tokyoonsen(件の映画と日々のこと)

主に映画鑑賞の記録を書いています。

『好きにならずにいられない』…フーシという男

2023-04-10 01:55:56 | 映画-さ行

 『好きにならずにいられない』、ダーグル・カウリ監督、脚本。2015年、94分。アイスランド・デンマーク合作。原題は、『Fusi』。

 

 主人公フーシを演じるのは、グンナル・ヨンソン。

 脚本は、俳優ヨンソンを念頭に書かれたそう。あんなにシャイではない、とヨンソン氏はインタヴューで言っているけど。

 

 「フーシ」には、不思議な魅力がある。

 いざとなれば行動力もあるし、真面目で、暮らしていく術もこころえ、手先も器用、自分の感情も把握していて、俯瞰で見る客観性も備えており、腕力もあるし、友達もいる。
 そんな何の問題もなさそうな男が、優しさ故に周囲のちょっかいを受けている。

 周りの世界のちょっかいに取り合わずに生きてきたフーシが、「恋」によって揺れ動き、新たな世界に一歩を踏み出す…。

 そんな話だ。

 

 あちこちに手を出しては引っ込める、周りの人物達のせわしなさも描かれる。妙にリアルな(身に覚えのある)落ち着きのなさが、フーシの魅力を引き立てる。

 容姿コンプレックスから自分の世界に閉じこもる男。いや、違う。出来る男「フーシ」は、上昇志向を持たない。

 高く高く空を飛びたいとは思わない。

 空港で働いていても、飛行機に乗りたいとは思わない。

 可視化された「ただ存在することの安心感」、とでも言えばいいのだろうか。せわしない判断を放棄して、「ただ在る」事を、その大きな体と重みで正に「体現」しているようにも見える。

 

 この新しい「ヒーロー像」が、北緯63度から66度に位置する北の国アイスランドから届けられた。

 「北欧インテリア風」なポップでかわいいラブコメかと思うと、全く違う。

 あまりに暗い音楽と、薄曇りの空と吹雪の夜が印象的な、世間から一つ突き抜けた、「ニューヒーロー」を描いた話である。

 「ニューヒーロー」の誕生。監督の意図をもし探るのなら、私ならそう結論しよう。

 

 

 フーシ、君のような人が増えたなら、世界はもっと幸せになれるのにー
 (by フランシス・フォード・コッポラ)

 

 

趣味はジオラマ(第二次世界大戦の戦闘を再現すること)↓親友も夢中。

さて、恋の行方は?↓続編も観たい!

ジャケ写詐欺と言われても仕方ないくらいのポップ加工(笑)↓でも作品自体は面白かった。

 


『さらばウィリービンガム』…二度は見られない。

2023-03-25 20:20:06 | 映画-さ行

 死刑廃止による新たな量刑制度が始まった。それは遺族がその量刑を決めるというもの。最初に適用された囚人は、少女をレイプして殺害したウィリー・ビンガム。

 

 

 このホラー的短編映画の主役は、被害者の遺族である父かもしれない。

 彼に共感するのか、責めるのか。それでいいと肩を抱くのか、もうやめてくれと願うのか。

 ここでは、重犯罪者の気持ちは正直言ってどうでも良い。

 結論は出ず、私はただ見守るだけ。憎しみをいつかは手放したいと思うなら、私なら死刑の方が良いとも思った。それでも当事者になってみないと分からない。私はもっと冷酷で残酷で、憎しみに燃えているかもしれない。

 考えさせられ、結論の出ないこと。ただやっぱり、これはない。どこか酷薄な安易さを感じるから。

 

 

 マシュー・リチャーズ監督、2015年、12分、オーストラリア。

 原題は、『The Disappearance of Willie Bingham』(ウィリー・ビンガムの消滅)。

 

 12分49秒の問題作(YouTube)↓

An inmate is selected to undergo a gruesome new punishment. | The Disappearance of Willie Bingham

(日本語字幕は端末での画面操作でどうぞ。)

 


『シェーン』…父との会話

2023-03-25 00:43:15 | 映画-さ行

 去年の6月頃、『トップガン-マーヴェリック』に感銘を受けた私は、78歳と84歳の両親を「揺れる椅子」4DXスクリーンに招待した。

 前作『トップガン』も知らず、いぶかしげな表情の両親を、「絶対後悔しないから」と言ってシネコンへ連れて行った。その言い草は何だか詐欺師みたいだが、もちろん、自分としては親孝行のつもりなのだ。

