Middle-10 日常の一幕
詠太郎は、廊下を歩いている。
あの後、箒と特殊能力を駆使して、ジュリ達を別れ、二時間後には、ロ-マ聖王庁にいた。
書類上の直属の上司・パトリシア・フィオルツァとの面会を取り付けてだ。
魔法大戦以前から、ウィザ―ドを聖王庁内で認めてきた女傑だ。
金髪に蒼い瞳は年齢不相応なほどに、大変、美しいがされとて、手を出そう何て言うのは、乾の三十年に満たない人生で、天春市楼ぐらいだろう。
天春市楼と言うのは、乾が所属していた出版社の社長で、魔法大戦で死亡した友人の名前だ。
ちなみに、ではないが、聖王庁内部での、ウィザ―ドの地位は低い。
魔法大戦で、多少認められた感はあるものの、やはり非公式だ。
まぁ、過去の魔女狩りなどという遺恨を考えれば、まだマシなのだろうけれど。
「詠太郎=ワトソンです。
入ります。」
樫の扉をノックして、乾は入る。
此処での登録名・・・表と裏のエクソシストであった祖父の名字を名乗り、だ。
聖王庁で、ウィザ―ドの地位が低かろうと、ギルバ-ド=J=ワトソンを知っていれば、無下にできない、そういう名前だ。
現・聖王の同輩であったからだ。
彼が還俗しなければ・・・という話が今ですら、ちらほら聞こえる程度には、有能だったのだろう。
「遅かったのね、報告をちょうだい。
ああ、貴方も、扉の前の衛兵も下がるように。」
「し、しかし。」
「もう一度、言うわ。
貴方も、衛兵も下がるように。」
執務机に座った女性が、何かの報告にきていた司祭と入り口の衛兵を遠ざけ、人払いをする。
ロ-マ聖王庁第十三枢機卿・パトリシア=スフォルツァ。
『聖王庁のアンゼロット』の異名を貰うような人物、彼女を示すのならば、それで済むだろう。
「ごめんなさいね、先の大戦からぴりぴりしっぱなしで。」
「・・・監視と牽制の意味もあるのでしょう。」
「よね、やっぱり。
あの狂犬・ミリセント以外に、ウィザ―ドを認めてこなかったせいで、どうしても、他の連中に劣ってるもの。」
「そうですね。
客観的にみて、対エミュレイタ―戦であっても、うちは他の組織の三割がいいとこですから。」
「ギル小父様のようなのをもう少し認めていたら、違っていたのかもしれないわね。」
つらつらと、会話を流す。
一応、書類上云々と言うのは、詠太郎が、聖王直属であるかだ。
出自の『聖剣帝』と詠われたギルバ-ドが祖父なのは、いい。
しかし、あの≪魔毒の王≫ライアの転生体というのが、かなりマズイ。
もちろん、侵魔の転生体というのは、マズイが、魔王・ライアの、と言うのがまずいのだ。
伝承は語る、シャイマ―ルに比肩しうる長大な力の持ち主であると。
今までは、殺される事が多かった。
ウィザ―ドが、いかに世界結界を護る守手だとは言っても、それでも、魔王の転生体と言うのは、あってはならないのだ。
だから、殺された。
しかし、十五世紀あたりからの『常識の崩壊』故に、世界結界は緩んでいった。
詠太郎が生まれた頃にあった第三の喇叭事件で、それに拍車が掛かった。
世界結界を揺るがす、速度が進むごとに、魔王の転生体を許容していった。
いや、せざる得なかった。
手枷足枷首枷をつけてでも、飼って置くほうが有用だから。
実際、詠太郎の三つ前までは、薬漬けの女漬けの半ば、壊されて飼われていたのだ。
それが、どの組織でも、だ。
聖王庁でも。
世界魔術教会でも。
一条家であったとしても。
もちろん、それが面白いと思うほど、侵魔は穏当ではない。
転生を繰り返させ、時の流れにより禊ぎさせた上で、その楔を揺るがそうとしたのだ。
・・・そのせいで、詠太郎の両親と妹は、死んだ、殺された。
皮肉なことに、今の戦闘力の何割かは、そのせいで覚醒したのだ。
「・・・ということです。
パトリシアさん、質問宜しいですか?」
「何かしら?」
「・・・千年前に何が在りました?」
「それを私に聞くの?
