萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第77話 結氷 act.6-side story「陽はまた昇る」

2014-07-05 13:00:09 | 陽はまた昇るside story
snowstorm 凍風の聲



第77話 結氷 act.6-side story「陽はまた昇る」

雪が冷たい、そして風凍る。

呼吸する大気は肺すら冷やす、その吐息が白い。
口もと昇らす靄は解けてゆく、風雪が頬撫でる感触に生き返る。
低温、凍える風、埋まる白銀、いま生命は息ひそめて冬の底へと眠りこむ。

雪山に還ってきた。

「宮田、ずいぶん嬉しそうだね?」

テノール笑って雪風を透す。
振り向いた先、底抜けに明るい目が愉快で英二は笑った。

「ああ、雪の奥多摩はいいな、国村さんもでしょう?」

危険だらけ、それでも雪と風は心地いい。
この冷たい水の結晶たちは死すら誘う、それでも今この幸せにザイルパートナーが笑った。

「だね、コンクリートの地下よりはずっと安全だろうしさ、ねえ?」

ほら、もう解かって言ってくる。
約束通りに敢えて訊かない、それでも笑ってくれる信頼へ笑いかけた。

「その通りだな、コピー取りより雪掻きの方が性に合うよ、」

さくり、さくっ、

スコップ突きたて掻きだし雪の壁高くなる。
もうじき集落まで通るだろう、その道に幾つも青いウェア姿が動く。
まだ12月、それでも積雪に埋まる道で白い風のなかテノールが笑った。

「隊舎から出た途端に英二、脱出成功って貌したね。内線出たときも笑っちゃってたんじゃない?」
「背中向けてたから大丈夫、光一こそ電話の声笑ってたぞ、」

話しながらスコップ動かして笑いあえる。
こんな他愛ない時間すら今は嬉しくて去年が懐かしい、けれどここまでの積雪は無かった。

「光一、12月でこんなに雪が降るって多いのか?去年はそうでも無かったけど、」
「うん、ソンナ多くは無いね、」

からり応えてくれる声が明るい。
その横顔は降雪に遮られる、降り止まない空に予測を尋ねた。

「国村さん、除雪作業に呼ばれたのは遭難が多発しそうだからですか?」

多分そういうことだろう?
あまり嬉しくない予測、それでも現実をテノールは笑った。

「だね、登山計画書がポストに多かったワケ。朝一の晴れの時に入っちまったらしい、封鎖も間に合わなかったね、」

さくり、ざぐり、雪と声が交互に響く。
その音に気温変化を読みながら英二は微笑んだ。

―お蔭で俺の方は封鎖が間に合ったな、観碕の時間から、

宮田、出動ご指名だよ?青梅署の雪かき手伝いに行くからね。

そんな内線電話に地下書庫の時間は閉じられた。
あのまま尋問されても「計画」に支障はない、向こうが迷い込むだけだろう。
それでも知らされた過去の可能性に救いは欲しかった、そんな今この風雪は心地いい。

『お通夜に伺いました、君とも少し話しましたよ、英二君?お母様とも少し話したと思います、鷲田君の御嬢さんだからね、』

ほら、あの声がまた過去と今を哂う。
あの男なら「罠」を綯いであると解かっていた、その一部に自分が組まれた可能性が嫌だ。

―馨さんを射撃部から警察へ誘いんだように周太も、だから俺を東大に行かせようとしたんだ。でも周太が別の大学を選んだから、

馨が狙撃手に仕立て上げられた、その最初の布石は射撃部だ。
そこには「誘う」人間がいる、この役割を自分もさせられた可能性が苛立つ。
きっと「鷲田の孫」で「宮田次長検事の孫」だから選ばれた、そんな意図の周到さに嗤いたくなる。

あの祖父たちの孫なら「権力」も「法の正義」も好きだと思っているのだろう、けれど見込み違いだ?

「…っは、」

嗤い息吐いて白く靄くゆらせ融ける。
ざぐり、ざぐり、雪かく音に嗤い声も融けて誰にも聞かれない。
こんなふう自分が出し抜かれていたと嗤って、その苛立ちに逆利用が嬉しくなる。

この「道具」に騙され全て破壊される屈辱は、どんな絶望の貌だろう?

