acknowledge×mystery
第79話 交点 act.6-side story「陽はまた昇る」
他の人間から聴かれるよりも、自分で話した方がいい。
自分の声で言葉で告げる方がいい、歪めた言葉を吹きこまれる前に。
いま話せる限りを考えながら焚き木くべて、ぱちり、爆ぜた金粉に問われた。
「英二、おまえ11月にその祖父サンと会ったよね、そんとき言われたワケ?権力を継がせるとかナントカって、」
「そうだよ、だから観碕が近づいてきたのかもしれない、」
微笑んだ焚火のほとり雪白の顔へ朱色がゆれる。
火影も透って見つめる瞳は無垢に澄む、その眼差し見つめ返して口開いた。
「俺の大学受験のこと、宮田の祖父の通夜で観碕が母親に吹きこんだから俺は行きたい大学を受けられなかったよ、でも本当は母方の祖父が元から考えていたのかもしれない、俺が検察庁よりも警察に入ったことを喜んでるからさ?そういう祖父を解かって観碕も俺に近づくんだと思う、祖父の権力と秘密ごと俺を味方に引きこみたくて、」
なぜ観碕が自分に近づいてくるのか?
この言動にある観碕の真意は「50年の連鎖」ではないかもしれない。
自分が観碕と同じ側で鍵を掴む人間でいる、その利権を利用したいがために近づく。
そんな可能性に自分を疑うだろうか、それとも信じるだろうか?その分岐点にザイルパートナーが尋ねた。
「だったら観碕はさ、英二が周太の同期なのも便利な条件に考えてるってコトだね、英二と周太が仲良いことも利用価値があるってさ?」
「そうかもしれない、観碕は奥多摩交番にまで来たらしいから、」
知ったばかりの事実に笑って缶へ口つける。
ひやり冷たい金属ふれて唇から発泡が涼む、その冷たさに炎の熱が似合う。
雪しめやかな冷感に山の夜は冴えてゆく、仰ぐ梢の影むこう星見つけながら言われた。
「後藤のおじさんから俺も警告されたよ、上が訊きに来たから用心しとけってさ、」
やっぱり相談してくれたんだ?
こんなふう結局は巻きこんでしまっている、そんな現実に微笑んだ。
「ごめんな、俺だけで観碕とやりあうって言ったくせに巻きこんで。俺カッコ悪いな?」
山以外で俺の事は光一に踏みこんでほしくない。
そう告げたのは自分だ、けれど既に巻きこんでいる。
こんな不甲斐なさにアンザイレンパートナーは笑ってくれた。
「ここは山だからね、カッコ悪いもナンでも好きに喋っちまいな?下へ降りたら忘れとくよ、」
ほら、こういう優しさ変わらない。
だから信じて話したくなる甘えごと缶くちつけて、冷たい一口に微笑んだ。
「遠慮なく訊くけど光一、観碕は俺と馨さんの血縁に気づくと思うか?」
「ふん?気づかないかもね、」
頷きながら炎の向うも缶を啜りこむ。
火影ごし見つめながら熱が頬撫でる、その温もりに端整な唇が開いた。
「おまえの祖父サンの存在が隠れ蓑になると思うね、観碕の後輩で裏情報の元締めなんだろ、そういうエリート官僚の孫が刃向うって発想はナシじゃない?エリートの傲慢ってヤツでさ、」
エリートの世界の人間なら尊重しないはずがない、だから刃向うという発想が無い。
そんな論法に10月からの面会を数えながら微笑んだ。
「最初は疑っていたと思うんだ、書庫の閲覧に来た時のカンジだとさ?」
「書庫のパソコンからアクセスしたら当然だね、アレでおまえに注意向けようってしたクセにさ?」
すぐ応えてくれる理解に信頼が安堵する、この聡明なパートナーに笑いかけた。
「あのことで光一は何か訊かれた?」
「ナンも無いよ、おまえ蒔田さんにも同じようなコトしたろ?」
