萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

山岳点景:Spring ephemeral 春の妖精―堅香子カタクリ

2017-03-23 23:12:00 | 写真:山岳点景
春、生ずる 


山岳点景:Spring ephemeral 春の妖精―堅香子カタクリ

カタクリが咲きだしました、春植物=スプリング・エフェメラルの代表みたいな花です。
神奈川では絶滅危惧IB類に指定されています。

それでも咲く森があり、毎春つい通うんですけど、笑
ソンナワケで今日ちょっと昼休憩に歩いたら、無事に今年の花と逢えました。


カタクリは最初の芽生えでは咲きません。
初年は糸みたいに細い葉だけです、2年めに1枚葉だけが出ると7~8年そのまま。
その1枚の葉で鱗茎を太らせ栄養を蓄えて、2枚めの葉が出てると花を咲かせるようになります。

なんでこんなに時間がかかるのか?
っていうと、カタクリがスプリング・エフェメラル=早春から初夏までしか地上に現れない植物だからです。
カタクリが地上に姿を現す期間は約1ヵ月だけ、こんな短期間しか光合成できない=養分を蓄えられないため成長も遅いワケです。

仏教で花は忍辱を表すとされますが、長い長い蓄える時の果てに咲く姿は美しいです。


地上に1ヵ月しか現れないカタクリ、花も群落全体で2週間くらいです。
地下では葉が枯れた初夏5月あたりから初秋9月末ごろまで休眠状態、秋深くなる10月下旬ごろ根を張り始めます。
そして雪解け早春、糸みたいな細い葉が地上に芽ぶきます。

そんな長い眠りから咲く花、どこか逞しくて凛と惹きます。


ちいさな芽ぶきのカタクリ、
そのため気づかず踏み潰されがちで、そうなれば葉を広げられず光合成ができません。
光合成ができなければ栄養を蓄えられず、当たり前だけど枯死することも少なくないワケです。

またカタクリは花が可憐なため人気=盗掘もされがち、が、失敗して枯死させられます。
こうした盗掘者による乱獲と踏み荒らしに加えて、カメラ好事家サンの踏み荒らしも枯死の原因です。
ただ写真を撮りたいダケで足もと不注意×三脚の使用で芽や花を荒らしていく、なんて人を実際よく見かけます。
いずれにしても人間の貪欲×無知が自生地を壊し、絶滅に追いこんでいます。

それでも早春の森の底、花ひらく強靭しなやかに眩しいです。

第5回 熱く語ろう!!トーナメントブログトーナメント
撮影地:森@神奈川県

○雪解けの芽ぶきは落葉や雪で目立ちにくく、知識がないとタイテイ踏み潰します。道から林床へ踏みこまないでください。
○写真を撮るなら花から離れたところで立ち止まってください、三脚・一脚使用者+スマホの人は特に不注意が目立ちます。
○春植物は可憐な花が多くて園芸用にと盗掘もされがちです、が、植生条件が難しいため枯死します。
これらルールを違反すると条例違反で罰せられる自治体がほとんどです、
違反者を見つけたら遠慮なく通報を、笑
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第85話 春鎮 act.22-another,side story「陽はまた昇る」

2017-03-23 09:30:00 | 陽はまた昇るanother,side story
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
harushizume―周太24歳3月下旬



第85話 春鎮 act.22-another,side story「陽はまた昇る」

なにも言えなかった。

「…は、」

ため息そっと立ち止まった街角、ウィンドーに花が咲く。
ふりむいた人波は改札口あふれる、あのむこう置き去りにしてきた。
言うべき言葉も言えない自分、こんなところまで逃げてきてしまった想いが唇噛んだ。

「…田嶋先生、」

名前つぶやいてガラスごし花が光る。
街角の店あふれる花々、その輝きに高峰の花が揺れる。

『北岳草って言われて思いだしたんだ、あの男も北岳みたいな貌だった。』

なぜあんなふう言ったのだろう、父の旧友は?

『訊くぞ、周太くんの本命はどんなひとだい?』

あの問いかけ真剣だった、でも怖い。
それなのに疼いて鼓動が軋む、言うべきだったと解るから。
話して、そうして信頼の真実お互いに見つめあえばよかった?

『だからなあ周太くん、俺を父親代わりにしてくれよ?』

あんなふう告げてくれた想い、どれだけ涙が深い?

