「くそ、くだらない。」
「依頼は、どうするかね。」
「受けるしか無い状況で、どうもこうもあるのかしらね、タヌキジジイ。」
「辿れるような、ソースを残しているのは、誰かな?」
「ああもう、セイバーハーゲンよりも、性質(たち)が悪い。
仕事だから、受けるけど・・・・・・夜道には、気をつけてね。」
「・・・月が出ている時でも、じゃな。」
「・・・・・・・・タヌキ。
黒鳥(ブラックスワン)も、可哀想に。」
「お主は、人には、滅びろと?」
「うん。セイバーハーゲンの余禄だもの。
それに、君は、彼の決意を汚しているわ。」
少し前の、御前と私の会話。
はっきり言って、虫好かないかんじの。
En.7 身代り無き月
私が、ストラウスの元へ、「転移」している最中。
花雪が、廊下を歩きながら、何やら、思い悩んでいた。
大方、ストラウスの目的だろう。
確かに、彼の目的が「復讐」であれば、「筋」は通るだろう。
だけれど、黒鳥としての彼女の記憶は、それを支持しないだろう。
状況を詳しく、冷静に分析すれば、解るだろうし、私は、ストラウスとの約束もあって話す事はしない。
ストラウスの処に、向かっていたのだろう。
縁側のような場所で、ケーキと紅茶を楽しんでいるストラウスがいた。
手には、「ウィクリーナビ」が、あった。
「・・・・・・その分ですと、お体の調子は、よろしいようですね。
「おかげでな。
身体は完治したし、魔力も三割方戻った。」
私は、目的のストラウスを見つけても、とりあえず、傍観する。
一応、ここで、ことを起こすほど、阿呆じゃないだろうし。
「それより、レティを知らないか?」
「あの子なら、不誠実な貴方に愛想を尽かして出ていったようですよ。」
「そうか、それなら、身軽になって良い。」
二人は、至って真顔でそう会話を交わす。
しかし、一応、ギャグとしての意味で言ったのでなくても、表情が動かな過ぎるぞ?
しばらく、沈黙が落ちる。
その後、花雪は、レティがGM御前についていった事を告げる。
しまった、もう出ちゃってるか。
花雪は、窘めるように、ストラウスに、「唯一の仲間をもっと大切にしたら、どうですか?」と言われた。
そこで、私は、二人の前に広がる庭園に降り立つ。
「・・・その人は、味方を求めないよ。
孤独が怖いなら、私や、ブリジット、国や民を捨てなかったんだろうね。
少なくとも、私は、コミュニティの維持には必要ないし、それでも、その人は、連れて行かなかった。」
「お祖父さまに付いていったと思っていました。」
「うん、一応、陛下にご機嫌伺いしてからと思って。」
ストラウスは、溜め息一つ。
一応、私が、「陛下」と呼ぶことへの意味を知っているからなのだろうけれど。
半分は、ね。
私は、その気配を背に、縁側に腰掛ける。
「――――――あの時、望めば、私の側には、全てのダムピールがあっただろう。
国を全て、味方にも出来たのだ。」
「・・・・・・・なぜ、望まなかったのですか?」
「私が、側にと望んだのは、ステラだけだ。」
「花雪、失ってしまったモノに、天地全てを別のモノをあてがおうと、欠落は、際立つばかり。
そう言うモノなんだよ、ストラウスにとっての、ステラはね。」
「・・・よくご存知で。」
「そりゃね。
ブリジットよりも、長く、彼といるし・・・私にも、覚えが無いわけではない。
・・・・・・違っていたら、ごめんなさい、ストラウス。」
