tokyoonsen(件の映画と日々のこと)

主に映画鑑賞の記録を書いています。

地球の遠い雷

2022-07-22 23:18:02 | 日記

 朝、遠くで雷が鳴った。

 

 青かった空がどんどん白くなってきて、午前8時過ぎに、雨が降り出した。

 洗濯物を取り入れた後、何だか一仕事終えたような気分になり、扇風機をぶんぶん回しながらソファの上でぼんやりしていた。モノクロの雲を眺めていたら、分厚い空の向こうで雷が一度だけ鳴った。

 遠い雷は、本当に太鼓のような音がした。幾つかの音が重なり、モノクロの空が揺れたように見えた。

 また鳴らないかなと耳を澄ませていたけれど、それきりだった。

 

 地球の鳴らす音には風音や波音など色々なものがあるけれど、一度だけの雷鳴。なかなかやるな、と何目線だか分からない感想を抱いた。

 あんな音を一度だけとは、何と贅沢な地球の咳払いかと。これが豊かと言うものかなと、しみじみと思った。

 地球にしか出せない音をその時聞かせてもらったことは、嬉しいような気がした。落ちたら大変だけれどね。

 

 

 


『おもかげ』…「息子を思い出すから?」という台詞

2022-07-19 22:30:11 | 映画-あ行

 冒頭15分、ロドリゴ・ソロゴイェン監督の短編(2017年製作)が、そのまま流される。

 第19回アカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされたこの短編は、元夫とフランスを旅行中の6歳の息子から、母親が電話を受けるシーン。

 海辺に一人きりだと言う息子イヴァンを母親は保護しようとするが、電話は切れてしまう。そしてそれきり、息子は消息を絶ってしまう。

 電話の向こう側は見えないが、画面が切り替わると、今度はそこに広大な海辺が映し出される。

 見ていると、母親の目の奥に吸い込まれたような気がする。

 

 フランスの海辺で、大西洋なんだろう。荒い波と、薄茶色に広がる砂浜。雲のかかる空と海の色が、とても似ている。

 何もない景色の中に人々がくつろいでいる。

 海辺の観光客向けのレストランで、エレナは働いている。波打ち際を歩くのが日課。

 事件から10年後、エレナが一人で砂の上を歩く姿は、何かを探しているようで、探してもいないような感じがする。

 

 ある日息子のイヴァンに似ている16歳の少年、ジャンと出会い、エレナとジャンは不思議な親交を深めて行くのだ。

 恋愛でもなく、親子でもなく、友情でもない。いや、その全てであるのかな。16歳という年齢、子供でもなく大人でもない年頃の危うさと曖昧さが、エレナの、今ここにない、行き場を失った透明な感情と見事にシンクロする。

 

 説明的な描写がほぼないので、登場人物が自らの意思で動いているように見えてくる。

 エレナを支える恋人のヨセバがそうであるように、登場人物の意思に任せて、観ている者はただ見守るだけ。ただ、いかにエレナの言動が非理性的だったとしても、私は引き込まれた。エレナとジャンの二人が出会ってから、私はずっと少し微笑んでいたし、目の裏側には、ずっと涙が溜まっていた。

 

 子供を失った母親の、再生の物語。

 ソロゴイェン監督は、自分の作り出した、息が止まり全身が固くなるようなサスペンス短編の続きを、母親の心に託して描き出した。

 たとえ失踪事件が解決しても、解決しなくても、目指すところはここだったのだろうと思う。その一点を決して見失わないという、強い意志を感じた。

 

 最後の最後、ジャンがぽつりと言う。  

「息子を思い出すから?」

 不思議な事にそれまで誰も口にしなかったこの台詞を引き金に、二人は既存の世界にとどまることを選んだ。それを口にした瞬間、ジャンはもう「大人」だったし、エレナは、そのジャンを通し、「今」に存在する自分自身を思い出したように思う。

 

 フランスの田舎の豊かな自然、海、森、空もとても良かった。何も答えない海は時に荒涼として見えたけど。

 