回答と質問まとめて返してくれる。
こんなふうに結局この男は気づいて解いてしまう、その賞賛に微笑んだ。
「蒔田さんのパソコンがチェックされた情報でも入った?」
「俺にも同期や知り合いが居るからねえ、まったくさ?」
すこし呆れた、そんなトーンに焚火のむこう笑ってくれる。
深々と冷えこんでくる雪山の夜にも火端は温かい、このままに明るい瞳へ口開いた。
「俺は検事か弁護士になりたくて司法試験を受かったんだ、でも合格した時に祖父がはっきり言ったよ、検察庁で俺が権力を握るといいって喜ばれた、」
これが司法修習を放棄していたい理由だった。
それなのに結局は「喜ばれた」から今も癪だ、そんな本音に訊いてくれた。
「それが嫌で警視庁に来たワケ?おふくろさんの束縛って前に言ってたけど、それも祖父サンの後継ぎ問題がらみってワケ?」
「ああ、母が俺に拘る理由は祖父だよ、父親に可愛がられていたいからさ?」
答えながら肚底からほろ苦い。
もうじき九十になる、それでも眼差しは強い男の記憶に嗤った。
「祖父の一番のお気に入りが自分の息子だってことが母の幸せなんだ、5歳で母親を亡くした所為かファザコンでさ、子供より夫より父親が最優先ってカンジだよ?だから祖父と同じ東大に入れたかったんだ、後継者として立派な孫を祖父にくれてやりたいから、」
母にとって息子は「父親に可愛がられる」道具でしかない、そう幾度を想わされたろう?
そんな母の本音を観碕は利用した、だからこそ抉られるプライドに透明な声が尋ねた。
「そんなんじゃ祖父サン、英二が昇進したこと大喜びだろ?」
「大喜びだったよ、ノンキャリアからキャリアになって君臨するのも良いだろうってさ。結局のとこ俺は祖父の望み通りな孫だよ、反抗したつもりがさ?」
自嘲に笑いながら秋、銀杏あざやかなテラスが火影に映る。
黄金の木洩陽にワイングラスと笑っていた、あの美しい冷たい貌の本音が疼く。
『だが泥の中でも立てる男の方が美しいと私は思っている、だから私もそう生きただけだ。泥が無ければ草も生えん、醜いようで役に立つものだ、』
清廉潔白と謳われる検事に憧れた、だからその息子へ娘を嫁がせた。
こうした祖父の選択が自分を生みだしている、そんな自分こそ「泥に生えた草」なのだろう?
―こんな俺は雅樹さんと違いすぎる、周太とも光一とも、
誰にも愛惜される山ヤの医学生、彼を写真でしか知らないけれど自分だって憧れる。
だから彼のように生きたいと願って山に救急法に努力した、けれど自分は生まれた最初から違い過ぎる。
そう思い知らされた秋の日の記憶へと澄んだテノールが訊いてくれた。
「だから英二、祖父サン家から帰った後ナンカ不機嫌だったワケ?レールに乗っけられてムカついて、だから観碕と同じ側だったらってサッキも訊いたんだ?」
そのまんま図星だ?
言い当てられることも今は小気味よくて微笑んだ。
「やっぱり俺、なんか不機嫌だった?」
「ナンカ不機嫌だったね、周りはあんまり気づいてないだろうけどさ?ほら、」
答えながら缶ひとつ手渡してくれる。
かつん、新しいプルリング開いて一口すぐ笑ってしまった。
「これアルコール入ってるな、さっきのノンアルコールで油断させて飲ませたんだろ?」
「3%なんてジュースだろ?」
からり笑って焚火の彼岸も新しい缶に口つける。
左手首で時刻は夜更け、どこも静まった冬山の大気は雪にくるまれ凪いでいる。
この静けさは山麓の森も同じだろう、きっと今あのブナの大樹も白銀に佇んで星空を仰ぐ。
―馨さん、あの木から今も聴いていますか?
