碧空の下で

人生の第四コーナーをまわって

走り雨にぬれながら5

2017-06-22 14:28:42 | 日記風雑感
タイの田舎の小さな家の中での出来事を隠すように、土砂降りの雨が降っていた。いつもなら30分ほど待てば小降りになるのだが、その時は、なかなか収まらず、もう1時間ぐらいはは降っていた。そこへ、バスで知り合った住職の使いの小坊主がやってきた。この雨だとバスは遅れてくるか、来ないだろうというのが住職の伝言だった。私がここにいるのを僧侶はおみとうしらしい。タイでは交通機関にはこういうことがしょちゅうある。バスが時間通りにきたらそれこそニュースだ。こうなったらなるようにしかならないとあきらめの心境であった。おばさんはそんな心配顔をのぞきながら、
「マイペンライ、マイペンライ、今日はここに泊まっていけばいい」という
「いやなら、わたしの家に来て泊まってくれ」とにこにこ顔でいうのだった。おばさんの家は、村から少し離れた場所に4年前に建てた新しい家なんだそうだ。バンコクでためたお金で建てたのだが、実際は一年のうちで雨季だけこの家に住んで、バンコクへまた出稼ぎに行くのだそうだ。家族は、いるようなことを言っていたが、亭主がいるとは言わなかった。深く詮索するつもりもないので、詳しくはわからないが、この村では、バンコク帰りのハイカラさんとしてよく知られた存在らしい。しかしそこまでは甘えられない。ここに長居するとなにか起こりそうな気がした。ひょっとすると二度と帰れない甘美な蟻地獄かもしれないと妄想が頭をかすめた。この雨が降りやむのをこの家でただ待つばかりでは能がないと、意を決して、雨の降る中、お寺へ出かけていくことにした。竹やぶのトンネルに入ると雨はやわらいだが、内は薄暗いほどの道であった。おかげで案の定、道を間違えた。帰り道が分らなくなることを思って、来るときに、時々後ろ向きに道を確認していたつもりであったが、同じような竹藪の迷路なので迷ってしまった。道を迷うことは今までに何度も経験しているが、たいがい高い山や、建物を目当てにして、それが見えないときは太陽の位置によってどちらに向かっているかは察しが付くのだが、竹藪の中で陽の光がとおらないトンネルでは、それこそ目隠しされているようなもので、全く方角が分らなくなってきた。同じような経験をしたことがあった。若い高校生のころ、友達2人と沢登りに行ったことがある。滝つぼに落ちたり、擦り傷を負ったりしたが、何とか無事に沢を詰めて尾根道に出ようと藪の中を歩いたことがあった。けれどなかなか尾根道にはたどり着けなくて、ひょっとして方角を間違えているのではないという不安が心に広がった。一人が不安な心になると、他の二人にも感染するようなぐあいで、パニックにこそならなかったが、どっちへ動いていいのかわからずみんなの顔が青ざめていたほどだ。頭の片隅には遭難の二文字が浮かんでいたと思う。その時、藪から脱出した方法は、高い樹木に上ってあたりの地形を確認することだった。たまたまこの沢登りに行く前に読んだ本の中に書いてあったことを思い出したのだ。そんなことで地形が分るのかと半分本気にしてはいなかったが、この際なんでもやってみようという心境になって、というより何かしないとパニックになるような雰囲気だったのだ。提案した私が近くにあった大きなクヌギの木に登ってみた。他の二人は祈るような眼で私が樹にしがみついて登って行くのを見つめていた。5~6mほど登った時に、樹の枝の向こうに山の稜線が見えた。「山が見えたぞ」と大きな声で下にいる者にどなっていた。それは歓喜の声だった。下の二人も「よっしゃ」と笑顔がもどったのだった。その稜線の連なる方向から、おおよそ、自分たちのいる現在地が判断できた。判ってしまえば、我々は草の下にうごめく虫のようなもんで、少しそこから頭を出せば世界が見えることに気が付かなかったということだ。人生もこのようなもんかもしれないとあとで考えていたのだった。当時この山には山小屋があってそこに住んでいる夫婦がいたが、その主人に山での顛末を話すと、いつもは無口な主人が、饒舌になって
「お前たちはいい経験をした。決して学校じゃ教えてくれない授業を受けたんだ。自然が人を鍛え教育するんだ。これは一生役に立つ勉強だ。学校の授業なんか取るに足らんわい。その意味が分っただろう。よく帰ってきた。これが山登りや」
と我が意を得たりという感じで顔をほころばしていたのが今でも記憶にある。そんなことを思い出していた。しかしここには高い樹は見当たらないない。けど村の中のお寺の近くであることは間違いないので、別に命に係わるほどではないから、そのうちどこかへ出るだろうと迷路をたどってみることにした。分かれ道になると、できるだけ道幅の広い方の道を選びながら歩くと、ついに、お寺の敷地に出た。入ってきた道とは違って、お寺の敷地の周りを回っていたことに気づくが、とにかくほっとした。

    
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