消費生活アドバイザーが食品表示をわかりにくく解説するブログ

消費生活アドバイザーが、食品表示を、妄想や推測、人から聞いた噂などを交えて、わかりにくく解説していきます。

安全と安心の違い

2017-02-08 21:38:38 | はじめに
基礎的な話に戻ってしまいますが。
「安全」と「安心」の違いについて話したいと思います。

一時期「安全と安心は違うものです」というのが流行りました。
現在の食品業界では、これはもはや常識として、声高に言う人は減ってきたように思いますが。
でも、大事なことなので、改めて書いておこうと思います。

「安心」とは。
例えば、「この野菜はおじいちゃんが作ったから、安心」とかそういうことです。
このおじいちゃんがヘビースモーカーで、煙草の吸殻を水出しすると虫よけになるから、と畑にまいていたとしても、「安心」して食べていたりしますね。
たばこ抽出物は農薬としての使用が禁止されているという記載が農水省の特定農薬の紹介のサイトの最後に書かれていますし、危険なので使わないで下さいと言うアナウンスも出ています。
でも、自分がよく知っている「おじいちゃん」が作ったからには「安心」なのです。
「安全」ではなくても。

「安全」とは。
新しい農薬が開発されて、安全性試験を行った結果、高濃度でも人体への影響は極めて低いことが明らかになりました。
特定の害虫には特異的に強い効果を示すので、使用も少量ですみます。
しかし、消費者は「新しい農薬」ということで「安心」できません。

上記の二つの例のように、安心だからといって安全ではない、安全だからといって安心できない、ということが多々存在します。
安全でない、かつ安心でない、ものは、分かりやすく言えばフグの肝とか毒キノコとか。
ですが、安全かつ安心、というものは、なかなかぱっと出てこないですね。
それだけ、そういったものを探すのが難しい、ということだと思います。

安全、というのは、科学などではかるものです。
世の中に完全に安全、というものは恐らく存在しません。
技術の進歩により、測定機器が進歩してこれまで測定できなかった程度の微量な成分まで検出できるようになりました、とか、新しい研究により、これまで危険とされたものが実は安全であったと証明されたり、これまで安全とされたものが実は危険であったりとか、時代によって変化するし、量と質とで考えなければならないものです。
あくまで、「現時点」で、「特定の条件下」では「安全とかんがえられる」と言ったものです。

一方、安心とは、人の心です。
「安全だ」と信じる心が安心です。
顔写真が載っている野菜は、全く何の根拠もないのに、安全なのではないかと思う、それが安心です。
国がこの添加物の安全性を評価した結果、毒性が低い、使用量も少ないからこの商品は安全だ、と思う、それも安心です。
根拠にどれほどの信用性があるかは問わず、その人が納得したら、それが「完全なる」「安心」なのです。

科学に基づいてしっかりしていそうな「安全」が実は曖昧なもので、人の心の思う「安心」の方が遥かにゆるぎないものだと、私は思います。
消費者を「安心」させるのは事業者や当局の課題ですが、安心がゆるぎないように、安心の対極にある不安も割とゆるぎないので、大層難しいものです。

例えば、無農薬農業を推進する人が煙草抽出液を撒けば虫が寄ってこない、安心だ!と言いますが、
その人の考えでは、「タバコは安全だが農薬は危険」です。
しかし、現代の科学の知見では、タバコの抽出液を農薬の代わりに使用するのは安全ではないから禁止だ、となります。
ただ、その人にそれを伝えたところで、「だって私は煙草をすっているが死なない、でも、農薬を撒けば虫が死ぬじゃないか」と議論にならない場合があります。
虫が死ぬから人も死ぬのではないかと直感的に不安を感じてしまうのは仕方がないことです。
自分が吸っても死なない煙草の方が安全に思えるのもうなずける気がします。
ですが、煙草を食べた子供が死ぬ、というように、実際煙草の成分を煙でなく直接摂取するのは大変危険で、下手したら死にます。(煙も危ない、とかそういう理屈は一旦横に置いておきます)
農薬は許可されたものであればある程度安全性が保障されていますし、使用基準を守ればおそらく直ちに問題は無いです。
キシリトールは人がとると虫歯にならなくていいかもしれないけど、犬にとっては毒、というように、人と他の動物では作用が違う物質というものが確かに存在するのです。
しかし、こういったことをいくら理詰めで説明しても、感覚的にすんなり受け入れて貰えるかは非常に難しいです。

