『ディスティア、至和子お姉様のトコ行ってくるね。』
「あ、はい、解りました。
これを、手みやげに持っていってください。」
『今日は何?』
「ドーナツ二種とビターチョコのクッキーです。
あと、少しですが、抹茶とプレーンの二色クッキーも入れておきました。」
『わぁ、美味しそー。
至和子お姉様のお茶と一緒に食べたら、幸せだわ!!』
「あまり、乾様に、ご迷惑をかけてはダメですよ?」
『うん、解ってる。
・・・ねぇ、ディスティアも行かないの?』
ある日、のことだ。
私がこの街に来て、一週間も過ぎた頃だ。
数日前から、ケレルは、乾という神父の元へ行くようになった。
彼に会うのが目的ではなく、その神父のパートナーであり、ケレルと同じ、シワコワトル種の至和子という女性龍に会いに行く事が、目的なのだ。
姉と、彼女をケレルは慕っているのだ。
ある意味で、「S」なのだろう。
サドではない意味の隠語の方でだ。
『ディスティア?』
「ああ、すいません。
色々とする事があるのですよ?」
『ふーん、あ、でも、五時位には、顔を出すんでしょ?』
「ええ。」
『待ってるね。
・・・・・・あ、もうこんな時間。
じゃあ、ディスティア行ってくるね。』
そう言って、ケレルは88番地を出ていった。
さて、昼ご飯の片付けと、洗濯しようか。
Day‘s3 弐り言? 独り言?
「ふう、終わった。
・・・・・・あ、もう三時か。」
『お疲れ様。』
「あ、ラルか。ありがと。
紅茶でも入れるかな。」
誰もいないから、本来の砕けたと言うか、男のようなあっさりとした口調で独り言を洩らす。
家事を終え、一息ついたとき、私自身の口から、私のハスキーなアルトではなく、明らかに、男性声が、洩れ出た。
正直少し驚いた。
今までは、先に、テレパシー?で、先に断ってから話しかけてくるのに。
それでも、私は内心の動揺を顔に出さないで、答えた。
彼は、ややこしい経緯で、私の中にいる「存在」のうち、一番古くからいるヤツだ。
たぶん、私の淡い青紫色の瞳は、片方だけ、完全に紫よりの赤紫になっているだろう。
アメジストのような、私の瞳よりも、更に人にあってはいけない色に。
ふと、気になった事を私は、ラルに聞く。
「そういえば、ラル。
私の時間は、どのくらい残っているかな?」
『とりあえず、もう少し残っているよ。
どうした?』
紅茶を入れながら、彼に私は話しかけた。
すると、するすると、闇色の光の帯が集まり、一つの影を作り出した。
机の上に、一つの闇が収束し、形を作る。
それは、輝く銀を糸にして髪の毛にしたような見事な銀髪で、赤紫色の切れ長の涼しい瞳。
髪は、私よりも短く、肩口で乱暴に切りそろえられている。
真っ黒なフードマントに、濃い藍色のベスト・ワイシャツ・スラックスの男性の姿をしている。
まぁ、美人な青年だ。
美男ではないのは、そういうには、少し女性のような造形もあるのだろうけど。
便宜上、「ラルディアス=トラインクルメイカー」と、こう呼ばれている。
服装の趣味も何もかも違うけれど、顔の造形だけは、アル兄様に似た印象だ。
紅茶を入れ、キッチンの椅子に座る私を、ふよふよとついてきた。
そして、同じくキッチンの机の上に、座る動作をする。
本当に座っているわけではなく、そう見えるように、画像を調整していると言うべきだろうか。
「行儀悪いぞ、ラル。」
『精神体に、行儀もクソも無いだろうけどねー。』
「うん、一応、習慣的にだよ。」
『んで、何でいきなり、《時間》を訊ねたの?
