そこまで一気に話すと、カップに自分のコーヒーを入れて一口飲みこんでから、声をひそめて続きの話をはじめた。
「今だから話せるけどね、当時は60年代だけどね、まだ若造だったよ今も覚えているのはちょうどケネディー大統領が暗殺された年だ。牧場のトラックが射撃されたんだ。俺が助手席に乗っていたんで覚えているが、トラックのフロントガラスが割れて一瞬何が起きたか分からなかった、そして右の腕から血がにじんでいたよ。対向車線から走ってきたピックアップに乗ったやつが撃ったのさ。誰が撃ったかは分からないけど。しかし撃った奴は目星がついていた。フェニックスの不動産屋さ。当時は同業で人集めの仕事も牧場もやってたがね、仲間のブラウンが俺を連れてその牧場へ行ったのさ、撃った時のピックアップがあるか確かめるためにね。翌日ボスがその牧場へ行くと言ったから、俺はてっきり仕返しに行くと思ってピストルを持って出たけど、ボスはブラウンと二人だけで出かけたんだ。俺は心配でこっそり後からやつらの牧場へ行ったのさ。離れた場所から家の中の様子をうかがっていたんだ、そしたら後ろで背中を叩く者がいたのでびっくりして振り返るとなんと仲間がすでに5人来てるじゃないかみんな心配で来たらしい。もちろん銃を持っていた。ライフルだ。もし中で銃声がしたら一斉に窓に向かって撃つことにしていたらしい。後で聞いた話ではブラウンがボスにないしょでそういう手筈を決めて乗り込んだんだ。そして話が終わって二人が車に戻った時、ブラウンが撃たれた。ボスを狙った銃撃だったけどブラウンがボスを守ったんだ。左の肩甲骨に弾が当たって助かったんだが、そうなりゃみんな一斉に撃ちだしたんで家の窓は粉々にふっとんださ。相手も撃ち返して来た。俺はみんなが撃つように必死にピストルを撃ったよ。相手に当たったかどうか分からないけど。やがてボスとブラウンの乗った車が出たので仲間の乗ってきたピックアップに転がり込んで引き上げたってわけだ。・・後日『フェニックスの南北戦争』って新聞に書かれたよ。」
「そう言うことがあったんだ。それで死んだ者はいたのかい。」
保安官が促すと
「その時は誰も死んではいなかったんだ。すくなくとも俺たちの仲間はね。向こうはどうか知らないが、新聞によればけが人がいたそうだが向こうも警察にはお世話になりたくないらしいのでね。詳しい記事は出ていなかったね。」
保安官がうなずくと横で聞いていたハンスは興味深い顔で尋ねた。
「その後ボスとブラウンはどうなったんだね」
「ボスはその後亡くなったよ病気でね、持病があってね、病気で苦しむより撃たれて死にたかったのかも知れないと後で思ったんだ。それでブラウンがボスの仕事を継いだんだね。でも彼もすでに亡くなってしまったよ」
「そのブラウンという人は黒人でファーマーじゃないのかい」
そう言われて管理人の爺さんは驚いた顔でハンスを見つめ
「そうだよ。えっ、牧師さんの知り合いかい。へぇー驚いたね。彼に牧師さんの知り合いがいたとは気が付かなかったね。この人だよ、右側にいる黒人さ」
額縁の写真を指差して確かめるようにハンスの方を見た。驚いたのはハンスの方だった。ハンスは指差された黒人の顔を見つめていた。その顔に確かにモーテェックの面影が感じられた。こんな場所でこんな写真を見るとは思いもしなかったので、驚きを通り越して強い衝撃すら受けていた。
「私はブラウン・ファーマーを知っている訳じゃない。彼の息子のモーテェック・ファーマーの知り合いだよ。フェニックスで射殺された黒人の大学生だ。」
「何だって、ブラウンに息子がいるってのは知っていたけど・・それがフェニックスで射殺されたって・・なんてこった。・・」