張本人を身の内に秘めているのに。」
「その本人が、普段は軽口ばかりの癖して、話さないんですよ。
今回の事件が、その千年前に収束していくと言っているのに。」
「う-ん、話せないわ。」
詠太郎は、上司に質問する。
そして、帰ってきたのは、想像どおりの言葉。
立場故、と言うのを知っているからだ。
それでも、と、詠太郎は思う。
知りたいのだ。
自分も、転生者の端くれだ。
断片的には、とは行かないほどに思い出していても、あの千年前の出来事がある前までのことだ。
肝心の千年前のあの出来事は、思い出せない。
欠片も、粉一つ分すらも、思い出せないのだ、完膚なまでに。
「・・・そうですか。
では、失礼します、捜査を続行しなくてはいけないので。」
「よろしくね。
ああ、この本、『子宮(シェオル)』のおじいちゃんに返しておいて。」
「・・・ええ、はい。」
不自然な頼みごとをされた。
正確には、話せないが故に、話せる人物にツナギを繋いだという状況だろう。
廊下を歩いている詠太郎は、思う。
少なくとも、神学系ではあるが、禁書の類いをわざわざ、持ち出して他人に返しに行かせる以上は。
「オゥ、ボ-イ。
久し振りだね、まだ、任務は終らないのかね?」
くすんだ銀髪に緋色の瞳の堂々とした体格の聖職者-聖王様ともちょっぴりいい関係とも、噂があるグィ―ド=ボルジアだ。
一応、書類上ではなく、事実上の上司が一緒なので、詠太郎とは、同僚に当たる。
そうは言っても、彼が、対ウィザ―ド政策を任ぜられる幹部なのに対し、詠太郎は特務ではあるモノのエクソシストであるのだが。
「ええ、ちょっと、現地で知れべきれないことが出てきまして、一旦戻ってきたんですよ。」
「ふむ、珍しいじゃないか、ボ-イが慎重になるとは。」
「鉄砲玉のような言い方は止してください、目的が在っただけです。
それに、ボ-イと言うのは止めてもらえます?
これでも、26歳で、貴方と十歳しか違わないんですけど?」
「ボ-イは、ボ-イだよ。
若いからね、特に日本人は、若く見える。」
「・・・・・・・」
「まぁ、それはともかく、終ったら少しは時間空くのだろう?」
「ええ。
猊下も、この仕事終わったら、溜まっている有給を消化するように言われていますが。」
つらつら、と会話をする。
なんでもない日常の会話。
聖王庁内で、数少ないウィザ―ドで在るということと同じ部署である。
それに、グィ―ドは職務に対しては忠実な神の僕であるが、基本的に人好きと言うか世話好きというか、とある一点を除けば、とても、友人として、付き合いやすい。
現に今とて、極東の魔剣使いの青年の例を出し、若いのに生き急ぐな、とか、気を抜くことを覚えなさいとか、そんな説教と言うよりは、叱ってくれるそんな話をしている。
父親、と言うほど離れていないが、自分にもしも歳の離れた兄がいればこんな感じだっただろうか、などと詠太郎は思う。
「・・・それで、スフォルツァ枢機卿から本の返却頼まれているんだけど、用件は?」
「せっかちなのは、早いのと同じぐらい嫌われるよ?」
「グィ―ドさん?」
「ようは、酒でも呑まないかね、と言うことだよ。」
「はいはい、僕が、キノコのバタ―醤油パスタと明太子パスタ、コンキリエのクリ-ムソ-スを作ってでしょ?」
たまに・・・大きな任務をどちらかがこなして還って来た時、二人は酒を呑む。
大抵、グィ―ドが少しいいワインを何本かもって、詠太郎が、パスタやサラダの類いを作ってだ。
それも、此処しばらくは、冥魔のことなどで、少々立てこんでいた。
前にその話が出て二週間以上経っているが、未だに果せないほどには。
「で、どうかね?」
「いいよ
・・・そうだね、白のクプラマ-トも、持ってきてくれない?
