「とりあえず、15時前・・・と、え-と、昼過ぎには一度帰ってくるから。
遅くなっても夕方には帰ってくるから、この部屋から出るなよ。
おむすびとお茶、食べてもいいからな。」
玄関口でそう言っても言葉は返ってこない。
慎は溜息をついた。
その隣りで静雄が眉間に皺を寄せて部屋の奥を睨んでいる。
「・・・大丈夫なのか?
部屋に置いてきちまって。」
不満げに聞いてくる静雄の瞳は揺れていて・・・あり大抵にいえば、数時間前に現れた二人への敵意が溢れている。
大丈夫か、と聞かれれば、即答できるほどあの二人を保証できるわけではない。
しかし、今あの二人を外に出すことは得策ではないとは思うし、状況ある程度はっきりするまで部屋に居させた方が安心だと思うのだ。
その旨を伝えたら、渋々ながらも静雄もうなづく。
手に持っていた包みの三つのうち、二つを静雄に渡す。
プラスチックの簡易弁当箱に入ったおむすびと卵焼き、あと小さなお茶のペットボトルが入っている。
上司の田中トムと朝ご飯にしろ、と言うわけだ。
「・・・静雄、悪いけどよ、昼頃・・・一時ぐらいに、時間取れないか?
あ-、巻き込みたくないっちゃないんだけどよ。
知り合いに当たってみて待ち合わせするかもしれないから、一緒に話聞いて欲しいんだ。」
口角をかすかにあげ、困ったような苦笑を浮かべた慎は、そう聞いた。
それに、静雄は、うなだれかけていた彼女の頭に手を乗せる。
「・・・最初から、俺はお前に協力するつもりに決まってんだろが。」
子どもをあやすかのようなその仕草。
どちらからでもなく、笑いが零れた。
くすくす笑う彼女に、静雄も昨夜から寄せていた眉間の皺を漸く和らげてつられるようにしてかすかにのどを鳴らして笑う。
「ありがとう。」
黎明 +出遭って別れるだけならば・・・+
第弐抄 信じたくない場面(ステイツ)
「総司、狸寝入りはいい加減止めたらどうだ。」
斎藤の言葉に促され、沖田は閉じていた瞳を開くと大きく伸びをするように立ち上がる。
そして、飄々とこう肯定した。
「なぁんだ、なぁんだ、やっぱり、はじめくんには分かってたか。
・・・ごめん、ちょっと訂正。
彼女にも分かってたみたいだね。」
くすくすと楽しそうに沖田は笑う。
其れに対して、斎藤は小さく溜息をつき、意見を求めるように視線を向けた。
「・・・此処が僕たちのいた時代じゃないっていうのは認めるしかないみたいだけれど。
それにしたって、どうして、彼女はこんな怪しい人間を残したまま出て行ったんだろうね。
昨日も昨日で、無防備な割に、隙がなかったし。」
肩を竦めるようにして呟いた沖田に斎藤は、黙り込んだままだ。
そもそも、自分達はあの女と面識もない。
オマケに昨夜が刀を向けたのだ。
警戒か、下手すれば、敵対されていても仕方のない状況だ。
しかし、未だに斬りかかられる――と言っても、刀が主流ではないような口ぶりであったし、あの女が言った『この時代』ではどんなものが武器とされているのか皆目見当もつかないのだが――事もなく、一晩があけているのは何故か。
無論、切りかかられた所でこちらも応戦するので、そう易々と殺されてやるつもりもない。
・・・同じ事は、あの女にも言えたのかもしれない。
一緒にいた男が同じ部屋に居た時は、戦わずにいることを模索していたのに、居なくなって報告書とやらを書き始めた時には、斬りかかれば、あまり無事に済まない。
そんな予感がした。
「それに結構、強いよね。
平助ぐらいなら勝てるんじゃないかな、彼女。
もしかしたら、僕にも良い処まで行くと思うよ。」
そう、明らかに戦闘行為に慣れている雰囲気が遭った。
まがりなりにも、女性ならば、自分たちの時代、持つはずのない技術であるのに。
命のやり取りに・・・忍びのように影からではなく、真正面からの戦闘に慣れているような、そんな気配がした。
護身術ならまだしも、それは女性にしては不自然すぎるほどの腕。
自身も達人である2人はそう感じたのである。