あの大樹の根元に今夏、この手で馨の血を埋めた。
十四年前に馨の心臓あふれた血は手帳を染めた、その血を抜き移した脱脂綿は灰に燃やした。
その灰は馨の妻の髪と共にブナの根元へ埋めてある、だから今夜ここで話したくて英二は口開いた。
「あの日、馨さんが殺された日は全てが仕組まれてたんだ、新宿で、」
この声は山麓の森へ伝わるだろうか?殺された祈りが眠る森、あの大樹も真実の欠片を聴いて。
(to be continued)
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第79話 交点 act.6-side story「陽はまた昇る」
他の人間から聴かれるよりも、自分で話した方がいい。
自分の声で言葉で告げる方がいい、歪めた言葉を吹きこまれる前に。
いま話せる限りを考えながら焚き木くべて、ぱちり、爆ぜた金粉に問われた。
「英二、おまえ11月にその祖父サンと会ったよね、そんとき言われたワケ?権力を継がせるとかナントカって、」
「そうだよ、だから観碕が近づいてきたのかもしれない、」
微笑んだ焚火のほとり雪白の顔へ朱色がゆれる。
火影も透って見つめる瞳は無垢に澄む、その眼差し見つめ返して口開いた。
「俺の大学受験のこと、宮田の祖父の通夜で観碕が母親に吹きこんだから俺は行きたい大学を受けられなかったよ、でも本当は母方の祖父が元から考えていたのかもしれない、俺が検察庁よりも警察に入ったことを喜んでるからさ?そういう祖父を解かって観碕も俺に近づくんだと思う、祖父の権力と秘密ごと俺を味方に引きこみたくて、」
なぜ観碕が自分に近づいてくるのか?
この言動にある観碕の真意は「50年の連鎖」ではないかもしれない。
自分が観碕と同じ側で鍵を掴む人間でいる、その利権を利用したいがために近づく。
そんな可能性に自分を疑うだろうか、それとも信じるだろうか?その分岐点にザイルパートナーが尋ねた。
「だったら観碕はさ、英二が周太の同期なのも便利な条件に考えてるってコトだね、英二と周太が仲良いことも利用価値があるってさ?」
「そうかもしれない、観碕は奥多摩交番にまで来たらしいから、」
知ったばかりの事実に笑って缶へ口つける。
ひやり冷たい金属ふれて唇から発泡が涼む、その冷たさに炎の熱が似合う。
雪しめやかな冷感に山の夜は冴えてゆく、仰ぐ梢の影むこう星見つけながら言われた。
「後藤のおじさんから俺も警告されたよ、上が訊きに来たから用心しとけってさ、」
やっぱり相談してくれたんだ?
こんなふう結局は巻きこんでしまっている、そんな現実に微笑んだ。
「ごめんな、俺だけで観碕とやりあうって言ったくせに巻きこんで。俺カッコ悪いな?」
山以外で俺の事は光一に踏みこんでほしくない。
そう告げたのは自分だ、けれど既に巻きこんでいる。
こんな不甲斐なさにアンザイレンパートナーは笑ってくれた。
「ここは山だからね、カッコ悪いもナンでも好きに喋っちまいな?下へ降りたら忘れとくよ、」
ほら、こういう優しさ変わらない。
だから信じて話したくなる甘えごと缶くちつけて、冷たい一口に微笑んだ。
「遠慮なく訊くけど光一、観碕は俺と馨さんの血縁に気づくと思うか?」
「ふん?気づかないかもね、」
頷きながら炎の向うも缶を啜りこむ。
火影ごし見つめながら熱が頬撫でる、その温もりに端整な唇が開いた。
「おまえの祖父サンの存在が隠れ蓑になると思うね、観碕の後輩で裏情報の元締めなんだろ、そういうエリート官僚の孫が刃向うって発想はナシじゃない?エリートの傲慢ってヤツでさ、」
エリートの世界の人間なら尊重しないはずがない、だから刃向うという発想が無い。
そんな論法に10月からの面会を数えながら微笑んだ。
「最初は疑っていたと思うんだ、書庫の閲覧に来た時のカンジだとさ?」
「書庫のパソコンからアクセスしたら当然だね、アレでおまえに注意向けようってしたクセにさ?」
すぐ応えてくれる理解に信頼が安堵する、この聡明なパートナーに笑いかけた。
「あのことで光一は何か訊かれた?」
「ナンも無いよ、おまえ蒔田さんにも同じようなコトしたろ?」