今はインターネットに情報があふれています。
しかし、無農薬推進ブログで上記のタバコ農薬が推奨されていたり、と受け手が情報をきちんと選別できなければインターネットを活用するのは難しい時代にもなりました。
私はインターネットで情報を探すときは、ドメインがどうなっているか確認します。
go.jpであれば、日本の政府機関のどこかの情報なので、割と信頼性が高いと考えます。
しかし、昨今、調べ物をしようと検索をかけると、いわゆるキュレーションサイトなどが出てくる比率が非常に高いです。
また、「政府のいう事なんて信用できるか!」という考えの人もいます。
まぁ、政府のいう事を丸のみしていても仕方ないのですが、学術論文を読みあさるとか、学術書を読み解くとかが気軽にできる環境なら兎も角、インターネットでの検索程度の範囲では、信用できるかどうか、といえば、他にあまり信用できるようなドメインの心当たりがないのも事実です。

直観に従って「安心」できないものは一切買わない、というのもありだと思います。
納得して購入して消費する、というのが、一番大事なことだと思います。
小難しいことは聞きたくもない、というなら、ありだと思います。
ただ、誰かのいう事をうのみにして「これは安心だ」と思い込んでしまうのも危険だと思います。
先に書いたように、安全は移ろいゆくものなので、安心していたらいつの間にかおいて行かれていた、という可能性もありますので。

最近は所謂「専門家」と言われるような大学教授などが、自説をさも通説のようにテレビやネットで語るので、皆さん気をつけましょう。
「専門家」だといっても、一人が一人で言い張っているだけの可能性もありますし、専門家が専門外のことを語っている場合などもありますので。
肩書で信用して「安心」しないようにご注意くださいね!
(とブログで資格を載せてる人間がいう矛盾…まぁ、私は専門家って程の資格の持ち主ではないから許してください…)

食品表示ってどこだ!

2017-01-30 23:53:23 | はじめに
さて、食品表示、と言われると、どこを指すでしょう。
名称、原材料名などが書かれている、いわゆる「一括表示」を指す人は、少し表示を勉強した人かもしれません。
全く勉強したことが無い人は、どこって何?どういうこと?ってなるかと思います。
個人的に、私は「殆ど食品の包材に書かれていること全てが食品表示」と考えます。

例えば、絵や写真も、その商品を買う時の大切な判断材料ですし、栄養成分表示は食品表示法で義務化されたれっきとした法定表示です。
「○%使用」「○個入り」「揚げてあります」などの、一見何言ってんだと思うような表示も、実は何かで定められていたりします。
QRコードも絵柄が入れられるこのご時世で、「表示でない」と言えるものはあまりなくなってきているのではないでしょうか。

時代と共に表示事項が充実させられてきたことは、前の記事(1/28)で書いた通りです。
充実してきたのは、何も食品表示法に規定されている事ばかりではありません。
先の記事に書いた以外にも、都道府県の条例や公正競争規約など、様々な決まりがあります。
また、PL法(製造物責任法)対策として、様々な長い注意書きが書かれるようになりました。
飲みかけのペットボトルは早めに飲んでください、とか、アルミ袋はレンジに入れないでください、とか。
兎に角、製造者が表示しなければならないことは沢山あります。
そして、消費者を誘引したいために書きたいことも沢山あります。
しかし、消費者を不当に誘引した、と言われないために但し書きを山ほど書きます。
はい、何がなんだかわからないパッケージの出来上がりです。

