のお祖母さん同じくらいの齢だから…聴きたいんだ、

彼女の声に、祖母の声が聴こえる?
そんな願いただ見つめる前、優しい瞳そっと明るんだ。

「わたしもねえ、ガッコどうしても行きたかったのよ?それでガッコの先生になったわ、」

※校正中

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 104」】
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