蓬莱の島通信ブログ別館

「すでに起こったことは、明らかに可能なことがらである」
在台日本語教師の東アジア時事論評あるいはカサンドラの眼差し

STAP細胞理論が実証されたら・・・(2):「日本国」の大学の存在意味の消滅

2016年06月02日 | 20110311東北関東大震災と政治
(写真:中世末期のヨーロッパでの魔女狩り=多様性を排除する動きはこの時期に始まった近代文明の宿痾である
1.2014年、15年、日本のメディアと大学人は何をしていたのか?
 『毎日』『朝日』『NHK』および関連テレビ局による、2014-15年の「STAP細胞言論弾圧事件」の震源地のひとつは、以下のブログである。
 
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小保方晴子のSTAP細胞論文の疑惑
小保方晴子 (おぼかたはるこ、1983年生 )氏は、日本の細胞生物学者。理化学研究所発生・再生科学総合研究センター・細胞リプログラミング研究ユニット・ユニットリーダー。弱酸などの外部刺激で体細胞を初期化することにより、胎盤組織を含む全ての生体組織分化できる多能性を持った細胞(STAP細胞)の作製方法を世界で初めて発表した。しかし、彼女の論文には不適切なデータの処理・加工・流用、そして、文章の剽窃などが認められることから、その研究内容の正確性に疑惑が向けられている。
2014年5月6日火曜日
まとめ:不適切なデータ処理・加工・流用、文章剽窃
Twitter@JuuichiJigen
1) データ改ざん・捏造
小保方晴子氏のSTAP細胞に関するNature誌のArticle論文とLetter論文の多数の実験画像において不適切なデータ処理・加工(改竄)・流用が疑われています。特に、STAP細胞の多能性を示す図(Fig.2d, Fig.2e)が、STAP細胞とは無関係の小保方氏の博士論文からの流用であることが発覚し、共著者の山梨大の若山教授が論文撤回を呼びかけることとなりました。
2) 剽窃・不実記載
STAP細胞論文には、Guo Jianliらの論文から「17行」にわたる文章の剽窃や、Robert Blellochらの論文からの文章剽窃が認められ、「古い実験機器・試薬までコピペしているため、論文の記述通りに実験を行っていないのではないのか?」という疑惑も浮上しています。
3) 特許出願書類での画像流用
2012年4月の特許出願書類(STAP細胞関連)においても博士論文の画像からの不適切な流用が認められます。
4) 杜撰な実験・ES細胞混入疑惑
マウスの性別やstrainを統一せずに実験を実施していたのではないかという実験上の杜撰さが指摘されています。また、STAP幹細胞やFGF4誘導性幹細胞(FI-SC)が体細胞由来の幹細胞であることを示すデータは何一つありません。また、ES細胞がSTAP細胞とされているものに混入していたのではないかという疑惑も浮上しています。
5) 博士論文での不正
小保方晴子氏の博士論文の序章の"Background"のほとんどの文章や"References"の部分は剽窃(盗用)によるものです。さらに、実験画像の一部はバイオ系企業のホームページから盗用されたものであり、小保方氏は実験自体を行っておらずデータを捏造していたことが判明しています。また、この博士論文では多数の電気泳動画像の改竄・流用が認められ、同じ改竄データは、Tissue Eng Part A誌論文にも使用されています。
6) 利益相反事項の隠蔽
小保方晴子氏が第一著者のNature Protocol誌の論文と、第二著者のTissue Eng Part A誌の論文においては、利益相反事項の隠蔽が問題になっています。
7) 不十分な理研の調査
参考→ 理研が追加調査すべきSTAP論文疑惑まとめ
特定法人指定を目指して理研は調査項目を6項目だけに絞って早期解決を図ろうとしました。しかし、博士論文からのNature論文への悪質な画像流用(捏造)が暴露され最終調査報告により研究不正も認定されて観念するかと思われた小保方氏がまさかの逆切れ反撃。早期解決の目論見がはずれてしまった今となっては、理研は最早徹底的にNature論文の疑惑を調査して小保方氏の不正の証拠を積み上げるべきなのではないでしょうか。
8) 共著者(小島宏司)の論文にもデータ流用
脊髄損傷のサルをSTAP細胞移植で治療したと発表したチャールズ・ヴァカンティ教授のグループの小島宏司氏の論文における不適切な画像流用が3件も発覚しています。小島氏は小保方晴子氏の指導者でした。
9) ヴァカンティ教授の論文の画像にも盗用疑惑
小保方晴子氏の恩師であるヴァカンティ(Vacanti)教授らのSpore-like cellsの論文の画像5つにも盗用(剽窃)疑惑が浮上しています。借用元はSoftKey社の"BODYWORKS 5.0"の可能性。小保方氏の盗用癖はヴァカンティ直伝か?
10) 早稲田大学の学位審査の欠陥
小保方晴子氏の博士論文を審査した常田聡氏や武岡真司氏の研究室の多数の博士論文において、コピペが認められます。
