碧空の下で

人生の第四コーナーをまわって

ชะไค 茶会

2021-03-05 22:53:42 | 日記風雑感

”ชะไค” พิธืชงชา 日本語の”茶会”音訳とタイ語でお茶を入れる儀式という訳になります。英語のTea ceremonyからの訳かな、ワシの感覚からいえば Tea gathering 茶の集まりの方がしっくりくるのですが、聾学校の陶芸教室の生徒と茶会をしようというのが、最初の思いつきで、一年間の締めくくりのつもりもあって、陶芸室でひっそりとしかし深みのある茶会になればと企画したのです。侘び寂びの美意識を少しでも感じるよう授業の一端として考えたわけです。それと生徒が喜んでくれればいいという思いもありました。しかし、この計画はだんだんと大きくなっていったのです。最初の予定ではCLLの茶道クラブの会員でもある家内が一人でお茶を点てて生徒7~8人をもてなすようなつもりでおりました。場所も汚れてはいるが陶芸室でするつもりでおりました。しかしこの話を進めるうちに、場所は校庭での野点となり、そうなると会場を準備しなければならないということで、学校の先生、職員、生徒の協力で、空には天幕というか布を張り、地面にはムシロの上に茣蓙を敷き、机や大きな日傘やスピーカーまで準備した。最終的に生徒も40人ぐらいは来る予定だという、こちらはCLLの茶道クラブの方3名に応援していただいて準備することとなった。タイ人のイベント好きは知っていたし、一年中どこかでお祭りをしているようなチェンマイですから、驚きはしませんが、学校の催事ですから、もっと実質的にアカデミックに教育的にやらなきゃと思うのは日本人だけでしょうか。この茶会イベントで一番喜んでいたのは実はいつのまにか参加することになった先生方や財団の関係者の大人達で、浴衣を着てお茶を飲むということが楽しくてしょうがないというふうに見えました。いわば浴衣を着たコスプレパーティーと思っているふしがある。侘び寂びはどこへ行った。和敬清寂はどうしたんだ。抹茶碗の糸底をのぞけよ。そんな思いは吹っ飛びつまり一期一会は乾季の空に蒸発してしまった。タイ人はワイワイガヤガヤ楽しむことが好きなんですね。ここは聾学校ですから、比較的静かなんですが、態度が日本とはまるっきり違うのです。ヘンに自己規制しない。これはタイの文化です。これは意識してそのようにふるまっているわけではなくそれがあたりまえで、人にしみついたものです。だから、せせこましい日本で育ったワシから見ると、自由で寛容でおおらかな人々に見えるのです。規則に忠実な日本人から見ればルーズでだらしないというかも知れないけどそれは一方的な見方であると思います。たとえばジェンダー(性差)についていえば、実に寛容で、子供たちはゲイであってもレスビアンであっても隠すことなく仲よく一緒に生活しているように見える。日本ならすぐいじめられるようなことがここではあまりないのです。10代の学生のK君というかKさんというかKちゃんは、いわゆるおねぇで女装した写真を見せて自慢するくらいゲイであることにむしろ誇りすら感じられるのです。フツーの子もそれを当たり前に受け入れている。これはワシには結構驚きです。世界のゲイがタイに来るのはやはり差別が少ないということです。コロナの前には、ファランのゲイたちが手をつないで歩いている姿をよく見かけたし、ゲイのウエイトレスも当たり前に仕事をしている。わざわざジェンダーフリーのデモをする必要もないだろうと感じます。茶会に話は戻ると、こちらの知らぬ間にアッという間に学校イベントになってしまったけれど、コロナの自粛がまだ続く中みんな楽しいイベントを持てたことをよろこんでいたのは、よかったのではないか、来年もやってくれというリクエストもあったけど、来年はチェンマイにいるかわからないし、ワシはもっと違った茶会をしたかったので、約束はできないけど、またねということにしてお茶をにごした次第です。

 

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