「どうも、陛下。
・・・貴方が、今の立場を選んでいるのは、何故です?」
「なんのことかな?」
「エルが、17代目黒鳥からの、精神捜査(サイコ・リーディング)で、確証を得ましたので。」
「なるほど。
ブリジットのコミュニティに所属する君は、どうするのかな?」
「黙っておきます。
この情報は、諸刃の剣というにも、あまりにも、鋭過ぎますので。」
「懸命な、判断だ。」
「・・・それに、赤バラ王、貴方に殺されると言うエンディングも、ゴメンですので。」
「・・・・・・・流石は、エルの養い子と言うところだな。」
「お褒めに預かり、至極恐悦光栄です。」
八百年ぐらい前の赤バラ王との会話。
うん、腹の探り合いとしては、申したく無い部類だ。
月の静寂(しじま) En.11Falling down all's
「もう、そろそろ、ですかね。」
私は、『遠視』と『遠耳』を接続したまま、そう呟いた。
それは、両方の意味だ。
赤バラ王と蓮火さんの戦いが終わると言う意味でも、エルやブリジットが来ると言う意味合いでも、だ。
うん、蓮火さん、負けを認めると言うのも、一つの強さ、なのですけれどね。
―「くっ」
―「ダメだな。これで、二十二。」
―「くあっ」
認めない事も、同時に、強さではあります。
蓮火さんのスピードは、確かに、赤バラ王に勝ります。
ですが、今の状況では逆に、相手に手札を与える事になります。
速さは、多少のフェイントがあってこそ生かされます。
ですが、今の蓮火さんにそれを望むべくもありません。
というか、私のように、武術系の技でも、速さでも、力でも劣る者でも、十分すぎるほどの勝機が見えるほどです。
そうつらつら、考えていると、『二十四』手目が、蓮火さんに、入れられます。
右の二の腕を剣で、刺し貫かれ、そのまま、水平に引かれます。
確かに、蓮火さんは、「剣」で遅れを取りません。
「・・・ですが、その身に、背負っているモノで、勝てますか?」
そう呟きながら、私は、ブリジットの近づくのを感じ、そちらにも、『遠視』と『遠耳』を振り分けます。
どうやら、レティシアさんは、赤バラ王が剣術を使うのを見た事が無いようです。
そもそも、魔力が十分であれば、私達ダムピールを倒すのに、技は要りません。
有り余る魔力をぶつければ、それで十分なのです。
ですが、今のように、魔力が不足しているのなら、剣技に専念する事になる。
となれば、蓮火さん如きに、というとしつれいかもしれませんが、勝てる余地はないのでしょう。
関係ないですが、レティシアさんが、飛行が下手だからと言って、ブリジットの本気の飛行に付き合わせると、死にますよ?
ああ、エルも、スピードをあげましたか、負けず嫌いなのでしょうね。
「・・・・・・赤バラが、かように、剣術だけで、蓮火を圧倒するとは。
それも、稽古をつけるように。
不合理過ぎる。赤バラに、これほどの剣術が備わっているのは。」
風伯さんが、そう思わずと言ったように、呟く。
対する花雪さんは、泰然としていた。
「そうですか?
風伯さん、噂から推測も出来ませんでしたか?」
「・・・リト、何を隠している?」
「隠しては、そう隠してはいませんよ。
少なくとも、ブリジットさんほどには。
でも、解りやすいようには、言っていません。
風伯さん、考えても見て下さいよ。」
「・・・なるほど、剣の腕が無ければ、千年も生き残れぬと言うわけか?」
風伯さんの呟きに私は、珍しく解りやすく解答を・・・正確に言うならば、その解答の一つに誘導しました。
全てを私の口から言ってしまえば、楽なのでしょうが、それでは、エルの決意はもとより、赤バラ王の決意まで、無かった事にしていまいそうです。
だから、風伯さんには、自分から誤回答ではないけれど、正解答でもない答えに行き着いてもらいました。
そうこうしているうちに、蓮火さんの「弧龍」「金妖」は、打ち砕かれ、近くのビルで、赤バラ王と彼は、対峙しています。
彼は、怯えているのでしょうか?
彼は、気圧されているのでしょうか?
確かに、彼と赤バラ王には、差があります。
魔力の優劣の差?
ヴァンパイアとダムピールであることの差?
才能の優劣の差?
修練の長さの違いの差?
生きて来た長さの違いからの差?