『おもかげ』、ロドリゴ・ソロゴイェン監督。2019年、スペイン・フランス合作、129分。原題は、『Madre』(スペイン語で母親の意)。

マルタ・ニエト、ジュール・ポリエ、アレックス・ブレンデミュール。

第26回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門、主演女優賞。

 


『エルヴィス』…煌めくポップで遠い夢

2022-07-19 00:14:19 | 映画-あ行

『エルヴィス』、バズ・ラーマン監督、2022年、アメリカ、159分。原題は『Elvis』。

 

監督のバズ・ラーマンは、ど派手で、ドラマティックで、怪しくて、大きなもの__いわゆるお芝居的なものが好きなのかもしれない。

『ダンシング・ヒーロー』1992年、『ロミオ&ジュリエット』1997年、『ムーラン・ルージュ』2001年、『オーストラリア』2009年、『華麗なるギャツビー』2013年、と来て、『エルヴィス』。

 

「キング・オブ・ロックンロール」、42歳で亡くなったレジェンダリーなスーパースターを描くのに、その感覚はポップな額縁として悪くないような気はする。

煌めくビジューを散りばめたオープニング。ゴールドで囲まれ、光を反射する真っ赤な`ELVIS’の文字。

 

絢爛豪華なスクリーンであればあるほど、進行する物語に儚さを感じる方式は、『ロミオ&ジュリエット』と変わらない。

 

エルヴィス・プレスリーのレコードも持っていないし、テレビ番組やWikipedia以上に彼の事を知ってはいないけど、愛の迷子として描かれるスターは最後まで子供のようだった。まるで昔むかしに見た、ぼんやりとした遠い夢。

もう一人、脚本家のようにストーリーを操る豪腕、マネージャーの「トム・パーカー大佐」がいる。

演じるのは、トム・ハンクス。

 

リアリティを一手に引き受けたようなこの悪役が、心地よいうたた寝から起こす目覚まし時計の役割をしてくれる。

有り難いかどうかは、観る人次第というところかな。

 

↑エルヴィスを演じたオースティン・バトラーは、クランクアップの翌日、倒れて体が動かなくなってしまったそう。

ライブ・シーンも沢山あり。オースティンの振付は、『ボヘミアン・ラプソディ』でフレディを演じたラミ・マレックの振付と同じ人らしいです。


『キングダム2 遙かなる大地へ』…ハッピーエンドの通奏低音

2022-07-17 22:32:25 | 映画-か行

『キングダム2 遙かなる大地へ』、佐藤信介監督、2022年、134分、日本。

山崎賢人、吉沢亮、清野菜名、小澤征悦、豊川悦司、岡本天音、高嶋政宏、渋川清彦、橋本環奈、大沢たかお。

 

今日は、日本マンガの実写映画。

7月15日の公開日、「初日舞台挨拶同時中継」付きの回を観てきた。

 

実際に出演者と監督が舞台挨拶をしているのは六本木のTOHOシネマズで、それを北海道から沖縄まで130以上の劇場で同時中継したらしい。

観た後だったのでテンションも高く、拍手をしたくなり、周りを見渡したら周りも、もぞもぞしていた。だがそこは、一丸となって日本人らしさを本領発揮。思い切って拍手をすれば良かったなと、少し後悔。

 

今回は主人公・信の初陣となる、「蛇甘平原の戦い」を舞台にしていた。

『キングダム』の舞台は中国、戦国時代。紀元前247年(秦の政王即位)頃から紀元前221年(秦の中華統一)頃。まだ連載中なので、終わりは分からないけど。

 

私は原作マンガは読んでおらず、アニメ派だ。サブスクで観ているけど、もうワクワクして観始めたら止まらない。貯めておいて、観て、上がっている最後の回まで観てしまうと、何とも言えない気持ちになる。

どんな気持ちかと言うと、「時をワープしたい」気持ちである。

 

「私は時をワープしたい。」 何ソレ。

 

さて、実写版の第一作目となる前回では、キャラクターのイメージがそっくりそのまま、生き生きと演じられていて、大げさでなく度肝を抜かれた。

私が一番注目していたのは、河了貂(かりょうてん)と、王騎(おうき)将軍。特徴的だし好きなキャラクターだけに、「誰が、どうやってやるの~!」とムンクの叫びよろしく目がまん丸くなっていた。