 結果、彼らが楽しんだのか今一分からないけれど、自分はいたく満足した(笑)

 ちなみに母は映画が好き。ただしミニシアターに一人で出掛けはするが、シネコンには行かない。

 父の方は、映画館に行くことも映画を語ることもまれだった。そんな父が、「マーヴェリック」を観た後、この作品の話をし始めた。ただしモニョモニョと話し下手は相変わらずで。

 そんなことを最近思い出して、改めて西部劇『シェーン』を鑑賞してみた。

 

*************

 

 西部開拓時代のワイオミング州。別名、カウボーイ州。
 1889~93年のジョンソン群戦争を元に、ジャック・シェーファーによる原作を映画化。

 西部開拓も末期であり、滅び行く運命のガンマン。ヒーロー然としていながらも、私には少年のような憧れの眼差しを向ける事は困難で、銃を置き「強くたくましい男になれ」と言うシェーンの言葉にも、特別な感慨を感じることは出来なかった。

 流れ者シェーンは、物腰柔らかく礼儀正しい好人物であり、賢く、また闘いのプロである。もう一人のプロ、雇われガンマンが現れなければ、再び銃を取ることは無かっただろう。

 引退を夢見たガンマンが、夢をあきらめ去って行く姿は、ただもの哀しかった。

 

 

 父はヒロイズムの話をしたかったのかなと思った。

 人助けをして去って行く英雄の姿に、心をワクワクさせたこともあったかもしれない。英雄は、どこからともなくやって来て、どこへともなく去って行く。

 

 父は、何か感想をひねり出さないととでも思ったのだろう。「マーヴェリック」にワクワクしたのかどうかは分からない。

 けれど、普段あまり語られることのない父の記憶や感情の一端に触れられたことは、私には嬉しいことだった。

 そういう意味で、やっぱり自分は満足したのだと思った。

 

 

 『シェーン』、ジョージ・スティーブンス監督、1953年、118分、アメリカ。原題は、『Shane』。

 原作は、ジャック・シェーファーのデビュー作『Shane』(1949)。

 アラン・ラッド、ジーン・アーサー、バン・ヘフリン、ブランドン・デ・ワイルド。第26回アカデミー賞、撮影賞(カラー)受賞。

 

 

スターレット一家とシェーン↓主演アラン・ラッドは慎重168cmと比較的小柄だったそう。劇中では全く感じさせないですね。

壮大な山脈と乾燥した大平原に、人間がぽつぽつ。ワイオミング州、グランド・ティトン国立公園が撮影地↓

ワイオミング州はこちら↓

 

 


『少女は卒業しない』…柔らかなドライブ感

2023-03-03 17:34:08 | 映画-さ行

 中川駿監督/脚本、120分、2023年、日本。河合優実、小野莉奈、小宮山莉渚、中井友望。窪塚愛流、佐藤緋美、宇佐卓真、藤原季節。

 原作は、朝井リョウ『少女は卒業しない』(2012)。第35回東京国際映画祭アジアの未来部門にてワールド・プレミア上映。

 

 『エゴイスト』、『Blue Giant』、そして本作。

 と、最近立て続けに、心を揺さぶられ、余韻の残る邦画を観てしまった。どれも記録(ならびに記憶)に残したいけど、まずはこちらから。卒業を控えた高校三年生の話である。

 

 原作は、卒業式当日の話。7つのエピソードを、時間軸に沿って直列に並べた短編小説集らしい。本作では、監督により改変されている。

 舞台は式の前日、当日の二日間。4つのエピソードが並列におかれ進んで行く。

 廃校が決まった高校での、最後の卒業式である。

 

 

 監督自身が仰るように、現役の高校生のみならず、かつて卒業生だったことがある者、既に卒業した人にも向けた映画のようだ。終わるものと終わらないものの対比が生きている。

 私自身は、高校の卒業式には出なかった。とは言え諸事情で生徒の半数くらいは出席していないんじゃないかな。だから、特別ではない。学校自体も、随分前に無くなってしまった。

 だからという訳でもないけれど、「卒業おめでとう」と言われた覚えはないし、そんな気分になった覚えもない。なし崩し的に過ぎて行った季節、という感じがある。そもそも卒業って、めでたいんだろうか。