ストラウスは、縁側から、庭に降りた。
そして、庭の椿の木の側まで、歩きながら、椿の花に手を伸ばしながら、こう呟く。
「いかに、不毛でも、孤独に復讐を求める方が、どれほど、気が休まる。」
誰に聞かせるわけでもなく、ただ、自らの真の心情であるかのように、呟く。
ストラウスの真の心は、時間と共に、遠く遠くに言ってしまった。
だけど、私は、敢えて、訂正しない。
私は、ストラウスの知る真実を知っている。
同時に、ストラウスの決意も知っている。
だから、訂正しない。
「私は、ステラに出会って、将軍でも、王でも、ヴァンパイアですら無い、ただの「自分」を見つけた。
・・・・・・・私だけの月を手に入れたんだ。
その輝きを忘れられず、それを失った暗黒が私を苦しめる。」
そうだね、一度、手に入れた「月」を失えば。
失っても、手に入れた時の、温もりを、輝きを、忘れる事が出来ない。
出来ないからこそ、失った事実は、蝕むモノだものね。
「仮定は、無駄だけれど、ステラに会っていなければどうだった?」
「―――――――私が、ステラに会っていなければ、最後まで、国と民を守っただろう。
血族を守る為に、この身を投げ出しただろう。
・・・皆を護るだけの「王」という心無き装置であれただろう。」
感情を込めない呟き。
込めないからこそ、その呟きには、それでも、「哀しみ」が見えた。
だけど、その後の事を考えれば、ベターだよね。
そして、ストラウスは、落ちた椿を見つめ、或いは、遠くを見つめ、腰を落とした。
「だが、私は、ステラに出会った。
彼女を奪われた。
・・・彼女の中にあった、彼女との子どもも、殺された。」
半分は、真実だ。
或る意味でも、真実だ。
論理は、アーデルハイトが、犯人だと告げる。
だけれど、論理にも昇らぬ、「REDRUM」がいたのだ。
今は、昔なのだ。多くは語るまい。
「あまつさえ、殺した者は、十年もの間、私の妃であったんだ。
心なき装置であれるはずもないだろう――――――――――――・・・」
私の後ろの円形の椅子に腰掛けた花雪が、ほうけるのが、気配で分かる。
それもそうだろう。
真意は、「復讐」なのか、「それ以外」なのか、断し難いのだろうから。
「・・・私の心のうちは、どうでもいいことだな。
むしろ、お前が、迷うのを見る方が、私には楽しい。」
「(・・・どうしたことでしょう?
こちらが、圧倒的に有利だったはずなのに、たった一つの真実の揺らぎが此処までまどわせるとは・・・)」
ということを思っているのが、気配だけで分かる程、花雪は動揺していた。
たった一つの真実で、揺れる位なら、それは、圧倒的に有利では有り得ない。
ま、ストラウス相手だし、仕方ないと言えば、そうなのだろう。
「・・・・・こうも、連日屋敷に籠っているのも、気詰まりだな。
どうだ、花雪、エレノア、たまには外に食事しないか?」
「・・・・・・・はい?」
「街には、いい店がたくさんあるそうだ。」
「あ、ごめんなさい、ストラウス。
お姉さんは、これから、お仕事だから。
花雪と楽しんで、食事して来てね。」
ストラウスの誘いを断りつつ、私は、「転移」を編み始める。
そして、彼にしか聞こえないように、
「ご武運を、陛下。」
と囁いて、地を踏み切って、「転移」した。
この時期に、蓮火の暴走はマズいだろうし。
にしても、ストラウス、タヌキっぷりでは、御前に負けてないと、思うよ?
