But thy eternal summer shall not fade
第85話 春鎮 act.21-another,side story「陽はまた昇る」
春の窓、けれど夏が謳う。
「But thy eternal summer shall not fade, Nor lose possession of that fair thou ow'st… 」
囁くような低い朗詠、静かに透る無意識の声。
くちずさむ本人も気づいていない、そんな窓辺に瞳を瞑る。
―…恋愛より深い気持がある相手への、手紙みたいな詩、
遠い、遠い懐かしい、気恥ずかそうな声。
まだ幼い夏の庭、謳ってくれた父の横顔。
―…大切な人がいるよ、僕には、
愉しそうだった父の瞳。
日焼あわい貌に木洩陽きらめく、その光が瞼も透かす。
―あの詩、田嶋先生に謳ってたんでしょ…お父さん?
だってほら、今、同じ言葉つむぐ声。
「When in eternal lines to time thou grow'st…」
eternal lines to time
永遠を謳う声に夏が映る、謳う。
この声を父も見つめて謳った、そんな声に呼ばれた。
「周太くんも砂糖は入れなかったよな?」
「あ…はい、」
答えて瞳そっと開けて、埃きらきらデスクに舞う。
木洩陽しずかな研究室の窓、ふわり芳香あまく教授が笑った。
「紅茶一杯くらい待たせてやろう、小嶌さんも青木に話あるだろうしな?」
あまい深い香に名前、そっと鼓動を敲かれる。
このこと訊きたいのだろうか?父の旧友に微笑んだ。
「すみません田嶋先生、電話に場所お借りして…外、寒くなかったですか?」
通話中、この部屋ずっと独りにしてくれた。
そんな配慮に研究室の主は笑った。
「俺も一服したかったからな?都心の寒さなんて大したことない、」
低く透る声おおらかに優しい。
紅茶くゆらす湯気のむこう、深い鳶色の瞳に尋ねた。
「田嶋先生、あの…ぼくとこじまさんのこと、大叔母からなにか言われましたか?」
大叔母なら少し話したかもしれない?
というより話さざるを得なかったろう、そのままに言われた。
というより話さざるを得なかったろう、そのままに言われた。
「まあなあ?小嶌さん泣いちゃったからなあ、こっちも事情つっこませてもらったよ、」
ああいったい何を話したのだろう?
もう首すじ燃えだす熱、ティーカップ口つけて訊かれた。
「訊くぞ、周太くんの本命はどんなひとだい?」
紅茶、噴くと思った。
「っ…こほっ、」
「お、すまんすまん、」
噎せたデスク、ことん、ティッシュ箱ひとつ置いてくれる。
素直に一枚とった先、鳶色の瞳まっすぐ笑ってくれた。
「噎せたついでに吐きだしてみろよ?俺は絶対に否定しない、」
笑いかけてくれる言葉の瞳、深く澄んで温かい。
くしゃくしゃ髪かきあげ頬杖ついて、文学者は微笑んだ。
「あのキレイなバアサンには遠慮あるんだろ?俺にくらい素でもイイじゃないか、馨さんの代わりなんて言ったらオコガマシイけどな?」
素でもいい、だなんて本当に?
―ぜんぶ知っても言えるのかな、このひとは…ほんとうに否定しない?
本当だろうか、本当に父のように受けとめられる?
いつも全てを聴いてくれた父、あの懐もういちど逢えるだろうか?