食品表示法では、表示は「邦文をもって」行うとされています。(ローマ字で会社が登記されている場合は例外ですが)
つまり、日本語で書け、ということです。
なので、輸入食品に、元の国の表示がなんやかんや行われていたとしても表示とはみなされません。
そういった場合、輸入者が別途シールか何かでべっとり表示を行っています。
逆にいうと英文などは表示だとみなさなくてもいいので、元の表示を隠してしまう形になったところで文句は言われないのかな?と思います。
ただ、公正取引委員会の決定に基づく「商品の原産国に関する不当な表示」の中では外国語による表示が一部認められているため、一概に「英語だから表示じゃない!」とも言い切れない部分はあります。
英語がペラペラな人が、自分が読めるから不当表示だ!ということは無いですが、一般にほとんどの人が読めるような表示は、表示の一部と考えてもよいのかな、と思います。難しい。

一般に~一般に~と言われると、何が一般だ!普通な人なんてどこにも居ないんだ!と思いますが。
「一般消費者が判断する」ということを誰が最終的に判断するか、を極論で言うと、最高裁の裁判長だそうです。
極論だなぁ、と思いましたが。
例えば消費者庁が「一般消費者が~判断すると思われる」などと事業者に示せば、たいていの事業者は面倒になってひっこめると思います。
ただし、その企業が「引かぬ!」となった場合、裁判に発展し、最終的には最高裁に行き、最高裁の裁判長が判断するのが究極的な結論となる、とのことで。
それを言い出すと私たちの人生は何もかも最高裁の裁判長に最終的に握られてるんじゃないのって気もしますが。
結局のところ、誰かが考えた仮想の一般消費者像の元に表示や、その元となる法律が作られているのだなと思います。

アンケートで消費者の意見を統計として取る、というのも、実はあまり意味が無いと思います。
アンケートで「あなたは次の事項が気になりますか。」「表示があったら参考にしたいと思うことを下記のうちから選択してください。(複数回答可)」などとなれば、
実際に物を買う時にどれだけ見るかは別として、気にはなるし、表示してもらえるならしてもらいたいな~と思うことは沢山あるのが人の常で。
皆の希望が全部かなえられて全面文字だらけになったとしたら、どれだけの人がそこから必要な情報を読み取れるのか、という疑問はあります。
必要な情報を全部書いた具体的な表示を何パターンか並べて、どれがいいですか、とやったら、「情報が多すぎてわかりにくい」などの意見もでそうですが。
今度は統計がとりにくい、とか出てきそうですし。

まぁそういう色んなゴニャゴニャの中から訳の分からない表示が生まれてくるのかなぁ、と思います。

ああ、今日もなんだか不毛な全体論みたいになってしまってすみません。
次回位から今度こそ個別の事案に入っていきたいと思います。

激動ではない食品表示の歴史をうろうろと

2017-01-28 14:18:34 | はじめに
個別の事案にとっとと入りたいところですが、一応イントロ的な記事をもう少し書いてみようと思います。
食品表示の過去と今、みたいな。

現代の食品表示にすっかり慣れきった人たちに、私が子供の頃の食品の表示の話をすると
「まさかそんな訳ないじゃないですか!ハハッ!本当にTKNさんは言う事がいい加減で大げさなんだからー。」みたいに言われたりします。
そんな訳あるんだよー。

さて、食品の表示の歴史を紐解いてみましょう。
と言っても聞きかじったこととか推測とかで書いてます。
うのみにしないで「そうかもね!」みたいな気持ちで読んでください。
あ、オフィシャルな解説をみたい方はこちら
分かりやすいかどうかは兎も角として、消費者庁さんが割とダイジェストにまとめてくれてます。

