とある共同ドックにて。
同じドックコンテナの隣り合ったハンガ―で、劾とセインはいた。
鷹無芙蓉と、傭兵や裏稼業間で呼ばれる少女に見えるセインは、劾と並びの壁際の椅子で舟をこいでいる。
とある依頼にて、共同の形をとることになり、その開始前最後の整備が終わったところ。
機械仕掛けの神はただ、嗤う
「・・・母さん(マドレ)・セイン、寝てしまっていますか。」
飲み物を買ってきたのだろう。
芙蓉よりも濃くとも、同じ白から桃色に移り変わるグラデ髪の十代半ばぐらいの少年。
血色が良くなく、髪を除けば、「青い」印象で、着ているのは、改造した連合の制服だった。
色は、リ-ダ-役に合わせてか、暗い灰色で喪服的である。
そして、何故か、劾の胸中に、『懐かしさ』と『苦さ』の両方の感情が浮かんでくる。
今回の依頼で、初めて顔を合わせたこの少年に。
「お前は、芙蓉のチ-ムか?」
「・・・そう、なりますね。
俺は、チ-ムでは無いですけれどね、母さん(マドレ)だから着いていっていますし。
今回は、兄弟(エルマナノス)の為ですから。」
今回の依頼に、ほとんど、とある女ジャンク屋と弟以外の協力者を使わなかった芙蓉が、一人増えるからと断っていた。
そして、この少年がそうだろうと思い、劾は声をかける。
芙蓉の偽名のうちのセインを知っているのだから。
表情筋が弱いのか、感情に乏しいのか、それはわからないが、言葉は満面の笑みなのに、顔は微笑むだけの少年。
「それで、貴方は誰ですか?
俺は、テ・・・いえ、ディエス・アリアドです。」
「サ―ペントテ-ルの叢雲劾だ。」
「貴方が・・・叢雲劾さん?
・・・母さん(マドレ)・セインの言うとおりです。」
積み上げられた箱のうえに、その飲み物のカップを置き、少年-ディエスは、劾に名前を聞いてくる。
名乗ると、噛み締めるように、繰り返す。
そして、劾に半ば突進するように、抱きついた。
「劾の兄ちゃん、会いたかったです!!」
「・・・は?」
突然のことに、劾と言えど、硬直する。
身長差はおよそ、10センチほどなのとディエスはかなり細身なので、ハタから見ればラブシ-ンのようにも見える。
それは、さておき、劾の反応に、ディエスは、ごしょごしょと、耳打ちする。
自分が、劾と同じく、連合に作られた戦闘用コ-ディネ―タ―であることを。
製作時期がずれていても、それは、ある意味で兄弟と言えるだろう。
連合が戦力となり、従順な奴隷の駒になるはずだったと言えば。
「・・・確かに、兄弟と言えなくも無い。」
「兄弟だと思います。
・・・計画違い、ですから、従兄のほうが近いんでしょうけど。」
ごろごろと、ネコがじゃれつくように、劾に甘えているディエス。
劾は、自分らしくないと思いつつも、抱き返すことこそしなかったものの、背中をぽんぽんとやる。
「劾に何やってる、お前!!」
「ただいま、言われたの買ってきたよ。
・・・って、あなた誰?」
劾のおつかいだろうか、それを済ませてきたイライジャと風花。
少々叩きつけるようにイライジャが。
ただ、聞くだけのように、風花が。
それぞれ、誰何する。
「ディエス・アリアド。
今回、母さん(マドレ)・セイン側のメンバ―です。
傭兵(メルセナリオ)イライジャ、お嬢さん(セニョリ-タ)・風花。」
『・・・騒ぎ起こすなって言ったんだけど。
まだ、結構、ホットだけど、ルピナスの為だからって、押し通したの貴方。』
「あ、母さん(マドレ)セイン。」
『言うことは、ディエス。
・・・後、母さん呼ばないでって言ったわよ。』
この騒ぎに目を覚ましたのか、起き抜け特有の気だるげな様子で、芙蓉は言う。
懐かれて悪い気はしないのだろうが、それでも、『母』と呼ばれるのは勘弁したいのだろう。
劾に、ディエスが抱きついたまま、会話は進む。
「・・・あの件か?」
『そうなるわ・・・まぁ、保護したのは、地上でだけどね。』
「兄弟(エルマノス)ルピナスも一緒でした。」
「無茶は無茶だと思っては居たが、悪名を増やす仕事をよく受けれるな。」
『・・・甘いだけよ。
拾える命なら、拾うだけ・・・どんな命でも生きたいと思えば、手を差し伸べるものじゃないかしら?』
「・・・それは、優しいというと思うが?」
『ありがと、劾。』
お互い、劾の事情を知っていることを知っている劾と芙蓉は、ディエスのことも含め、2人だけで、通じ合う。
それを、抱きついたまま、見ていたディエスは、ぽつりと一言。
いや、ぽつりと爆弾投下した。
「劾の兄ちゃん、そうやってると、母さん(マドレ)セインと夫婦(パレハ)みたいですね。」
『ぇう?』
「パレハって、何、劾?」
「スペイン語で、夫婦だな。」
『・・・ディエス、後から、お説教ね。』
「え、母さん(マドレ)セイン、しどい!!」
と、そんなこんなで、依頼に突入した。
途中、誤射に見せかけた、イライジャからディエスへの攻撃があったりしたが、概ね何も無かった。
そして、依頼後の依頼人への説明の後、渡された報酬は、劾達と芙蓉達では違っていた。
劾達は、現金のみ。