それが。

橋本環奈ちゃんと大沢たかおさんの登場には、喜びで腰が抜けるかと思った。だってアニメそのままだったんだもん。

主人公の山崎賢人さん始め、他のキャラクターも素晴らしかった。正に「肉と息づかいが付いて立体となった人物達」、要するに、アニメを実写化するってこういう事なのかも。

 

今回も、アニメではお馴染みのキャラクターが新しく沢山参戦。

続々と出てくるキャラクター達を、今後どの俳優さんがどう演じるのか、それがとても楽しみだ。既に錚々たるメンバーが名を連ねているので、今後も「あっ」と言わせる布陣で、驚かせてほしい。

日本俳優界総出でお願いしたいところ。

 

「羌かい」も登場し、迫力と細かい描写のアクションが見所の今作。う~ん、しびれる。

主人公の信のキャラクターもやっぱり魅力的。

後先考えず、その時のゴールに向かって突き進んで行く。奇跡のような展開も信じられる、強い眼差し。

山崎賢人さんがほんと適役。

そして大平原の夕日をバックに並ぶ、大将軍、ひょう公と王騎。

史実として私達が知っているハッピーエンドの通奏低音が、一緒に物語を作り上げているような感覚を味わわせてくれる。

 

 

まだまだ書きたいことは沢山あるけど、余り長くなってもアレなので、ここらでやめておきます。

 

ありがとう!最高!次作も楽しみです!時をワープしたい!(笑)

 

 

原作は、原泰久さんの漫画『キングダム』。

2006年9月号より「週刊ヤングジャンプ」にて連載中。

2012年6月より、テレビアニメの第一シリーズ放送開始。

2013年、第17回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞。

2019年4月に実写映画作品第一作目、公開。『キングダム』、佐藤信介監督、2019年、134分、日本。

 

 

 

 


『ソー:ラブ&サンダー』…憎めない青春キャラは健在

2022-07-16 21:29:48 | 映画-さ行

 マーベルの映画はところどころ観るくらいで、コアなファンではないけど、ちょっと楽しみにしていた。

 

 ソーを演じているのはオーストラリアの俳優、クリス・ヘムズワース。

 今回は愛娘のインディアちゃんも出演していた。10年前に撮影された写真がクリスのインスタグラムでアップされているけれど、これが何とも言えず、いい写真!

 か、可愛い。そしてお父さんとのサイズ感差が凄い…。

 

 

 今回は、ナタリー・ポートマンが活躍していた。

 イスラエル出身アメリカ育ちのナタリーは、6ヶ国語を話し、ハーバード大学卒のインテリ。

 映画では『レオン』、『スターウォーズ』のパドメ・アミダラ、『ブラック・スワン』等々。ディオールのCMも好きだったな。

 1981年生まれの現在41歳ということだけど、今回は9年振りのマーベル復帰。「新生マイティ・ソー」として、ムジョルニア(選ばれし者のみ持てる鎚)を振り回して活躍していた。

 消え入りそうに細い病んだ役から、等身大の女の子、筋骨たくましいスパーヒーローまでと幅広い。インテリだけど、案外体を使ったアクション演技も多い。バレエもアクションの一つとすれば。

 

 本編はどうだったかと言うと、前作や前々作をよく覚えていないという状態で観たからな…。でも面白かった。

 

 突っ込み所もあるかもしれないけど、なんてったって、神さまのすることなんで。

 そこは人間的な思考を超えていけ、と。「ノー・プラン」って書いてあったし。

 

 ところどころ挟んでくる、「ボケ倒す、現実離れした神さま描写」も毎度笑える。ラッセル・クロウのゼウスもね。

 ソーの万年青春みたいな憎めないキャラが好きなので、次作もまた観に行くと思う。

  青春小僧よ、マーベルに集まれ!(笑)

 

