【どう生き、どう死ぬのかしらね?】
晩夏のイタリア某所。
「う~ん、足場悪い。
ムクロ・ロクドウと、仲間二人が、逃げ込んだ・・・・ねぇ。
二人って、チクサ・カキモトとケン・ジョウシマよね。」
廃墟。
ゴーストタウン。
人のいない街。
呼び方は、さておいて、人気が無く半ば、崩れたビル群。
数十年前までは、栄えていたのだろう。
そこに、金色とモノトーンの女性が。
彼女は、アリアズナ=エメルティーン。
ヴァリアーの先代ボス。
今日は、ヴァリーとしての仕事なのか、黒のロングコートの下にいつもの白の踝丈のワンピースに、黒のピンヒール。
ロングコートは、ヴァリアーの腕章が無ければ、ヴァリアーの物と解らないような俗にいうお嬢様コートである。
荷物を、ほどき、ストールを撒き、レイピアを腰に佩き、いくつかの短剣と爆薬をコートのポケットに、仕込む。
《復讐者(ヴィンディチェ)》の依頼のようだ。
それは、あまり機嫌が良さそうに見えないことから解る。
鞄を適当な廃屋に隠し、
「どうしようかしらね。
・・・・・ゴーストタウンなら、いっか。」
しばらく、繁華街を歩くように優美に、でも、静かにアリアズナは、しばらく歩いた後、そう呟く。
この廃墟のかつての中心のビルに、荷物の中にあったプラスチック爆弾と信管をセットしていく。
周りのビルにも、同様に。
「イッツ・ア・ショウタイム。」
起爆ボタンをアリアズナが、押そうとした瞬間。
首筋に三叉の槍と、利き腕の右腕を極められていた。
それをなし得ていたのは、赤と蒼の瞳と髪型が特徴的な15歳ぐらいの少年。
「・・・・・止めてくださいね。
僕の仲間は、動けないので、それを押されると大変困ります。」
「あらら♪
若いのに、凄いわね。
スクアーロでも、貴方の年齢で、そこまで動けないと思うわ。」
「・・・・・・変わった女性ですね。」
「伊達にね、元とはいえ、ヴァリアーのボスをやっていないわ。
それと、こうやって、会話する余裕があるなら、とっと殺すべきだったわね。」
腕を決められたまま、少年の臑を真横から、蹴る。
向こう脛よりも、マシとは言え、これは痛いだろう。
平たい靴ではなく、ピンヒールでだ。
痛みは推して知るべし。
「くっ!!」
その隙に、アリアズナは、腕を振りほどき、体勢を立て直す。
しかし、右腕は、不自然にぶら下がっている。
ガコン
彼女は、それを無理矢理はめる。
冷や汗をかきつつ、少年に、こう余裕ありげに訊ねる。
実際、冷や汗は、痛みから来る生理現象で、彼女自身は、大変冷静だ。
「さて、どうする?
ええと、元・エストラーネオファミリーのムクロ・ロクドウ?」
「・・・・・・・何故、僕をムクロだと?」
「私の娘が、嫁いだ先と縁続きのファミリーだったし。
《赤》の情報網にも、引っかかってたし。
・・・・・・・・・なによりも、私と似たような眼だったからね。
解りやすかったわ。」
「嘘は止めてください。」
「・・・・嘘じゃ、無いわよ。
ユダヤ人で、元・KGBって言えば、わかる?
まだ、マシだっただろうけど、貴方達の絶望は、解らない訳じゃないわ。」
あくまで、静かに、寂か(しずか)に、アリアズナは言う。
悲しがる訳でもなく、怒る訳でもなく、ただ、事実として端的に述べる。
「くふふふ、本当に変わった女性だ。」
「・・・・・お姉さんホントに傷つくわよ?