芙蓉達は、劾達の半分ほどの現金と一抱えほどの白い包みであった。
そして、劾は、個人としても、サ―ペントテ-ルとしても、仕事が入ってなかったのか、ディオギア郊外の芙蓉の屋敷にきていた。
ディエスのことを聞く為だ。
小さな森のほど広い敷地に伸びる道とその中央にある屋敷。
エントランスを挟んで、真正面から裏まで部屋挟んで通り抜けれる中庭があり、その両脇に、部屋がある構造。
真裏で繋がっていて・・・そうHを縦に幾つかくっつけたようなそんな構造をしている。
その玄関から向かって右にある居間部分に通された。
『ディエス、これと、いつものヤツをルピナスにお願いね。』
「解かりました、えっと、あれも加えますか?」
『・・・そうね、お願い。』
すぐに、芙蓉は、ディエスにそんな指示を出す。
それに対し、打ち合わせしてあったのか、確認すると、ディエスも別室へ行く。
向かった先が、奥のほうであるしその薬が必要な人物がいるのは、寝室なのだろうか。
芙蓉も、コ-ヒ-でも入れてくるわ、と断り、台所へと消える。
そして、劾は、通された居間をさっと見回す。
天井と床は、黒、壁は白。
家具も、基本的に、金属製で銀色をしているか、モノクロでまとめられている。
何処か、硬質ながらも温もりあるそんな居間だ。
それを見て、劾は思考する。
芙蓉・・・通称・鷹無芙蓉は、『情報屋』兼『傭兵』というイリ-ガルな世界でも、稀有と言うか異端な人物だ。
そのどちらも、一流の上に『超』をつけても遜色の無い。
むしろ、彼女より腕利きを見つけろ、という方が難しいだろう。
少なくとも、単独でという条件なら、MSやMAの扱いでは、自分でも機体相性次第では結果はわからないだろう。
他にも、『ホリィ・ロ-タス』として、プラントの要人と知り合いであったり、『セイン・エステ-ト』として、劾がアストレイブル-フレ―ムと出会った時は、そのヘリオポリスで学生をしていたり、と謎が多い。
しかし、サ―ペントテ-ル以上に、彼女を快く思わない傭兵が多いのに、襲撃される回数は少ない。
それは、二十年程前まで本格的にやっていた宙賊関係での仲間が、この近くに街を作り、にらみを効かせているからだと聞く。
5年近く前に、自分を拾った時に、そんな話をしていたし、彼女の弟であるセ-ヤもそう話していた。
『・・・遅くなったわね。
砂糖と、ミルクはいる?』
コ-ヒ-と焼きたてのパウンドケ―キをお盆に載せている。
お湯を沸かしている間に、着替えたのだろう。
仕事中のシンプルなゴスロリよりも更にシンプルな黒いワンピ-ス姿の芙蓉。
装飾は、襟元の白いレ―スとリボンと腰部分のプリ―ツぐらいなハイネックの喪服だ。
「甘い物は・・・」
『大丈夫よ・・・、これは、甘くないヤツ。
ピスタチオとクリ-ムチ-ズの・・・ルピナスが、甘いのさほど好きじゃないみたいだから。』
そんな風に言いながら、芙蓉は笑う。
寂しげ、でもあり、哀しげでもある。
少なくとも、笑顔から連想される嬉しそうなどというのは遠い。
「・・・それで、あいつは何だ?」
『・・・聞いていると思うけれど、貴方と同じ。
最近、実装予定だったシリ―ズのよ。」
「実装予定だった?」
『そう、予定だった。
キラ・ヤマトの名前は知っている?』
「AAに乗っている民間人でGシリ―ズ、ストライクのパイロットだったか?」
『そう、そのヤマトくん。
今は、壊れかけているみたいだけれど。
もうすぐ、もっと壊れるような出来事があるわね。』
「・・・」
『知り合いだったの。
・・・セイン=エステ-トとしては、とっても好きだった。
バレンタインに、義理でも少し他の人と違うのをあげたりするぐらいにはね。』
劾の無言の指摘に、苦笑混じりに、芙蓉は・・・いや、セインとして芙蓉はいう。
哀しげで、もう戻れないあの頃をどこまでも懐かしむような老婆のようだ。
あえて、『セイン=エステ-トとして』と断っているのは、ニセモノでも、キモチは、『セイン』としては本物だったということなのだろうか。
一つ、息をついて、芙蓉は再び、語る。
『・・・彼が、今、オ―ブで開発しているナチュラル用のOS。
Gシリ―ズに使用されているOSの改良系ね。
そのせいで、まだ、実験段階だったナチュラルの強化タイプ。
・・・生体CPUね、それの現行タイプの実装が決まった。
配備され始めていたその戦闘用コ-ディネ―タ―・・・ソキウスがいたのよ。
順次、その前のソキウスは廃棄される予定・・・になっていると聞くけど。
・・・あの子ともう一人は違うわ。』
「ルピナスと言うヤツか?」
『そう。』
「・・・クロ―ンか?」
『・・・っ。』
半ば、関係のない言葉を連ねる芙蓉。
しかし、劾には無用の駆け引きであったようで。
もう一人の・・・ルピナスのことを見抜かれたようだ。
思わず、言葉を失う。
それでも、苦笑して、芙蓉は言葉を継ぐ。
どこまでも、その様相は、年上の女性のそれで、十代前半のその容貌には似合わないはずなのに、不思議と違和感は無かった。
『・・・そうよ。
ルピナスは、クロ―ン。
貴方のことだから、誰のクロ―ンか見当ついてるでしょ?