もう前作も忘れちゃったよという私みたいな方、またはマーベルを一度も観ていなくて今さら行けない、という方は、良かったらこちら↓

【超まとめ】マイティ・ソーの物語一挙解説!【ラブ&サンダー】

 

 

『ソー:ラブ&サンダー』、タイカ・ワイティティ監督、2022年、119分。アメリカ。原題は『Thor : Love & Thunder』。

 

 

人気沸騰(笑)の二匹のヤギ↓

 

 


『メタモルフォーゼの縁側』…好きのパワーは素晴らしい

2022-07-10 20:43:25 | 映画-ま行

『メタモルフォーゼの縁側』、狩山俊輔監督、2022年、日本、118分。

宮本信子、芦田愛菜、高橋恭平、古川琴音、生田智子、光石研。

 

最近戦闘機とか戦場とか、そんなのばかり観ていたので、何だかほっとする映画だった。

 

メタモルフォーゼとは…変化、変身の意。(Wikipediaより)

どうしてそんな、ちょっと大仰な言葉が使われているのかは、本編を見ただけでは分からなかった。原作を読んでないからかな。

 

共通の趣味の「BL漫画」の事を縁側で語り合う、17歳と75歳の二人。

宮本信子さんの存在感に芦田愛菜ちゃんが全く負けていなくて、驚いた。愛菜ちゃんが全力で走るシーンくらいから、すっかりファンになってしまった。

 

コミカルな雰囲気も漂わせるこの作品。登場人物が皆普通の人で良かったな。極端に素晴らしい人も、極端に憎らしい人もいない。

同級生のクラスのアイドル的存在の女子を勝手に意識して、つんけんする主人公うららの気持ちも分からなくもない。自分の目標に向かって何のてらいもなく真っ直ぐに進み、好きなものを堂々と好きと言い、何のコンプレックスも無さそうに見える、アイドル的女子。

そりゃ羨ましいわ(笑)

 

縁側文化を描くのかと思いきや、そうでもなく、団地文化を描くのかと思いきや、そうでもなく、売れっ子漫画家生活を描くのかと思いきや、そうでもなく。

世代も性別も超えた「好き」のパワーを、端々まで笑いと涙を交えて見せてくれた作品でした。

 

愛菜ちゃ~ん。と、観た人は終映後に一度は心の中で呼んだはず。

 

原作は、鶴谷香央理さんの漫画、『メタモルフォーゼの縁側』(全5巻)。

「このマンががすごい!2019 オンナ編」第一位、を始めとして五つの賞を受賞。

 

 

 

 

 

 


『キーパー ある兵士の奇跡』…選択肢という希望

2022-07-09 23:25:44 | 映画-か行

dTVにて。昨日のブログで書いた『レボリューショナリー・ロード』のすぐ後に観た。

全く異なるジャンルの作品だけど、人間心理という面で、両作がとても興味深かった。

 

こちらはバート・トラウトマンという、サッカー選手としてイギリスの国民的英雄となった、あるドイツ人の半生を描く。実話を元にした物語。

1945年、捕虜となり、イギリスの収容所にいたナチス兵、トラウトマン。ある日地元のサッカーチームの監督にゴールキーパーとしてスカウトされる。1948年に釈放されるがそのままイギリスに残り、翌年、名門サッカーチーム「マンチェスター・シティFC」に入団する。並行する物語として、監督の娘、マーガレットとの恋愛、結婚が描かれている。

人々の憎しみと和解がテーマとなるが、トラウトマン、マーガレットという若い二人にフォーカスする事によって、時にユーモアを交えながら、しなやかで力強い生の軌跡が描かれる。

 

実は『レボリューショナリー・ロード』と『キーパー』は、同じ時代を舞台にしている。

 

『レボリューショナリー・ロード』の夫フランクは大戦の戦地から帰国した元兵士で、戦後の「パックス・アメリカーナ」を謳歌するアメリカが舞台だった。

片や『キーパー』は、戦中戦後の、我が身に戦争を経験した人々と爪痕の残る土地の話だ。

 