孫居るって言ったって、養子の子どもだし、マフィア系の裏稼業としては、普通よ。」
「それを言いますか、貴方は。」
「それもそうね。
生かして・・・心臓さえ動いていれば良い・・・それで捕らえれば良いんだしね。」
そういうと、アリアズナは、レイピアを利き腕ではない、左腕で構え駆け出す。
少年―骸も、三叉槍を構える。
しばし、無言で、打ち合う二人。
アリアズナが、細剣鋭く突き出されれば、三叉槍の柄でそれを受ける、六道骸。
六道骸が、槍を横薙ぎに払えば、ふわりとバックステップで、避けるアリアズナ。
いったん距離を取り、通常の二倍ほどのストールを鞭のようにしならせ、進路を意図するように導き、牽制する、アリアズナ。
それから、約十分。
まだ、少年と女は武器を合わせていた。
(むぅ、なかなか渋といねぇ。
ホント、末恐ろしいガキよね。
・・・・・・・心揺さぶるか、あんまし好きじゃない方法だけどね)
「ねぇ、少年。
なんで、そんなに一生懸命なのさ?
なにか、目的でもあるの?
あるなら、なんで、役立たずになった仲間を見捨てていかない?」
「・・・・っるさいです。
マフィア如きに、言う必要はありません。
道具を捨てる捨てないは、僕の勝手です。」
「ふぅん。
少年は、マフィアを潰すことが、目的で。
チクサ・カキモトとケン・ジョウシマは、大事な同志ってとこ・・・か。」
この間にも、アリアズナは、刺突撃やストールでの牽制をしたり、六道骸は、槍の間合いを生かし、距離を取ろうとしたり、戦闘は流れていく。
アリアズナは、彼に傷をつけられないように、決定打を出せず。
骸は、彼女を傷つけることと、彼女の言葉に微妙に動揺を受け、また決定打を出せない。
また、アリアズナは無傷だが、かすり傷レベルだが、骸には無数の傷があった。
「・・・・・五月蝿いですよ、貴女。
六道輪廻 第四の道 修羅道。」
図星を指されたのか、骸は、右目に『四』を浮かび上がらせる。
赤目に、焔の形で、闘気が宿った。
「・・・・シュラドーね。
戦闘能力向上ってトコね。」
「分析できても、押されてきているようですよ。」
「うふふふ・・・・。
楽しいわぁ、本気に近いのを出せるのは、テュールと戦って以来だから、本当久しぶり。」
激しく打ち合う二人。
それは、舞踊に似ていた。
己のすべてを引き絞るように、凄艶なまでな、剣舞。
だけれど、二人は、どこまでも、血生臭さよりも。
どこまでもどこまでも、優美さが、優先され見えた剣舞。
しかし、数分後。
「・・・・・・だけど、ダメね。
そういうのは、最初から出さなくちゃね。
チェック、おしまいよ。」
「何を・・・・」
『何をふざけたことを。』と続けようとした骸だったが、半ば瞬間移動のように、間合いに入ってきたアリアズナの指突で、彼女に倒れ込むようにして受け止められた。
身体が満足に動かない。
だけど、意識はハッキリしていた。
「ツボよ。
人体破壊系だから、メジャーじゃないけれどね。
身体は動かないけど、意識はハッキリしているでしょう?」
片手で器用に、レイピアを鞘に収め、骸にそう話しかける。
そして、骸は肩に担がれ、彼女は歩き出す。
適当に、当たりをつけ・・・・・先ほど、バックを取られたあたりまで戻る。
爆薬を仕掛けたビルを中心に、探索する。
「は、な・・・しなさい。
・・・・・な、に・・・が、も、く的で・・・・・すか。」
「・・・・あら、もう喋れるのね。
ん~、本当は、《復讐者(ヴィンディチェ)》から、生きたまま捕獲して引き渡せって、依頼だったけど。
なんか、同類の眼してたし、このまま、野放しにして経過を見るのも面白うそうかなと。
手当と第三国への出国と、逃亡資金も、世話しようかなって。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ば、か・・・・ですか・・・。」
「馬鹿じゃないわよ、甘いの。
その甘さでも、生き残れるぐらい、弱くはないからね。
・・・・それに、ガキは殺したくないのよ。
育てれなかったティートみたいでね。
・・・・・・・・・・・・・さて、ここかしらね。」
そして、とあるビルで、瓦礫の影にいた、薄い茶髪のワイルド?な少年と黒髪で気怠そうな少年を見つける。
