ハンスは国道66号線沿いのドライブインかホテルに宿をもとめて車を走らせていた。道路沿いに輝くネオンや看板を眺めながらゆっくりと車を走らせていると、昼間に入ったクロスカフェの前に来た。食事をとることを忘れていたことを思い出して、駐車場に車を入れてカフェに入ると、昼間に会った主人らしい男がカウンターの中から声をかけてきた。
「どうだい、仕事はうまくいったかい。牧師さん」
「ああ、おかげさまで大体片付いたようだ。」
「さっき、おしゃべりエレンが寄って行ったよ。なんでもビリー・ザ・キッドを撃った保安官の知り合いが撃たれたって聞いたよ。やられたのがその黒人の息子だって。」
暇を持て余している者にとっては、恰好な話題だが、ハンスにとっては、それは話して楽しい話題ではない。
「その話は、牧師の立場上おしゃべりはできないことを分かってくれないか。君のアドバイスには感謝しているけど、残念ながら君のご期待には添えないよ。」
そう言いながら、プラスチックにはさんだメニューを指して料理を注文した。
「ああ、そいうことだ。しょうがない」
少し期待が裏切られたような表情で、カウンターの奥にいる者に注文を伝えるとそれでも話のきっかけを作ろうと声をかけてきた。
「今日はここにお泊りですか。」
「ああ、そのつもりなんだが、安くていいホテルを教えてくれるかい」
「時々その質問を聞くのだけれど、なんせここのホテルに泊まったことがないんだよ。・・まあドライブインならどこでも同じようなものだし、ホテルは国道沿いより少し離れたところがいいかもしれないね」
「ありがとう。参考にするよ」
「牧師さんちょっとだけ聞くけど、黒人を撃った奴は捕まったのかい」
「少しだけ話すと、撃った奴はコヨーテにやられたんだ」
「えっ、あのコヨーテに襲われたのかい。」
「ああ、砂漠に逃げたけど、コヨーテにやられた。これ以上は話せないね」
「そうですか。悪いことはできませんね。」
「ええ、神様はお見通しです。」
白々しい顔してハンスは十字を切った。
「ところで、電話を借りたいのだけれど」
その言葉に、カウンターの中に置いてあった電話機をハンスの座っているカウンターの前に置きながら、主人は独り言のように、
「コヨーテにねぇ」
といいながら、奥に引っ込んでいった。ハンスは胸のポケットから手帳を出すと、ラスベガスの教会の牧師の番号を探した。以前モーテェックが警察にお世話になった時に助けてくれた牧師仲間の番号を見つけると受話器を取ったが、相手は出てこなかった。急ぐほどのこともない用件だが、アリス・ファーマーの手がかりがつかめるかもしれないと思ったのだ。蛇の道は蛇に訊くのが早い。教会の情報網はときにCIAより優れているのだが、内部の人間以外に漏らすわけにはいかない情報だ。ハンスは注文した料理を待つ間、考えをめぐらしていた。実の母親であるアリス・ファーマーがとても気になっていた。なぜかこのままホーソーンに帰って一件落着と言う気分になれないのだ。まもなく出された料理のチミチャンガと唐辛子の効いたスープを交互に口にしながら最後にテキーラの風味のアイスクリームをなめてから一つの決断を下していた。どうせホテルに入っても眠れないだろう。だったらこのままテンペへ行くことにするのがいいかもしれないと思い立ったのだ。モーテェックが射殺された時の状況をしっかりと確認したいと思ったのとできれば被害者の老婆に会って話を聞かなければと考えていたのだ。
「マスター、ちょっと尋ねるが、ここからフェニックスまでどれだけ時間がかかるかな」
声のかかった主人らしい男は興味深げに奥から出てきて
「そうだな、約3時間だね。牧師さんの安全運転でね。今から行く気ですか、ガソリンを満タンにしていきなさいよ。途中にガスステーションはすくないからね。ああ、それから俺の名前はジェシー・クロスビーだ。クロスカフェのクロスビーさ。マスターじゃないけどね。また帰りによってくれよ牧師さん。」
いまどき珍しいGIハットの給仕帽にはさんであった店の宣伝用のカード取り出して、ハンスの前のカウンターにヒラリと投げ落とした。見事な手さばきでカードはアイスクリームのガラスの器の底に当たり止まった。その赤いカードには店の名前の上にコヨーテの顔がデザインされていた。ハンスはそれを手に取ってしげしげと眺めながら、声をかけた
「上手い手さばきだね。カードを扱っていたのかね」
「ああ、ベガスでね」
そう言って、にやりと笑うと
「もう一枚特別のカードがあるけど見るかい牧師さん」
「いや、結構だ。今更ヌードを見たってしょうがない」
「お見通しだね。さすが牧師さんだ」
「君は本業はどっちなんだい。」
「そんな話は野暮ですね。占い師に本当に当たるかどうか聞くようなもんさ」
その言葉にハンスは思いついて尋ねた。
「そんなら、訊くけど、ベガスの占い師を知ってるかい」
「占い師だって、俺はカードを扱うけど博打の方さ。・・おあいにく様」
「そうかい。ならいいんだ」
「牧師さんでも占うことがあるのかい。」
「ああ、いつも占ってるよ。ウイスキーに入れた氷の溶け具合を眺めてね」
「そんな占いは初めて聞いたよ。・・そういえば以前、水占いってあったね。水の中に血を垂らして占うそうだ。俺の友達が何度も行ったって聞いて、一度占ってもらおうかと思ったんだ。」
その言葉を聞いてハンスの眼に緊張が走って、手に持ったカードが少し震えた。牧師のくせで悟られないようにそっと息を吐いてから
「面白そうだね、その水占いは何処でやってるのか知ってたら教えてくれないか。」
「だいぶ前の話さ、ベガスSホテルさ、ホテル専属って訳じゃないけど、・・部屋を借り切っていた。それくらい稼いでいたということさ」
「今でもやってるのかい。」
「そりゃ、知らないけどね・・昔のことだからね。ベガスはもう昔のままじゃないさ」
「ありがとう。一度行ってみたいね。」
ハンスはカフェを出て、車の中でタバコに火をつけると大きく吐き出してからつぶやいていた
「何ってこった。コヨーテが呼んでるぞ。・・」
人生には一度ぐらいは何かとシンクロする時がある。自分の意志と世界が共鳴する様な瞬間がある。それを幸運というのかも知れないが、無邪気にそう思うほど、ハンスは若くはなかった。タイミングよく重要な情報を得たことに驚きはあったがそれが何を意味するのかは神のみぞ知ることだ。わからないことを詮索することには十分に飽きていたし、水面を漂う水草のような勇気ぐらいはすでに心得ていた。北へ行くか南へ行くか少し考えていたが、つり銭にもらったコインを隣の座席に座っている神様にむけて放り投げてみた。
「それじゃ、神様。出発進行です。」
そうつぶやいて、ハンスは車のエンジンをふかすとそろりと駐車場を出て南へと向かった。
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