「・・・確かに、只ならぬ雰囲気を持っていた。」
「だよね。
ま、何か怪しい行動起こしたら斬っちゃ言えば良いんだしね.。」
あっけらかん、と言い切る沖田に対し、斎藤は嘆息一つ。
いくら、信用できないと言えど、今この場で頼りにできるのは、その女しかいないのに、そう簡単に切り殺すこともできない。
だが、それを彼に伝えても、自分の言葉に耳を貸さないだろう。
だからこそ、溜息をつくしかないわけである。
「でも、まぁ・・・そうだね。
話、聞いてからでも良いか。
僕達が、なんで此処に来たのか、とか状況整理だって必要だし。」
口元は孤を描き呟いた彼の瞳は、昨夜どうように冷め切っていた。
ただ、少しだけ興味を持ったような響きが混ざっていたのだけれど。
時刻は、午前9時半の少し前。
最後のテストであった『プログラミングⅣ』のテストが開始されて30分も経っていない。
普段は、そうしないのだが、PC言語の穴埋めなど、普段から自作プログラムを組んでいれば、十五分もあれば容易い。
それに、あの教授のテストは優しいのだ。
半分はレポ-トで採点するということもあってか。
そう思うのは、パソコンマニアと呼ばれるレベルの極一部だけなのであろうけど。
ともあれ、慎は開館したばかりの図書館へ足を運んだ。
目的のソレがありそうな書架に足を伸ばす。
まだ、中途半端な時間だ。
2時間眼のテストを受けるような学生もちらほらいるが、大概の生徒は、昨日までにテストを終えているし、レポ-トを出す教務棟は別だから、人気は少ない。
その書架にも、近くには誰も居なかった。
元々、奥まった書架である、待ち合わせに使うロビ-から遠い。
半ば、夏休みであるし、その初日にわざわざ、来るような物好きも少ないのだ。
レポ-トを書く時でなければ、そう人気があるような場所ではないのだ、歴史系統の書架は。
もちろん、歴史系統の学科を取っている生徒は別だけれど。
「幕末に江戸、京を中心に反幕府勢力の弾圧、及び不逞浪士を取り締まる治安維持部隊・・・。
・・・やっぱり、そうなんだよなぁ。」
要するに、今で言う警察や非常時の自衛隊に近い組織なのだろう。
あくまでも日記の個人視点でしか、知らなかったが、まぁそんなもんだろうと、慎は納得する。
局長の近藤勇率いる戦闘集団。
慎にとっては、≪楢の絆(バンデ・アイヒェ)≫の仲間達のようなそんな集団なのかもしれない。
血に塗れていようとも、そこに絆があったと言う意味では。
或いは、一種、≪ホ-ム≫のようなモノという意味では。
立ち上げから解散まで様々なエピソ-ドがあったのだろうというのは、検討はつく。
それは、追々調べようと思った慎。
・・・奇しくも、その感覚は間違っていなかったのかもしれない。
この時の慎は知るよしもなかったのだけれど。
資料を一旦、棚に戻し学生用の調べ物室へ向かう。
「・・・ディスティアさん、に言うべきなんだろうな。」
調べ物室の個室・・・二畳もないパソコンとプリンタ-だけがある部屋だ。
手馴れたてつきで、ネットを開き、今朝方聞いた名前を打ち込む。
パソコン、を知らなくても、流石に本人の前で検索するわけには行かないからだ。
大学と言う場所は、そう言った面で楽だと思うも、検索結果にでてきた写真に首を傾げ、思わず、そう呟く。
醜男ではないが、今朝分かれた二人とは似ても似つかない顔が表示されたのだから。
-『もしも、今、何処ででも手に入る情報と違う情報を得たら、連絡して。』
これが、同業であるあの友人のいう違う情報であると、慎は何故か確信していた。
一本のメ-ルを打つ。
ディスティアに、十二時半頃に池袋の駅前近くのデニ-ズに来て欲しい、と。
余計な事は書かない。
書かなくとも、解るだろう、同業者だ。
いや、同類(トリップ帰還者)だ。
そして、別の人に電話をする。
少々引っ掛かったことを検証する為だ。
「もしもし、ドタチン?
・・・へいへい、いいじゃん、ドタチンはドタチンなんだし、門田より親しみ安いぜ?