 作中の登場人物達は、「卒業したくない」、「このままが続いたら、ずっと楽しいままなのに」とも言う。

 

 

 解決し切れない何かを残したまま、それでも(トコロテンのように)否応なく出て行く第一歩。

 しかし、その`解決し切れない何か’は、今でもどこかに生きているらしい。もう覚えてもいないけれど、この映画を観ると、「少女は卒業しない」に何故か納得するのである。勿論「少年は卒業しない」も、本作を観るかぎり、成立している。

 

 各エピソードの役者さん達がとても素晴らしくて、本当に引き込まれた。主人公も、エピソードの相手役もとても良かった。

 台詞の数はそう多くないと思うが、表情や仕草がこちらに語りかける。十代らしいと言えばそうなのかもしれない。

 

 

 ネタバレになるので多くは書かないけれど、今起きている出来事の中に、一点だけ、回想シーンが混じる。

 その回想が、生の止まることのない疾走感をさらに強めるのである。

 そして少しざらついた映像と、背景の満開の桜。彼らのあてどない心の動きの柔らかさが、春の気配を先取りする。

 そういう意味では、2月23日という公開日も申し分ないのだろう。

 

 準備は済んだ。君達は皆一人一人素晴らしく輝いている。各々異なりながら、各々にとてつもない価値がある。自分を信じて、自分の人生を懸命に、そして思い切り楽しんでほしい。

 卒業おめでとう。

 

 なんだか今さらになって、校長先生にでもなったつもりで、あの頃の自分に、改めてそんな風に語りかけてみたいと思った。今さらだけど、自分に自分でおめでとうと言うのも悪くはないよね。

 

 

 

みゆな - 夢でも【Lyric Video】映画「少女は卒業しない」主題歌

↑予告動画のようなクリップ。どこか懐かしいメロディと、肉体感覚と幻想風景が同居するような歌詞。

 

中川監督、初の商業長編映画だそうです。↓↑

原作本↓同作者の『桐島、部活やめるってよ』はデビュー作で映画化され(2012)、大ヒット。

 

 

 

 


『スーパーノヴァ』…胸がつぶれた。

2023-02-11 00:17:53 | 映画-さ行

 『スーパーノヴァ』、ハリー・マックィーン監督、2020年、95分、イギリス。原題は、『Supernova』。

 コリン・ファース、スタンリー・トゥッチ。

 

 AmazonPrimeにて。

 人が人生を生きるとは、どういう事か。人が人を愛するとはどういう事か。人が人を必要とするとはどういう事か。「命」とは何か。とても考えさせられる映画だった。

 

 説明のための描写はほぼ見られず、二人の名優(そして実際の古い親友でもある)が日を繋いで行く様子を、淡々と観るだけである。

 それなのに、次第に気がついて行く。

 差し迫った状況とユーモア。絶望と愛情。思考と希望。エゴと宇宙の星々。ウィット。団欒。孤独。

 イギリス湖水地方の美しく雄大な景色も、何だか目に入らなくなって来る。

 

 病により、記憶と認識能力、身体能力をも失いつつあるタッカーは、「世界は驚異で満ちている。人がそれに気がつかないだけだ。だから質問をやめちゃいけない。」と少女に語りかける。

 スーパーノヴァ。超新星について、目を輝かせて少女に語るタッカーと、暗い芝生の上に一人横たわり、虚空を見つめるサム。

 

 人は死んで宇宙の塵になるのではなく、今この瞬間すでに宇宙の塵なのかもしれない。

 いやむしろ、そうだったらよいのに。ぎりぎりの決断を突きつけられて、泣きわめきたいのは観ている私だ。彼らはそんな事しないけれど。

 無言の余韻がいつまでも頭を離れなくて、思わず文句を言いたくなってしまう程だった。もっと何か言ってくれ、と映画に言いたくなってしまう程だった。

 

 

タッカーが好きな曲。↓(ピアニストのサムが)この曲を弾いてくれないと言う。

愛の挨拶(Elgar:Salut d'amour)名曲アルバムより

 

タッカー(トゥッチ)とサム(ファース)↓

古いキャンピングカーで旅に出る。↓行き先はサムの実家。

コピーは「世界で一番美しい、愛が終わる。」↓本当に美しかったけど、胸がつぶれた。

 

 