そんなものではないのは、蓮火さんも、解っているんでしょうね。
貴方と赤バラ王との差は、「背負っているモノの差」ですよ。
ユキさんが、軽いとは言いません。
ですが、その何千倍も、赤バラ王は背負っています。
―『認めねぇ、認められっかよ。
お前が、背負っているもんが、俺よりも重いはずが無い!!』
自分を客観的に見る事も、必要だと、基本の武術訓練の時に、教えましたが。
全く無駄ったようですね。
後から、また、稽古をつける必要があるのかもしれませんね。
そう考えているうちに、赤バラ王と蓮火さんは、交錯します。
―「俺は・・・この50年間、ずっと地獄をみて来た・・・
お前に、一番大切なモノを奪われ、何度もこの身を砕かれて来た。」
ギリギリと霊刀と剣が、交わります。
離れたこの場所に置いてすら、その熱は届きます。
そう、大火が、対岸をも焦がすように。
ー「挙句、その復讐すら完膚なまでに否定され、お前が俺と同じ闘う価値さえ否定されたんだ。
最後に残った・・・お前を殺すしか使えない俺の剣が。
お前なんかに怯えるわけがねぇ、折れるわけねぇんだよ!!!」
ー「大事なモノを失ったのがどうした?
這い回ったのがどうした?
復讐を否定されたのがどうした?」
それでも、対岸の大火が、対岸の建物を燃やさないように。
蓮火さんは、赤バラ王を超えれません。
霊刀に、ひびが入ります。
赤バラ王の剣との打ち合い・・・正確に言うなら、赤バラ王の魔力に晒されて、劣化してしまったのでしょう。
私は、あくまで、冷ややかにそれを見つめます。。
ブリジットの言葉を借りるのならば、茶番(ファルス)そのもの、なのですから。
ー「それくらい、私だってみたぞ?
いや、それ以上のものさえ、私はみているぞ?
地獄であっても、お前は、ずっとましな場所に居るのだぞ?
そんなものに、支えられた剣で、私に誇るな。」
そうして、霊刀が砕き折られると同時に、蓮火さんの心も、折られます。
実際、復讐に、特にそれだけで、支えられた剣を誇るのは、或る意味で、剣術自体に対する侮辱なのですがね。
ー「私を殺したいのならば、私以上の地獄を見つけろ。
そんな生温い地獄で、殺されるわけにも行かないのだ。」
蓮火さんは、更に十数カ所切り裂かれ、屋上から堕ちていきます。
赤バラ王が、何をみたのか、それに対して、これまで以上の疑問を見つめながら。
それを知っても、どうしようもないのですが。
これが、人間サイド・・・御前サイドに広がれば、あの「森島」は、気付くでしょうね。
腐っても、あのレディの息子ですし。
「赤バラ王、蓮火さんの怪我、怪我自体は、すぐでしょうが、本来の力が戻るのに、半月程度でしょうか。
すぐに、治療したとしても。」
「・・・そうだな。
総身の霊力と魔力の流れを破壊しただけだからな。
その見立ては、《魔法薬師(メディスン・ホイール)》のエレノア譲りだな。」
「どうも。
風伯さん、この辺だと、あの病院ですよね。」
「ああ、そうだが。」
「ちょっと、応急処置しておきます。
放っておける傷ではないですし、止めるのと止めないのでは、また違いますので。」
赤バラ王に、蓮火さんの傷の状況を確認して、風伯さんに病院の確認をします。
すぐには、運べないですし。
花雪さんが、なにやら、困惑していますが、放っておいて、私もビルから飛び降ります。
魔力制御をして、落下スピードを緩めます。
私が、蓮火さんの身体から、赤バラ王の剣を抜き、防御結界を応用して、時間を止めると言うか、「止まった」と誤解させる術を編み始めたときでした。
妙に強い、ですが、空虚なプレッシャーがかかります。
もう、ですか。
早過ぎます、「星が堕ちる」のは。
ビルの谷間から、空を見上げれば、大きな石臼のような本体と大小様々な個体が、空に浮かびます。
私は、内心の動揺を押し殺して、術を編み込み、蓮火さんにかけます。
これで、人で言う止血を終えた事になります。
・・・そういうややこしい術が出来るのなら、治せるんじゃないですかって?
私は、回復呪文が苦手なんですよ。
血管を塞いで縫い止めて、滅菌してとか、やるんですよ。
・・・それに、回復呪文でダメージ増加なんて笑えないでしょう?
