Call,
第85話 春鎮 act.20-another,side story「陽はまた昇る」
本棚のガラス扉に春ゆれる。
射しこむ光あわい隅、埃ちいさな光に舞う。
どこか甘い、深い乾いた匂い懐かしい部屋そっと微笑んだ。
「…しずかだね、」
ひとり呟いた書架のはざま、誰もいない空気は乾いて甘い。
古書ならんだ研究室ふる光、きらめく埃かすかに電話つなぐ。
繊細な光おどらす背表紙に星霜を見つめて、コール音みっつ大叔母が笑った。
「周太くん?美代ちゃんおめでとう!」
ああ、こちらも観ていたんだ?
もう知られた事実に周太は微笑んだ。
「はい…あの、テレビで観たんですか?」
「ニュースやってるもの、赤門中継は春の行事ね?」
深いアルト朗らかに明るい。
心から喜んでくれる、そんな美しい声が笑う。
「ふたりで泣いて喜んでるとこ映ったわよ、テロップなんて出たと思う?」
そんなものまで出たんだ?
―伊達さんも見たかな、上官たちは…?
問題視されるだろうか?
表向きは退職、でも本当は「処分」を受けた身として?
―本来なら謹慎から免職なんだ、僕は…なのに、
謹慎処分、そして免職。
それが本来の処分だろう、けれど「特殊」ゆえの穏やかな処分。
任務が「特殊」だからこそ目立たせたくない、そんな組織の意思に反して目立ってしまった。
―もう無かったことにしたほうがいいんだろうな、だったら…知らんふりがお互いのため、
怒らせたかもしれない、それでも「同一人物」じゃなければ「問題ない」だろう?
めぐらす思案に黙りこんだ電話、低い美しい声が弾んだ。
「東大に合格も恋も咲く、ですってよ?サクラサクにぴったりね、」
え?
―こい、ってぼくとみよさんのこと?
言われた単語に息止まる。
こんなこと放映されるなんて?途惑いが声出した。
「あ…の、そんなことでたんですかてれびに?」
「そうよ?テレビもしゃれたこと言うわね、ま、それくらい可愛らしく映ってたもの?」
深いアルト笑って華やぐ。
愉しくて楽しくてしかたない、そんな上機嫌の声に首すじ逆上せだす。
―ああどうしようそんなのみんなにみられてたの?
賢弥も、田嶋教授も青木准教授も、皆が見たのだろうか?
もしも警察の知人たちが見たらなんて思われるのだろう?
―あの伊達さんがみてたら…七機のひとだって、箭野さんも、瀬野とか関根とか、後藤さんなんて美代さんしってるのに吉村先生も、
ああもう困るより恥ずかしい、こんなのどうしたらいいの?
―つきあってませんって伊達さんに言ったのに僕…嘘ついたって思われたら嫌だ、そうだ美代さんのご家族もし見ていたら?
もう色んなところで誤解が生まれている?
そんな想定に首すじ逆上せて頬が燃える、額じわり熱くなる。
こんな展開あまり考えていなかった、狼狽えて、それでも大切な責任に深呼吸と口開いた。
「あのっ、おばあさま、しばらく美代さんを匿ってもらえませんか?」
こんな提案、驚くだろうか?
けれど深いアルトは微笑んだ。
「美代ちゃんのお父さま、怒ってしまったのね?」
スマートフォンから穏やかな声、すこしも驚いていない。
いつもどおりのトーン意外になる、けれど気づいて尋ねた。
「美代さんから聴いたんですか?受験とご家族のこと、」
「聴いたわよ、周太くんの代わりに待ち合わせた時にね。ご家族に内緒だから、受験票の送付先は湯原のお家になっているのでしょう?」
もう聞いている、だから大丈夫よ?
うなずく美しい声は笑ってくれた。
「これから先生たちと飲み会でしょう?美代ちゃんにデザートで一緒にお祝いしましょって伝言してね、朝ごはんも豪華にするわ、」
弾んだアルト朗らかに明るい。
上機嫌な大叔母に書架の前、周太は頭そっと下げた。
「ありがとうございます、菫さんにもよろしくお伝えください、」
「もう隣で聴いてるわ、ケーキ焼いてくれるそうよ?」
楽しみにしていてね?
楽しげなアルト華やかに笑って、通話ふわり終わった。
「…大歓迎だね?」
ひとりごと安堵に温かい、でも鼓動そっと疼く。
大叔母の美代への想い温かい、けれど裏返せばもう一人への拒絶だ。
―やっぱり英二とのこと…反対だ、ね?