『THE FIRST SLAMDUNK』…コンマ何秒のリアル

2023-01-11 20:52:35 | 映画-さ行

 原作の『SLAM DUNK(スラムダンク)』(1990-1996 週刊少年ジャンプ)も読んでいないし、アニメ(1993-1996 テレビ朝日)も見ていないので、どうしようかなあと思っていたが、解禁されたという予告を見たら俄然見たくなってきて、昨日とうとう見に行った。

 

 とは言え超絶人気マンガだったからか、実はぼんやり知っていたみたい。知っていることを忘れていたけど、YouTubeで予習をしたら思い出した。

 予習した動画はこちら↓

【スラムダンク①】史上最高のバスケットボール漫画〜魂の授業〜

【スラムダンク②】激突!湘北vs山王工業

 中田あっちゃんの熱い授業にはほんと感謝感嘆するばかり。これが面白くて満足しちゃって、そのまま年を越したのだった。

 

 その後、熱いスラダンファンの旦那(映画は既に鑑賞済)が、実家から漫画の入った古い段ボールを持ってきたり、義弟が熱く推しているのを見ているうちに、先の予告動画がチラッと目に入った。

 

 時は来たり。(?)

 

 予習は万全だ。しかも実は、自分でも驚くが、中学時代はバスケ部だったのである。

 

 

 平日のレイトショーで、ガラガラという訳でもなく、満席という訳でもない。丁度良いあんばいの観客数だった。

 ・・・いやあ、面白かったなぁ。

 

 何が凄いって、試合シーンの臨場感が凄かった。

 

 宮城リョータの、コンマ何秒のフェイントが分かる。

 速すぎて目では捉えられないけど、感じられるのだ。人物達の肉感やボールの重さ、スピード感。視界。ぶつかり合って押し合っている時の、相手の骨と筋肉の硬さ。抗力。これに息づかいまで加わって、実写でもこのリアルさを感じさせることは出来ないんじゃないか。そう思ってしまった。

 総時間一時間弱の一つの試合と、ポイントガード宮城リョータの回想が、この作品の中身である。

 

“__もう一回『SLAMDUNK』をやるからには新しい視点でやりたかったし、リョータは連載中に、もっと描きたいキャラクターでもありました。3年生はゴリが中心にいて、三井にもドラマがあるし、桜木と流川は1年生のライバル同士。2年生のリョータは間に挟まれていた。そこで今回はリョータを描くことにしました。”

(同作品パンフレット・監督インタビューより抜粋)

 

“__(略)その中で、自分が歳を重ねるにつれてキャラクターたちをとらえる視点の数も少しずつ増えていく。
こいつはこんなヤツだったのか、こんなことがあったのかと、いろいろな視点が浮かんで、その度にメモが少しずつ増えていきました。更新されてきました。昔、30年前には見えなかった視点もあれば、連載中からあったけどその時には描けなかった視点もあります。”

(井上雄彦「つれづれの記/2022.10.20 THE FIRST」より抜粋) https://itplanning.co.jp/inoue/i221020/

 

 試合シーンの濃密さに比べ、回想シーンは台詞も少なめで、淡々と描かれた印象だった。

 その分、劇中、観客の焦点は無闇にブレることがない。ボールを運ぶ、人物達の一瞬一瞬の動作や判断が無言で切り開かれていくような、まるで流れる解剖学のような、重層的な絵を見ているような気分になった。

 

 アニメというとSFファンタジーが多い中、内容はとても土くさいアニメだ。

 またコメディ部門は花道くん一人が担う形。 

 

 程よく埋まった座席で鑑賞していたら、同点ゴールの後、数秒の空白の時間に、前の方から声が聞こえた。

 「入った……!」

 劇場を出てから、思わず声を漏らしたんだね、と隣で二回目の鑑賞をしていた旦那に言うと、「ガッツポーズもしていたよ」とのこと!