リクエスト通りだと、それが良く合いそうなんだよね。」
「わかった。
それじゃ、終って落ち着いたら連絡が欲しい。」
「りょ-かい。
では、また。」
グィ―ドの言葉に、応じて、詠太郎は、歩き去る。
いつものように、さっさと、躊躇無い様子で。
しかし、グィ―ドは何かを更に話そうとした。
もしかしたら、これが最後かもしれない、そんな予感がしたのだ。
そう、この生き急いでいる後輩が先に逝ってしまうかも知れない、そんな予感がして。
しかし、グィ―ドは何も言えずに、立ち尽くすことなる。
・・・それが、彼を彼としてみた最後であったのに。
Middle-11 秘されし真実の一端
彼の職場は、書庫。。
≪子宮(シェオル)≫と聖王庁で、ただ言えば、この書庫を指す。
本だけではなく、色んなシロモンがあっても、そこは、書庫。
物品と本には一つの共通点がある。
イノセントが読めば、三ペ―ジと読まぬ内に脳が爛れて死ぬ、いや、ウィザ―ドでも一章と読めないようなそんな本や、材料さえどうにかすれば、死者すら生き残るような本。
或いは、ヒッピ-の親玉みたいなヤツの身体を磔にした際の釘だとか。
そういうシロモンが保存されとる部屋だ。
150センチに満たない小柄な身体を緋色の衣を纏った老人がその部屋の主。
若い頃は、エミュレイタ-相手に、鳴らした聖職者だ。
しかし、彼は、198人いるという枢機卿名簿に、記載されていない。
その彼は、ただ、ヒュ-バ-ドと呼ばれる。
或いは、緋衣の老人と。
極東の情報屋からは、緋衣のおじいちゃんとか。
かつて居た異端のエクソシストからは、ヒュ-じいさんとか。
彼が少々厄介な身体になってからは、もっぱら此処だ。
此処五百年ほどは、此処に居ない時間は、聖王への謁見ぐらいというほどに、彼は此処にいる。
「スフォルツァの嬢ちゃんよ、ワシに話せと促すのかのう。
ギルのボンの孫に、あの魔王とあの嬢ちゃんの顛末を。」
彼は、いかなる秘儀を用いたのか、千年を生きてしまったウィザ-ドだ。
この聖王庁の千年を見守ってきたともいえる。
こんな身体になったのは、偶然であるが、いつの日か、解らないが、彼が知りえた顛末を話す為には、ちょうどいい。
その為だけに、千年を超えた。
聖王庁に知られれば、異端審問をすっ飛ばして、火刑に処されるようなそんな決意。
だけれど、も、と彼は思う。
異世界での自分に、ある少女はこう言ったと聞く。。
-『情報は、知られるべき人に知られてこそ意味がある。』
それを教えたのは、この世界を構成する幻夢神と同格以上の来訪者であったが。
コンコン、
等間隔に二回、ノックがされる。
入っていいぞい、と、緋衣の彼は許可を出す。
懐かしい音でもあったからだ。
かつての当代一異端のエクソシスト、ギルバ-ドのように妙に丁寧なそんな音だ。
もっとも、彼の場合は、少々騒々しいが丁寧、と言うもの。
入ってきたのは、黒に近い紫の髪をおかっぱ程度に適当に切り、左眼は蒼穹、右目は琥珀の青年だ。
年の頃は、二十代半ばか後半ぐらいか。
特務・・・正確には、異端エクソシストになってから、十年ほどの青年。
復讐の為に、全てを捨てて、この世界に入って、その最中に色んなものを拾って奪われてきた、とヒュ-バ-ドは知っている。
「スフォルツァさんからです。」
「おうおう、お嬢からか。
連絡はもらっておるぞ、ギルの孫・・・詠太郎じゃったな。」
「・・・ギ、・・・祖父をご存知で?」
「知っとるぞい。
お前さんの父が、彼奴の愛娘関係でガチンコ勝負したというのものう。」
「そ、そうなんですか。」
この青年が知っている父は、温厚篤実を絵に書いたようなサラリ-マンであろう。
それは間違いではないが、かつて父が、十代だった頃、オカジマ技研に入社する前に、陰陽師として名を馳せていて、天春とも付き合いがあったのだ。
紆余曲折、奥さんと知り合い、かつて、オカジマ技研の現副社長の姉を救った縁で、オカジマ技研に就職して、イノセントとして暮らしていた。
それも、十年ほど前に叩き壊されてしまったが。
「さて、何が聞きたいのかね?