二人は逃げようとせず、むしろ、骸を背負ってきたアリアズナを見て、驚く。
『骸(さん)(様)!!』
「・・・・・慕われてるわねぇ、少年。
あ~、傷つける気はないわ、チクサ・カキモト、ケン・ジョウシマ。」
満足に動けぬ身体であろうに、二人は、骸を奪い返そうと、アリアズナにつかみかかろうとする。
しようとしたが、彼女の言葉で、静止する。
骸を、自身の脱いだコートの上に、寝かせ、三人に向き直り一言。
「さあ、少年達、選びなさい。
このまま、《復讐者(ヴィンディチェ)》に、引き渡されるか。
私に利用されて、目的を果たすか。
・・・・・・考えるまでもなく、どちらが有益か解ると思うけれど?」
しばしの沈黙。
そして、静寂。
廃墟と言うことを除いても、風の音も、小鳥のさえずりすらもしない。
また、アリアズナは、猫のような曖昧な微笑みを浮かべたまま、一言も発さず、微動だにすらにしない。
痛いほどの沈黙。
ただするのは、骸達の相談する囁きだけ。
彼らにも解っているのだ、彼女を利用するのが一番だと。
しかし、『罠じゃないのか?』 と言う疑念が鎌首をもたげる。
「・・・・・少なくとも、こういう『スィート・ディス』とか、『ハニートラップ』は嫌いなの。
・・・・・・・・・・・昔は、希望すら持てなかったからね。
希望を持たせて、《復讐者(ヴィンディチェ)》に引き渡すなんて、私の親みたいな真似しないわ。」
「・・・・・・・お前、誰?」
「ほんとに、だれだびょん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・元・KGB第一総局副局長、アリアズナ=カレルディス。
・・・先代、ボンゴレファミリー・暗殺部隊ヴァリアーボス、アリアズナ=エメルティーン。
どっちでも良いわ。
貴方達には、アリアズナ=エメルティーンの方が、通りが良いかもしれないわね。」
「・・・・・なる、ほど。」
「ムクロ少年。
あまり無茶して喋ると、死ぬよ?
さっきのは筋弛緩剤程度には、効くから。」
自嘲的に、喋っていたアリアズナだったが、骸がはっきりと喋ると一応、阻止した。
そして、あっさりと恐ろしいことを言う。
「・・・・・ラル爺の話じゃ、もうそろそろ、切れても良い頃合いなのに。」
と、その時、携帯電話の着メロが鳴る。
彼女は、ごそごそと、コートを探り、メールを確認した。
そして、一言。
「・・・・・ラル爺、もう少し早く言って欲しかったわ。
ああとね、少年。
あと、一時間ほどかな。
それくらいで、心臓止まるっぽい。
困ったわね、解除するツボ教えてもらってないし、ラル爺、30分ぐらいで来れるだろうけど。」
と、かなりとんでもないようなことをあっさりと言う。
『さあ、どうする?』とでもいうように、小首をかしげる。
「わ、かりま・・・し、た。
りよう、しましょう。」
「・・・骸様が言うなら。」
「悪い匂いしねーもん。」
「・・・・・わかったわ。
ラル爺、呼んで良いかしら?
ムクロ少年や貴方達の手当もしなくちゃいけないしね。」
ナポリ・某マンション。
ダイニングにて。
「一つ良いかのう、お嬢。
解っておるかもしれんが、儂にあれだけの獲物を前に我慢しろと言うのかのう?」
「ええ、ラル爺。」
「・・・・・・カルロ坊やの嫁さんじゃなかったら、真っ先に切り裂いておるぞ。」
「あはは、ラル爺怖いわ。」
アリアズナと、内容はともかく、雰囲気は精一杯微笑ましく、会話をしているのは一人の老爺。
白髪まじりの金髪を逃避が透けるほど短く刈り込み、糸のように細い瞳は伺い知れず、外見は、70歳ぐらいの爺である。
彼が、骸のツボの効果を打ち消すツボをうったのだ。
他の二人の手当も、彼がしたのだ。
その横で、千種と犬は、アリアズナ手製のハンバーグを食べていた。
多少、形は不格好でも、彼らの為に一生懸命作ったと言うようなハンバーグ。
ちなみに、骸は、別室でフェンネルの『ヒーリング』で、眠っている。
「どーったの、食べねぇなら、俺が食っていい?」
「・・・・・・・ダメ。」
「どうしたの?
また、疑ってる?」
「・・・・解らない。」
「ふおふおっほほっ。
お嬢、この坊は、儂の若い頃に似とるわい。」
「第一次世界大戦だっけ?