キサが居なくなってからですら、一回も聞かなかっただろう?』
「・・・・・・無くしたくないから,かな。
今の生活をさ。
復讐が目的だっていっても、こんなに、穏やかな生活は、エリファス師匠のトコに板以来だしね。」
『ああ、確かに。
アイツのトコに居る時は、修行は滅茶苦茶厳しいけど、アイツは優しかったし、穏やかな生活だったもんな。』
「うん、師匠、元気かな。」
私が、傭兵を始めたのは、二年半ほど前だ。
本来なら、三年ほどで、師匠のところから、卒業するのはありえない。
ありえないのだけれど、兄弟子達の影響を考えたら、アレが限度だったように思う。
修行は厳しかったけど、師匠は優しかったし、目的を終えても、生きていれたら、一回位は、会いに行きたいな。
そんな事を考えてしまう。
目的以外を考えては行けないとは思うのだけれど。
つらつらと考えながら、私はラルと話す。
ラルは、此処に居る。
触れられるし、体温もある。
だけど、それでも、ラルは此処に居ない。
それに、私の中に、居はするが、決して味方ではない。
ある種の、『監視役』に近い。
或いは、『観察者』か。
私が「終わる」まで、側にいると言う意味ではね。
だけれど、私にとっては、故郷をでて、この街に落ち着くまでは、数少ない話し相手だったし。
特に、キサを失った後は、顕著にね。
そうじゃ無いのは、依頼人か、同じ仕事の傭兵位だし。
嫌いになることは出来ない。
それに、『視占人(シーヤー)』の方が恐ろしい。
七年前の私が、完全な人間でなくなった時に、『預言』を残した時以外、会いはしていないが、ラルの言葉を借りれば、私の中に居るらしいし。
『あれは、殺しても死ねないタイプだし、生きてるだろうさ。』
「でも、もう、百歳過ぎだよ?」
『精霊の祝福と言うか・・・・・・ま、呪いだわな。
それがあるから、生きてんだろうよ。
ディスが行ったら喜ぶと思うぜ?』
師匠―エリファスさんも、そんな事情在るんだ。と初めて知った。
ラルって、時々こんな変な事知ってるけど、どうしてだろうと、毎回思う。
結局はぐらかされてしまうけれど。
つらつらと、ある意味で、自分の過去の傷を抉るような会話を続ける。
ケレルは、帰って来ないだろうし、他の人もこないだろうから。
聞かれても,困らないだろうけど、だけど、弁明をするのも、少し面倒だし。
「そうね。
・・・・・・・ともかくね、ケレルも、乾さんも、この街の誰も、私の目的を知らないわけだけど。」
『だよなー。
色々と、臑に傷が多いヤツが多いってか、そうじゃ無いのが少ない街だけど、ね。
だけど、今もそれを持ち越してるのは居ないよな。』
「うん。
今さ、すごく幸せだよ、本当に。」
『なら、このまま、幸せになっちまえば?』
「なれないよ。」
『どうして?』
「なれないよ。
だってさ、本当の家族は、家族らしくなくて。
アルとミーネだけが、本当の家族みたいで。
・・・・・・・・・・・・その二人が居なくなって。
特に、アルは私自身が、殺したんだし。
故郷を捨てては行けない立場だったのに、私は故郷を捨てたんだもん。
・・・・・・・・・もう何年だろうね。」
思い出すように、噛み締めるように、私は呟く。
会話中だったけれど、ラルに言ったわけではない。
自戒というのが、しっくり来るような気がする。
私は、少なくとも、故郷での私は、こういう風に、「故郷」を「捨てる」ことは許される立場じゃなかった。
良くも悪くも、故郷での私の立場は、ある意味で、「故郷」の為に、「死ぬ」為に、あるような存在だったし。
『五年と三百三十六日と十四時間と三十七分ぐらいだな。』
「・・・・・・そこで、正確に言えるのも、すごいね。」
『微睡むか、思考するか、覚えていることぐらいしか出来ないからね。
自発的にできることがそれくらいしか無いんじゃ、覚えているさ。』
「本当に長いね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
私は、幸せだ。
あの二人がいなくなって、私には、大切なものを作る資格が無いと思った。
・・・・・・自分を粗末にもしたね。」
『・・・・・・君は、粗末にしたね。
普通は、四人位でするような仕事も、一人で受けて。』
「・・・・・・あれから、五年だけどね。
ラルがいて本当に良かった。
特に、一年以上前のあのデキゴトの時は、ラルが居なかったら、立ち上がれなかったのかもね。」
『・・・・・・・・・・・・・』
私が、ラルに微笑みながら、そう言うと、茹で蛸でもそこまでならないだろうと言う位、急激に真っ赤になる。
そんなに、妙な事を私入っただろうかと,思わず自問してしまう。
確かに、私は、感謝の言葉はそう口にしないタイプなのだけれど。
一応、実体がないけれど、今の身体は精神の影響を直接受ける。
耳まで赤くなっているから、ものすごく照れていると言う状況なのかもしれない。
にしても、何でそんなに赤くなるんだ?