千年前の悲劇を越え、絶望に死んだ魔王・ライア=アフリクシオンの『転生者』よ。」
感傷的な想いを振り払うかのように、老人は、青年に訊ねる。
千年間、自身が待っていた『存在』にだ。
贖罪の為かもしれない、或いは殺してもらう為かも知れない。
そのどちらであれ、待っていたのである、老人は。
「・・・千年前の秘されし真実を。」
緋衣の老人・ヒュ-バ-ドは、千年前の世界魔術協会(厳密にはその原型)に所属しており、監視役のような形で、背信者会議(これまた、その原型ではあるが)に派遣されていた。
当時の会議の長の名前をクロイツ=ロ-ゼンマリアと言う銀髪の吸血鬼だった。
ある日、幼いイノセントを拾って帰り、その少女が十四歳になったある日に吸血鬼に転化させた。
その少女が、今のジュリ=ロ-ゼンマリアだと言う。
クロイツに近しかったエスメラルダやレオンハルトと共に、実の兄弟のように育ったが、それでも、彼女を疎む存在は皆無ではなかった。
当時は、イノセントや人間のウィザ-ドを低く見る風潮が吸血鬼にはあった。
もちろん、今でもあるが、それは当時の十分の一と言っても、大袈裟ではない。
彼らが、教義で悪魔-異端者だとされたのは、その部分もあるのだろう。
もっとも、真には、侵魔に与した今日の落とし子のような吸血鬼は、同族からでも忌避され、滅殺の対象である。
まぁ、穏やかだった。
一つの幸せの形がそこにあったのだから。
少女の側には、養父がいて、その親戚筋の二人の吸血鬼を兄姉のように慕っていた。
なんでもない、普通の。
少しづつ、少しづつ、重ねていく日々。
時計が人間に比べ壊れていようとも、それでも、キラキラの宝石のような日々だ。
それは、人間だったヒュ-バ-ドが、壊れる直前に見た時も同様で。
強大な魔力を持つ吸血鬼ですら、根っ子では変わらないのではないか、と思わせるほどだった。
千と少し前のこと。
そう、それが壊れた。
ジュリが、一人の人間のウィザ-ドを拾ったから。
ライアス=エンプティセット-彼は、クロイツの客分になった。
五年、季節にして二十季だけ。
ただ、それだけで、その一つの幸せの形は終った。
黒く癖のある髪を背中の中ほどまで伸ばし、黒曜石色の瞳のウィザ-ド。
それが、全ての元凶だった。
彼が、侵魔の王・≪死毒の王≫ライア=アフリクシオンだったのだから。
「じゃけどのぅ、悪モンはおらなんだ。」
「・・・?」
「お主にも、おるじゃろう?
何にも耐えがたい女性(ひと)がのう。」
「ええ。」
老人は、青年に語る。
誰かが、誰かを思ってする行為に、歪んだ形はあれど、それでも、悪意と言う形はないのだから
詳しい経過は省いておく。
しかし、ジュリがあっちの意味で食われていれば、それは糾弾の材料になったが、それはなかった。
触れるだけのキスやせいぜいが添い寝だ。
だけど、元より、侵魔とウィザ-ド。
油と水のように相容れることはない。
異例中の異例。
それ以降は、半年ほど前に終った魔法大戦が終って以降でなければありえないことで解決しようとした。
当時はまだ存在していた侵魔の頂点・シャイマ-ルとアンゼロットがその件に限り手を組んだ。
つまり、侵魔とウィザ-ドが手を組んだということだ。
食う者と食われる者が、共に、その状況を壊す為だけに手をとったのだ。
術式としては簡単だ。
ウィザ-ドの魔力を触媒にし、その封印の構成式を直結すること。
そして、構成式自体は、簡単に敗れるようにしてあったこと。
しかし、それを破れば、触媒にされたウィザ-ドは死亡するということ。
もちろん、封印を突破してくるだろうという仮定の元、そこをアンゼロットとシャイマ-ルが叩く、そういう作戦だった。
そう、作戦だったのだ。
だけど、彼は、ライアは、無言でそれを受け入れた真実など、誰も知らない、知ろうともしなかった。
