selfishness&sovereign
第79話 交点 act.7-side story「陽はまた昇る」
馨が殺された日は全てが仕組まれていた、新宿で。
「園遊会の警護が足りないって馨さんを呼んだのは安本さんだ、でも本当は呼ばされている、」
真実のかけら低く声になる、この声は山麓の森へ伝わるだろうか?
いま座る焚火の尾根つらなる森の大樹、あの根元に埋めた血染めの灰は今もう大樹になっている。
春14年前に馨の心臓あふれた血、その最期の願いは彼の妻の祈りと大樹に埋めて山に還した、だから今ここで話したい。
あの春の夜の一瞬、馨を狙撃した銃弾は「最初から」全てが罠だ。
「英二、呼ばされているって安本サンもあの爺サンが仕組んだってことだろうけどさ、おまえズイブン確信的に言うね?」
澄んだテノールが訊いてくれる、その白い顔へ火影が朱い。
炎きらめく瞳まっすぐ自分を見つめてくれる、その眼差しに英二は微笑んだ。
「確かめたからな、直接、」
直接、そう言えば解るだろう?
そんな信頼にアンザイレンパートナーは小さく笑った。
「直接って英二、このあいだ蒔田さんのパソコンからハッキングっぽいことやったね?」
「蒔田さんから何か言われた?」
訊きながら缶そっと唇ふれて冷たい。
こくり呑みこんだ発泡が喉すべりこむ、その冷感ふわり熱になるままテノールが言った。
「俺にも同期や知り合いがあちこちいるからね、で、蒔田さんのパソコンが急にメンテナンスされたって聴いたけど?防犯カメラもね、」
やっぱり調べられたんだな?
こんな予想通りの反応に可笑しくてつい笑った。
「メンテナンスだけじゃなくて鑑識っぽいことしたんだろ?」
「やっぱり英二が原因だね?ミーティングの時のおまえの行動も探られてるよ、会議室の出入り時間とかね?」
訊きながら教えてくれる言葉に観碕のネットワークが解かる。
やはり「全て」なのだと考えた方が良い、だからこそ遣いたい権力を苦く笑った。
「探った分だけ観碕は俺を疑わなくなるよ、蒔田さんも他の誰も観碕の疑いから外れる、もちろん光一も周太もな、」
答えながら枯木くべて、からり焚火ゆるく金粉の爆ぜる。
火影に照る顔は熱い、けれど冷えこむ背から脳髄が冴えてゆく。
―観碕も今考えているのかな、俺の利用価値と、亡霊とFantomeと、
“ Fantome ”
怪人、亡霊、過去の記憶、彷徨える幻。
そんな意味の言葉を観碕はコードネームにした、それは「過去」への復讐だろうか?
こんな執念深さは自分にも無いと言えない、だからこの背中ひとつに負いたい願いへ澄んだ声が訊いた。
「探った分だけ疑えなくなるほど英二の祖父サンは官僚サンらの重鎮で、おまえのコト愛しちゃってんだね?」
この質問、認めたくないな?
ほんとうに肚底から頷きたくない、だって悔しい。
こんな立場や血縁があるから選びたい世界に行けなくなる、大学受験も警察官も結局は同じだ。
結局どうしたって祖父の望み通りに生きてしまう、この絡みついて離れない鎖に悔しくて、けれど微笑んだ。
「鷲田克憲が祖父の名前だよ、昔の内務省を今も生きてる官僚だ、」
昔この国に存在した組織は今も結局は生きている。
そんな現実を振り払いたかった願いに口開かれた。
「光一、前に俺のこと危険が大好きだって言ったよな?俺が危険に飛びこみたいのは俺の正体が大嫌いなせいだよ、全部が俺を縛るから大嫌いだ、」
こんな立場も血縁もいらない、ただ自由に生きたい。
だからこそ選んだ本音を吐きだしたい願い声になる。
「前に俺言ったよな、母親から離れたくて全寮制の警察官になったってさ。あれも本当は鷲田の祖父から離れたかったんだ、母親が入りこめない場所に行けば祖父に報告されなくて済むと思ったんだよ。そういう母親を変えられない父親も結局は許せなくてさ、全部と離れたかったんだ。鷲田の祖父も誰もいない世界で俺だけになりたくて、だから山岳救助隊は最高の居場所だと思ったんだ、山は人間の世界じゃないから、」
空と銀嶺、青と白だけの世界は人間ほとんどが辿りつけない。
だから自由になれると思った、そんな願いごと幸せな記憶は言葉を織りだす。
「去年の秋、雲取山の森で光一が一緒に八千峰も登ろうって言ってくれたろ?あれ本当に嬉しかったんだ、八千峰なんて写真だけの世界でほんとに雲の上だって思っててさ、だから雲の上に行けたら俺も自由になれるって嬉しかった。そういう俺だから分籍もしたんだよ、」
春3月、自分の戸籍を実家から抜いた。
独り分籍した本音は結局そこにある、こんな身勝手に微笑んだ。
「分籍は周太に入籍してもらう準備と、俺がやろうとしていることで家族に迷惑かけないのが目的だよ。でもこんな理由が無くても俺は戸籍を抜いたと思う、祖父の名前を誰にも知られたくなかったからさ?鷲田の人間でいたくないんだ、俺は宮田の祖父の孫だけでいたい、」
本当に祖父と自分だけならどんなに自由だろう?