『・・・・ディス、お前の笑顔は、心臓に悪い。』
「心臓無いのに?」
『この場合は比喩だっつの。』
「・・・・・・・・・ぶぅ、そんなにヘチャムクレですか?」
『へちゃむ?』
「不美人ってことよ。」
『いや、そうじゃ無くて、逆だ、逆。』
「逆?」
『そう。
ともかくな、もっと幸せになって良いんだよ。』
そういって、ラルは、私の頭をぽんぽんと子どもにするかのように、する。
正直言って、少し、こういう子ども扱いと言うのは、気恥ずかしいし、嫌だとは思う。
だけど、あまり悪い気分じゃない。
たぶん、まだ、仲の良かったフェリクス兄様や、ラインホルト異母兄様によくやられていたからだと思う。
・・・・・・そういえば、故郷から追っ手が来るとすれば、その二人だろうな。
殺してしまうわけにも行かないだろうから、あの二人なら、私が、「説得」されるだろうと言う思惑が在るのだろう。
なんにせよ、幸せはそれがくれば終わるようなちゃちなモノなのだと私は思う。
「今も、充分幸せだよ。
どうしたの、ラル。
普段は,其処まで言わないのに。」
『別に。
今日は特に幸せそうだったから。
別にな、故郷を捨てたんだ。
フツーに恋して、結婚して、子ども作ったりして、そんな幸せを得て良いんだぜ。』
「今は、考えられないかな。」
『終わったら、どうなるか考えれないで、復讐を考えるなよ。
そんなヤツは、大抵抜け殻になっちまうから。』
「・・・・・でも、子どもが出来たら、その子にまで、故郷の重荷を背負わせちゃう。
『アレ』は、私の分が解けても、血に依ってなされている部分が多いから。」
『んなの、確率論だろが。』
「確率論でも、ある以上は、作りたくないかな。
幸せなって、大切な人が出来て結婚したら、子どもが欲しくなるわ。
でも、子どもが『アレ』を受け継いでしまえば、故郷に奪われてしまう。」
『・・・・・・解った、俺が悪かった。』
何人か、故郷を捨てた先祖が居るらしい。
それでも、その子どもに「アレ」が開花してしまったケースもある。
だから、作れないのだと思う。
ラルが言う意味での、大切な人が。
それを察したラルは素直に謝ってくれた。
『・・・・んで、もうそろそろ、四時半過ぎて、五時になっちまうぞ?』
「え、マズい。
ケレル、迎えにいかなきゃ。」
ラルに指摘されて、やっと気付いた。
もう、五時まで、十五分位しか無かった。
急いで、外出用のマントを羽織り、出掛けようとした。
『あ、こら、剣忘れんな。
一応、殺人強盗okな街なんだぞ。』
「ありがとう、助かった。」
少々、慌ただしいが、そうやって私は、一路乾さんの教会に向かった。
「今日の夕ご飯、リクエストありますか?」
『チキトマ煮込みがいいな。
堅焼きパンと一緒に。』
「そうですか。
では、ポテトのスパイス焼きも一緒に作りましょうか。」
『ほんと!!?
ディスティアのご飯すごく美味しいけど、特にそのポテトスパイス焼き好きだもん。』
「だからこそ、作ってしまうのですよね。」
『・・・・・・・って、あれ?
道遠回りじゃない?』
乾さんの教会からの帰り道、ケレルと私は、真っ直ぐ、88番地に帰らずに、遠回りをして帰っていた。
その日、前日までのドラゴンズテンペストで、ドラゴンマスターレベルが、2レベルになっていた。
もう一人、龍を入れようと言う事にしたのだ。
「昨日の、ドラテンで、ドラマスレベルが上がったので、もう一人、龍を入れようと思うのですよ。」
『ほんと?
私の、弟ってことになるのかな!?』
「ええ、そうですね。」
『何龍にするの?』
「そうですね。」
しかし、私は、ケレルと会話しながら、半分上の空だった。
原因は、乾さん宅の水龍・アイトラのお嬢さん、もとい、タイガさんのせいだった。
この間の遣り取りも、原因だけれど、かなり、警戒されてるね。
なんか、近いうちに、やり合いそうな気がする。
・・・・・・よりによって、軍人タイプの水龍とは、運が悪い。
『楽しみ、どんな子が来るのかな?』
「そうですね、お手伝いもおねがいしますよ。」
『うん、頑張るね。』
ケセラケセラ、なるようにしかならないんだろうけどね。
この日、光龍のシャイニング種が、私のうちに来た。
名前は、輝(てる)=ヴァイスと名付けた。
・・・・・壊れるかもしれない幸せも、なるべく、続くように。
家族に成れると良いと思った。
コメント
二ヶ月ぶりの更新です。
いろいろと、話が動き始めてます。
次は、「輝くん」、その次は、「ラル」が、語り部予定です。
よろしくですね。