・・・しかし、彼がかすかに浮かべた晴れやかな笑顔が全てを物語っていたのだ。
千の動作より、万の言葉よりも、ただ一つのその微笑が、哀しいまでに雄弁に表していた。
―――『あの少女を誰よりも自分自身よりも愛している。』
魔力には、それぞれ、固有の波がある。
自分がこの結界を破れば、相手がどうなるかわかっていたのだろう。
封印結界、その魔力の源は、彼が愛した少女・ジュリだったのだ。
それを知ってか知らずか、ライアは封印-今、彼の居城となっているあの城に送られるのを受け入れた。
しかし、それが完全成される-彼が、封印の城へ送られる直前、それが邪魔された。
シャイマ-ルとアンゼロットの両雄が手ずから編んだ術式だ。
そうそう邪魔は出来ないはずだった。
・・・唯一にして、最大の弱点、つまりは、魔力の供給主-月匣で言うならば、コアにあたる-が、抵抗すれば、別ではある。
別では在るが、それを排する為に、ジュリは眠らされているはずだった。
―――『許さないわ・・・私は、絶対に許さない、許したりなんかするもんか。』
いつしか、降って来た雨が、少女を彩り、怨嗟を引き立てる小道具になる。
その場にいてはいけないはずの少女が其処にいた。
邪魔はできても、解除はできない。
更には、大義名分に隠された利益を知る少女。
そんなものの為に、ライアは自分を置いて行く。
彼が居るならば、自分は、クロイツですらいらないのに。
―――『呪われろ、アンゼロット、吸血鬼共!!
未来永劫、この世界が続く限り、呪われるといい!!』
どうしようもないが故の、絶望と憤りと哀しみに頬を濡らし、恐らく、少女が生まれて初めて心の其処から吐いた呪いの言葉。
そして、ジュリとて、ウィザ-ドの端くれ。
この封印結界の基本が、月匣であることを察していた。
ならば、とでも思ったのだろう。
―――『・・・あの人の縛鎖になるのなら、この命なんていらない。
大切な人がいない世界なんて意味がないのに。
ごめんね、せめて、貴方は自由になって・・・でも、最期まで愛してたよ、ライ。』
涙を拭わないまま、少女は晴れやかに笑った。
そして、その胸に短剣を尽き立てたのだった。
・・・実際、短剣・・・刃渡り二十センチに満たなかろうと、胸を刺した以上は助からないはず。
しかし、封印結界の維持を優先したアンゼロットは、運命律を捻じ曲げた。
彼女の時を止めた。
最後に、アンゼロットが見た魔王・ライア。
彼は、泣いていた。
何よりも、無力な自分を笑うかのように。
彼の唇が最後に紡いだのは、ただ一つ。
『なぜかのじょがしななければいけないのだ』
「・・・こんな具合じゃよ。」
「・・・っ。」
「正義などの、それぞれの人の美名じゃ。」
「・・・・・・どうすれば良いんでしょうね。」
「さあのう、ワシが決めることではないのう。
お前さんが、決めることじゃ。」
緋衣の老人は語り終える。
あくまでも、彼の視点からのあの悲劇を。
終ってしまい、語る人も少ないあの悲劇。
少なくとも、アンゼロットとて、語りがたらぬ、あの悲劇。
当事者の転生者であっても、思い出せなかった出来事だ。
「・・・ありがとうございました。」
「ほっほっほほ。
礼はお前さんの手料理でいいぞい?」
「はい?」
「グィ-ドの若造から腕は聞いとるからのう。」
さて、詠太郎の胸に刺さったその真実。
それが、どのような結果を導くのか?
今は、まだ・・・闇の中。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
予告通り、乾詠太郎氏一色でした。
胃薬の飲みすぎと執筆の重圧で、胃が死にかけの管理人です。
思い切り、アンゼロットが悪役ですが。
ノベライズや数々のリプレイからすれば、割と普通ではないのかな、と。
目的と手段を吐き違えず、行なうのが彼女なのです。
たぶん、一度死んだ時の教訓ゆえに。
では、次の物語で。