印象深かったのは、トラウトマンの台詞。

出会った頃のマーガレットに、あなたはあの恐ろしいナチスの兵士だと罵られる。マン・シティの入団会見でも、記者から「戦犯かどうか」と手厳しい質問が飛ぶ。

彼は「選択肢がなかった」「兵士として義務を果たしただけ」と弁明のように答える。

会見ではかぶせるように、他の記者から「調べたが、君は志願して入隊している」と問い質される。「戦争がどのようなものか、あの時はまだ知らなかった。前線に送られた時はもう遅かった。選ぶことは出来なかったんだ」と答えるが、「鉄十字勲章ももらっている」とさらに糾弾される。

 

入団会見の帰り道、「志願したって本当?真実が知りたい。妻として知る必要がある」と責めるマーガレットを、「真実って何だ。知る必要はない」と突き放すが、さらに畳みかける妻に、立ち止まり、ぶつける。

「君が犯した最悪の罪はなんだ?」 マーガレットは黙ってしまう。

「恥の記憶を人に話せるか?」

 

「最悪の罪」の影はその後の二人を左右してしまうのだが、ここでは置いておこう。

トラウトマンの言う「選択肢はなかった」という台詞は、その場しのぎの言い訳ではなく、本当なんだろうなと思った。そしてリアルだと思った。

 

志願したのだから自分で選択したとは言える。だがその時の彼には、目の前の社会、目の前の生活しかなかったのだ。(マン・シティのスカウトマン曰く、少年の年齢でもあった。)その中で最良の(と自身が判断した)選択肢が、志願兵になることだったんだろう。

ただ彼は前線を経験し、収容所を経験し、イギリスの人々と関わり合い、経験を重ねて行く中で、他の沢山の選択肢があることを知った。他の沢山の人生があることを知った。

その彼にとってみれば、当時の自分には「選択肢がなかった」という表現は、単なる言い逃れではなく、正直で「正確」な言葉なんだろうと感じた。

それが自分にとって「恥の記憶」であろうと。

 

 

選択肢というのは、希望なんだろうなと思う。

完璧な正義というのが難しいのと同じように、完璧な選択というのも難しい。私達は「より良い、とその時思った」選択をしているだけだ。

私達は日々色々なことを後悔しがちだが、今後悔するということは、実はその時より選択肢が増えている、と言っていいだろう。

選択した向こうに何が待っているかは分からないが、私達はいつもそこに希望を見い出そうとするし、幸い本能的に光の方角を選ぶ傾向にある。だから後悔することがあったとしても、自分のした選択を受け入れ、選択肢を知らなかった自分を許し、前に進んで行くしかない。次々に選択肢はやってくるのだから。

過去の自分に対して誠実であるというのは、そういうことなのかもしれないなと思う。

 

『レボリューショナリー・ロード』のエイプリルにも、あなたは無限の選択肢を持っている、と言ってあげたかった。エイプリルは自分で選択肢を狭め、失い、自分を追い詰めてしまったように、私には見えた。

一見満たされたような豊かさが原因だとか、片や切迫した自他との対峙が原因だとか言うつもりはない。ただ単純に、エイプリルに教えてあげたいと思った。そしてそのような、希望に満ちた物語にして欲しかったなと思った。

…それでは心理ホラーではなく、全然違う、別の物語になってしまうけど(汗)

 

 

『キーパー ある兵士の奇跡』、マルクス・H・ローゼンミュラー監督、2018年。英/独合作、119分。原題は『The Keeper』。

 

何だか長くなってしまったけど、繰り返し観たくなるような、印象深い映画だった。衣装や美術も含め、控えめな演出が心に残る。

トラウトマン役のデビッド・クロスの「外国人」も良かった。無口で、一つ引いたような位置を保っている。そして意志が強く、細やかな気遣いをする人柄が上手く伝わってきた。

まだ観ていないという方は、良かったらどうぞ!