まぁ推測なんですが、まず戦後の闇市とかが事の発端のような気がします。
日本人のまじめで勤勉な資質から、戦前はまぁ悪意無く過ごしていて、そんな取締る必要性を強く感じていた人はいなかったんじゃないかな。
あ、闇市とは、まぁブラックマーケット(英語にしただけ)。
私が言う戦後の闇市とは、第二次世界大戦後、配給により人々に食品などが配布されていたものの、都市部で物資が底をつき、民間の人がこっそり不正に高い値でものを売り始めた、てイメージでしょうか。
闇市がなければ死んでいた人も多いでしょうが、まぁ混乱に乗じて悪い事をして儲けた人とかも多かったんではと思います。
そんなこんなで、食品で悪い事をして儲けると言う発想が戦後の闇市あたりから一般化してきたのでは、と推測します。
劣悪な品質なものを買ってしまったことでの健康被害なんかも出始めて、取締らないと!ということで、厚生労働省により、食品衛生法で現代で考えれば最低限、と思われるような表示が始まったのだと思います。
余裕が出てくるにしたがって、表示事項を充実させてきたのでしょう。
一気にやると事業が潰れがちですからね。

一方でかの有名な「にせ牛缶事件」が起こります。
今時の若い子に話しても知らないでしょうね。
当時、牛缶と言いつつ、クジラ肉(昔は激安で不人気でした)や馬肉を入れた缶詰が横行していました。
近代の「レストランでバナメイエビを芝エビとして売るのが当然の商習慣だった」と同じような原理でしょうね。
そんなこんなで消費者を保護しないとだめだ!となって動き出したのが農林水産省です。
なぜ農林水産省?と思うかもしれませんが、ここは農林物資についての品質の規格(いわゆるJAS規格)を定め、こちらも順次拡大していったわけです。

厚生労働省と農林水産省により、それぞれ、衛生保健事項(直ちに健康に害があるかどうか的な)と品質事項(消費者の選択の為の情報)が定められ、充実させられていった訳ですが。
時代が進み、お互い拡大すると、重複する部分が出てきます。
しかしそこは縦割り社会。
お互いが歩み寄り話し合って擦り合わせるとかいうことは殆どありません。
一応流石に近代になって先にどちらかで取り決めのあることについては「一定の配慮」的な気配を感じつつ。
事業者は二つの取締省庁の出す法律を行ったり来たりしながら表示を行う訳です。
・厚生労働省が定めた衛生保健事項:食品衛生法や健康増進法
・農林水産省が定めた品質事項:JAS法

まぁ、このほかにも、計量法(通産省管轄の重量の表示についての規制)とか、景品表示法(経産省管轄の不当表示等についての規制)など、食品も含めて世の中で売られる商品全般についての法律などもあるんですけど。

とにかく、一番やっかいなのは、食品衛生法とJAS法です。
両方守らないとダメなのに、同じような用語を違った風に定義されていたりと事業者は混乱しつつも、何とかかんとか、表示を行ってきたのです。
そんな事業者の不平不満と、度重なる食品業界の不祥事に不満を持つ消費者との圧力から、途中からできた消費者庁が「表示を一元化する!」と立ち上がった?のです。
食品表示法の始まりです。

結果としては、各法律の食品に関わる部分だけをかき集め「齟齬があるところは直すけど、基本的には変えない」という何ともその場しのぎに近い対応でした。
たまたま冷凍食品への従業員による農薬混入事件などがあったため、急遽製造所に関する事項を盛り込んだり、健康食品の問題を盛り込んだり、と、その場しのぎにその場しのぎを重ねた法律が出来ました。
事業者の反応は。
「どこに何が書いてあるのかを探すのが一苦労。前の法律だったらここに書いてあった、と記憶にあったのだが、それを全部一からやらないといけない。」
と割と不評です。
一元化、といっても、ルールの一元化は殆どされておらず、まぁあまり変えられても表示ががらりと変わるとそれはそれで大変ですが、結局法律が一つになっただけで、あちこち見ないといけない現状は変わりません。