さしだされた提案まだ解らなくて、それでも紅茶やわらかな湯気が香る。
「でもな、馨さんの素顔は俺がいちばん知ってる。周太くんのお母さんにも譲らんよ?ザイルで命も繋いだ時間に異論は認めん、」
透る低い声おだやかに深くなる。
窓やわらかな埃舞う光、むきあう瞳が微笑んだ。
「湯原先生の最後の教え子も俺だ、誰より先生の教えを受け継ぐ自負がある。これも異論は認めん、いいだろ?」
祖父の教え、確かにそうだ。
―お手伝いしたからわかるんだ、僕は…ここで、
この教授の講義テキスト、論文、そして祖父が遺した書籍たち。
その全部をまだ自分は知らない、それでもティーカップ握りしめ肯いた。
「はい…祖父も想っていると思います、」
会ったことがない祖父、それでも鼓動に深く息づかす。
そうして脈打つ香のむこう、鳶色の瞳ふかく笑った。
「そうか…ありがとう、」
窓の陽そっと瞳を透かす、金色あわく赤く光る。
こんな眼の日本人もいるんだな?不思議な、けれど温かい眼ざしが微笑んだ。
「周太くんが知りたい湯原教授も、馨さんも、みんな俺が逢わせてやれると思うんだ。学問を通して全部な?」
祖父が築いた研究室、この空気を護りつないだ人。
その瞳おだやかに自分を映して、静かに言った。
「だからなあ周太くん、俺を父親代わりにしてくれよ?」
低く透る声が告げる、あまい馥郁ほろ苦く深い。
この香も遠い声そのままで、そうして父の旧友が微笑む。
「だってなあ?馨さんがザイルに命懸けて一緒に登ったのは、俺なんだ…誰にも譲れんだろ?」
誰にも譲れない、その言葉に夏が響く。
『大切な人に贈った詩だから…恋愛より深い気持がある相手への、手紙みたいな詩、』
優しい深い声が言う、瞳ふかく明るく詩を映す。
恥ずかしがりな父、あのときも恥ずかしげで、そして誇らかだった。
―お父さん、話しても困らせないかな…この人のこと、
誇らかな瞳に問いかける、記憶の夏に父が謳う。
あんなに切なく、輝くような眼ざしは他にない。
『夏みたいな人だね…』
父が笑う、きれいな綺麗な笑顔。
『うんと明るくて、ちょっと暑苦しいくらい情熱的でね、木蔭の風みたいに優しくて清々しい、大らかな山の男、』
穏やかな声が謳う、その夏が自分と向かいあう。
ボタンあけた襟元ゆるんだネクタイ、袖まくりしたワイシャツの筋張った腕。
ティーカップの指も浅黒く節くれる、剽悍は頼もしくて文学者らしくない、でも父の夏だ。
Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
貴方を夏の日と比べてみようか?
貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、
夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
“Thou art more lovely and more temperate.”
そんな一節に父が謳った、そのままに鳶色の瞳は明敏が満ちる。
まっすぐ偽らない光と熱、そんな眼ざしと雪焼の腕に声ふっと出た。
「…北岳草を、見たことありますか?」
約束の花、その理由。
もし父なら気づいてくれる、そんなふう想っていた。
ずっと想って、だから零れた花に学者が笑った。
「馨さんと見たよ、北岳にしか咲かない花だ、」
低いくせ大らかに透る声。
その言葉そっと鼓動を敲いて、鳶色の瞳しずかに微笑んだ。
「北岳草は花期が一瞬だ、氷河期から咲く一瞬だぞ?」
とくん、
鼓動ふかく敲かれる、響く。
深く響いて揺らされる、唯ひとつ一瞬の永遠。
それを父と見た瞳が自分を見て、おだやかに微笑んだ。
「北岳みたいなヤツだったよ、あいつもさ?」
あいつ、って?
「え…?」
誰かを想定して問いかけている?
その解答を見つめた真中、鳶色の瞳すこし笑った。
「馨さんに似た男が来たって前に話したろ?あいつ、なんだろうなあ?なんか北岳とカンジが似てるんだ、」
ほら、鼓動まっすぐ撃たれる。
―英二のことだ、ね?
まだ何も話していない、ただ花の名前を言っただけ。
それなのに辿りつかれた面影を山ヤが詞にする。
「北岳バットレスってデッカイ壁があるんだよ?失敗すれば即死のルートだ、かと思うときれいな花畑があってな?楽園なんだ、」
即死、かと思うと楽園。
どうしてこんな喩えするのだろう?
もう答え解るようで、そのままに言われた。
「北岳草は危険と楽園の一瞬に咲くんだ、あの男はそういうヤツだろ?」
訊かれている、ようするに「既知」が前提。
「…そういうやつ、って…」
答えようとして解らない、今なんて言えばいいのだろう?
もし「本当」を知られたら何を想われる?
“けれど冷たい偏見で見られる事も知っている、”
ああ忘れかけていた、この声この言葉。
“冷たい偏見で見られる事も知っている。ゲイと知られて、全てを否定された事もありました、”
摩天楼の一隅、当番勤務の夜に聞いた声。
あのとき見つめた痛み忘れかけて、その忘却だけ軋みだす。
―否定されるかもしれない、お父さんとお祖父さんを大切に想ってくれるから…大切なぶんだけ認めがたくて、
ザイルに命繋いだ無二の友、敬愛やまない恩師。
そこにある真実どれだけ深く愛おしい?
それなのに自分は、本当は。
「北岳草って言われて思いだしたんだ、あの男も北岳みたいな貌だってな?」
低く透る声が言う、この返事どうしたらいい?
「なんだか山に譬えたくなるような男だったよ、アルパインクライマーの体つきだったしな?」
この人に、父の旧友に拒絶されたら?
きっと無傷じゃいられない、父にすら否定されるようで。
この人に拒まられたくない、どうしたら、なにを自分は答えたらいいのだろう?