・・・うん、そうそう・・・あのさ、狩沢さんいる?」
同級生でよくワゴンで移動している門田に慎は連絡をする。
いきなりの電話であったが、門田はすぐに返答をした。
「ありがとう。
ええ、うん、ききたいことあるんだ。」
図書館で得た検索結果の写真はプリントアウトしてある。
確信めいたことが、イヤな意味で実を結びつつあるのを慎は実感しつつ、門田の返答を待つ。
聞けば、直ぐ近くに車を寄せているとのことで、其処へ直ぐに向かった。
「わざわざ、ごめん。」
「いや、構わねぇ。」
門田の言葉に慎は表情を緩ませる。
そうして微笑めば、多少は女性のように見えるのだけれど。
ともあれ、慎はワゴンから降りてきた狩沢に視線を向ける。
「なになに?
私に聞きたいことあるんだって?
オススメのアニメ?漫画?あ、もしかして、同人誌?」
楽しそうに笑う狩沢に対して、慎は苦笑をする。
見た目は、カラフルでこそないもののカジュアルな服を着こなす美人であるが、口を開けば、二次元マシンガント-クの狩沢。
慎も、嫌いではないが、流石に今はそう言う場合ではない。
「十日ほどまえに見せてもらった雑誌、あるよな?
それ、貸してくんない?」
「この間の・・・ええと、これだよね?
慎ちゃんに見せたのって。」
ワゴンに戻り、目当ての雑誌を慎へ手渡す狩沢。
礼を言い、ぱらぱら捲る。
目的の特集を見つけると、慎の顔には自然、諦念のような笑みが浮かぶ。
自身の当たって欲しくない予測が当たってしまったように。
「わお、慎ちゃんもこう言うの興味出てきたんだ。
薄桜鬼面白いよ?乙女ゲ-だけど、男の子にもオススメできるな-。
糖度は低いと思うし、結構、カッコイインだよね。
千鶴ちゃんも可愛いけど、私は沖斎か、土崎だな-。
もちろん、平助受けもオイシイけどさ。」
肩越しに覗き込む狩沢に、雑誌を借りたいことを告げると、先月号だし返すのいつでもいいよ、と快く貸してくれた。
そして、静雄との待ち合わせまで、その時点であと2時間ほどあるが、早々とむかうことにした。
「どう言ったらいいだろうね。」
「・・・ソイツが、一緒に話し聞くっていう平和島静雄さん?
カイ、本格的に巻き込む気が無いなら帰って貰ったほうがいいわ。」
静雄も慎に遅れてではあるがほぼ時間どおりに来たが慎は、話あぐねていた。
そこへ、割り込むように一人の女性の声。
青く輝く腰を越える長い髪に、夕焼け色の瞳で更に長身かつ、細身ながらもグラマスな女性だった。
見た目は、慎達と変わらない年齢なのだろう。
いや、若干年上だ。
静雄よりもやや長身な身体を包むのは、深い紫のチャイナ風のトップスと膝丈スリットの鮮やかな刺繍の入った黒いタイトスカ-ト。
黒く形式はギリ-シュ-ズではあったが、細かで色彩豊かな刺繍が施され、女性用の形をした靴を履いている。
シンプルかつ、体のラインに沿った衣装である。
全体の印象としては、旧い映画の中国人ヒロイン辺りのような服装であった。
若干、浮きがちではあるモノの首から、ユリモチ-フのクロスを下げている。
恐らくは、メンズのそれを。
また、耳にある中の小鳥まで細工された片耳だけのピアスも同じく印象的だ。
「ディスティア、それは・・・」
「テメェは誰だ?」
「・・・カイの同業者で、説明役の狂言廻しよ。」
コ-ヒ-を注文した後、彼女は、静かに告げた。
慎からのメ-ルを受け取り、簡単に調べた・・・正確に言えば、心当たりに裏づけを取った情報を。
至極あっさりと、なんでもないことのようなこと。
「結論から言えば、伝えられない歴史からのタイムスリップをしてきたのよ。」
「伝えられない歴史?」
「そう、今残っている歴史なんて勝者の歴史だもの。
勝者に都合の悪いことは隠した歴史ってことよ。」
「・・・ディスティア、これ。」
「・・・どこから、漏れたのかしら。
もしくは、ご先祖様の冗談とでも思ったのかしら。
まぁ、ゲ-ムとしてなら問題ないかな。」
怪訝な声で答えた静雄にディスティアは、あっさりとしかし、嫌悪を隠さずに説明する。
そして、慎に見せられた雑誌を見て、眉根を寄せる。
狩沢に借りた雑誌である。
ぱらぱらとざっと見るが、ある程度は知っていたのだろう。
なにせ、連雀氷雨として彼らに関わっていたのだから。
とりあえず、状況は把握したようだ。
過去の京には縁があると言っていたから、その筋だろうと、慎は検討をつける。
「時間、どれくらい取れる?