反対されて「普通」あたりまえのこと。
そんなこと解っている、そんなこと何度も考えて感じて、だから昨日は。
「だから…海にいたかったんだ僕は、」
想いこぼれて瞳が燈る。
わきだす熱しずかに瞬いて、閉じこめてスマホ震えた。
「あ、」
着信の名前に留まる。
すぐ通話つなげて、朗らかなテノール笑った。
「おつかれさん周太、見ちゃったよ?」
ずっと聴きたかった声が笑ってくれる。
変わらない声に声ふるえた。
「こういち…ごめんなさい、」
あやまりたい、どうしても君には。
願う本音に幼馴染が笑った。
「イキナリなに謝ってるね?謝らなきゃなんないの俺のほうじゃない?」
なにも気にすることなんかない、大丈夫。
そんなトーンあいかわらず明るくて、ほっと鼓動ゆるんだ。
「ん…ありがとう、でも僕のせいで光一も、やめるんでしょう?」
自分が巻き込んでしまった、結局はそういうことだ。
どんな理由でも許されることじゃない、自戒の想い背筋のばした。
「現場で僕が顔を映された責任からと聞きました、僕の落ち度です…もうしわけありませんでした、」
ゆっくり頭下げた机、古い本の香くゆる。
誰もいない研究室、スマートフォンから声が笑った。
「ソンナコト周太の責任じゃないね?俺の部下がカッテに顔あばいちゃったダケだろ、あんな勝手させちゃって申し訳なかったね、」
謝ってくれる、こんな時も。
厚意ただ申し訳なくて、呼吸そっと尋ねた。
「ありがとう光一、あの…これからどうするの?」
山岳救助隊に誇りを抱いた、あんなに輝いていた場所から去らせてしまう。
あの姿が自分も好きだった、けれど澄んだテノール笑ってくれた。
「これからも山にいるよ、ちっと勉強で街に出るけどね?」
「え…?」
街に出る、ってどういうこと?
知りたい本音に幼馴染は言った。
「俺のコトはまた話すケドね、周太?ちっと御岳に来られないかね?」
御岳、
地名に鼓動そっと掴まれる。
なつかしい時間、記憶、今は遠いままに尋ねた。
「御岳にって…美代さんのことで?」
「だね、」
肯いてくれるテノール、あいかわらず明るい。
それでも軽くない現実に問いかけた。
「ね…美代さんから僕の状況、もう聴いてるんだよね?」
そうじゃなければ今、この電話も繋がらない。
そんな必然に山っ子が笑った。
「そうだけどね、ナンでそう思うね?」
「まだ僕、光一には新しい連絡先なにも教えてないから…美代さんから教わったんだろうなって、」
答えながら時間たぐる。
このスマートフォンに変えられて、それから過ぎた日数と訊いた。
「それで…あの、光一は誰かに教えた?僕の新しい番号…」
長野の雪の夜、あれから何日が過ぎた?
過ぎた時間に変えられた電話ごし、聡い空気が微笑んだ。
「誰にも教えてないよ、アイツにもね?」
とくん、
「…、」
ほら返事できない、鼓動ひっぱたかれる。
名前も出ていない、それなのに心臓が反応する。
「ソコントコもちっと話したいからね、御岳に来る時は連絡してよ?美代のオヤジさん説得するなら俺も立ち会いたいしさ、」
御岳、なつかしい居場所。
きっと行けば面影いくつも探してしまう、そこに帰る人へ微笑んだ。
「ん…光一はもう話したの?美代さんのお父さんと、」
「朝っぱら電話きたね、二回目はテレビ観たってさ?コッチ訓練中だってのにねえ、」
軽やかに答えてくれる。
その言葉に気づいて、すぐ質問が出た。
「テレビみたって、合格発表の?」
あれを見られてしまった?
止められる呼吸に朗らかなテノール笑った。
「合格も恋も咲いたんだってね、美代にオメデトさんって伝えてよ?」
どうしよう、こんな展開?
「ごっ、うかくはほんとだけどねこういち、ぼくたちそんなじゃないからね?」
ああ声うわずった、恥ずかしい。
首すじ燃えだしそう、もう熱い頬に言われた。
「ソコラヘン会ってゆっくり聴かせてよ?ま、俺はソンナでもイイと思うけどね、」
どういう意味?
「とりあえず美代のコトよろしくね、またね周太?」
澄んだテノール笑って通話が切れる。
問いかけた唇そっと閉じて、ほっと深呼吸に古書が香る。
「…光一も、なの?」
つぶやいて背中、とん、壁もたれこむ。
あの幼馴染まで「ソンナでもイイ」のなら、本当にそうなのかもしれない?