「ぼくは…、」
怖い、拒絶が。
(to be continued)
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harushizume―周太24歳3月下旬
第85話 春鎮 act.21-another,side story「陽はまた昇る」
春の窓、けれど夏が謳う。
「But thy eternal summer shall not fade, Nor lose possession of that fair thou ow'st… 」
囁くような低い朗詠、静かに透る無意識の声。
くちずさむ本人も気づいていない、そんな窓辺に瞳を瞑る。
―…恋愛より深い気持がある相手への、手紙みたいな詩、
遠い、遠い懐かしい、気恥ずかそうな声。
まだ幼い夏の庭、謳ってくれた父の横顔。
―…大切な人がいるよ、僕には、
愉しそうだった父の瞳。
日焼あわい貌に木洩陽きらめく、その光が瞼も透かす。
―あの詩、田嶋先生に謳ってたんでしょ…お父さん?
だってほら、今、同じ言葉つむぐ声。
「When in eternal lines to time thou grow'st…」
eternal lines to time
永遠を謳う声に夏が映る、謳う。
この声を父も見つめて謳った、そんな声に呼ばれた。
「周太くんも砂糖は入れなかったよな?」
「あ…はい、」
答えて瞳そっと開けて、埃きらきらデスクに舞う。
木洩陽しずかな研究室の窓、ふわり芳香あまく教授が笑った。
「紅茶一杯くらい待たせてやろう、小嶌さんも青木に話あるだろうしな?」
あまい深い香に名前、そっと鼓動を敲かれる。
このこと訊きたいのだろうか?父の旧友に微笑んだ。
「すみません田嶋先生、電話に場所お借りして…外、寒くなかったですか?」
通話中、この部屋ずっと独りにしてくれた。
そんな配慮に研究室の主は笑った。
「俺も一服したかったからな?都心の寒さなんて大したことない、」
低く透る声おおらかに優しい。
紅茶くゆらす湯気のむこう、深い鳶色の瞳に尋ねた。
「田嶋先生、あの…ぼくとこじまさんのこと、大叔母からなにか言われましたか?」
大叔母なら少し話したかもしれない?
というより話さざるを得なかったろう、そのままに言われた。
というより話さざるを得なかったろう、そのままに言われた。
「まあなあ?小嶌さん泣いちゃったからなあ、こっちも事情つっこませてもらったよ、」
ああいったい何を話したのだろう?
もう首すじ燃えだす熱、ティーカップ口つけて訊かれた。
「訊くぞ、周太くんの本命はどんなひとだい?」
紅茶、噴くと思った。
「っ…こほっ、」
「お、すまんすまん、」
噎せたデスク、ことん、ティッシュ箱ひとつ置いてくれる。
素直に一枚とった先、鳶色の瞳まっすぐ笑ってくれた。
「噎せたついでに吐きだしてみろよ?俺は絶対に否定しない、」
笑いかけてくれる言葉の瞳、深く澄んで温かい。
くしゃくしゃ髪かきあげ頬杖ついて、文学者は微笑んだ。
「あのキレイなバアサンには遠慮あるんだろ?俺にくらい素でもイイじゃないか、馨さんの代わりなんて言ったらオコガマシイけどな?」
素でもいい、だなんて本当に?
―ぜんぶ知っても言えるのかな、このひとは…ほんとうに否定しない?
本当だろうか、本当に父のように受けとめられる?
いつも全てを聴いてくれた父、あの懐もういちど逢えるだろうか?