三時間四時間かかるわ。」
「何に・・・説明にか?」
「もちろん。」
「・・・トムさんに連絡してくる。」
静雄に質問する。
説明するならば、明かせるカ-ドは明かすのが、ディスティアの主義だ。
されとて、明かせても、他人の悲劇は基本的に語らないのだけれど。
この騒動に付き合うならば、聞け、とでもいうような質問。
それに、上司に連絡をする為、一旦外へ向かう静雄。
恋としてかは投げておいて、友人の為に彼は協力すると言ったのだから。
「・・・ディスティア?」
「あの人は、本当にお節介なの。
・・・幸せアレルギ-って、勿体無いと思うわ。
私もお節介だけどね、前の自分を過去に送り込んで、過去を改変しちゃうぐらいには。」
「そこまで?」
「うん、知ってしまったからね。
全てを幸せになんてのは、物語でだけだ。
せめて、自分の手の中に入るぐらいには、幸せになって欲しい。」
「・・・貴女のは?」
「なれるならね。」
慎の問いに、ディスティアは決して、「なりたい」とは言わなかった。
そう願えるほどにお互い、血に濡れていないわけではないのだから、慎とてそれ以上聞けなかった。
少なくとも、お互い、裏で名前が売れすぎている。
慎などは、こちらでは、まだ極力接触をネットに限っている分、まだマシだが、ディスティアは親の職業とその目立つ髪でそうもいかない。
ただ、日本にいる限り、殺されることはないだろう。
有名人の娘が殺されて、世論がマスコミがその追求を緩めるほど、緩くはない。
それに、彼女の友人達がそれをさせることはないだろう。
「さて、場所移りましょうか。
此処で話せる内容でもないからね。」
―――しかし、ディスティアは決して、安穏だけを望んでいるわけではない。
途中、隻眼の赤林に会い、報告書を渡して、東急ハンズ池袋店に程近いとある喫茶店に入る。
入り口近くや二階は照明が明るめで、商談や女子高生が喋り場にしているようだ。
奥に行くにつれて、照明が暗くなり、一階奥には個室が並ぶちょっとリッチな店。
ニスを・・・いや、時間を重ねたようなそのテ-ブルと良い、居心地が良さそうだ。
「あらぁ、ディスちゃんに、まこちゃんじゃない?
・・・お仕事?」
「半分ね。」
「まぁ、近いかも。」
「そっちの子、静雄ちゃんよね、最近じゃ珍しい組み合わせじゃない?
高校以来だものね。」
ウェイタ-として動き回っていた桃色に近い赤紫の長髪の彼-月森久遠に声をかけられた。
慎とディスティアの友人で、刀の九十九神で、ゲイでオカマである。
服装もそれ相応ではあるが、申し訳程度のエプロンのせいか、そう違和感を感じるほどではない。
何度か、高校時代、慎と友人達-静雄、新羅などであるが、臨也は静雄とは同席しなかった-は来たことがあるのであった。
「今日はこっちなんだ、久遠さん。」
「そ、本店は今、学園が高等部も大学部もテスト期間中でしょ?
閑古鳥に近くて近くて、こっちの方にお手伝いなのよ。」
「カマイトさんも?」
「ええ、今買い物に行っているわ。
・・・個室、使う?」
「お願い。
コ-ヒ-と甘いもの、よろしく。」
「はいはい。
一番奥を使って頂戴ね。」
事情を知っている・・・もっと言えば、数年前に終ったディスティアの物語での彼女の師匠・エイレンの契約使鬼であったのだ、久遠は。
今はいない主人の代わりに、年少組を見守るのだ。
・・・それに、四年ほど前に、エイレンがまだ生きていた頃に頼まれたあの出来事に関わるのだろう。
ならば、協力できる部分は協力しようと思う久遠であった。
「じゃ、行きましょう。」
ディスティアが促し、奥の個室に入る。
六畳ほどの部屋にソファとロウテ-ブル。
照明はやや暗めで、ネット接続の端子とコンセントが少々多いぐらいでそう変な部屋ではなかった。
ただ、鍵がかかるようになっていたのが、少々剣呑なぐらいで。
「さて、今来てるの誰?」
「沖田総司と斎藤一って名乗ってる。」
「ふぅん、あの悪戯小僧みたいなのと無愛想な剣士くんか。」
「はぁい☆アイスコ-ヒ-とお姉さん特製のシフォンケ-キよ☆
コ-ヒ-は、ピッチャ-で持ってきちゃった。
・・・ディスちゃん、私も同席するわよ?
