ヴェトナム旅行７

昔、『ヴェトナム観光公社』という小説を読んだことを思い出していた。筒井康隆の作品です。内容は覚えていない。すいやせん。題名だけは覚えているけどそんなに印象に残っていないのです。けど作者のおちょくり精神は伝わってきた。SF作家として高校生ころから、作品はいくつか読んではいたが、この本の出版されたタイミングの良さにむしろ胡散臭いものを感じていたのを覚えている。当時98年ころ、ワシはヴェトナム戦争を観光の対象とする発想ができなかった。いまなら、ウクライナ戦争を観光する発想です。あらゆる価値観を相対化しあるいは逆転して見せる作者の意図は当時は新鮮味があった。しかし、それは全てが砂の粒だという虚無感をも感じさせた。世界はこの砂粒の上にあって、さて上に何を築くのかということが書かれていないのが、つまらない理由だと思った。小松左京のSFとの違いがここにある。今のネット論壇？がつまらないのと通底している。そんなことを思い出しながら、（嘘ですが）今は実際に観光しているわけです。ホンボン通りを歩いていると、とある小さな画廊の前に立っていた。ギャラリーは明かりが入っているのでのぞいて見ることにした。大げさに言うと期待のドアを開けて中に入ると、奥が長いと言うかウナギの寝床的なギャラリーで、奥にこの店の責任者らしいマダムがいた。ヴェトナム人には珍しい金髪のショートカットです。これは期待が持てる。許可を得て中を見て回るとこの店の傾向はやはりコンテンポラリーだ。現代的な表現の作品がほとんどだ。しかしちょっとグッとくる作品はあまりない。完全な抽象画もあるけど、どこかで見たようなものだ。あとはプリミティブな画風と言うかグラフティー的なよく路上の壁に落書きされているような画が多かった。リアリズムの作品を見たい気もあったが、それはここの店のコンセプトではないのだろう、欲張ってはいけない。この店は２階３階もギャラリースペースになっているので、階段を上がって２階へ行くと同じ傾向の画と陶芸作品があった。マニエリスチックな細かく色を使って仕上げた架空の動物のオブジェであった。チェンマイで見るグロテスクな動物より丁寧に仕上げてある。このあたりがヴェトナム的なのかなあとおもって、マダムに訊くと、やはりハノイの作家のものですと言う。写真をとっても良いですかと尋ねたらそれは即座にNOでした。３階に上がろうとすると、そこも拒否された。下から見るとかなり作品が並べられているのに残念であった。しかし、コンテンポラリーだけでギャラリーを埋めているのはそれだけ需要があるというふうに考えれば、ヴェトナムは未来に向かっているなあと感心する。おそらくこれから増えるホテルや大きな会社のオフィスの壁を飾ることに賭けているような感じを受けた。それとハノイにも経費で落とせるお金持ちの層ができていると感じました。ひょっとするとバブル期なのかもしれない。・・

通りから横丁へ入ってみるとそこにもギャラリーらしい店があった。よく見ると、刺繍の店だった。細かい刺繍の絵画が展示されていた。柔らかな色のグラデーションが一本々の糸で表現されている、印象派の点描画ならぬ糸描画です。ヴェトナムの風景画が色彩豊かに織り上げてある。機械ではできない手作りの工芸品というかアートです。色が美しいし写真のように正確な緻密な形を保っている。日本ではあまり見たことがない。すごい技ですね。女性の店員さんに訊くと、５０cm四方の画でひと月ぐらいかかるそうだ。作者の男性は日本の高島屋で何度か個展を開いているので、日本語のパンフレットを渡してくれた。日本なら重要無形文化財（人間国宝）になってもおかしくないほどのレベルの高い作品でした。今日はついてるぞ！そんな気持ちになれるのは久しぶりです。

その店から少し行くと今度は陶器店があった。伝統的な品物が多く陳列されて興味深く眺めていたら、店員さんが寄ってきて、あれこれ説明をはじめたので、今日は見るだけですと囁くと、瞬時に離れて他の店員さんとのおしゃべりを始めた。コロッと態度が変わるのもヴェトナム人っぽいなあと感心したくらいだ。その店を出るとちょっとした広場が見えて、その広場へ行くとなんと大きなカテドラルが建っていた。商店街から急に出くわしたような感じで驚いた。こんなところに大きな教会がある。かつてフランスがこの地を統治した時代の名残だ。パリをしのんで建てたのだろうか、マロニエの並木でもあれば雰囲気はフランス映画の一場面に見える。バゲットを抱えたマドモアゼルでも通れば完璧だ。ワシは教会の向かい側にあるカフェに腰をおろし、エトランゼの気分を味わうべく、通りゆく人々を眺めてゆっくりとコーヒーを味わったのだった。頭の中では、アズナブールの歌が流れていた。