さしだされた提案まだ解らなくて、それでも紅茶やわらかな湯気が香る。
「でもな、馨さんの素顔は俺がいちばん知ってる。周太くんのお母さんにも譲らんよ?ザイルで命も繋いだ時間に異論は認めん、」
透る低い声おだやかに深くなる。
窓やわらかな埃舞う光、むきあう瞳が微笑んだ。
「湯原先生の最後の教え子も俺だ、誰より先生の教えを受け継ぐ自負がある。これも異論は認めん、いいだろ?」
祖父の教え、確かにそうだ。
―お手伝いしたからわかるんだ、僕は…ここで、
この教授の講義テキスト、論文、そして祖父が遺した書籍たち。
その全部をまだ自分は知らない、それでもティーカップ握りしめ肯いた。
「はい…祖父も想っていると思います、」
会ったことがない祖父、それでも鼓動に深く息づかす。
そうして脈打つ香のむこう、鳶色の瞳ふかく笑った。
「そうか…ありがとう、」
窓の陽そっと瞳を透かす、金色あわく赤く光る。
こんな眼の日本人もいるんだな?不思議な、けれど温かい眼ざしが微笑んだ。
「周太くんが知りたい湯原教授も、馨さんも、みんな俺が逢わせてやれると思うんだ。学問を通して全部な?」
祖父が築いた研究室、この空気を護りつないだ人。
その瞳おだやかに自分を映して、静かに言った。
「だからなあ周太くん、俺を父親代わりにしてくれよ?」
低く透る声が告げる、あまい馥郁ほろ苦く深い。
この香も遠い声そのままで、そうして父の旧友が微笑む。
「だってなあ?馨さんがザイルに命懸けて一緒に登ったのは、俺なんだ…誰にも譲れんだろ?」
誰にも譲れない、その言葉に夏が響く。
『大切な人に贈った詩だから…恋愛より深い気持がある相手への、手紙みたいな詩、』
優しい深い声が言う、瞳ふかく明るく詩を映す。
恥ずかしがりな父、あのときも恥ずかしげで、そして誇らかだった。
―お父さん、話しても困らせないかな…この人のこと、
誇らかな瞳に問いかける、記憶の夏に父が謳う。
あんなに切なく、輝くような眼ざしは他にない。
『夏みたいな人だね…』
父が笑う、きれいな綺麗な笑顔。
『うんと明るくて、ちょっと暑苦しいくらい情熱的でね、木蔭の風みたいに優しくて清々しい、大らかな山の男、』
穏やかな声が謳う、その夏が自分と向かいあう。
ボタンあけた襟元ゆるんだネクタイ、袖まくりしたワイシャツの筋張った腕。
ティーカップの指も浅黒く節くれる、剽悍は頼もしくて文学者らしくない、でも父の夏だ。
Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
貴方を夏の日と比べてみようか?
貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、
夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
“Thou art more lovely and more temperate.”
そんな一節に父が謳った、そのままに鳶色の瞳は明敏が満ちる。
まっすぐ偽らない光と熱、そんな眼ざしと雪焼の腕に声ふっと出た。
「…北岳草を、見たことありますか?」
約束の花、その理由。
もし父なら気づいてくれる、そんなふう想っていた。
ずっと想って、だから零れた花に学者が笑った。
「馨さんと見たよ、北岳にしか咲かない花だ、」
低いくせ大らかに透る声。
その言葉そっと鼓動を敲いて、鳶色の瞳しずかに微笑んだ。
「北岳草は花期が一瞬だ、氷河期から咲く一瞬だぞ?」
とくん、
鼓動ふかく敲かれる、響く。
深く響いて揺らされる、唯ひとつ一瞬の永遠。
それを父と見た瞳が自分を見て、おだやかに微笑んだ。
「北岳みたいなヤツだったよ、あいつもさ?」
あいつ、って?
「え…?」
誰かを想定して問いかけている?
その解答を見つめた真中、鳶色の瞳すこし笑った。
「馨さんに似た男が来たって前に話したろ?あいつ、なんだろうなあ?なんか北岳とカンジが似てるんだ、」
ほら、鼓動まっすぐ撃たれる。
―英二のことだ、ね?
まだ何も話していない、ただ花の名前を言っただけ。
それなのに辿りつかれた面影を山ヤが詞にする。
「北岳バットレスってデッカイ壁があるんだよ?失敗すれば即死のルートだ、かと思うときれいな花畑があってな?楽園なんだ、」
即死、かと思うと楽園。
どうしてこんな喩えするのだろう?
もう答え解るようで、そのままに言われた。
「北岳草は危険と楽園の一瞬に咲くんだ、あの男はそういうヤツだろ?」
訊かれている、ようするに「既知」が前提。
「…そういうやつ、って…」
答えようとして解らない、今なんて言えばいいのだろう?
もし「本当」を知られたら何を想われる?
“けれど冷たい偏見で見られる事も知っている、”
ああ忘れかけていた、この声この言葉。
“冷たい偏見で見られる事も知っている。ゲイと知られて、全てを否定された事もありました、”
摩天楼の一隅、当番勤務の夜に聞いた声。
あのとき見つめた痛み忘れかけて、その忘却だけ軋みだす。
―否定されるかもしれない、お父さんとお祖父さんを大切に想ってくれるから…大切なぶんだけ認めがたくて、
ザイルに命繋いだ無二の友、敬愛やまない恩師。
そこにある真実どれだけ深く愛おしい?
それなのに自分は、本当は。
「北岳草って言われて思いだしたんだ、あの男も北岳みたいな貌だってな?」
低く透る声が言う、この返事どうしたらいい?
「なんだか山に譬えたくなるような男だったよ、アルパインクライマーの体つきだったしな?」
この人に、父の旧友に拒絶されたら?
きっと無傷じゃいられない、父にすら否定されるようで。
この人に拒まられたくない、どうしたら、なにを自分は答えたらいいのだろう?
「ぼくは…、」
怖い、拒絶が。
(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 18」】
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