 音楽や音の緩急も、スクリーンを盛り上げ夢中にさせてくれた。

 

 これが日本の3DCG、スポーツアニメーションの最高峰。世界中の人に体感してほしいと、何だかそう思った。原作を知らない人も、知ってる人も、私のような半端に知ってしまった人も、これだけ夢中に楽しませることが出来る作品はそうないことだと思う。ストーリーの秒読みの緊迫感、作画の技巧、アニメーション技術の動きの力強さ。そして、刹那的な透明感が素晴らしい。

 

 

 『THE FIRST SLAMDUNK』、井上雄彦監督、原作、脚本。2022年、124分。東映アニメーション、ダンデライオンアニメーションスタジオ。

 


『ザ・メニュー』…天才シェフと、一糸乱れぬスタッフ達

2022-12-03 00:51:05 | 映画-さ行

 『ザ・メニュー』、マーク・マイロッド監督、107分、米、2022年。原題は、『The Menu』。

 レイフ・ファインズ、アニャ・テイラー=ジョイ、ニコラス・ホルト。

 

 伝説の料理人と言われる男がオーナー・シェフを務める、孤島のレストラン。ある晩、そこへ招待された十数名の男女が、とある「至高のフルコースメニュー」を提供されるのだが・・・というサスペンスもの。

※現在公開中の作品のため、これから観る予定の方は以下ネタバレにお気をつけください。

 

 

 さて、この作品。メニューが提供されるごとに、含まれる狂気が増して行く。それらは全て、精神的に未成熟なまま孤高のカリスマとなった、スローヴィクの人となりを表すものだった。

 

 もう一人の主人公、アニャ・テイラー=ジョイ演じるマーゴは、予定外の言動を通し、彼の別の一面を観客へ見せることになる。ただしその事が、レストランのコースメニューに変化を与えることはなく、つつがなく終焉を迎えるのが、伝説の料理人と、超高級レストランの気概のようなものを感じさせ、スクリーンにある意味恐ろしい崇高さを醸し出した。

 面白いのは、終始皇帝のように振る舞うスローヴィクが、全てを創造しコントロールしているわけでもないこと。

 「男の過ち」と名付けられたメニューの考案者である女性スタッフが、「今夜のコースのラストも私が考えた」と言っていて、具体的な死刑判決を下したのは、彼女であることが分かる。彼女の案(罰と言い換えても良いかも)を「至高のフルコース」に採用したのは、もちろん料理長であるスローヴィクだが。

 副シェフのシーンでは、スローヴィクが「お前は偉大にはなれなかった」と彼に語りかけていたが、私にはスローヴィク自身に向けた言葉のように聞こえた。当然この言葉は、数秒後に死ぬことになる副シェフにも当てはまる。だが、「偉大になれなかった」と自分を評価し、そんな自分を憎んでいるスローヴィクの独白であってもおかしくないだろう。

 なにせ今夜のサービスは、孤島に閉じこもった男の、脳内メニューなのだから。

 ベトナム出身のホン・チャウ演じるエルサも、興味深い存在だった。

 彼女はコンシェルジュの役割をしていて、まるで老練の執事のように職務をこなすのだが、後半マーゴとのやり取りの中で別の狂気を見せる。その際の彼女は、家父長制度の中の妻、夫に忠実に従い、自負と共にひたすら仕える妻を彷彿とさせる。もちろんそれは彼女だけのストーリーなのだが。

 

 

 この作品の、突拍子もないシチュエーションと展開に説得力を与えるのが、上記のように挟まれて行く描写だと思うのだが、それでも私自身はちょっと腑に落ちかねる。

 事あるごとに被害者を気取るスローヴィクだが、スタッフは何を共有していたのだろう。客はともかく(?)、自分達もコースメニューの為に仕入れられた材料となることに、何の喜びを感じたのか、今一分からない。

 とにかくシェフ役のレイフ・ファインズの顔が怖い。これぞ狂気の天才顔か。

 

 

フェリーに乗ってやってきた今夜のお客様達。↓料理が出される前に、一つ一つ説明を受ける。

イラつくけど少し可哀想な役回りはニコラス・ホルト(右下)↓

世界一緊張を強いるシェフ、スローヴィク。↓

アニャはライダースジャケットで登場。↓そして足元はブーツ。いいぞアニャ!

 

 


『世界の涯ての鼓動』…水で繋がる男女の話

2022-10-12 03:07:25 | 映画-さ行

 『世界の涯ての鼓動』、ヴィム・ヴェンダース監督、2017年、112分。独・仏・西・米合作。

 原題は、『Submergence』(水没、潜水の意)。ジェームズ・マカヴォイ、アリシア・ヴィキャンデル。原作は、J・M・レッドガード、『Submergence』。

 