ドレッドノ-トを知っている貴方なら。』
「・・・ドラグ―ン、空間認識能力か。」
『正解。
あれは遺伝する・・・あの家系で実証済みだから。』
「・・・・・・」
『怖い顔しない、殺気出さない。
あの子、神経細いというか、同じ屋敷で殺気出されただけで、数日は寝込むんだから。』
「・・・・・・わかった。
しかし、大丈夫なのか?」
『何が?』
「そのルピナスが、だ。」
『・・・良くないわ。』
劾の問いかけに、言いにくそうに、しかし、はっきりと、芙蓉は解答する。
即ち、彼がもうすぐやってくる夏を越すことが難しいということを。
つまりは、長くはないと言うこと。
「・・・」
『それで、知り合いの紹介で、下請けに遺伝子工学研究所を持っているあの会社の依頼受けたの。』
「テロメア剤の延長か?」
『そう、ね。
雰囲気はそんな感じで、オ-ダ―メイドで。
・・・漢方の方式で、ケミカルの効果って所よ。』
「正規ではないな。」
『常識と言うよりも、ウィア-ドな技術よ。』
それ以上聞いたら、貴方でもただじゃ済まさないわ、とでも言うように言葉を切る。
劾は、もちろん、この業界で、数年を過ごしているのだ、それ以上は聞かない。
必要以上の情報を聞かないことも、傭兵や情報屋として長生きするコツだ。
「・・・お客さま、セイン?」
『ルピナス、寝てなくて・・・というか、ディエスがそっち向かったはずなんだけど?』
その時、癖のある金髪と空色の蒼い瞳の十代後半の少年と青年との端境の男の子が、入ってきた。
体調を崩している訳ではなさそうなのだが、顔色がやや悪い。
そして、連合の仕事も受ける劾には、その顔が、誰か解かった。
約一年前の開戦当初、グリマルディ戦役にて、華々しい戦果をあげ、一人帰還したあの大尉によく似ていた。
少なくとも、血の繋がりを否定する要素を探す方が難しい。
劾を見た彼・・・ルピナスは、自分が出てきてはいけない相手-芙蓉の弟や知り合いだと出てもいい-のだと悟り、踵を返す。
『ルピナス!!大丈夫、劾は仕事仲間だから・・・。
それより、ちゃんと挨拶。』
芙蓉が呼び止めて、しぶりながらも彼は戻ってきて、彼女の後ろに立つ。
その一連の動きが、どうも、外見の長身さ・・・劾は大体、180センチだ。
・・・彼はおそらく、それに五センチも低くない。
ないはずなのに、どうしても、動作のせいか、か弱さというか儚さがどうしても先立つ。
「ルピナス・ソリタリオ。
セインにつけてもらった名前だ。
・・・それに、貴方も、私と?」
「・・・そうだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・2人で分かり合うのは、私も意味解かるからいいとして・・・無言で会話しない。
というか、無言で、見つめ・・・』
「母さん(マドレ)セイン、兄弟(エルマノス)ルピナスが・・・。
あ-、ルピナス、何見詰め合ってるんですか、劾の兄ちゃんと!!」
「いや、その、そうじゃない、ディエス。」
同じ組織に生み出されたということを確認した後、ルピナスと劾は、視線を合わせたまま、言葉を無くす。
ルピナスは言葉にしたいことが多すぎて、劾は反応を待って、言葉がない。
理由はわかっているが、男同士で見つめ合われては少々気まずい芙蓉。
そこへ、ルピナス探して三千里・・・もとい、彼を探して、屋敷をうろうろしていたディエス。
最後に、だろう、この居間に来て見たのが、熱く(ディエス視点)見詰め合う2人で。
ディエスが思わず制止の声をいれる。
わたわたと、慌てるへタレ系兄貴・・・もとい、ルピナス。
製造年齢からすれば、一応、辛うじてディエスが上なのだが、外見年齢と落ち着いた雰囲気からか、ルピナスが年上に見えるのだ。
「・・・いいわね、本当の兄弟みたい。」
劾も巻き込んだ三人のやりとりを見て、芙蓉は、少々羨ましげに呟いた。
思わず、ぽつりと、珍しく、肉声で。
血縁ではない。
肌の色も、黄色、白、蒼白と、それぞれ違う。
似ているパ-ツは、無いに等しい。
だけれど、兄弟だと、芙蓉は思う。
連邦の、ブル-コスモスの意図の元で生まれようとも、どうしようもなく、兄弟だと思う。
その後、六時を柱時計が告げるまで、芙蓉はその光景を見ていた。
正確には、それまで、ついつい、見惚れてしまったと言う所だろう。
見れるはずも無い、一幕の一つだったからだ。
とてもとても、懐かしそうに、彼らに、自分と弟、死んだラファエルを当て嵌めて見ているかのように、優しいまなざしだった。
その後、少々渋る劾を押し切り、彼が泊まっていく事を決め、一時間。
食堂にて、四人は食卓を囲んでいた。
オ―ブ的なチキンカレ―(といいつつ、海老が入っていたりするが)と、チ―ズささみカツ。
マカロニとツナのものと二色のアスパラガスのもののキッシュとグリ-ンサラダ。
元々、ルピナスが、帰ってくる芙蓉とディエスの為に、用意していたものに、手を加えたものだ。
生来の機能なのか、ディエスだけがそうなのかは、芙蓉は知らないが、元々、軽く三人前を食べるディエス。
なので、キッシュを少々多めに作るだけで済んだ。
キッシュの生地を、パセリを混ぜたものにしたり、ミックスペッパ-、シ-ドミックス、乾燥トマトとバジルをそれぞれ混ぜたもの、プレ―ンなものにしたりとバラエティだ。
乾燥トマトとバジルとプレ―ン以外のは、暇な時に大量に作って冷凍しておくそうだ。
手間のかかる小さなサイズなあたり、本当に暇つぶしの産物なのだろう。
ディエスが言うには、パイ生地とクッキ-生地も冷凍して、ある程度作ってあるそうだ。
夕食は、歓談を交え、静々と終る。
まぁ、劾も、ディエス同様に、カレ―にソ-ス派ということに、ルピナスが驚くシ-ンがあったりはしたが。
客室として、掃除はしてある部屋に、劾を案内する。
そして、シャワ-も浴び、寝ようか、という段階になって、ノックされる。
返答する前に、芙蓉が入ってきた。
グラスとク-ラ-、何種類かのツマミを持って。
「・・・話しておきたことがある。」
この時、劾は数年ぶりに、意識的に彼女の肉声を聞いた。
――『無駄に害したくない』という彼女の意思を知っている。
今の声とて、囁くような微かなものだ。
無言で、この部屋の応接セットに彼女は劾を誘う。
「なんだ?」
「・・・今、オ―ブで、ア―クエンジェルの修理を行なわれているのは知っているわね?」
「ああ、そのせいで、未だ未完成の生体CPUが実践配備されることになったと聞いたが?
夕方、お前自身も話していた。」
「うん。
・・・ねぇ、劾、作られた者が・・・運命を自分で選ぼうとするのは間違っていると思う?