―誰も祝福しないんだ、英二とは…ほんとうは誰も、
誰にも祝福されない恋、
それが本当、それが誰もの本音。
そんなこと最初から覚悟していた、それでも鼓動こんなに疼く。
「…っぅ、」
呑みこんだ嗚咽、その熱ふわり瞳こもる。
あふれそうで、零れる熱ゆっくり瞬いて鎮まらす。
今、こんなところで泣いても仕方ない、何ひとつ変わらない。
―わかってたんだ僕だって…誰も幸せになれない、
わかっていた、解っている。
心くりかえして宥めて、それでも心臓が熱うずく。
絞めつけられる軋みもがいて、ふっと背表紙ひとつ映りこんだ。
“Pierre de Ronsard『Les Amours』―Texte établi commenté avec une traduction en japonais par S.Yuhara ”
S.Yuhara
綴られたイニシャルに惹きこまれる。
腕ひかれて指先のばして、一冊ことん、手のひら掴んだ。
「ロンサール…お祖父さんの翻訳?」
異国の詩人に祖父の名が連なる。
呼ばれるよう開いたページ、なつかしい。
Puisqu'au partir,rongé de soin et d'ire,
A ce bel œil adieu je n'ai su dire,
Qui près et loin me détient en émoi,
Je vous supplie,ciel,air,vents,monts et plaines,
Taillis,forêts,rivages et fontaines
Antres,prés,fleurs,dites-le-lui pour moi.
心を遺したままで僕は発ってゆく、
僕を見つめる綺麗な瞳に、さよならなんて言えない、
近くにいても遠くにいても君が僕に響いて、離れられない、
どうか願い叶えて、空、大気、風、山も大地も、
木々、森、川、湧きいずる泉、
岩穴、草原、花たち、愛しき人に僕の想いささやいて。
「…ぼくはたってゆく、」
詞なぞらせ瞳こぼれる。
一滴しずかに頬つたう、この涙ひとつ訊きたい。
―僕も離れられないんだ、お祖父さん…お祖父さんならどうする?
ここは祖父と祖母は出逢った場所、その空気どこか残っている。
だからこそ問いかけてしまうページ、がちゃり扉が開いた。
「周太くん、電話もう終わったかい?」
(to be continued)
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harushizume―周太24歳3月下旬
第85話 春鎮 act.20-another,side story「陽はまた昇る」
本棚のガラス扉に春ゆれる。
射しこむ光あわい隅、埃ちいさな光に舞う。
どこか甘い、深い乾いた匂い懐かしい部屋そっと微笑んだ。
「…しずかだね、」
ひとり呟いた書架のはざま、誰もいない空気は乾いて甘い。
古書ならんだ研究室ふる光、きらめく埃かすかに電話つなぐ。
繊細な光おどらす背表紙に星霜を見つめて、コール音みっつ大叔母が笑った。
「周太くん?美代ちゃんおめでとう!」
ああ、こちらも観ていたんだ?
もう知られた事実に周太は微笑んだ。
「はい…あの、テレビで観たんですか?」
「ニュースやってるもの、赤門中継は春の行事ね?」
深いアルト朗らかに明るい。
心から喜んでくれる、そんな美しい声が笑う。
「ふたりで泣いて喜んでるとこ映ったわよ、テロップなんて出たと思う?」
そんなものまで出たんだ?
―伊達さんも見たかな、上官たちは…?
問題視されるだろうか?
表向きは退職、でも本当は「処分」を受けた身として?
―本来なら謹慎から免職なんだ、僕は…なのに、
謹慎処分、そして免職。
それが本来の処分だろう、けれど「特殊」ゆえの穏やかな処分。
任務が「特殊」だからこそ目立たせたくない、そんな組織の意思に反して目立ってしまった。
―もう無かったことにしたほうがいいんだろうな、だったら…知らんふりがお互いのため、
怒らせたかもしれない、それでも「同一人物」じゃなければ「問題ない」だろう?
めぐらす思案に黙りこんだ電話、低い美しい声が弾んだ。
「東大に合格も恋も咲く、ですってよ?サクラサクにぴったりね、」
え?
―こい、ってぼくとみよさんのこと?
言われた単語に息止まる。
こんなこと放映されるなんて?途惑いが声出した。
「あ…の、そんなことでたんですかてれびに?」
「そうよ?テレビもしゃれたこと言うわね、ま、それくらい可愛らしく映ってたもの?」
深いアルト笑って華やぐ。
愉しくて楽しくてしかたない、そんな上機嫌の声に首すじ逆上せだす。
―ああどうしようそんなのみんなにみられてたの?