 この映画が、たびたび失敗だと言われるのは、どうしてだろう。

 二人の男女の出会いは、短すぎたのだろうか。

 束の間の休暇での二人の出会いは、5日間だった。知的で哲学的な二人の会話からは「運命の出会い」は感じられず、少し説得力に欠けていたのかもしれない。

 ダニーは、生物数学者として、超深海潜水艇に乗る。ジェームスは、MI6の諜報員として、南ソマリアで連絡員と接触する。

 設定も少し、突飛と言えばそうかもしれない。

 

 けれど私は、この作品が「息をしていた」ように思った。

 絶望を吸って、希望を吐く。

 冒頭から変わることなく、乱れることのない呼吸を、常に感じた。

 

 

 二人のそれぞれの任務は、「誰も知りたくもないもの」、「解決出来るとも思わないもの」に向き合うという所で一致している。

 深海の暗い海底で生命の誕生を探ることが、人類を環境問題などの生存の危機から救うことに繋がると、ダニーは信じる。「けれどそんな真っ暗な海底の事なんて、誰も興味を持たないわ。」

 諜報員であることを隠しているジェームズは、頻発するテロのニュースをダニーに読ませる。「興味を持ち知識を持つことで、解決に寄与すべきだ」と言うが、今度はダニーは、「古代の紛争に根ざす問題に、解決法があるとは思えない」と言う。

 二人はそれぞれ、思考の「世界の涯て」にいるが、物理的にも、それぞれの場所へと移動する事になる。

 

 

 さて、「世界の涯て」で呼吸しているのは、誰?

 ノルウェーの未知の深海に、ヨーロッパに一隻しかない潜水艇で沈むダニー。

 諜報員として誰にも知られず、ISに囚われ、生死をさまようジェームズ。

 自身もじきに殺される運命と言うISの医者は「死を受け入れる」と言い、ISの兵士は、「ジハード(聖戦)は、死後の命だ」と言った。

 誰もが世界の果てで鼓動を打つ。見ている観客もまた、世界の果てで鼓動を打ち、呼吸をしている。

 絶望を吸い、希望を吐く。

 

 私はジェームズは生き抜いたんじゃないかと思っている。

 なぜならラストシーンの直前で、彼は希望を吐いたところだったから。

 その規則正しさにならうなら、ジェームズは波の下で爆撃をやり過ごし、保護されたのだと私は思う。ダニーが海底で輝く生命を目の当たりにし、そして危機から脱し、水面へ浮上したように。

 

 ヴェンダース監督は、暗闇と光、絶望と希望をただ繰り返すこと、そして詩的で哲学的な言葉のイメージで、泡沫のように離れては繋がる世界を描いた。

 孤独と熱望が、絶望と希望が、全編を通して静かに聞こえたように思う。

 今も誰もが、当たり前に息をしている。

 

 

__何びとも自立した孤島ではない。

  皆が大陸の一片であり、全体の一部をなす。

  何びとの死であれ、私の一部も死ぬ。

  私は人類の一員なのだから。

  ゆえに問うなかれ、誰がために鐘は鳴るのかと。

  あなたのために鳴る。

 

  (John Donne 1572-1631 「不意に発生することについての瞑想」より抜粋。劇中でジェームズが朗読する。)

 

 

二人が出会うのは、ノルマンディの海辺の小さなホテル↓

ヴィム・ヴェンダース最新作『世界の涯ての鼓動』予告編

 

 


『ジュラシック・ワールド 新たなる支配者』…オマージュとは

2022-08-09 00:00:38 | 映画-さ行

『ジュラシック・ワールド 新たなる支配者』、コリン・トレヴォロウ監督、米、2022年、147分。原題は、『Jurassic World : Dominion』。

 

 第一作目公開から、早29年。完結編ということで観てきた。

 「メディア・フランチャイズ」という形で、小説・映画・TV番組・ゲーム等、複数多岐にわたる関連作品が製作されたこのシリーズ。そもそも原作の出版前に映画会社が権利の争奪戦を繰り広げたそうで、約束された「メディア・フランチャイズ」シリーズである。

 

 それはさておき、第一作目から並べてみよう。

 

1993年  『ジュラシック・パーク』(原題:Jurassic Park)。 スティーブン・スピルバーグ監督、127分。

1997年  『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク2』(The Lost World : Jurassic Park)。 スティーブン・スピルバーグ監督、129分。