「ホントご機嫌だね、ジイサンを騙くらかせたって喜んでるのバレバレだよ?」

至近距離テノール笑って隊帽こつり小突かれる。
笑ってくれる眼差し底抜けに明るくて英二も笑った。

「バレバレでごめん、聴くなって俺から言ったのにな?」
「だよ、ツッコむなって言われてもコレじゃあ、ねえ?」

呆れたよう笑って、けれど踏みこまないでくれる。
もう昨日の朝から道すこし分かれた、そんなザイルパートナーに微笑んだ。

「ありがとな、お蔭で少し楽になったよ、」

今すこし楽になった、そう素直に認めてしまえる。
こんな素直もザイルに命繋いだ時間だろう、その相手が笑ってくれた。

「なら良かったよ、あとは体動かしてスッキリしなね?地域の皆さんにも役立つんだからさ、」
「おう、ラッセル練習にもなるしな、」

笑ってスコップまた速めて動かす。
グリップ握るグローブへも雪は降る、気温また低くなったろう。
左手首の文字盤は14時を過ぎた、これから風は尚更に冷えて雪は凍りだす。

―書庫に降りる前は晴れてたのにな、

朝、隊舎付属の地下書庫へ降りた時は晴れていた。
けれど荒れるだろうと予測は読んだ、それ以上に今の空は危ういかもしれない。
そして山上はもっと荒れている、そんな予測ごと仰いだ尾根方面はライトグレーの大気に遮らす。

「…雪雲の中だな、」

スコップ動かしながら呟いた先、空の雲は厚い。
ヘリコプターも飛べない空、こんな時の救助要請は危険も高くなる。
そして遭難事故も起きやすい、それを体から知らされた3月の吹雪が今この空に見える。

起こる?

予兆ふっと雪風に掠めたとき無線機が受信した。

「はい、宮田です、」

やっぱり来た?
通話すぐ繋げて昨日も話した声が届いた。

「後藤だ、今どこに居る?」

どこか焦ったトーンがいつもと違う。
なにか異常事態が起きた、そんな空気に現状を応えた。

「峰谷で除雪中です、あと5分程かと、」

降りしきる雪を透かしながら文字盤を見る。
クライマーウォッチ刻む時刻に冷厳が浸してゆく、その大気に告げられた。

「救助要請が同時に3件だ、だが光一の無線が繋がらん、別件を受けてるんじゃないか?」

きっとそうだろう?
そんな推測ごと振り向いた先、長身のシルエットが近づき告げた。

「宮田、五日市署から救助要請を国村さんが受けた、そっちは?」
「青梅の後藤副隊長です、3件同時に起きました、」

答える耳元もう無線ごし溜息が唸る。
隣接する署から同時に要請が来た、この事態に目の前へ尋ねた。

「黒木さん、隊を二手に分けませんか?」

それが今はいちばん良い?
そんな判断に青いシルエット駆け寄りテノールが透った。

「宮田、青梅に第2小隊の半分が行くって言ってイイ、半分は五日市へ行かせる、」
「はい、」

指示に頷いた無線機ごし溜息また届く。
けれど今度は安堵の声に笑いかけた。

「後藤さん、お聞きの通りです。奥多摩交番に集合で良いですか?」
「助かるよ、メンバー決ったら教えてくれ、すぐ割り当てる、」

ほっと深い声が笑ってくれる。
それだけ事態は厳しいのだろう、そんな思案に声低めて釘刺した。

「後藤さん、俺は青梅に行きます、だから出ないで待っていて下さい。まだ2ヶ月経っていません、」

秋10月中旬に後藤は肺気腫の手術をした。
あれから2ヶ月も経っていない、それなのに吹雪の救助活動は危険すぎる。
本当は出ることを止めさせたい、それでも止まってくれない山ヤの警察官は笑ってくれた。