ラル爺のチクサ少年ぐらいだと。」
「もうちっと、あとじゃわい。
わしゃ、もう100に近いからの。」
「正確には、もう100歳超えてるでしょう?
ニチロだかニッシン戦争の生まれぐらいだろうし。」
暗くなりかけた雰囲気をラル爺―ラルエル=ストライファーは、そう懐かしげな声で打ち消す。
それに乗っかり、からかうようにするアリアズナ。
しかし、どう反応していいか、解らない二人。
それも、ある種当然だろう。
物心ついたころから、エストラーネオファミリーの実験動物(モルモット)として、過ごしてきたのだ。
或いは、それを抜けてからも、『月』の世界で、暮らし、数年を刑務所で過ごしたのだ。
エストラーネオファミリーから、受けたのは、最低限の知識と言葉。
でも、逃げると言う知恵を持たないように。
法律的には、存在しないその子ども達は、いろいろな実験に使われた。
そこを抜けてからも、決して、お互い以外を信頼できない。
そういう生活だったのだ。
「・・・・・・どうした?
チクサ少年、ケン少年。
不味かったか?数年ぶりに作るからね。」
「・・・悪くなかった。」
「ん~ん、美味しかった。
柿ピー素直じゃねぇもん。
すんげぇ、美味しかった、おばさん。」
「・・・・・・お、ね、え、さ、ん。
りぴいとあふたあみい、お姉さん。」
「おねえひゃん。」
「よろしい。
ムクロ少年も、明日になれば、目を覚ますだろう。
食べた後、湯を使いたければ、使え。
服は、適当なのをクローゼットからね。」
でも、千種も犬も、もしかしたら、骸も、アリアズナの前では、ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、『子ども』になれるのだ。
数日後―。
その日は、初秋にしては珍しく霧が立ちこめていた。
近くのターミナル駅の前に、アリアズナと三人がいた。
別れの言葉を交わすのは、もっぱら、アリアズナと骸だ。
「なんかあれば、『暗殺部隊ヴァリアー アリアズナ=エメルティーン』の名前だしなさいな。
少しは、便宜はかれるわ。」
「くふふ、僕らが、マフィアを頼るとでも?」
「ん~?九代目の《霧》になんか似てるからね。
もしかしたら、10代目の《霧》になるような気がしてね。」
「どうでしょうね。
世話になりました。」
「どういたしまして。
次、会うときがあれば、敵かしらね。
味方かしらね。
・・・・・・・一応、addio。」
「それじゃ。
・・・・・・・。
行きますよ、千種、犬。」
三人が、駅の構内へ消えていくのをアリアズナは、黙ってみていた。
「『vederli ancora』・・・・・・・・・か。
・・・・・ムクロ少年。
憎しみからは何も生まれないなんて、コトは言わないけどね。
だけど、憎しみだけは、寂しい物なんだよ、仲間がいても。
・・・・・・・・・・そうおもわない、ラル爺?」
「ふおふおっほほ、バレておったか。
まぁ、そうじゃのう。
・・・・・にしても、『また会いましょう』か。
素直じゃないのう、あの坊達は。」
アリアズナの呟きに、柱の影から現れたラルエルは、そう応じた。
しばしの逡巡と沈黙。
破ったのは、アリアズナ。
「まるで、小動物だったわ。
ハリネズミとかの。」
「触れたいのに、躊躇っておったからかの?」
「うん。温もりを欲しがってない訳じゃないのにね。」
「儂らには、何もこれ以上は関われんよ。
・・・・・お嬢、バーでいっぱいやってから帰るかのう。」
「あ~、ジャッポネーゼ・居酒屋がいいわ。」
「それなら、此処からなら、『SUKIYAKI』が、オススメじゃの。」
「『SYOUGUN』のほうが・・・・・」
二人は、街へ歩き出す。
骸達と反対の方向へ。
半月後の再会を予想だにもせず。
ただ、その時は、袂の別れを感じ、それを打ち消すかのように他に集中した。
コメント
『addio』は、『もう、会わない』
『vederli ancora』は、『また会いましょう』
と言う意味で取ってください。
命黙様の音楽お題の四つ目『wankend(躊躇って)』から、インスピレーションを戴きました。
最後まで、呼んでくださってありがとうございました。
それでは。