2001年  『ジュラシック・パークⅢ』(Jurassic  Park Ⅲ)。 ジョー・ジョンストン監督、94分。製作総指揮、スピルバーグ。

2015年  『ジュラシック・ワールド』(Jurassic World)。 コリン・トレヴォロウ監督、125分。製作総指揮、スピルバーグ。

2018年  『ジュラシック・ワールド/炎の王国』(Jurassid World : Fallen Kingdom)。 J・A・バヨナ監督、128分。製作総指揮、スピルバーグ、トレヴォロウ。

2022年  『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』(今作)

 

 第1作と第2作は、スピルバーグ監督。原作があるのもこの2作までで、後はキャラクターを受け継ぎながらのオリジナルだ。原作の作者は、マイケル・クライトン。

 

 「生命の力」_生きようとする力を侮るべからず、というテーマが今作で回収される。

 

 

 実は(?)2021年に予告として公開され、しかしカットされてしまったプロローグ映像がある。

 本編が長くなり、監督は断腸の思いでカットしたそうだけれど、この映像を採用して欲しかったな。

 ストーリー的に前5作へのオマージュを詰め込み過ぎて、長くなってしまったのだろう(今作は最長の2時間27分)。しかし個人的に思うのは、この映像自体が、最大のオマージュと成り得るのではないだろうか。29年の間の技術の進歩や、思いの増幅も含めて。

 惜しい。

 

 

 第3作目からの主役、クリス・プラットは好きだな。アクション俳優としては、マーベル作品『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のヒーロー等を演じている。

 本編は良いシーンも沢山あったんだけど、詰め込み過ぎで散漫な感じがした。そこが回収出来なかった感が否めない…。(個人の感想です)

 あのプロローグ映像を入れてくれてたら、大スクリーンで感動出来たかもしれないけど。

 

 私は今、声を大にして言いたい。我々は大画面で動く恐竜をこそ見たいのだと!(個人の感想です)

 

ジュラ紀白亜紀の恐竜達の映像美。カットされたプロローグ映像↓

 

新旧のヒーロー達と、今作参加のヒーロー・ケイラ役のディワンダ・ワイズ(右端)↓

 


『ソー:ラブ&サンダー』…憎めない青春キャラは健在

2022-07-16 21:29:48 | 映画-さ行

 マーベルの映画はところどころ観るくらいで、コアなファンではないけど、ちょっと楽しみにしていた。

 

 ソーを演じているのはオーストラリアの俳優、クリス・ヘムズワース。

 今回は愛娘のインディアちゃんも出演していた。10年前に撮影された写真がクリスのインスタグラムでアップされているけれど、これが何とも言えず、いい写真!

 か、可愛い。そしてお父さんとのサイズ感差が凄い…。

 

 

 今回は、ナタリー・ポートマンが活躍していた。

 イスラエル出身アメリカ育ちのナタリーは、6ヶ国語を話し、ハーバード大学卒のインテリ。

 映画では『レオン』、『スターウォーズ』のパドメ・アミダラ、『ブラック・スワン』等々。ディオールのCMも好きだったな。

 1981年生まれの現在41歳ということだけど、今回は9年振りのマーベル復帰。「新生マイティ・ソー」として、ムジョルニア(選ばれし者のみ持てる鎚)を振り回して活躍していた。

 消え入りそうに細い病んだ役から、等身大の女の子、筋骨たくましいスパーヒーローまでと幅広い。インテリだけど、案外体を使ったアクション演技も多い。バレエもアクションの一つとすれば。

 

 本編はどうだったかと言うと、前作や前々作をよく覚えていないという状態で観たからな…。でも面白かった。

 

 突っ込み所もあるかもしれないけど、なんてったって、神さまのすることなんで。

 そこは人間的な思考を超えていけ、と。「ノー・プラン」って書いてあったし。

 

 ところどころ挟んでくる、「ボケ倒す、現実離れした神さま描写」も毎度笑える。ラッセル・クロウのゼウスもね。

 ソーの万年青春みたいな憎めないキャラが好きなので、次作もまた観に行くと思う。

  青春小僧よ、マーベルに集まれ!(笑)

 

もう前作も忘れちゃったよという私みたいな方、またはマーベルを一度も観ていなくて今さら行けない、という方は、良かったらこちら↓

【超まとめ】マイティ・ソーの物語一挙解説!【ラブ&サンダー】

 

 

『ソー:ラブ&サンダー』、タイカ・ワイティティ監督、2022年、119分。アメリカ。原題は『Thor : Love & Thunder』。

 

 

人気沸騰(笑)の二匹のヤギ↓