「ああ、ちゃんと待っとるよ?俺だって困るからなあ、」
「はい、お願いします、」

願い約束して通話が終わる。
無線機しまいながら振り向いてすぐ闊達な声が叫んだ。

「小隊長!除雪終了しました、」
「オツカレサン、第2小隊コッチ集まって下さい!」

呼びかけ合う声たちが大きくなる、それだけ風は強まった。
体感温度は風速でも変化する、その低温が危ぶまれるままテノールが透った。

「除雪終ったばっかで悪いんですけどね、救助要請が青梅と五日市から来ました。今から隊を2つに分けます、青梅は俺、五日市は黒木でいくよ?」

呼ばれて精悍な貌が上司を向く。
そのシャープな眼差しに澄んだ瞳が笑った。

「黒木は五日市署だったろ?俺より慣れてるはずだね、よろしく頼んだよ?」
「はい、」

頷いて真直ぐ見つめる視線は相変わらず鋭い、けれど信頼の温度は朝と違う。
任されるプライドに感情から変化した、そんな部下へ雪白の貌はからり笑った。

「五日市は黒木に全権任せます、チーム分けは元の所轄でいくよ?でも浦部は青梅に入って下さい、コッチ2班に分けるから班長よろしくね、」

黒木と浦部は同じチームにしない、その配慮に感心したくなる。
日々に把握した人間関係と適性を活かす、そんな聡い声は告げた。

「単独厳禁、必ず複数でお願いします。天候悪化の想定で慎重に行動してください、全員で無事帰還だよ?」



(to be continued)

【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」】

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雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚143

2014-07-05 01:08:19 | 雑談寓話
大雪山系@BSの映像が綺麗でした、北海道はゴハン美味しくて好みです、笑



雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚143

11月終わりの金曜夜、新規プロジェクト同僚との飲み会さなか、

「おーあのひとか、呼んじゃえよっ、笑顔」
「俺あのひとって話したこと無いなー仕事あがってんなら良いんじゃない?」

なんて言われて同僚御曹司クンも合流して、
当り前のよう自分の隣に座ってくれて、で、注目と乾杯いっきょに集中した、

「おつかれーまず一杯め頼みましょ、何にします?」
「生中で、笑顔」
「食いモン頼みたいもんあったら好きに頼んで下さいね、」
「ありがとうございます、笑顔」

って感じで御曹司クンはフツーに会話して、で、訊いてきた、

「なーなに頼む?枝豆とたこわさと漬物盛り合わせ?満面笑顔」

ソレって自分が好きなモンだよね?笑

こんなふうもう好みを憶えてくれている、そんな台詞にちょっと困った、
こんな憶えられるほどもう何度もゴハン&呑み一緒した、そんな実感は懐かしくて困る、で、Sった、笑

「おまえの好きなモン勝手に頼みな?コッチもう満ちてるから、笑」
「えーそんな冷たいコト言うなよ一緒に食ってよー寂しいじゃん、拗×笑」

なんて笑ってくる、
その貌は二人の時と同じに人懐っこくて、やっぱりツッコミ入れられた、

「へえ、御曹司サンって意外と人懐っこいんですねー話しやすいカンジ、笑顔」

このまま皆と馴染んでほしいよね?笑
とか思ってる隣から御曹司クンは笑った、

「俺けっこう甘ったれなんですよーこいつにはホントもう甘えたいし、笑顔」

なにソレちょっと宣言ぽいんですけど?

こんな台詞に反論Sりたくなる、
だけど新規同僚たちは笑って話しだした、

「仲良いんですねーでもコイツけっこう厳しいタイプでしょ?」
「はい、Sですね、笑顔」
「あははっ、Sとかって解かるなー仕事も細かくって厳しーし、笑」
「フツーに喋っててもツッコミ厳しいですよ?笑顔」
「それ解かるなー今日ってチーム初飲みだけど、S零れるし、笑」

なんか変な話になってる?笑

でもまあイイか思いながらコッチも呑みながら喋って、
賑やかで楽しい飲み時間もお開きになり、解散間際に新規同僚らが言った、

「御曹司サンって話すと面白いなーまた一緒しましょ?」
「はい、お願いします、笑顔」

なんて御曹司クンも笑顔で応えて、で、駅へ歩きだすと言ってきた、

「あのさ、俺もう終電いっちゃったんだけどオールして?満面笑顔」

ソレが本命目的?



とりあえずココで一旦切ります、続きあるけど反応次第でラストで、笑
Savant「夏嶺の色4」校了&Aesculapius「Saturnus17」加筆校正中です。
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深夜取り急ぎ、




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