 当記事の公益目的: 理化学研究所の調査委員会によりSTAP細胞論文における捏造・改ざんの研究不正や他者著作物からの文章のコピペが認定された小保方晴子氏は早稲田大学理工学術院の先進理工学研究科で学位を取得した後、理化学研究所研究員として採用されていました。小保方晴子氏の早稲田大学のおける博士論文についても、冒頭20ページ近くの文章がNIHのサイトからのコピペであること、各章のリファレンスまでもがコピペであり本文と全く対応しておらず本文中にはリファレンス番号が記載されていないこと、複数の実験画像がバイオ系企業サイトに掲載されている実験画像と類似していることなどの多数の問題点が判明しています。これらの当然気付かれるべき問題点は早稲田大学における博士論文の審査では見過ごされていました。よって、小保方氏のSTAP細胞論文における様々な問題は、小保方氏個人が責められるべきものではなく、早稲田大学の教育環境や学位審査システムの特質性にもその要因が在ります。STAP細胞論文自体の研究や、その研究結果の再現性確認実験には多額の公的研究費や研究者の貴重な時間が費やされました。公益目的の観点から、二度と同様の問題が起こらないように対策をとるためには、早稲田大学の教育環境や学位審査システムを精査する必要があります。その手がかりを得るために、当記事では読者の調査協力の下に、自主的に網羅的調査をしようとしない早稲田大学に代わり、第三者の観点から「他者の著作物からのコピペが博士論文を効率的に書くための一方法として早稲田大学で普及していたのかどうか。」を網羅的に検討することにします。また、コピペが博士論文などの著作物を効率的に執筆するための一方法として認められるのかどうか、推奨されるべきかどうかの問題は社会一般公共の利害に関することから、専ら公益目的の観点から早稲田大学の事例をもとに考えていきたいと思います。
他者著作物との類似性が見られた博士論文 (計23報): 
(コピペを効率的な博士論文執筆方法として取り入れた可能性のある賞されるべき事例)
 常田聡 研究室: 小保方晴子、松本慎也、古川和寛、寺原猛、岸田直裕、副島孝一、寺田昭彦(ラボ内コピペ) (計7名)
 西出宏之 研究室: 義原直、加藤文昭、高橋克行、伊部武史、田中学、小鹿健一郎 (計6名)
 武岡真司 研究室: 藤枝俊宣、小幡洋輔、寺村裕治、岡村陽介(ラボ内コピペ) (計4名)
 逢坂哲彌 研究室: 奈良洋希、蜂巣琢磨、本川慎二(計3名)
 平田彰 研究室: 吉江幸子(ラボ内コピペ)、日比谷和明(ラボ内コピペ) (計2名)
 黒田一幸 研究室: 藤本泰弘 (計1名)
(早稲田大学リポジトリ) (その他の早稲田理工の研究室も網羅的に調査中)
適切な引用(コピペ)とは?: 文化庁は、以下の7項目を、他人の主張や資料等を「引用」する場合の要件としています。
ア 既に公表されている著作物であること
イ 「公正な慣行」に合致すること
ウ 報道,批評,研究などの引用の目的上「正当な範囲内」であること
エ 引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であること
オ カギ括弧などにより「引用部分」が明確になっていること
カ 引用を行う「必然性」があること
キ 「出所の明示」が必要(コピー以外はその慣行があるとき)
(文化庁長官官房著作権課 著作権テキスト 平成22年度版  PDFファイル の 「§8. 著作物等の「例外的な無断利用」ができる場合 ⑧ ア、「引用」(第32条第1項」 より引用)
11) 動物実験の倫理に関する疑義
PEACE (Put an End to Animal Cruelty and Exploitation)
STAP細胞の実験計画書について理研に質問書を送付
Ⅰ.承認された動物実験計画書が存在しない期間にSTAP細胞実験が行われていることについて
Ⅱ.理研の動物実験の機関管理について http://animals-peace.net/experiments/stap.html
STAP細胞論文に関する発生・再生科学総合研究センターの 動物実験計画書についての質問書(2014年5月9日) http://animals-peace.net/animalexperiments/stap
参考記事:
小保方晴子氏の騒動の経緯、ニュース報道まとめ、参考サイト、
若山教授インタビュー(2/27日付け)(by tomozouh)、若山教授インタビュー(3/11日付け、論文撤回提案について)
STAP細胞の非実在について#1, #2, #3, #4, #5 (kahoの日記)
不自然なテラトーマ画像
ES細胞(接着細胞)を「浮遊細胞塊」(胚様体;EB)のようにして渡した?という議論
理研:STAP細胞作製に関する実験手技解説の発表について
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 こうしたブログを作成したのは、以下の個人(またはグループ)で、STAP細胞以外にも多数の論文の不正(?)を告発(=あらさがし、誹謗中傷、作為的攻撃、金銭や便宜の授受による攻撃・・・)していた。