回答と質問まとめて返してくれる。
こんなふうに結局この男は気づいて解いてしまう、その賞賛に微笑んだ。
「蒔田さんのパソコンがチェックされた情報でも入った?」
「俺にも同期や知り合いが居るからねえ、まったくさ?」
すこし呆れた、そんなトーンに焚火のむこう笑ってくれる。
深々と冷えこんでくる雪山の夜にも火端は温かい、このままに明るい瞳へ口開いた。
「俺は検事か弁護士になりたくて司法試験を受かったんだ、でも合格した時に祖父がはっきり言ったよ、検察庁で俺が権力を握るといいって喜ばれた、」
これが司法修習を放棄していたい理由だった。
それなのに結局は「喜ばれた」から今も癪だ、そんな本音に訊いてくれた。
「それが嫌で警視庁に来たワケ?おふくろさんの束縛って前に言ってたけど、それも祖父サンの後継ぎ問題がらみってワケ?」
「ああ、母が俺に拘る理由は祖父だよ、父親に可愛がられていたいからさ?」
答えながら肚底からほろ苦い。
もうじき九十になる、それでも眼差しは強い男の記憶に嗤った。
「祖父の一番のお気に入りが自分の息子だってことが母の幸せなんだ、5歳で母親を亡くした所為かファザコンでさ、子供より夫より父親が最優先ってカンジだよ?だから祖父と同じ東大に入れたかったんだ、後継者として立派な孫を祖父にくれてやりたいから、」
母にとって息子は「父親に可愛がられる」道具でしかない、そう幾度を想わされたろう?
そんな母の本音を観碕は利用した、だからこそ抉られるプライドに透明な声が尋ねた。
「そんなんじゃ祖父サン、英二が昇進したこと大喜びだろ?」
「大喜びだったよ、ノンキャリアからキャリアになって君臨するのも良いだろうってさ。結局のとこ俺は祖父の望み通りな孫だよ、反抗したつもりがさ?」
自嘲に笑いながら秋、銀杏あざやかなテラスが火影に映る。
黄金の木洩陽にワイングラスと笑っていた、あの美しい冷たい貌の本音が疼く。
『だが泥の中でも立てる男の方が美しいと私は思っている、だから私もそう生きただけだ。泥が無ければ草も生えん、醜いようで役に立つものだ、』
清廉潔白と謳われる検事に憧れた、だからその息子へ娘を嫁がせた。
こうした祖父の選択が自分を生みだしている、そんな自分こそ「泥に生えた草」なのだろう?
―こんな俺は雅樹さんと違いすぎる、周太とも光一とも、
誰にも愛惜される山ヤの医学生、彼を写真でしか知らないけれど自分だって憧れる。
だから彼のように生きたいと願って山に救急法に努力した、けれど自分は生まれた最初から違い過ぎる。
そう思い知らされた秋の日の記憶へと澄んだテノールが訊いてくれた。
「だから英二、祖父サン家から帰った後ナンカ不機嫌だったワケ?レールに乗っけられてムカついて、だから観碕と同じ側だったらってサッキも訊いたんだ?」
そのまんま図星だ?
言い当てられることも今は小気味よくて微笑んだ。
「やっぱり俺、なんか不機嫌だった?」
「ナンカ不機嫌だったね、周りはあんまり気づいてないだろうけどさ?ほら、」
答えながら缶ひとつ手渡してくれる。
かつん、新しいプルリング開いて一口すぐ笑ってしまった。
「これアルコール入ってるな、さっきのノンアルコールで油断させて飲ませたんだろ?」
「3%なんてジュースだろ?」
からり笑って焚火の彼岸も新しい缶に口つける。
左手首で時刻は夜更け、どこも静まった冬山の大気は雪にくるまれ凪いでいる。
この静けさは山麓の森も同じだろう、きっと今あのブナの大樹も白銀に佇んで星空を仰ぐ。
―馨さん、あの木から今も聴いていますか?
あの大樹の根元に今夏、この手で馨の血を埋めた。
十四年前に馨の心臓あふれた血は手帳を染めた、その血を抜き移した脱脂綿は灰に燃やした。
その灰は馨の妻の髪と共にブナの根元へ埋めてある、だから今夜ここで話したくて英二は口開いた。
「あの日、馨さんが殺された日は全てが仕組まれてたんだ、新宿で、」
この声は山麓の森へ伝わるだろうか?殺された祈りが眠る森、あの大樹も真実の欠片を聴いて。
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