強要されて、それしか無くても、反抗した末で、それを選びたいと思うのは。」
いつもの会話と同じく滑らかな言葉であったが、その声には、哀しいまでの静けさが混ざっていた。
しかし、その言葉は外見に比しても、更に幼子のようなそんな響きが混じる。
何かを知ってしまったが故のそんな響きである。
強すぎる力故に、存在故に、動けないのだろう。
「・・・何故、俺に聞く。」
「劾が関わるから。
これから、関わってしまうから、聞いたの。
・・・貴方は、『自分』を見つけたわ。」
会話の間に、テ-ブル持ってきたものをおき、グラスにストレ-トのウィスキ-を注ぎ、一息で飲む芙蓉。
少なくとも、小腹が空いた状況であっても、ストレ-トで飲むには、ウィスキ-はキツい。
されとて、シラフで語るには、重いのだろう。
空にしたグラスを、トンとテ-ブルと置いてから、芙蓉は言葉を紡ぐ。
劾が、返答しないことを・・・沈黙を持って先を示したから。
「・・・トウェンティ、ディエスに習うなら、ベインテになるかな。
その子と接触できたの、・・・結局は彼は助からなかった。
だけど、ソキウスシリ―ズで新しい子だったから色々わかったの。
あのシリ―ズも連合としては、ある種の完成品ながら、試作品でね。
強力な心理コントロ-ルではあるけれど、個体ごとに微妙にその強さ、とでもいうのかしらね。
それが、違うことがわかったの。
ディエスの時に、わかっていれば、まだやりようもあったのだけどね。」
悔恨を過分に交えながらも、感情を押さえるように、芙蓉は語る。
だけれど、ひとつまみの塩が、料理を引き立てるように。
その声音に僅かに滲む悲哀が、その意味を濃くする。
どうしようもない理(ことわり)に、そう、運命とでも言うべきものに、徹底的に叩きのめされ尽くした者しか持ちえぬ声音だった。
「それが、どうして俺に話すことになる?」
「理由はいえない。」
「・・・言葉にして、確定するのが怖い、だったか?」
「・・・・・・わかっていて、言葉にするのは、悪い癖だよ、劾。
ともかく、今、私が言えるのは、そうだね。
哀しい鎖から、解放してあげて欲しい、ということぐらいだ。」
微笑みすらも、淡く淡く、溶け消えてしまいそうで。
五年以上前のあの時に、叢雲劾としての自分を助けた頃から変わらぬような微笑だ。
普段は、表情のせいか、十代半ばぐらいには、見える。
時折見せる戦闘モ―ドに移行すれば、年齢は解らなくなるけれども。
「・・・私に、母親、という気分を少しでも味あわせてくれたあの子達に連なる者にも、幸せになって欲しいと想うの。」
そう言って、芙蓉は締めくくり。
この後は完全に、飲み会になった。
それまでの会話を無かったことにしたいかのように。
どこそこのコロニ-のなんとかという料理が美味しかったとか。
地上のどこそこの夕日が綺麗だったとか。
傭兵の誰それが、サ―ペントテ―ルを狙っているとか。
そんな他愛の無い会話だった。
日付が変わって少々経った頃には、芙蓉は完全に眠っていた。
このままにして、風邪でも引かせたことがバレれば、彼女の弟が五月蝿いと思ったのか、劾は彼女を抱き上げる。
芙蓉の部屋まで送ろうとも思ったが、場所を聞いていない。
空調も聞いているし、彼女をベッドに転がして、自分はソファで寝ればいいと思ったのだろう。
しかし、ベッドに彼女を転がして、離れようとした時だった。
シャツの袖を芙蓉の小さな手が掴んで離さない。
引き剥がせば、確実に起きるだろうというほどに、しっかと、掴んでいる。
幸い、と言うべきにか、大の大人が横に五人並んでも大丈夫なほどの大きなサイズのベッドだ。
劾は、無言で溜息をつくと、最大限に離れた上で同じベッドにもぐりこむ。
そして、更に一時間。
ディエスが、ちょっとした用事で、芙蓉の部屋を訪れたが、いなかった。
少々探した後、劾の部屋に彼女を見つける。
悪戯心を起こしたディエスが、芙蓉を劾の方に寄せ、自分も同じベッドに入る。
そうして、眠りにつく。
(えへへ~、変則的だけど、川の字だよね、これも。)
普通の親子、なそんなことをして。
或いは、体験し得なかったそんな幼子のようなことをして。
翌朝。
劾に朝食のタマゴをどうするか、ルピナスが部屋を訪れた時。
すぴよすぴよと、眠る三人を見つけた。
「・・・もう一品追加するか。」
起こすのが面倒だったのか、そう呟くと出て行く。
更に、30分後。
ミニミ-トパイとエッグタルトにしたのだろう。
その香ばしい香りがし始めたころ。
絹を裂くような悲鳴が上がった。
「いきゃああぁぁぁ~!???