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11jigen
11jigen(じゅういちじげん)は、科学技術論文における不正行為を摘発する匿名のブロガー[1][2]。「捏造ハンター」[3]。特に2014年のSTAP騒動で注目を浴びた「クラウド査読」の代表的人物[2][3]。11jigenという名前は、初期の追及対象であるアニリール・セルカン氏が11次元宇宙を研究したと主張していたことに由来する。「JuuichiJigen」や「Juuichi Jigen」[4]あるいはTwitterアカウントの名前である「論文捏造&研究不正」と呼称されることもある。

2009年頃から科学論文における文章盗用や画像の改ざん、捏造を暴くようになった[1]。ボランティアで不正の調査、摘発を行っていると言われている[5]。SNSによる不正摘発が話題となったSTAP細胞や小保方晴子の研究不正疑惑[6]における活動は特に有名である。ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥の論文不正疑惑も取り扱っている[2][3]。
自作のブログやTwitterやYouTube[4]を主な活動場所とする。自ら発見した論文中の不自然な酷似データや匿名サイトに散らばる追認可能な疑義を迅速に集約し、まとめWebサイトをブログとして開設し、一部については各研究機関に告発文書を送付するという一連の作業を繰り返し行ってきた。数物系のアニリール・セルカンの追及ブログが初期の代表作であるが、ここ数年の告発対象は生命科学に関する研究が多い。日本国内の論文だけではなく海外の研究者の論文も対象にしている。これまでにWeb上で疑義を呈した論文の数は300本を超える。また、海外の論文撤回監視WebサイトRetraction Watch[7]や、日本の科学研究問題を議論するWebサイト「日本の科学を考える」[8]にコメントを書き込むこともある。
2015年現在、一般人に対しては匿名を保っており、個人かグループであるかも不明[1]である。しかしながらその存在は広く認知を得ており、例えば米国の経済誌Forbesは、11jigenのブログをソースにしたディオバン事件に関する記事を、11jigenが該当ブログ[9]を作成してから一週間程度で配信した[10]。広く認知を得た理由は、疑義の指摘が客観的で追認可能なものであり、そのWebサイトの内容に対応する研究不正認定の発表や報道が大学やマスメディアから何度も行われたからだと推測される。例えば東京大学分子細胞生物学研究所の論文捏造事案については、11jigenがWebサイトで2012年1月10日に論文24本の疑義について申立書を送ったと記載し[11]、その数ヶ月後に被告発者である教授が引責辞職したことがマスメディアから報道され[12]、2013年7月25日の朝日新聞朝刊一面トップで43本の論文に改ざんや捏造の疑いがあることが内部調査のスクープとして報じられ[13]、2013年12月26日に東京大学から発表された不正調査の中間報告において確かに2012年1月10日に告発があったことが記載された[14]。
獨協医科大学の論文不正事案への告発文に告発者の氏名が書かれており[15]、その告発者が同時期にインターネットのブログに同じ内容を掲載していると報道されていること[16]や、名古屋市立大学の論文不正事案に係る調査報告書に「ある個人の方」という表現が告発者に対して使われていること[17]などから、11jigenは各研究機関に対しての告発は実名で行なっていると推測される。すなわち11jigenは、逆恨みされるリスクや名誉毀損訴訟を起こされるリスクなどを自ら実名で負っていると推測される。