後は、病院に連絡して、ですかね。
どのみち、結局、話はブリジットさん側に、通りきらなかったようですね。
そう思うと、自然に溜息が漏れたのだった。
「なかなか、愉快な面白い眺めだか、あれは何だ?」
「一言で申し上げるならば、宇宙からの侵略者ですね。」
「なるほど、そういうこともあるのか・・・」
「驚かないのですね。」
「まず、予想の範囲内だからな。
・・・長年争って来たモノが、手を組まねばならないのは、厄介な第三者が現れた時だけだ。
何かが、攻めてくる事ぐらいは、考えていたさ。
それに、エレノアが、『ダムピール』関連なのに、人間についている事も不審と言えば、不審だ。」
ストラウスも、花雪達のいる屋上にもどって、その『星が落ちた』情景を眺め、見上げていた。
恐らく、上空から、近づいている私に気付いているのだろう。
その上での、その言葉なのだろう。
・・・小さい時は、あんなに可愛かったのにな。
そう考えつつ、私は屋上に降りた。
「ご名答、ストラウス。
今、君の娘二人は、こっちに向かっているわ。」
「・・・娘、ですか?」
私の言葉に、花雪は怪訝な声を上げる。
ま、慣例的と言うか、そう言えば、ブリジットとレティは、娘だろう。
花雪の疑問は、「女王との娘ではないのかもしれないですが、側室の方の娘ですか?」の要な物だろう。
だから、それに答える。
「うん、ストラウスが、あの時代に育てた娘とこの五十年間に育てた娘。
血縁的な娘は、『今』はいないわ、養女的な意味合いの娘になるわね、ブリジットとレティは。」
「・・・なるほど。」
「それで、二人はどうした?
御前の護衛として、いたのだろう?」
「ああ、今、ブリジットに抱えられて、レティも来るし。
御前達は、更にその後ろ、まだしばらくはかかるかもしれないわ。」
それにしても、美観を損ねるというか、不快だね。
あの『星々』は。
どういう理由であっても、侵略者を喜んで迎えろと言う方が、おかしいけれど。
「・・・それで、あれは本体ではないのだろう?
正確に言えば、実体ではない、と言うところか。
見かけは、ともかく質量が感じられない。」
「その通りだ。
周りに浮かんでいるのは、ともかく、あのばかでかいのは、立体映像と言ったところだろう。」
「空間を歪ませて、塵を利用はしてるみたい。
だけど、3D以上にくっきりしてるわね。」
ブリジットが、レティを抱えた上で、上空に到着したようだ。
ちょいと、イライラと言うか、そんなところだろう。
今、リトが蓮火の面倒を見ているのだろうけれど、今来るとヤバいかしら。
一応、正式にコミュニティに所属している身だもんな。
ブリジット公認の戦闘を止めてないと言う問題よりも、知っていて、黙っていた部分がヤバいだろうし。
できれば、ブリジットが去るまで、上に戻らないで欲しいかも。
・・・それ以前に、顔、微妙に腫れちゃってるから、その関係上、顔を合わせたら、自分で病院に運んだ・・・運ぶ手配をした蓮火の息の根を止めそうだ。
冗談でもなく、四十と数年前に、それで数ヶ月まるきり蓮火を使い物にならなくしたからな。
ああ、心配だ。
でも、そうのは、無理なのだろうけれど。
ブリジットとストラウスの言葉は、もう耳に入らない。
聞こえて入るけれど、思考の糸に引っかからないのだ。
そうこうするうちに、軍用ヘリが・・・御前と森島が到着したようだった。
「私としても、詳しい説明をしてほしいところだからな。」
こうして、或る意味で、最終的になって欲しいダムピール&人間&ヴァンパイアの会談が、奇しくも、千年ぶりに行なわれる事となった。
この後の文章は、蛇足になるけれど。
ブリジットが、御前邸に移る間際・・・蓮火の移送を手配し終わったリトが、ちょうどこっちにきたのだ。
「風伯さん、ブリジ・・・・・・ットさんは、いるようですね。」
どうやら、風伯にブリジットの状況を聞きに来たようだが、実際は傍にいたようで。
そして、或る意味で、リトが会いたく無かった彼女から、怒号じみた声が響く。
「どうして、ここにいるのだ、レンネルド=ヤードルード!!」
「・・・どうしてかと言われれば、偶然としか言いようがありませんよ?
エルが、仕事だと言うので、ラーメンを食べようと風伯さんの屋台にいたわけで。」
リト・・・フルネーム、レンネルド=ヤードルードは、私の義理の息子だ。
私のようにはぐれダムピールと言うわけではなく、コミュニティの一員だ。
或る意味での、ブリジットのブレイン的立場でもある。
そんな、蓮火VSストラウスの幕引き。
たぶん、ストラウスのあの言葉を聞いた以上、『真実』へ近づいてしまうであろうそんな一幕。
余談―。
「エル、その頬は?
結構腫れてますね。」
「え、あ・・・・」
「・・・蓮火ですか。
仕方ないですねぇ・・・・・」
「リ、リト、意識の無い蓮火を殴ったら、嫌いになるからね。」
「ええ、ちゃんと、意識が戻ってから、ぶちのめしますよ。」
「・・・そういうことじゃなくて。」
タイトルは、「星が落ちる」と「結末へ転げ落ちる」の意味で。」