一応、直接面識あるんだし?」
「・・・・ややこしいことになるんだけどね。」
ディスティアは、呆れたようにそう呟いた。
目の前のチョコとピスタチオのシフォンケ-キを眺めながら。
「んと、まず結論を言おう。
彼らは、新撰組のあの斎藤一や沖田総司だよ。」
「・・・は?」
「少し旧い映画になるけれど、バック・トゥ・ザ・フュ-チャ-と言う映画の逆版と言うか。
とある男が、とある子達のハッピ-エンドが必要だから、トリップさせたらしいと、≪図書館≫にはある。」
「・・・イザヤみてぇに回りくどく言ってねぇで、解りやすく言え。」
「イザヤねぇ、あのある意味情報屋の鏡と一緒にして欲しくないわ。
辞書で『情報屋のクズ』って引いたら出てくるような奴は、最低だと思うもの。」
にっこりと、砂糖菓子のように甘やかな笑顔ながら、きっぱりとディスティアは、同業者である筈のイザヤを拒絶する。
例え、善人の情報屋は早死にするだの、或いはお人好しの情報屋なんてのは無能な証拠と言って憚らなくても、最低限のポリシ-があってこそ。
そして、カタギの一般人を駒にするなんて言うのは、ディスティアにとって、一番拒絶したいことである。
なぜなら、知らないでいてくれる人がいることこそが、彼女の最大の救いなのだ。
日常(ふつう)があるからこそ、戦える。
そして、過日に死んだ少年も、元々はカタギの普通の少年だった。
養父が少々、裏にコネがあっただけの。
それは、カイを名乗る慎とて同じ事。
養母や弟は、彼女が裏稼業なのを知っている。
だけれど、娘は何も知らない。
知らないままでいて欲しい。
裏(ここ)に近い場所で生まれた子だけれど、それでも、我が子が裏に来る事は望まないのだ。
「・・・何故、萩行さんがそんなのことを?」
「あの男のシンプルかつ最大の願いは、娘や息子と呼んだ人造人間(人の手で産み出された子)達のなんでもない幸せだけだもの。
・・・それこそ、そうね、『家族でコ-ヒ-を飲む程度』のささやかな幸せよ。」
「なのよね~。
だから、エイレンちゃんもドついて止めれなかったもの。」
「それがなんで、慎に厄介事を押し付ける事になってんだよ。」
「例え話になるけれど、西洋医学で癌を見つけた場合、表面的な病巣だけじゃなくて、根幹も取り除いたりするの。
つまりは、萩行の娘だけを幸せにしても意味が無いこと。」
「聞きかじりだけれど、萩行ちゃんの娘さん達って、聖ちゃんの此処二百年で一番不幸だった時に・・・それから立ち直らない内に作成された子が元なのよ。
だから、なんて言うのかしらね、『自分は幸せになっちゃいけない』って言う強迫観念があるのよ。」
「一応、萩行や私のような一定レベルのスキル使いには、時間は不可逆ではないからね。
・・・今からでも、大切な人を作って、『幸せになってもいいんだ』と思わせれれば、それが、萩行の娘達にも波及させることができる。」
例え話に変換したが故に、微妙な差異は生まれていようとも、事実である。
約三百年後を生きる彼の娘達が生まれた経緯にしてみても、この世界で辿れはするが、それは、彼女達のいないフィクションとしてのそれであり、事実ではない。
「・・・嘘じゃねえんだな。」
「ウソをつく必要は無い。
誤魔化す事や隠す事はあっても、身内には嘘はつかないことにしている。
平和島は身内じゃないけど、カイは身内だからね、嘘はつかないわ。
・・・それに、私は貴方の実力は認めている。」
「そうね、ディスティアちゃんは、一応、認めているのよ?」
「拳を交わせば、その人間が見えるからね。
力を持て余していても、それでも捨てようとか、いらないとか心根では思っていない貴方を私はとても好ましく思うの。」
「・・・は?」
「あぁ、あん時か。
その人と≪風舞姫≫が同一だとは当時は思いも依らなかったからな。」
「覚えてないならいい。
濡れ衣なんぞ、いい気分じゃないだろうからね。」
過日、一度限りの邂逅ではあったが、ディスティアと静雄は面識はあった。
静雄の方は、当時は制服ではあったが、金髪ではあったし、印象は変り無い。
ただ、ディスティアが当時より更に長身なのと、服の印象のせいか、静雄には思いたらないようだ。
というより、特攻服+男装と今のナイスバディなタイト衣装とで印象は欠片も重ならない。
「で、どうする?」
「どう、するって?」
「面倒見るのか、追い出すのか。
追い出すなら、あの大馬鹿者に連絡ぐらいはとるよ。」
「・・・・・・萩行さんの私への目的って、わかるか?」
「精霊に引っ張られすぎて、誰かを哀しませるのは、いやだろう、カイ?