え、あ、な、なんで、こ、こんなことに~!?」
「お前が袖を掴んで離さなかったから、一緒のベッドに入ったんだが。
こんなに近くではない。」
「母さん(マドレ)セインと劾の兄ちゃんですけど、川の字っぽいなぁって思って。」
「・・・先に言って欲しい。」
「言ったら、母さん(マドレ)セイン、却下するでしょ?」
オ―ブにて、金網越しの再会が行なわれ、ア―クエンジェルに僅かな休息が訪れている頃の一幕。
これより、一ヵ月後。
劾は、ソキウス達と戦った。
そして、その二ヶ月後のNJCを巡る争いにも劾と芙蓉達はそれぞれの立場で関わった。
まだ、一度目の大戦の最中の。
ちょっとした休息の一幕。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
はい、ある日の会話より、二ヶ月ほど。
結構難産でした。
新たな資料でてんやわんやとも言います。
イライジャが、何故、ディエスをヴェイアと見まちがえなかったのかは。
劾イラな設定で、ディエスに嫉妬したから・・・ではないです、流石に。
一応、表情豊か過ぎて、同一視出来なかったというべきでしょう。
「劾は、お父さん!!」を合言葉にしたら、こうなりました。
恐らく、現存する連合作品の戦闘用コ-ディとしては最年長でしょうし。
イライジャも、どっか、「父」を見ている思うですから。
ともあれ、次の物語にて。
*作中の会話は、英語で行なわれたと想定しています。
同じドックコンテナの隣り合ったハンガ―で、劾とセインはいた。
鷹無芙蓉と、傭兵や裏稼業間で呼ばれる少女に見えるセインは、劾と並びの壁際の椅子で舟をこいでいる。
とある依頼にて、共同の形をとることになり、その開始前最後の整備が終わったところ。
機械仕掛けの神はただ、嗤う
「・・・母さん(マドレ)・セイン、寝てしまっていますか。」
飲み物を買ってきたのだろう。
芙蓉よりも濃くとも、同じ白から桃色に移り変わるグラデ髪の十代半ばぐらいの少年。
血色が良くなく、髪を除けば、「青い」印象で、着ているのは、改造した連合の制服だった。
色は、リ-ダ-役に合わせてか、暗い灰色で喪服的である。
そして、何故か、劾の胸中に、『懐かしさ』と『苦さ』の両方の感情が浮かんでくる。
今回の依頼で、初めて顔を合わせたこの少年に。
「お前は、芙蓉のチ-ムか?」
「・・・そう、なりますね。
俺は、チ-ムでは無いですけれどね、母さん(マドレ)だから着いていっていますし。
今回は、兄弟(エルマナノス)の為ですから。」
今回の依頼に、ほとんど、とある女ジャンク屋と弟以外の協力者を使わなかった芙蓉が、一人増えるからと断っていた。
そして、この少年がそうだろうと思い、劾は声をかける。
芙蓉の偽名のうちのセインを知っているのだから。
表情筋が弱いのか、感情に乏しいのか、それはわからないが、言葉は満面の笑みなのに、顔は微笑むだけの少年。
「それで、貴方は誰ですか?
俺は、テ・・・いえ、ディエス・アリアドです。」
「サ―ペントテ-ルの叢雲劾だ。」
「貴方が・・・叢雲劾さん?
・・・母さん(マドレ)・セインの言うとおりです。」
積み上げられた箱のうえに、その飲み物のカップを置き、少年-ディエスは、劾に名前を聞いてくる。
名乗ると、噛み締めるように、繰り返す。
そして、劾に半ば突進するように、抱きついた。
「劾の兄ちゃん、会いたかったです!!」
「・・・は?」
突然のことに、劾と言えど、硬直する。
身長差はおよそ、10センチほどなのとディエスはかなり細身なので、ハタから見ればラブシ-ンのようにも見える。
それは、さておき、劾の反応に、ディエスは、ごしょごしょと、耳打ちする。
自分が、劾と同じく、連合に作られた戦闘用コ-ディネ―タ―であることを。
製作時期がずれていても、それは、ある意味で兄弟と言えるだろう。
連合が戦力となり、従順な奴隷の駒になるはずだったと言えば。
「・・・確かに、兄弟と言えなくも無い。」
「兄弟だと思います。
・・・計画違い、ですから、従兄のほうが近いんでしょうけど。」
ごろごろと、ネコがじゃれつくように、劾に甘えているディエス。
劾は、自分らしくないと思いつつも、抱き返すことこそしなかったものの、背中をぽんぽんとやる。
「劾に何やってる、お前!!」
「ただいま、言われたの買ってきたよ。
・・・って、あなた誰?」
劾のおつかいだろうか、それを済ませてきたイライジャと風花。
少々叩きつけるようにイライジャが。
ただ、聞くだけのように、風花が。
それぞれ、誰何する。
「ディエス・アリアド。
今回、母さん(マドレ)・セイン側のメンバ―です。
傭兵(メルセナリオ)イライジャ、お嬢さん(セニョリ-タ)・風花。」
『・・・騒ぎ起こすなって言ったんだけど。
まだ、結構、ホットだけど、ルピナスの為だからって、押し通したの貴方。』
「あ、母さん(マドレ)セイン。」
『言うことは、ディエス。
・・・後、母さん呼ばないでって言ったわよ。』
この騒ぎに目を覚ましたのか、起き抜け特有の気だるげな様子で、芙蓉は言う。
懐かれて悪い気はしないのだろうが、それでも、『母』と呼ばれるのは勘弁したいのだろう。
劾に、ディエスが抱きついたまま、会話は進む。
「・・・あの件か?」
『そうなるわ・・・まぁ、保護したのは、地上でだけどね。』
「兄弟(エルマノス)ルピナスも一緒でした。」
「無茶は無茶だと思っては居たが、悪名を増やす仕事をよく受けれるな。」
『・・・甘いだけよ。
拾える命なら、拾うだけ・・・どんな命でも生きたいと思えば、手を差し伸べるものじゃないかしら?』
「・・・それは、優しいというと思うが?」
『ありがと、劾。』
お互い、劾の事情を知っていることを知っている劾と芙蓉は、ディエスのことも含め、2人だけで、通じ合う。