現在は旧食品衛生法の表示部分と旧JAS法の表示部分を掛け合わせた旧表示と、食品表示法を適用した新表示が市場に混在します。
これが5年くらい続きます。
えー、5年も!と思うかもしれませんが、事業者的にはこれでも割と厳しいです。
既につくってしまった旧表示の包装資材の在庫をはけさせつつ、全ての商品を新しい表示に計画的に書き換えていかないといけない訳です。
表示を作ることは、安易に外注できるものではありません。
間違えると回収、というリスクも非常に高いです。
回収ですめばいいですが、アレルギーの表示間違いは下手したら死人がでます、実際怖い。
ベテラン人員をやりくりする必要があるので、実際かなりコストがかかると思いますが、これによる経費は通常営業の中から出さないといけません。
事業者も辛いところです。
表示の法律がいつも緩やかに変更されるのは、こういった「混在せざるを得ない事業者たちの事情」と「混在することによる消費者の混乱」を押さえるための処置なのかしら?と思います。

まぁざっと法律についてはこんな感じですが。
じゃあ実際どんな感じで表示事項が変わってきたのか。

昔は添加物・保存方法・賞味期限・製造者程度だったと思います。
そこから原材料や栄養成分と言ったものが追加されてきました。

現代では添加物以外の原材料を多い順・添加物を多い順に書く、更に新表示で言えば、その区別を枠を分けるなどして明確にする、という決まりがありますが。
原初、食品衛生法の定めでは「多い順に記載する」という規定が無かったために、添加物を書きさえすればよい、という状況でした。
原材料の表示を行い始めた頃は、添加物を別にカウントするというルールが無かったために、全部を多い順に並べて表示していました。
例えば、「醤油、砂糖、ごま油、調味料(アミノ酸)、唐辛子、乳化剤」とかいった食品→添加物→食品→添加物といった原材料表示の食品も流通していました。
うっそー、何が添加物かわかんないじゃん、と若い人に言われましたが、私としては添加物がこんなに入っているんだーという指標がある分、前の方が良かったんじゃね?と思いますが、それは「何が添加物か」を見分ける力がないとダメなんですね。

栄養成分表示については、誤差の許容範囲が定められていたため、事業者も安易に表示できずにいました。
しかし、義務化の噂が流れ始めると、事業者も「任意で表示する分にはそんなに取締られまい」という甘えた感じで表示を始めました。
世の中に多くの栄養表示が行われるようになったのは、実はここ10年とかそれくらいの状態です。
これも、うっそー(絶句)と若い人に言われましたが、そんなものです。
因みに食品表示法により、栄養成分表示がとうとう義務化されました。
その際に表示方法が二つに分けられました。
・従来の保証型(誤差の許容範囲超えるとNG)
・推定値(合理的な根拠があれば誤差があっても仕方ない)
推定とかふざけんなとお思いかもしれませんが、実際季節変動の大きい素材原料が多い食品だと設定が難しいですね。
そういった商品を多く抱えるメーカーは栄養表示の義務化に対し、意義が薄い、と反対していた訳ですが。
推定値という概念を導入することで何とか落としどころを見つけた、ということでしょう。
それなら皆保証型にしなくなるじゃん、形骸化するじゃん、と考える方もいるかと思いますが、大丈夫、保証型の表示をしなければならない食品群が存在します。
それは「機能性食品」や「栄養成分を強調している食品」などです。
これらは健康に寄与します!と主張しているので、栄養成分についても保証をしなければなりません。

将来的には、原料原産地表示、遺伝子組み換え表示の拡大、栄養成分表示の義務項目追加など、まだまだ色々な意見が出ています。
消費者の商品選択を助ける上で、表示が充実していくことは一見いいことだと思います。
が、製品上に情報が溢れすぎて、最低限必要な情報が伝わらないまま消費行動に移るのでは?という危険性も出てきているように思います。
やがてはこういった「バランス」を考える必要が出てくる時期がくるのでは?と個人的には思います。