あの男は、望む結果だけでこれを選んでは居ないんだよ、残念ながら。
規定(ル-ル)は違うが、精霊使いをこの世に引き留めるのは結局は、絆(ロイス)ってこと。」
「お節介だな。」
「ええ、本当に。
引っ張りあげる為に送った世界で選んだ能力があれだから、言わないだろうけど、心配なのさ。」
欠伸をする猫のように目を細め、ディスティアは答える。
彼女とて、彼の少年を失った痛手から立ち直させられる為に、あの世界に飛ばされた。
そして、一人壊してしまったが、今こうして立ち直っているのだから。
慎とて、二人の『ムサシ』を失った。
一人は、自分をこの世界に引きずり込むだけ引きずり込んで逝った先輩である、武蔵春陽(たけくら・はるき)。
もう一人は、その後行った世界で慎を拾った傭兵団・≪楢の絆(バンデ・アイヒェ)≫のムサシ・クラ-ジュ。
残してくれた物は多い、されとて、喪失(うしな)ったモノも多いのだ。
そして、二人のムサシがくれ、そうしたモノは慎を苛む。
彼女が踏み止まっているのは、彼らがくれた物があるからだ。
「・・・まっ、面倒見るさ、何かの縁だしな。」
「そう、・・・時間いいの?
三時ぐらいに帰るって2人に言っていたわよね。」
「・・・マズっ。」
促され、時計を見ると二時半を幾らか回っているようだ。
慌てる慎を制すのは、久遠。
作り置きの惣菜を幾らか持っていきなさい、と言うことらしい。
一緒に、ディスティアも席を立つ。
静雄が、渋面のままである為、とある店で便宜を図る為のお菓子作りの為だ。
二十分ほどして、包み終わり久遠が戻ってくる。
それを受け取り、慎は帰っていった・
静雄がちらりと見た中身は、具沢山の白和えだの、きんぴらだの、和風一色の惣菜である。
一方、ディスティアは、静雄を伴い、池袋から移動して、新宿駅にまで来ていた。
数駅離れていようと多少は、悪名は轟いているのだろう。
金髪にバ-テン服は目立つのだ。
「で、ここまで連れて来てなんもないわけじゃないよな?」
「もちろん。
まだ、納得したわけじゃないだろう?
人の悲劇を他人(わたし)が語るのは、礼儀違反だし酒の力でも借りないとやってられないってところだしね。
知り合いのトコしか、ある程度信頼できて他人を連れて行けるレベルの店を知らないんだ。」
あっさりと、ディスティアは答える。
しかし、最後の一言は、口の中で呟くのみ。
――『それに、あの情報屋に逢えるかもしれないしね。』
東口から離れ、歌舞伎町の方へと2人は歩き出す。
+後書き+
一応、ギリギリ一年経つ前に2話めです。
裏で、慎ちゃんのALFのデ-タ作成したり、色々してましたのです。
とあれ、今回はギリギリ出番ありましたが、次回は、沖田さん斎藤さんの出番はありません。
最後にちびっとあるといいかなぁ、と。
読者向けに、慎ちゃんの過去話メインになります。
語るのは、ディスティアですが。
また、慎ちゃんの属したル-ルは、アルシャ-ドff。
クラスは、エレメンタラ-/スカウト/サムライ辺りになるのかなぁ。
エレメンタラ-とサムライは確定。
無印のエレメンタラ-ライフパスですので、若干、エレメンタラ-としても強いです。
総合レベルは、30前後。
サムライメインのはず、前後の事情で、エレメンタラ-が若干強いですが。
ちなみに、文中のロイスは、ダブルクロスの用語です。
化け物にならない為の楔ですね、大切に思う人をゲ-ム的に表した物。
ディス嬢は、つまるところ、『大切な人がいるなら、居ないよりも持ちこたえられるわ。』と言っているわけです。
とあれ、なるべく早いうちに、3話目で会いましょう。
それでは、次の物語にて。