それを、抱きついたまま、見ていたディエスは、ぽつりと一言。
いや、ぽつりと爆弾投下した。
「劾の兄ちゃん、そうやってると、母さん(マドレ)セインと夫婦(パレハ)みたいですね。」
『ぇう?』
「パレハって、何、劾?」
「スペイン語で、夫婦だな。」
『・・・ディエス、後から、お説教ね。』
「え、母さん(マドレ)セイン、しどい!!」
と、そんなこんなで、依頼に突入した。
途中、誤射に見せかけた、イライジャからディエスへの攻撃があったりしたが、概ね何も無かった。
そして、依頼後の依頼人への説明の後、渡された報酬は、劾達と芙蓉達では違っていた。
劾達は、現金のみ。
芙蓉達は、劾達の半分ほどの現金と一抱えほどの白い包みであった。
そして、劾は、個人としても、サ―ペントテ-ルとしても、仕事が入ってなかったのか、ディオギア郊外の芙蓉の屋敷にきていた。
ディエスのことを聞く為だ。
小さな森のほど広い敷地に伸びる道とその中央にある屋敷。
エントランスを挟んで、真正面から裏まで部屋挟んで通り抜けれる中庭があり、その両脇に、部屋がある構造。
真裏で繋がっていて・・・そうHを縦に幾つかくっつけたようなそんな構造をしている。
その玄関から向かって右にある居間部分に通された。
『ディエス、これと、いつものヤツをルピナスにお願いね。』
「解かりました、えっと、あれも加えますか?」
『・・・そうね、お願い。』
すぐに、芙蓉は、ディエスにそんな指示を出す。
それに対し、打ち合わせしてあったのか、確認すると、ディエスも別室へ行く。
向かった先が、奥のほうであるしその薬が必要な人物がいるのは、寝室なのだろうか。
芙蓉も、コ-ヒ-でも入れてくるわ、と断り、台所へと消える。
そして、劾は、通された居間をさっと見回す。
天井と床は、黒、壁は白。
家具も、基本的に、金属製で銀色をしているか、モノクロでまとめられている。
何処か、硬質ながらも温もりあるそんな居間だ。
それを見て、劾は思考する。
芙蓉・・・通称・鷹無芙蓉は、『情報屋』兼『傭兵』というイリ-ガルな世界でも、稀有と言うか異端な人物だ。
そのどちらも、一流の上に『超』をつけても遜色の無い。
むしろ、彼女より腕利きを見つけろ、という方が難しいだろう。
少なくとも、単独でという条件なら、MSやMAの扱いでは、自分でも機体相性次第では結果はわからないだろう。
他にも、『ホリィ・ロ-タス』として、プラントの要人と知り合いであったり、『セイン・エステ-ト』として、劾がアストレイブル-フレ―ムと出会った時は、そのヘリオポリスで学生をしていたり、と謎が多い。
しかし、サ―ペントテ-ル以上に、彼女を快く思わない傭兵が多いのに、襲撃される回数は少ない。
それは、二十年程前まで本格的にやっていた宙賊関係での仲間が、この近くに街を作り、にらみを効かせているからだと聞く。
5年近く前に、自分を拾った時に、そんな話をしていたし、彼女の弟であるセ-ヤもそう話していた。
『・・・遅くなったわね。
砂糖と、ミルクはいる?』
コ-ヒ-と焼きたてのパウンドケ―キをお盆に載せている。
お湯を沸かしている間に、着替えたのだろう。
仕事中のシンプルなゴスロリよりも更にシンプルな黒いワンピ-ス姿の芙蓉。
装飾は、襟元の白いレ―スとリボンと腰部分のプリ―ツぐらいなハイネックの喪服だ。
「甘い物は・・・」
『大丈夫よ・・・、これは、甘くないヤツ。
ピスタチオとクリ-ムチ-ズの・・・ルピナスが、甘いのさほど好きじゃないみたいだから。』
そんな風に言いながら、芙蓉は笑う。
寂しげ、でもあり、哀しげでもある。
少なくとも、笑顔から連想される嬉しそうなどというのは遠い。
「・・・それで、あいつは何だ?」
『・・・聞いていると思うけれど、貴方と同じ。
最近、実装予定だったシリ―ズのよ。」
「実装予定だった?」
『そう、予定だった。
キラ・ヤマトの名前は知っている?』
「AAに乗っている民間人でGシリ―ズ、ストライクのパイロットだったか?」
『そう、そのヤマトくん。
今は、壊れかけているみたいだけれど。
もうすぐ、もっと壊れるような出来事があるわね。』
「・・・」
『知り合いだったの。
・・・セイン=エステ-トとしては、とっても好きだった。
バレンタインに、義理でも少し他の人と違うのをあげたりするぐらいにはね。』
劾の無言の指摘に、苦笑混じりに、芙蓉は・・・いや、セインとして芙蓉はいう。
哀しげで、もう戻れないあの頃をどこまでも懐かしむような老婆のようだ。
あえて、『セイン=エステ-トとして』と断っているのは、ニセモノでも、キモチは、『セイン』としては本物だったということなのだろうか。
一つ、息をついて、芙蓉は再び、語る。
『・・・彼が、今、オ―ブで開発しているナチュラル用のOS。
Gシリ―ズに使用されているOSの改良系ね。
そのせいで、まだ、実験段階だったナチュラルの強化タイプ。
・・・生体CPUね、それの現行タイプの実装が決まった。
配備され始めていたその戦闘用コ-ディネ―タ―・・・ソキウスがいたのよ。
順次、その前のソキウスは廃棄される予定・・・になっていると聞くけど。
・・・あの子ともう一人は違うわ。』
「ルピナスと言うヤツか?」
『そう。』
「・・・クロ―ンか?」
『・・・っ。』
半ば、関係のない言葉を連ねる芙蓉。
しかし、劾には無用の駆け引きであったようで。
もう一人の・・・ルピナスのことを見抜かれたようだ。
思わず、言葉を失う。
それでも、苦笑して、芙蓉は言葉を継ぐ。
どこまでも、その様相は、年上の女性のそれで、十代前半のその容貌には似合わないはずなのに、不思議と違和感は無かった。
『・・・そうよ。
ルピナスは、クロ―ン。
貴方のことだから、誰のクロ―ンか見当ついてるでしょ?