『馨さんがザイルに命懸けて一緒に登ったのは、俺なんだ…誰にも譲れんだろ?』

命懸けて一緒に駈けた、父の唯ひとり。
その想いは自分より長い時間、そしてずっと深い篤い後悔。
それなのに自分は逃げてしまった、その言い訳と立ち止まる視界、ガラスの花園が咲く。

―どうしよう僕…きっと変な貌してる、今、

雑踏の声、埃っぽい風、どこか甘い明るい影。
靴音たち慌ただしい、こんな三月末は普通なら年度末。
きっと母も忙しく闊歩しているだろう?だって母は「普通」に働いている。

―そうだよね、普通なんだお母さんは…本当はどう想ってるのかな、

普通に会社勤めして、普通に役職も得て、普通に部下から食事も誘われる。
親しい同期の女性も普通のいわゆるキャリアウーマンで、普通に温泉が好きだ。
そんな母は普通に恋をして結婚して、けれど違ってしまったのは夫の死別が「殉職」だったこと。

―普通にがんばってきたお母さんなのに…どうして僕は、

父の殉職、それがどれだけ母を苦しめたろう?
その姿いちばん近くで見てきた、それなのに自分は何をしてきたろう?
そんな自分を理解したから、だから父の友はザイルを渡そうとしてくれている。

『馨さんの素顔は俺がいちばん知ってる。周太くんのお母さんにも譲らんよ?ザイルで命も繋いだ時間に異論は認めん、』

あのザイルは自分だけじゃない、母も救おうとしている。
あの華奢な母、その肩から荷を譲られようと父のザイルパートナーは笑ってくれる。

『俺にくらい素でもイイじゃないか、馨さんの代わりなんて言ったらオコガマシイけどな?』

ほんとうに?

あの言葉ほんとうに信じて、それでもザイルは切られない?
迷って疑いそうで、けれど考えめぐるガラスの花園に扉が開いた。

「やっぱり周太くんだわ、」

からん、

鐘の音に美しい声が微笑む、開かれた扉にエプロン姿たたずむ。
栗色なめらかな髪長く束ねた長身、その白い頬やさしい薔薇色に笑った。

「こんにちは周太くん、お花に逢いに来てくれたの?」

見つめる真中、色白やさしい薔薇色がまぶしい。
この笑顔ずっと逢っていなかった、それなのに呼んでくれた名前に微笑んだ。

「はい、あの…こんにちは由希さん?」
「名前ちゃんと覚えてくれたのね、うれしいわ。好きなだけお花うんと眺めていって?」

澄んだ声やわらかに笑ってくれる。
透明で深い、どこか不思議な響きの声に扉くぐって馥郁くるまれた。

「ん…いい香、」

甘い香、深い香、青い清々しい香。
すこし謎めいた芳香、さわやかな甘さ、香さまざま咲き誇る。
白、浅黄、桃色うす紅、あわい紫に青いろ水色、橙色から黄金きらめく。

「いい香でしょう?蝋梅と水仙を今朝お届けしたばかりなの、ここにも少し活けてあるわ、」

澄んだアルトが笑いかける、その白い手もと馥郁やさしい。
透ける黄色に白と黄金、それから薄紅あわい萌黄色に微笑んだ。

「クリスマスローズも…かわいい、蝋梅まだあるんですね?」
「山のほうは今が盛りよ、春らしい香だから活けたいってご注文いただいてね?クリスマスローズは今日いちばんの美人さん、」

花つむぐ声やわらかなに響く。
朗らかな澄んだ落ち着いた声、この声ただ懐かしく笑いかけた。

「あの、このあいだの水仙と花束ありがとうございました…水仙は押し花にして、」

花をくれた、そして名前を教えあった。
あの冬から月は流れて今、春ほころぶガラスの花園が微笑んだ。

「大切にしてくれてるのね?ありがとう、あの花束はお役に立てたかしら?」

ほら、優しい。
気にしてくれる優しさに周太は微笑んだ。

「はい、美代さん合格しました、」

このひとに伝えたかった、だって花束つくってくれた。
その願いに花屋の笑顔ほころんだ。

「よかった!おめでとう!」

薔薇色の頬ふわり明るむ、長い睫きらきら笑う。
瞳の底から喜び輝いて、ただ綺麗で優しくて鼓動そっと滲んだ。

「はい…由希さんが喜んでくれたこと美代さんに伝えます、」

伝えたら、あの女の子はすこし支えられる。
今すこしでも多く支えがほしい、そんな願いに涼やかな瞳が微笑んだ。

「ぜひ伝えて?あとね…よかったら周太くんのことも話して?」

どうして?

「え…?」

なぜ自分のことを?
解らなくて見つめた真中、涼やかな瞳やわらかに微笑んだ。

「おせっかいならごめんなさい、なんか心あふれそうな貌してるから…顔見知り相手のほうが気楽な時もあるでしょう?」

このひとは花の女神かもしれない、ほんとうに。

―だから僕つい来ちゃうんだ、ここに…今も、

花の女神、なんて24歳の男が言うことじゃない。
でも自分は想ってしまう、そのままに美しい瞳が笑ってくれた。

「ちょうどね、一休みにお茶を淹れたところなの。一緒してくれたら嬉しいわ、」

遠慮しないで、嬉しいから。

そんな言葉が微笑んでくれる、その声が瞳が静かに温かい。
だから気づいてしまう、このひとはいつも独りかもしれない。

―いつも由希さんしかいない…みんなで来たときも、英二との時も、

店だけだろうか、彼女の孤独は?
想い見つめるまま周太は肯いた。

「あの…ご迷惑じゃなければ、」
「迷惑ならお誘いしないわ、奥へどうぞ?」

涼やかな瞳ふわり笑ってくれる。
招いてくれる手は白く華奢で、その荒れた指先が温かい。

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 18」】


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