11jigenの行為により、通常なら不正認定が行われるまであまり表にはでなかった研究不正の疑惑が、匿名掲示板などで発覚した場合はすぐに世界中に共有され得るようになった(例えば[4]や[10]を参照)。そして言わば衆人環境の中で各研究機関がすぐに調査に追われる状況が生まれた。すなわち11jigenの活動は単に不正な研究論文を大量に排除しただけではない。迅速で客観的な公開告発をルーティンワーク化することによって、研究不正問題の認知の拡大と、不正調査の透明性の向上に寄与したといえる。
2014年のSTAP騒動においては、(1)Nature Letter論文のSTAP細胞のキメラの胎盤画像とFI-SCのキメラの胎盤画像が酷似している、(2)Nature Article論文のSTAP細胞由来テラトーマ免疫染色画像と小保方博士論文の骨髄sphere由来テラトーマ免疫染色画像が酷似している、(3)小保方博士論文の冒頭20ページの文章がNIHのサイトのほぼ完全な剽窃である、という事態を大きく変えた3つの疑義などを提供し、連日マスメディアで大きく報じられた[18][19]。
山中伸弥が2000年に発表した論文への疑義は、2ちゃんねるのスレッド「捏造、不正論文 総合スレネオ2」の240番目のレス(2013年3月30日)と511番目(2013年4月6日)のレスが初出であり、11jigenのブログはその内容をまとめて解説したものである。11jigenのTwitterアイコンは、STAP論文の疑惑が決定的になった2014年3月中旬まで一年弱はその疑義を表した図であった。Webサイトを見た京都大学iPS細胞研究所は自主的に調査を行った。調査の結果、該当する生データは発見されなかったが、山中伸弥が捏造や改ざんを行ったとは認定されなかった。STAP騒動の最中の2014年4月下旬に新潮社からその疑義に関する連絡を受けると、京都大学iPS細胞研究所は調査結果を即日公表し、山中伸弥は記者会見を行った[20][21]。論文を掲載したEMBO Journal誌は不正なしの見解を支持した[22]。九州大学の中山敬一教授は、山中伸弥への疑義について「言いがかり」と批判した[3]。
2014年4月2日に報道された読売新聞との対面取材において、STAP騒動における自身の活動の反響の大きさに戸惑っていることと、研究不正追及からの引退を考えていることを表明した[23]。2015年12月現在、少なくともTwitterでは半年以上新しい活動は行っていない。 
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 個人やグループを糾弾する意図はないが、研究者としての基本的見識において、この個人またはグループがSTAP細胞言論弾圧事件のきっかけを作った道義的責任は極めて重い。

2.研究の「不正」とは何か?
 このWikipediaの記事は、「11jigen」の行為を「不正の指摘」としているが、STAP細胞原理が実証されつつある現在、この人物あるいはグループがしていた行為ははたして「不正の指摘」だったのかどうか、非常に疑わしい。とりあえず人物と呼ぶが、この人物やWikiを書いた擁護者が言っている「不正」は、社会的用語として用法が完全に間違っている。その元は、研究をしたことがなく、先行資料の要約による作文=研究だと思い込んでいる文部科学省等の官僚や「○○大学閥」の仲間の大学教授等が以下のような間違ったガイドラインを、平成18(2006)年に作ったことからだろう。