祖母も姉も好きだ、父のことも全て知った今でも感情は変わらない。
あの母のことも結局は憎みきることも出来なくて、それでも祖父と自分だけなら自由があった。
こんな本音は身勝手だと解っている、それでも願って選んだ分籍にザイルパートナーが微笑んだ。
「おまえは検事の祖父さんのことホント好きだね、写真を見たけど似てるって思ったよ?」
「そう言われるの俺いちばん嬉しいんだ、ありがとな、」
素直に応えながら少し琴線ゆるめられる。
呼吸ほっと楽に吐く、そんな本音と現実に笑いかけた。
「でも観碕は7年前から俺が誰なのか知ってたろ?分籍しても変らないんだ、結局のとこ逃げられない、だから利用する肚を決めたよ?大嫌いな立場も血縁も利用してやりたいようにする、今の俺だけの力じゃ観碕に勝てないとか悔しいけど、でも周太が救えるなら良い、」
大嫌いだ、あの祖父が願う全てを否定したい。
そう今でも想っている、けれど少しだけ感情は変わった。
『英二は仮面を被ることも私とそっくりに巧い、』
そっくりだと祖父は笑った、その通り自分と祖父は似ている。
こんなふう認めるなど大嫌いだった、けれど今すこしだけ素直に頷けるまま微笑んだ。
「秋に鷲田の祖父と会ったけど言われたんだ、俺が分籍して宮田の家を捨てたから鷲田の家屋敷を俺に相続させるってさ。俺が棄てたかったのは鷲田の名前と権力だよ、でも逆に全部をもらうことになったんだ、こんなの皮肉だけどなんか納得してる、」
この家は英二さんの家です、そう克憲様が決められました。
そんなふうに祖父の家宰に告げられた、あのとき不思議な感情が佇んだ。
あの日に祖父と向きあった時間は決して温かくない、それでも告げられた事実に山っ子が微笑んだ。
「その祖父サン、単純に英二のコト愛してるんじゃない?ほんとに好きだから自分のトコ帰ってきて一緒に飯食いたいだけって気がするよ、」
ほら、この真直ぐな男は祖父のこともストレートに見つめてしまう。
こういう眼差しを自分も欲しくて、だから憧れるまま素直に頷いた。
「同じこと祖父のバトラーに言われたよ、犬もバトラーも祖父自身も帰りを待ってるから次は食事に戻ってこいってさ、」
先月、秋の再会に家宰が告げた言葉は事実だろう?
そのままに笑いかけた火影の向う、底抜けに明るい目は愉快に笑った。
「あははっ、最初に犬を言うアタリおまえらしいよね?でもバトラーとかってさ、やっぱり英二って相当の坊ちゃんだね?」
「認めたくないけどな、」
からり、焚き木ごと答え放りこんで笑いたくなる。
こんなこと自分から話すなんて無かった、それくらい大嫌いな束縛でしかなかった。
けれど今こうして笑い飛ばせるのは自分だけの自信すこし積めた所為だろう、その相方が尋ねた。
「でも英二、なんで俺に話す気になったね?あの爺サンは英二だけでヤる言ったのにさ、おまえが言葉ひるがえすなんて理由があるんだろ?」
そのこと気になって当り前だろう?
こんな当然の問いかけに現実を口にした。
「馨さんと同じになる可能性がゼロじゃないからだ、周太も俺も、」
あの観碕が「知った」ら何を考えるだろう?