賢弥も、田嶋教授も青木准教授も、皆が見たのだろうか?
もしも警察の知人たちが見たらなんて思われるのだろう?
―あの伊達さんがみてたら…七機のひとだって、箭野さんも、瀬野とか関根とか、後藤さんなんて美代さんしってるのに吉村先生も、
ああもう困るより恥ずかしい、こんなのどうしたらいいの?
―つきあってませんって伊達さんに言ったのに僕…嘘ついたって思われたら嫌だ、そうだ美代さんのご家族もし見ていたら?
もう色んなところで誤解が生まれている?
そんな想定に首すじ逆上せて頬が燃える、額じわり熱くなる。
こんな展開あまり考えていなかった、狼狽えて、それでも大切な責任に深呼吸と口開いた。
「あのっ、おばあさま、しばらく美代さんを匿ってもらえませんか?」
こんな提案、驚くだろうか?
けれど深いアルトは微笑んだ。
「美代ちゃんのお父さま、怒ってしまったのね?」
スマートフォンから穏やかな声、すこしも驚いていない。
いつもどおりのトーン意外になる、けれど気づいて尋ねた。
「美代さんから聴いたんですか?受験とご家族のこと、」
「聴いたわよ、周太くんの代わりに待ち合わせた時にね。ご家族に内緒だから、受験票の送付先は湯原のお家になっているのでしょう?」
もう聞いている、だから大丈夫よ?
うなずく美しい声は笑ってくれた。
「これから先生たちと飲み会でしょう?美代ちゃんにデザートで一緒にお祝いしましょって伝言してね、朝ごはんも豪華にするわ、」
弾んだアルト朗らかに明るい。
上機嫌な大叔母に書架の前、周太は頭そっと下げた。
「ありがとうございます、菫さんにもよろしくお伝えください、」
「もう隣で聴いてるわ、ケーキ焼いてくれるそうよ?」
楽しみにしていてね?
楽しげなアルト華やかに笑って、通話ふわり終わった。
「…大歓迎だね?」
ひとりごと安堵に温かい、でも鼓動そっと疼く。
大叔母の美代への想い温かい、けれど裏返せばもう一人への拒絶だ。
―やっぱり英二とのこと…反対だ、ね?
反対されて「普通」あたりまえのこと。
そんなこと解っている、そんなこと何度も考えて感じて、だから昨日は。
「だから…海にいたかったんだ僕は、」
想いこぼれて瞳が燈る。
わきだす熱しずかに瞬いて、閉じこめてスマホ震えた。
「あ、」
着信の名前に留まる。
すぐ通話つなげて、朗らかなテノール笑った。
「おつかれさん周太、見ちゃったよ?」
ずっと聴きたかった声が笑ってくれる。
変わらない声に声ふるえた。
「こういち…ごめんなさい、」
あやまりたい、どうしても君には。
願う本音に幼馴染が笑った。
「イキナリなに謝ってるね?謝らなきゃなんないの俺のほうじゃない?」
なにも気にすることなんかない、大丈夫。
そんなトーンあいかわらず明るくて、ほっと鼓動ゆるんだ。
「ん…ありがとう、でも僕のせいで光一も、やめるんでしょう?」
自分が巻き込んでしまった、結局はそういうことだ。
どんな理由でも許されることじゃない、自戒の想い背筋のばした。
「現場で僕が顔を映された責任からと聞きました、僕の落ち度です…もうしわけありませんでした、」
ゆっくり頭下げた机、古い本の香くゆる。
誰もいない研究室、スマートフォンから声が笑った。
「ソンナコト周太の責任じゃないね?俺の部下がカッテに顔あばいちゃったダケだろ、あんな勝手させちゃって申し訳なかったね、」
謝ってくれる、こんな時も。
厚意ただ申し訳なくて、呼吸そっと尋ねた。
「ありがとう光一、あの…これからどうするの?」
山岳救助隊に誇りを抱いた、あんなに輝いていた場所から去らせてしまう。
あの姿が自分も好きだった、けれど澄んだテノール笑ってくれた。
「これからも山にいるよ、ちっと勉強で街に出るけどね?」
「え…?」
街に出る、ってどういうこと?