GM御前の自動車の車内に直接、「転移」した。
いきなり、現れた私に、御前は、驚いたのが、気配で分かった。
「遅くなったわ、御前。」
「もうすぐ、着くぞ。」
「思ったより、時間、掛かってね。」
一応、弁解はしておく。
今、この車は、ブリジットとの会談の場所へ向かっている。
かなり、「会談」と言う言葉に合わない場所だろうけど。
ブリジットが、会談に選んだ場所は、「回転・かなと寿司」だ。
一言で言うなら、本当に、何の変哲も無い回転寿司屋だ。
少々時間外れのせいか、人は少ない。
それでも、私とブリジットと、レティと御前の組み合わせはどう見られてんだろう。
孫三人を連れて来たお爺ちゃんという図なのだろうか。
「レディ・ブリジット。
どうして、こうも、奇矯な場所にばかり呼び出す。」
「奇矯な面を被ったヤツが何を言う。
だいたい、モノも食えんその面で来る方も来る方だろう。」
「あ、ブリジット、御前は、顔出せる顔じゃないんだよね。
・・・ネギトロと赤貝を三枚づつお願いします。」
「へい!!ネギトロと赤貝を三枚!」
「あ、穴子来た。」
ブリジットと御前は、真面目に、会談をしている。
しかし、私とレティは、ご飯に専念している。
うーん、カニ汁にするべきか、タラ汁に、いや、豚汁も捨て難い。
こういうトコのは、大量にし込んでるから、うまーなのだ。
その間に、二人の話は進む。
前の会談から、約二日で、御前は、コミュニティから、軍事包囲は愚か、偵察衛星まで外したらしい。
うん、潔いというべきなのかね。
一応、下心あるわけだけど。
「下手を打って、そちらの機嫌を損ねても、ことだ。
この先の難局を乗り切る為に、そちらの協力は必要不可欠だ。
出来うる限り、求めに応じよう。」
「ほう、随分と低姿勢だな。
こちらの脅し以上の事があったな・・・」
ブリジットは、にぃと笑い、そう言った。
どうでもいいけど、美人がそれをやると、怖いです、ブリジットさん。
その言葉を受けて、レティを箸をくわえながら、こう付け加えるように言う。
しかし、行儀悪いぞ。
ストラウスに、その辺の事は、仕込まれているだろうに。
「どうも、こいつら、ストラウスにアーデルハイトさまを殺されるのは、都合悪いらしいよ。」
「黒鳥も、面白い位に、慌ててたね。
今代のは、やや精神面が不安定かもね。」
「なるほどな、封印を大規模に捜索しているのは、そう言う理由か。
・・・「腐食の月光」まで、必要としていたとはな。」
「或る意味、念には念のレベルだけど。
あるに越した事はない。」
ブリジットが、レティシアの様子を見ながら、少し、少しだけ「遠い目」をした。
多分、昔のストラスに勉強を教えてもらっていた頃を思い出しているのだろう。
口がうまいから、レティも,ブリジットも、ストラウスを慕ったわけでは無いだろうに。
複雑だねぇ。
陛下は、あの頃となんら、お変わりない。
精々が、少々下世話なギャグが言えるようになった位だ。
それでも、ブリジットは、湯のみを叩き付けるようにして、こう注文を出す。
「ウニを三皿もらおうか。」
「へい、ウニ三枚ね!」
こらこら、御前が、怪訝な顔しているじゃないか。
もう少し、おしとやかにね。
一応、ストラウスを恨んでいると同時に、慕っているのを知っているけど。
・・・・・・今、流行のツンデレなのかな?