ドレッドノ-トを知っている貴方なら。』
「・・・ドラグ―ン、空間認識能力か。」
『正解。
あれは遺伝する・・・あの家系で実証済みだから。』
「・・・・・・」
『怖い顔しない、殺気出さない。
あの子、神経細いというか、同じ屋敷で殺気出されただけで、数日は寝込むんだから。』
「・・・・・・わかった。
しかし、大丈夫なのか?」
『何が?』
「そのルピナスが、だ。」
『・・・良くないわ。』
劾の問いかけに、言いにくそうに、しかし、はっきりと、芙蓉は解答する。
即ち、彼がもうすぐやってくる夏を越すことが難しいということを。
つまりは、長くはないと言うこと。
「・・・」
『それで、知り合いの紹介で、下請けに遺伝子工学研究所を持っているあの会社の依頼受けたの。』
「テロメア剤の延長か?」
『そう、ね。
雰囲気はそんな感じで、オ-ダ―メイドで。
・・・漢方の方式で、ケミカルの効果って所よ。』
「正規ではないな。」
『常識と言うよりも、ウィア-ドな技術よ。』
それ以上聞いたら、貴方でもただじゃ済まさないわ、とでも言うように言葉を切る。
劾は、もちろん、この業界で、数年を過ごしているのだ、それ以上は聞かない。
必要以上の情報を聞かないことも、傭兵や情報屋として長生きするコツだ。
「・・・お客さま、セイン?」
『ルピナス、寝てなくて・・・というか、ディエスがそっち向かったはずなんだけど?』
その時、癖のある金髪と空色の蒼い瞳の十代後半の少年と青年との端境の男の子が、入ってきた。
体調を崩している訳ではなさそうなのだが、顔色がやや悪い。
そして、連合の仕事も受ける劾には、その顔が、誰か解かった。
約一年前の開戦当初、グリマルディ戦役にて、華々しい戦果をあげ、一人帰還したあの大尉によく似ていた。
少なくとも、血の繋がりを否定する要素を探す方が難しい。
劾を見た彼・・・ルピナスは、自分が出てきてはいけない相手-芙蓉の弟や知り合いだと出てもいい-のだと悟り、踵を返す。
『ルピナス!!大丈夫、劾は仕事仲間だから・・・。
それより、ちゃんと挨拶。』
芙蓉が呼び止めて、しぶりながらも彼は戻ってきて、彼女の後ろに立つ。
その一連の動きが、どうも、外見の長身さ・・・劾は大体、180センチだ。
・・・彼はおそらく、それに五センチも低くない。
ないはずなのに、どうしても、動作のせいか、か弱さというか儚さがどうしても先立つ。
「ルピナス・ソリタリオ。
セインにつけてもらった名前だ。
・・・それに、貴方も、私と?」
「・・・そうだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・2人で分かり合うのは、私も意味解かるからいいとして・・・無言で会話しない。
というか、無言で、見つめ・・・』
「母さん(マドレ)セイン、兄弟(エルマノス)ルピナスが・・・。
あ-、ルピナス、何見詰め合ってるんですか、劾の兄ちゃんと!!」
「いや、その、そうじゃない、ディエス。」
同じ組織に生み出されたということを確認した後、ルピナスと劾は、視線を合わせたまま、言葉を無くす。
ルピナスは言葉にしたいことが多すぎて、劾は反応を待って、言葉がない。
理由はわかっているが、男同士で見つめ合われては少々気まずい芙蓉。
そこへ、ルピナス探して三千里・・・もとい、彼を探して、屋敷をうろうろしていたディエス。
最後に、だろう、この居間に来て見たのが、熱く(ディエス視点)見詰め合う2人で。
ディエスが思わず制止の声をいれる。
わたわたと、慌てるへタレ系兄貴・・・もとい、ルピナス。
製造年齢からすれば、一応、辛うじてディエスが上なのだが、外見年齢と落ち着いた雰囲気からか、ルピナスが年上に見えるのだ。
「・・・いいわね、本当の兄弟みたい。」
劾も巻き込んだ三人のやりとりを見て、芙蓉は、少々羨ましげに呟いた。
思わず、ぽつりと、珍しく、肉声で。
血縁ではない。
肌の色も、黄色、白、蒼白と、それぞれ違う。
似ているパ-ツは、無いに等しい。
だけれど、兄弟だと、芙蓉は思う。
連邦の、ブル-コスモスの意図の元で生まれようとも、どうしようもなく、兄弟だと思う。
その後、六時を柱時計が告げるまで、芙蓉はその光景を見ていた。
正確には、それまで、ついつい、見惚れてしまったと言う所だろう。
見れるはずも無い、一幕の一つだったからだ。
とてもとても、懐かしそうに、彼らに、自分と弟、死んだラファエルを当て嵌めて見ているかのように、優しいまなざしだった。
その後、少々渋る劾を押し切り、彼が泊まっていく事を決め、一時間。
食堂にて、四人は食卓を囲んでいた。
オ―ブ的なチキンカレ―(といいつつ、海老が入っていたりするが)と、チ―ズささみカツ。
マカロニとツナのものと二色のアスパラガスのもののキッシュとグリ-ンサラダ。
元々、ルピナスが、帰ってくる芙蓉とディエスの為に、用意していたものに、手を加えたものだ。
生来の機能なのか、ディエスだけがそうなのかは、芙蓉は知らないが、元々、軽く三人前を食べるディエス。
なので、キッシュを少々多めに作るだけで済んだ。
キッシュの生地を、パセリを混ぜたものにしたり、ミックスペッパ-、シ-ドミックス、乾燥トマトとバジルをそれぞれ混ぜたもの、プレ―ンなものにしたりとバラエティだ。
乾燥トマトとバジルとプレ―ン以外のは、暇な時に大量に作って冷凍しておくそうだ。
手間のかかる小さなサイズなあたり、本当に暇つぶしの産物なのだろう。
ディエスが言うには、パイ生地とクッキ-生地も冷凍して、ある程度作ってあるそうだ。
夕食は、歓談を交え、静々と終る。
まぁ、劾も、ディエス同様に、カレ―にソ-ス派ということに、ルピナスが驚くシ-ンがあったりはしたが。
客室として、掃除はしてある部屋に、劾を案内する。
そして、シャワ-も浴び、寝ようか、という段階になって、ノックされる。
返答する前に、芙蓉が入ってきた。
グラスとク-ラ-、何種類かのツマミを持って。
「・・・話しておきたことがある。」
この時、劾は数年ぶりに、意識的に彼女の肉声を聞いた。
――『無駄に害したくない』という彼女の意思を知っている。
今の声とて、囁くような微かなものだ。
無言で、この部屋の応接セットに彼女は劾を誘う。
「なんだ?」
「・・・今、オ―ブで、ア―クエンジェルの修理を行なわれているのは知っているわね?」
「ああ、そのせいで、未だ未完成の生体CPUが実践配備されることになったと聞いたが?
夕方、お前自身も話していた。」
「うん。
・・・ねぇ、劾、作られた者が・・・運命を自分で選ぼうとするのは間違っていると思う?