知りたい本音に幼馴染は言った。
「俺のコトはまた話すケドね、周太?ちっと御岳に来られないかね?」
御岳、
地名に鼓動そっと掴まれる。
なつかしい時間、記憶、今は遠いままに尋ねた。
「御岳にって…美代さんのことで?」
「だね、」
肯いてくれるテノール、あいかわらず明るい。
それでも軽くない現実に問いかけた。
「ね…美代さんから僕の状況、もう聴いてるんだよね?」
そうじゃなければ今、この電話も繋がらない。
そんな必然に山っ子が笑った。
「そうだけどね、ナンでそう思うね?」
「まだ僕、光一には新しい連絡先なにも教えてないから…美代さんから教わったんだろうなって、」
答えながら時間たぐる。
このスマートフォンに変えられて、それから過ぎた日数と訊いた。
「それで…あの、光一は誰かに教えた?僕の新しい番号…」
長野の雪の夜、あれから何日が過ぎた?
過ぎた時間に変えられた電話ごし、聡い空気が微笑んだ。
「誰にも教えてないよ、アイツにもね?」
とくん、
「…、」
ほら返事できない、鼓動ひっぱたかれる。
名前も出ていない、それなのに心臓が反応する。
「ソコントコもちっと話したいからね、御岳に来る時は連絡してよ?美代のオヤジさん説得するなら俺も立ち会いたいしさ、」
御岳、なつかしい居場所。
きっと行けば面影いくつも探してしまう、そこに帰る人へ微笑んだ。
「ん…光一はもう話したの?美代さんのお父さんと、」
「朝っぱら電話きたね、二回目はテレビ観たってさ?コッチ訓練中だってのにねえ、」
軽やかに答えてくれる。
その言葉に気づいて、すぐ質問が出た。
「テレビみたって、合格発表の?」
あれを見られてしまった?
止められる呼吸に朗らかなテノール笑った。
「合格も恋も咲いたんだってね、美代にオメデトさんって伝えてよ?」
どうしよう、こんな展開?
「ごっ、うかくはほんとだけどねこういち、ぼくたちそんなじゃないからね?」
ああ声うわずった、恥ずかしい。
首すじ燃えだしそう、もう熱い頬に言われた。
「ソコラヘン会ってゆっくり聴かせてよ?ま、俺はソンナでもイイと思うけどね、」
どういう意味?
「とりあえず美代のコトよろしくね、またね周太?」
澄んだテノール笑って通話が切れる。
問いかけた唇そっと閉じて、ほっと深呼吸に古書が香る。
「…光一も、なの?」
つぶやいて背中、とん、壁もたれこむ。
あの幼馴染まで「ソンナでもイイ」のなら、本当にそうなのかもしれない?
―誰も祝福しないんだ、英二とは…ほんとうは誰も、
誰にも祝福されない恋、
それが本当、それが誰もの本音。
そんなこと最初から覚悟していた、それでも鼓動こんなに疼く。
「…っぅ、」
呑みこんだ嗚咽、その熱ふわり瞳こもる。
あふれそうで、零れる熱ゆっくり瞬いて鎮まらす。
今、こんなところで泣いても仕方ない、何ひとつ変わらない。
―わかってたんだ僕だって…誰も幸せになれない、
わかっていた、解っている。
心くりかえして宥めて、それでも心臓が熱うずく。
絞めつけられる軋みもがいて、ふっと背表紙ひとつ映りこんだ。
“Pierre de Ronsard『Les Amours』―Texte établi commenté avec une traduction en japonais par S.Yuhara ”
S.Yuhara
綴られたイニシャルに惹きこまれる。
腕ひかれて指先のばして、一冊ことん、手のひら掴んだ。
「ロンサール…お祖父さんの翻訳?」
異国の詩人に祖父の名が連なる。
呼ばれるよう開いたページ、なつかしい。
Puisqu'au partir,rongé de soin et d'ire,
A ce bel œil adieu je n'ai su dire,
Qui près et loin me détient en émoi,
Je vous supplie,ciel,air,vents,monts et plaines,
Taillis,forêts,rivages et fontaines
Antres,prés,fleurs,dites-le-lui pour moi.
心を遺したままで僕は発ってゆく、
僕を見つめる綺麗な瞳に、さよならなんて言えない、
近くにいても遠くにいても君が僕に響いて、離れられない、
どうか願い叶えて、空、大気、風、山も大地も、
木々、森、川、湧きいずる泉、
岩穴、草原、花たち、愛しき人に僕の想いささやいて。
「…ぼくはたってゆく、」
詞なぞらせ瞳こぼれる。
一滴しずかに頬つたう、この涙ひとつ訊きたい。
―僕も離れられないんだ、お祖父さん…お祖父さんならどうする?
ここは祖父と祖母は出逢った場所、その空気どこか残っている。
だからこそ問いかけてしまうページ、がちゃり扉が開いた。
「周太くん、電話もう終わったかい?」
(to be continued)
【引用詩文:Pierre de Ronsard「Les Amours,1552,sonnet L VII,STEFM,IV」】
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