恋愛感情ってわけじゃないんだろうけど、その人の事が、好きなのに、ツンツンしてるしな。
うん、ブリジットは、ツンデレだ。
面白い。
うん、近いうちに、からかって見よう、うん。
面白そうだし。
「・・・・・・時期尚早ではあるが、こちらの腹を明かそう。
何故、ヴァンパイア王と女王を必要とするかを。」
そんなことを考えていたら、御前が、『理由』を話そうと決意したようだ。
確かに、やや時期尚早だ。
ベストな時期は、解らない。
しかし、ベターとしては、証拠を提示できることなのだろう。
それは、御前とて、解っていたのだろう。
時間を稼ぐ意図も少しはあったのだろう。
こんな事を言って来た。
「その前に、一つ、聞きたい。
そもそも、ヴァンパイアとは、一体なんなのだ?」
ま、確かに、人間が、ヴァンパイア・・・吸血鬼と聞けば、
『人の姿をし、超常の力と不死身の身体を持ち。』
『喉をその牙で吸った血で潤し。』
『十字架に怯え、陽光に滅ぶ人外』
こんなところだろう。
夜道を歩くなら、豆をまけとか、流れる水が苦手とか。
或いは、塩味がダメだとか。
結構、滑稽というか、それを実地で知っているだけに、ぶち殺したい伝承もある。
これだけ、一定しないバケモノも珍しいんだろうけど。
「花雪の話や、実際にこうして会うと、実際のぬしらのイメージとは違うの。」
「ふん、全てが間違っているわけではない。
純血のヴァンパイアは、陽光を浴びれば、滅ぶ。
・・・・・人間や他の種族とヴァンパイアの混血であるダムピールも、太陽の下では、著しく能力と身体機能を削がれる。」
ま、正確じゃないにしろ、大体は正確だ。
あの部分を言ってしまえば、人と歩み寄る事すら難しくなる。
いや、もう難しいどころではないか。
御前は、全てが終れば、コミュニティを滅ぼすだろう。
・・・・そうなれば、あの術を全力発動して、世界人口を八割を減らしてやろうと決めている。
誰にも、リトにすら話してないが。
「十字架にどれほど効果がある?」
「魔術的には、ともかく、私達には形に意味はないわよ。
霊力を・・・人間がヴァンパイアや私達に対抗できうる力を留めやすい形だったから、昔から、武器防具に使用されて来たってわけ。」
「・・・・・・・そのみてくれ、だけが、残っているだけだ。」
そんな話をしている間に、私も、レティシアも皿を積み重ねている。
あ、私は、話しながら、食べてるんだ。
レティは、全然話に参加しないで、もう、30枚以上皿を詰んでいる。
・・・一応、寿司だけじゃくて、副菜ー唐揚げだの、ゼリーだの、フルーツポンチだのの分の皿も、混ざっている。
混ざってはいるが、いささか、食べ過ぎではないだろうか?
というか、私でも、まだ、20枚だぞ?
「マンゴープリンもいただき!!」
「・・・・おい、山猫。
聞いているのか?」
「うん?聞いてる、聞いてるよ?」
「・・・まったく。」
「へい、生ビールと、オレンジサワーお待ち!!」
見かねたのか、ブリジットがそうレティに、聞くが、手を止めずに生返事をするだけだ。
・・・どうでもいいけど、半分親子か、姉妹にちかい会話のような気がする。
つくづく、仲が良いのか悪いのか。
敵対関係にある以上一概には、良いとは言えないけど、それとて、悪いとも言えないのだろう。
特に、ブリジットは、ダムピールコミュニティを預かっている。
だから、その関係の部分もあるのだろう。
「人間達のイメージで、一番の違いは、「吸血」だろう。
私の知る限り、記録に残っている限りも含めて、血を吸ったダムピールも、ヴァンパイアも居ない。
吸血衝動を持つ者は、おろか、生きる為にすら、必要はない。」
「普通に、ご飯があれば、大丈夫だし、それも、人より少なくても大丈夫な範囲かな。
あの頃、夜の国の敵対国ですら、「吸血」を恐れるのは、皆無だったよ。
・・・そりゃ、吸血ヒルとかはいたけど、ダムピールやヴァンパイアに、「吸血」を恐れるのは居なかったね。
陛下、ストラウスも、血を欲しがったりしなかったでしょ?」
「うむ。
吸血については、後世の作り話か?」
私も、ブリジットと共に、話を騙る。
ま、基本、私はマッドサイエントか、ビブリオマニアと称される類いだ。
語るのも、騙るのも、嫌いじゃない。
・・・・・・でも、レティ。
ビッグパフェって、確か、十人前だよね?
ああまで食べて、大丈夫なのかな?
少し心配になった。
ブリジットと御前も、凍っていた。
タイトルは、三重の意味の「身代わり無き月」。
ストラウスにとっては、「ステラ」。
エレノアにとっては、「テオ」
ここまでは、誰にも変えれない相手と言う意味。
御前達にとっては、「腐食の月光」
これは、代替えの効かない駒と言う意味で。
まだ、「月」は動き始めたばかり。