 

 

 

 

 


『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』…ラストシーンでホラー的解決策を提示する映画

2022-07-09 00:32:52 | 映画-ら行

『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』、サム・メンデス監督、アメリカ。2008年、119分。原題は『Revolutionary Road』。

 

ゴールデングローブ賞、最優秀主演女優賞受賞(ケイト・ウィンスレット)。

原作小説は、リチャード・イェーツ『家族の終わりに』(1961)。

 

dTVにて。

1997年の『タイタニック』以来、主演の二人が再び共演ということで話題になった作品だけど、初めて観た。

 

幻想を扱うドラマは難しいな。

「今ここ」から逃れようと最後までもがいた、ケイト演ずる奥さんのエイプリル。ディカプリオ演ずる夫のフランクは、あっさり「1950年代アメリカ」の幻想の流れに乗ることが出来たように見えた。

 

でもそれ自体は何とも思わない。幻想にからめとられるのが怖いとも思わない。

それはそれで冒険だから。

 

マイケル・シャノンが「ジョン・ギヴィングス」役で、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされている。

この「ジョン・ギヴィングス」が全て説明してくれるんだよね。精神を病んだ数学者という設定で。ズバズバと分析し、二人の面前で二人の心理を描写していく。これはちょっとズルイなと思った。

作品を観ている者には説得力をもって聞こえる、彼の分析(?)は、物語を説明してはくれるけど、同時に物語から少し優しさを奪ったようにも思える。

 

まあ、ホラーだからいいのか。

 

一般的とされる幻想に違和感を感じざるを得ない「ジョン・ギヴィングス」は、再び薬を飲んで、病室に戻されるんだろう。

ジョン、あなたのお父さんは、もう、あなたのお母さんの話を聞いていない。

補聴器のボリュームをゼロまで絞り、聞いている振りをしているのを知っているのかな。

 

そのテクニックを、エイプリルにも教えてあげたら良かったのかもしれないね。

 

当時のポスター↑

‘燃え尽きるまで’という副題しかり、日本では「‘あの‘二人の恋愛映画」みたいに売り込みたかったのかもしれないけれど、何か違う…。

 

 

 

 

 

 

 


『ナワリヌイ』_アレクセイ・ナワリヌイ、1976年生まれ。弁護士、政治家。

2022-07-01 00:04:43 | 映画-な行

 『ナワリヌイ』、ダニエル・ロアー監督、2022年、アメリカ、98分。

 サンダンス映画祭、観客賞/フェスティバル・フェイバリット賞。

 

 6月17日に公開されたドキュメンタリー映画、『ナワリヌイ』を観てきた。

 

 世情に詳しいわけでもない私でさえ知っている。あのナワリヌイ氏がどのように画面に登場するのか。

 2020年の毒殺未遂事件から撮り始めたというこの作品は、画面中央に座り、真っ直ぐにこちらを見ているナワリヌイ氏へのインタヴューを断続的に挟みながら、事件の真相を暴くスリリングな展開、そして再びロシアへ帰国し国土を踏むことなく連行されるナワリヌイ氏の姿、帰国するナワリヌイ氏を待ち続けて叫び、涙し、怒り、そして連行されるロシアの民衆の姿で終わる。

 それが、2021年1月。

 

 ナワリヌイ氏は言う。「自由な国を作るには、人々を束ねるしかない。」

 

 ナワリヌイ氏の家族も登場する。

 妻と娘と息子。緑あふれるドイツの郊外の町では、温かさとユーモアに溢れた家族の会話が撮影される。

 

 

 目の前の笑顔と今ここの幸せが、「自由」に担保されているということを、私達は何となく知っている。

 ナワリヌイ氏の明晰な思考と感覚は、どれだけの自由を捉え感じ取り、意識の中に構築しているのか。それは彼が「故郷」と呼び、危険を承知で「帰る権利がある」と言う、ロシアの国土と(少なくとも)同じだけはあるだろう。

 

 「何も怖くない」「恐れるな」

 SNSを駆使し、プーチン政権の汚職を暴くという「スキャンダリズム」を武器にするナワリヌイ氏は、聖人ではないし、ヒーローでもない。

 では何かと言うと、素朴な私達の、素朴な隣人である。

 だから私はこの作品を、観て良かったと思った。

 「作品」に付き物の誰かのフィルターがあるとしても。