管理人の声はすこし上ずっていた。話を聞く方も話す方も新しい事実を耳にして驚きの連続だった。隠されていた過去が一気に雪崩を打って襲ってきたような気分だった。新たな事実が二人を興奮させ、こんな瞬間があることをどう理解してよいのかとまどうくらいだった。
「それで、なんで射殺されたんだい。牧師さん」
「警察の話じゃ、人のうちに侵入したってことだ。」
「盗みか、強盗かそれとも・・」
「いや、はっきりしないが、年寄の婆さんの一人暮らしの家だそうだ。」
それを聞いていた保安官が口をはさんだ。
「占い師の婆さんの家だよ。テンピにある」
「なんと・・えっ、・・保安官・・ひょっとしてあんたがやったのかね」
うろたえたように発してしまったその言葉で、三人の間に強い緊張感が走った。一瞬時間が止まったように沈黙が長く思えた。三人がそれぞれ相手の次の言葉を緊張して待っていた。そして沈黙を破ったのは保安官だった。
「いいや、撃ったのは俺ではないよ。さっきも言ったように俺は人を撃たないようにしている。それに管轄する組織が違うよ。」
その一言で、緊張が一気に崩れたように保安官の話が始まった。
「保安官になってもう5年近くたって、フェニックスで警官に射殺される者が全米でトップクラスなのだが、なんでそんなに多いのか調べてみたのさ特に黒人の例をね。その時この占い師の婆さんの件を知ったわけだよ。不可解な死に方だったとしか言いようがない。」
「不可解な死に方と言うのはどういうことですか・・」
「そりゃ、長年保安官やってりゃ分かるさ、つまり致命傷となった銃弾は後ろから撃たれた弾が肺を貫いていたが、膝には前から撃たれた跡があるんだ。つまりどちらが先に撃たれたのか知らないが、膝が先なら後ろからとどめを撃つ必要はないし、後ろの弾が先ならもう前から撃つ必要はないわけだ。」
「保安官、そういうけどね、膝を撃たれても反撃する場合もあるんじゃないかい」
年寄りの管理人が興味深そうに意見をはさんだ。
「ああ、そういう場合もあるけど、反撃するならそちらに身体を向けるだろう。後ろ向きに撃つ奴は聞いたことがない。そして犯人とされる人物は銃を撃っていないらしいのさ。現場で何が起きていたのかしらないけどね。」
保安官の話を聞いて、自分がフェニックスの警察で聞いた事実との齟齬がないと思いながら、今日という日は何という日なのだと考えずにはいられなかった。これが偶然とは思えない何かに導かれているように感じた。
「そうかコヨーテか・・あるいは神?・・」
そんな自問が頭をよぎっていた。
「その占い師の婆さんはどんな人か知りませんか。白人ですかそれとも黒人あるいは・・どういう風な占いなんですか」
こうなれば疑問を全て出してみることにしたのは当然のなりゆきだった。
「そこまでは知らないが、テンピではよく知られた占い師だったらしい。黒人の婆さんだ。盗みに入るほどの金持ちには思えないがね」
「名前と住所は分かりますか」
「ああ、保安官事務所にいけば資料がある。もし知りたければ9時頃電話してくれ。俺の名前はジョン・カークランドだ電話番号と名前をここに書いておくよ」
テーブルに置いてあった紙ナプキンにボールペンで書き入れて、それをハンスに渡して、
「それじゃ、帰るよ。もし、現場に行ってその婆さんにくわしい話を聞けたら、あとでこちらにもその内容を伝えてくれないかい。」
と言うと、残っていたコーヒーを一気に飲んでカフェから出て行った。管理人の爺さんが後を追ってトーストと玉子の入ったテイクアウト用の箱を渡してから車の出て行くのを見送った。ハンスはその光景を見ながら今朝の出来事を考えていた。外はすっかり朝の光に満ちていた。
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