食品とはなんぞや(哲学

2017-01-25 20:59:58 | はじめに
さて、最初の記事です。
食品とはなんぞや
もう、これは哲学ですよ…。

人は何故、食品を「安全だ」と思っているのか。
どうして「食べ物だ」と認識しているのか。

医薬品は、承認申請制度というものがあります。
開発した人たちが、効果効能、毒性や副作用、他の薬との併用禁忌を調べて、とてつもない量の書類を提出して、審査されて、認められてからやっと市場へ出すことが出来ます。
では食べ物はどうでしょう。

狩猟、農耕の文化の中で、これは食べられるもの、これは食べられないもの、と判断していき。
勿論古代に科学的な根拠などないでしょう。
死人が出たら、これは毒だ!となり。
フグとか「てっぽう」とか言われてましたね、当たったら死ぬ。
それも「どこに毒があるのか」を調べて除去することにより、食べられるもの、食品となりました。
また、食品を運搬中に腐らせてしまった!勿体ないから食べた!うまい!食品となった!とかいうパターンもあります。
つまり、なんとなく歴史の中で
「食べて死人がでなかったから毒ではないっぽい」
「腐ったと思ったけど美味しいし害がないから食べよう」(のちに発酵として区別される)
とか、何となく判断されてきたものが「食品」となったのではないでしょうか。
市場にあまり流通していないものを新しく販売しようとするとき、「食経験」が重要視されると聞きます。
過去長い間食べられてきたけど、死人が出ていない、だからきっと大丈夫、そういう感じだと思います。

ふざけんなよ!安全性はどうした!と言われても、調べているかと言われれば多分調べてないものも割とあると思います。
ていうか、ざっくばらんに素材的な食品は殆ど調べられていない気がします。
調べようにも未知の毒物とかあったら調べようがない。
食経験があったとしても、慢性的に過剰摂取すると健康被害が出る場合もあります。

私達がなんとなく食品だと信じているものが「食品」の正体なのでしょうか。
深く考えると訳が分からなくなります。
絶対安全じゃないと嫌なんじゃ!証明しろ!証明されたもの以外流通を禁じる!と言われたら、食糧は高騰し、人間は滅びますね。

表示の話で言えば、「最も一般的な名称」を表示すればよいのでしょうが。
一般的ってなんだよ、っていう話です…。
例えば「○○タイ」って呼ばれてるけど、タイじゃないんだよね!とかね。
お店で「これは何ですか?」「(学名)ナントカカントカウンタラです」
原型をとどめていないので、そのナントカカンタラがどういったものなのか皆目見当もつかない、
スマホ片手に食事をするのは行儀が悪いが、検索しないと元のものがわからない、といった現象も起こりえる、そんな現代社会。

添加物かどうか、医薬品かどうか、あたりは、まだリストとかあったりするんでわかりやすいですけど…。
ああ、食品との境目がうすらぼんやりしている話はまた別の機会…があれば。

はじめに

2017-01-25 20:48:00 | はじめに
消費生活アドバイザーのTKNです。
TKNはただの管理人(TadanoKanriNin)の略です。
さて、これから、食品表示をわかりにくく気まぐれに妄想と推測を交えて解説していきたいと思います。
分かりやすく正確に解説してほしいという方は、都道府県で出しているパンフレットを読んだり、講習会に出てください。
私は食品表示を生業としている訳でも無く、法律の研究家でもないので、正確かどうかはわかりませんので、「このブログを参考にして表示を作成したら指導が入ったぞ!」と言われても責任は負えません。
困ったことがあったら消費者庁とかに聞きましょう。
根性を以って質問を続ければ、多分無料で色々教えてくれると思います。

では、楽しめる方は楽しんでいってください。