強要されて、それしか無くても、反抗した末で、それを選びたいと思うのは。」
いつもの会話と同じく滑らかな言葉であったが、その声には、哀しいまでの静けさが混ざっていた。
しかし、その言葉は外見に比しても、更に幼子のようなそんな響きが混じる。
何かを知ってしまったが故のそんな響きである。
強すぎる力故に、存在故に、動けないのだろう。
「・・・何故、俺に聞く。」
「劾が関わるから。
これから、関わってしまうから、聞いたの。
・・・貴方は、『自分』を見つけたわ。」
会話の間に、テ-ブル持ってきたものをおき、グラスにストレ-トのウィスキ-を注ぎ、一息で飲む芙蓉。
少なくとも、小腹が空いた状況であっても、ストレ-トで飲むには、ウィスキ-はキツい。
されとて、シラフで語るには、重いのだろう。
空にしたグラスを、トンとテ-ブルと置いてから、芙蓉は言葉を紡ぐ。
劾が、返答しないことを・・・沈黙を持って先を示したから。
「・・・トウェンティ、ディエスに習うなら、ベインテになるかな。
その子と接触できたの、・・・結局は彼は助からなかった。
だけど、ソキウスシリ―ズで新しい子だったから色々わかったの。
あのシリ―ズも連合としては、ある種の完成品ながら、試作品でね。
強力な心理コントロ-ルではあるけれど、個体ごとに微妙にその強さ、とでもいうのかしらね。
それが、違うことがわかったの。
ディエスの時に、わかっていれば、まだやりようもあったのだけどね。」
悔恨を過分に交えながらも、感情を押さえるように、芙蓉は語る。
だけれど、ひとつまみの塩が、料理を引き立てるように。
その声音に僅かに滲む悲哀が、その意味を濃くする。
どうしようもない理(ことわり)に、そう、運命とでも言うべきものに、徹底的に叩きのめされ尽くした者しか持ちえぬ声音だった。
「それが、どうして俺に話すことになる?」
「理由はいえない。」
「・・・言葉にして、確定するのが怖い、だったか?」
「・・・・・・わかっていて、言葉にするのは、悪い癖だよ、劾。
ともかく、今、私が言えるのは、そうだね。
哀しい鎖から、解放してあげて欲しい、ということぐらいだ。」
微笑みすらも、淡く淡く、溶け消えてしまいそうで。
五年以上前のあの時に、叢雲劾としての自分を助けた頃から変わらぬような微笑だ。
普段は、表情のせいか、十代半ばぐらいには、見える。
時折見せる戦闘モ―ドに移行すれば、年齢は解らなくなるけれども。
「・・・私に、母親、という気分を少しでも味あわせてくれたあの子達に連なる者にも、幸せになって欲しいと想うの。」
そう言って、芙蓉は締めくくり。
この後は完全に、飲み会になった。
それまでの会話を無かったことにしたいかのように。
どこそこのコロニ-のなんとかという料理が美味しかったとか。
地上のどこそこの夕日が綺麗だったとか。
傭兵の誰それが、サ―ペントテ―ルを狙っているとか。
そんな他愛の無い会話だった。
日付が変わって少々経った頃には、芙蓉は完全に眠っていた。
このままにして、風邪でも引かせたことがバレれば、彼女の弟が五月蝿いと思ったのか、劾は彼女を抱き上げる。
芙蓉の部屋まで送ろうとも思ったが、場所を聞いていない。
空調も聞いているし、彼女をベッドに転がして、自分はソファで寝ればいいと思ったのだろう。
しかし、ベッドに彼女を転がして、離れようとした時だった。
シャツの袖を芙蓉の小さな手が掴んで離さない。
引き剥がせば、確実に起きるだろうというほどに、しっかと、掴んでいる。
幸い、と言うべきにか、大の大人が横に五人並んでも大丈夫なほどの大きなサイズのベッドだ。
劾は、無言で溜息をつくと、最大限に離れた上で同じベッドにもぐりこむ。
そして、更に一時間。
ディエスが、ちょっとした用事で、芙蓉の部屋を訪れたが、いなかった。
少々探した後、劾の部屋に彼女を見つける。
悪戯心を起こしたディエスが、芙蓉を劾の方に寄せ、自分も同じベッドに入る。
そうして、眠りにつく。
(えへへ~、変則的だけど、川の字だよね、これも。)
普通の親子、なそんなことをして。
或いは、体験し得なかったそんな幼子のようなことをして。
翌朝。
劾に朝食のタマゴをどうするか、ルピナスが部屋を訪れた時。
すぴよすぴよと、眠る三人を見つけた。
「・・・もう一品追加するか。」
起こすのが面倒だったのか、そう呟くと出て行く。
更に、30分後。
ミニミ-トパイとエッグタルトにしたのだろう。
その香ばしい香りがし始めたころ。
絹を裂くような悲鳴が上がった。
「いきゃああぁぁぁ~!???
え、あ、な、なんで、こ、こんなことに~!?」
「お前が袖を掴んで離さなかったから、一緒のベッドに入ったんだが。
こんなに近くではない。」
「母さん(マドレ)セインと劾の兄ちゃんですけど、川の字っぽいなぁって思って。」
「・・・先に言って欲しい。」
「言ったら、母さん(マドレ)セイン、却下するでしょ?」
オ―ブにて、金網越しの再会が行なわれ、ア―クエンジェルに僅かな休息が訪れている頃の一幕。
これより、一ヵ月後。
劾は、ソキウス達と戦った。
そして、その二ヶ月後のNJCを巡る争いにも劾と芙蓉達はそれぞれの立場で関わった。
まだ、一度目の大戦の最中の。
ちょっとした休息の一幕。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
はい、ある日の会話より、二ヶ月ほど。
結構難産でした。
新たな資料でてんやわんやとも言います。
イライジャが、何故、ディエスをヴェイアと見まちがえなかったのかは。
劾イラな設定で、ディエスに嫉妬したから・・・ではないです、流石に。
一応、表情豊か過ぎて、同一視出来なかったというべきでしょう。
「劾は、お父さん!!」を合言葉にしたら、こうなりました。
恐らく、現存する連合作品の戦闘用コ-ディとしては最年長でしょうし。
イライジャも、どっか、「父」を見ている思うですから。
ともあれ、次の物語にて。
*作中の会話は、英語で行なわれたと想定しています。