この推測と可能性を焚火のほとり、雪山の静謐に告げた。
「観碕が俺を同じ側の人間だと信じるなら俺の思い通りになると思う、でも俺と馨さんが繋がっているのがバレたら解らない。馨さんみたいに異動や応援で行った先で殺されるかもしれない、殺した本人も解らない罠に嵌められてさ?山は猟銃の誤射も多いしな、」
周太だけじゃない、この自分こそ射殺されるチャンスが多すぎる。
だからこそ誰かに知ってほしくて考え抜いた、その涯の答えに微笑んだ。
「俺が考えられる中で光一がいちばん観碕から自由なんだ。能力も立場も光一しか思いつけない、俺がいちばん巻きこみたくないの光一なのにごめん、」
ごめん、それしか言えない身勝手が悔しい。
この男だけには託したくなかった、だけど他に方法一つも思いつけない。
それでも足掻きたい願いに続けた。
「俺がどんな人間で誰を追いつめて誰を護りたいか、それだけ光一に知ってほしいんだ。それで俺に何かあったとき鷲田の祖父に教えてほしい、俺が何を考えていたのか伝えて欲しいんだ。祖父なら光一に迷惑掛からないようにする、こんなこと頼めるの光一しか俺にはいないんだ、ごめん、」
もし観碕に自分が負けたら、結局は祖父を頼るしかない。
本当はそんなこと悔しくて嫌だ、けれど必ず護りたいなら選ぶしかない現実に縋った。
「あと、来年の夏は周太を北岳に連れて行ってほしいんだ。北岳草を周太に見せてほしい、これも光一にしか頼めないだろ?甘えさせてくれ、」
北岳草を僕に見せて、英二?
そう約束してくれた時は来年の夏、けれど自分が生きている保証なんて何パーセントだろう?
そんな現実を今はもう解っている、だから託したい願いに焚火のむこう長身が立ち上がり隣に立った。
「ふざけんなバカたれっ、」
ばしっ、
鋭い声ごと頬ひっぱたかれる、その反動ぐらり体幹ゆらす。
それでも跳ね返り座りなおった頬また一発、殴られ怒鳴られた。
「カッコつけてんじゃねえぞ、死ぬダケの肚があんならなあ、這いつくばって生きたい助けろって言えよっ!生きて全部キッチリてめえが責任とんなっ、」
生きろ、そう怒鳴ってくれる祈りが頬から熱になる。
こんなふう怒らせたくなかった、けれど逃げられない現実に笑いかけた。
「当たりまえだろ?俺も生きて責任とるつもりだよ、でも本当に解らないんだ。こんな俺が八千峰の約束してごめんな、光一?」
「ごめんとか言うなバカたれ!」
怒鳴って胸倉がしり掴んで揺すぶってくれる、その瞳まっすぐ明るいまま怒りが泣きだしていく。
それでも涙こぼさない強靭な眼差しが見つめて、そして言ってくれた。
「約束なんざ叶うモン少ねえんだよ、でもハナっから無理だ言うな!言ったことホントになったりするんだよ、だから今すぐ打ち消せこのバカたれっ、」
本当に、その通りかもしれない?
そう自分だって解かっていた、だからいつも言葉に約束したがる。
だから二週間前も約束した、それなのに今こんな不甲斐無い自分に微笑んだ。
「そうだな、ごめん光一。俺が最後まで生きて観碕とヤりあうよ、周太も自分で連れて行く、八千峰もな?」
幾つ自分は約束してきたろう、その全て責任とるまで自分は死ねない。
そんな願いごと肚深く温まってゆく、この温もりに胸倉の手そっと開かれ言われた。
「ホントにごめんって思うんならね、俺の命令ひとつ聴いてもらうよ?」
「うん、なんでも訊くよ、」
笑いかけ頷いて少しだけ心配になる。
光一は何を命令するのだろう?かすかな不安に秀麗な貌からり笑った。
「おまえ、テレビに出てもらうからね?」
今、なんて言ったんだろう?
「は?」
言われたこと呑みこめない、何故いきなり「テレビ出て」なのか?
解らないまま見つめた雪の焚火のほとり、愉しげに上司は言った。
「山火事の翌朝に現場検証したろ?あのときテレビカメラも来てたよね、で、ニュースに映った雄姿にテレビ局は問い合わせ電話スゴかったってさ、」
「あー…、なんか俺、映ってたらしいな?」
生返事しながら考えてしまう、だって「テレビに出てもらう」は既に終わった話だろう?
けれど雪白あざやかな笑顔は器用に焚き木くべながら笑って言った。
「そんなワケでドキュメンタリー撮りたい話が来たワケ、イケメン警官が山岳レスキューって最高の素材だろ?」
なんでそんなワケになるんだ?
そう言い返したいのに呆れて声が出ない、そのまま上司は悪戯っ子に笑って続けた。
「おまえ春から救急救命士のガッコ行くしさ、アレも恰好の話題で宣伝になるだろ?話し合いはコレからで未決だけど心積りヨロシクね、ゴメンのオトシマエきっちりしろよ?警察のイメージアップと山の安全のためガンバんな、」
なんだか随分な交換条件を付けられた?
そんな感想ごと呆れながら、けれどこれも有利かもしれない。
人に知られることは面倒ごと煩わしい、それでも鍵の人脈が見つかるなら。
visita gravem 墓参り
visitacion gravem 重たい面会
expiationum 贖罪
その場所に今冬も来た「あの記者」を探す、その鍵を掴めるだろうか。
(to be continued)
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