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1 対象とする不正行為
 本ガイドラインの対象とする研究活動は、文部科学省及び研究費を配分する文部科学省所管の独立行政法人の競争的資金を活用した研究活動であり、本ガイドラインの対象とする不正行為は、発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造と改ざん、及び盗用である。ただし、故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらない。
(1)捏造
 存在しないデータ、研究結果等を作成すること。
(2)改ざん
 研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。
(3)盗用
 他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を、当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用すること。 
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 「11jigen」が指摘していた「不正」が(1)と(2)ならば、その行為は正しい。しかし、研究の不正にあたるのは(1)と(2)だけで、今回のSTAP細胞言論弾圧事件の主な「不正」に「11jigen」が上げている(3)は商業的利益を保護する著作権の概念を研究に当てはめた法解釈の産物であり、日本の国立大学が巨額の税金を浪費して、研究と商業活動の区別もできない官僚や大学教授を大量生産している結果をよく示している。これも、日本社会の人類文明に対する重大な犯罪行為のひとつである。

1)他の研究者のアイディア:研究は先に論文発表した人に優先権がある。論文発表されていないアイディアは、存在しないのとおなじことである。知的所有権での意匠やデザインなどのアイディア等とは、もともとまったく別のものである。アイディアは著作権訴訟の対象になることがあるので、巨額の国費を浪費している日本の国立大学から選ばれた官僚や大学教授は
産業財産権法等とヨーロッパで生まれて近代文明の基礎になった研究活動の名誉としての「発見」を完全に混同して、ここに入れたのである。経済制度としての特許等と研究活動は全く別次元の問題である。まさに「馬鹿に付ける薬はない」。無能無知もここまでくると、重大な犯罪行為である。
 書評『ノーベル賞の決闘』
 一秒一刻を争って、先端分野の研究者は競争している。なぜなら、発表されないアイディアは、研究の世界では存在しないものだからである。先端分野で研究している人なら誰にでも分かることだろう。

2)分析・解析方法、用語:研究の世界では、分析・解析方法は共有財産である。そこから生まれた学術用語も、共有財産である。なぜなら、元をたどれは古代ギリシア・ローマの時代から始まり、天動説から地動説への転換を経て、現在まで蓄積されてきた知的な言語表現の蓄積、データの解析や記録方法、何かに対する定義等、研究活動に関わる全ては、前の時代からの相続物で、それなしには誰も研究などはできない。
 トーマス・クーンの『科学革命の構造第二版』を読めば、よく分かるだろう。

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トーマス・クーン/中山茂訳(1981/1971)『科学革命の構造』みすず書房P198
一方ではパラダイムは、ある集団の成員によって共通して持たれる信念、価値、テクニックなどの全体的構成を示す。他方では、その構成員中の一種の要素、つまりモデルや例題として使われる具体的なパズル解きを示すものであって、それは通常科学の未解決のパズルを解く基礎として、自明なルールに取って代わり得るものである。
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 クーンは、以上のように「パラダイム」を、研究者集団とそこで共有される世界観、価値観、技術の諸関係と、問題への共通した対処法や訓練という研究者養成の問題として捉えた。
 前者の研究者集団とそこで共有される世界観、価値観、技術との諸関係は、以下のようになる 。まず、クーンによれば、研究では、「共通した教育と専門的出発点があって、同じテクニカルな文献を消化し、そこから同じ教訓を引き出す」過程の中で、専門家集団が形成されている。パラダイムは、こうした過程を経た集団で共有されている研究のための「専門母体(disciplinary matrix)」である。
 その中で共有されている要素について、クーンは、まず「記号的一般化」として、「グループのメンバーに疑問や異議なしに展開された表現」の成立を挙げている。自然科学では「f=maあるいはI=V/Rというような記号的形式で認められている」公式あるいは「元素は重量の定比例で結合する」というような言語による法則の表現である。これらは一般化されていることで、「使われる記号の定義として機能する」。同じことは、人文・社会科学でもさまざまな定義での術語や箇条書きや図表で示される図式化の整理がそれに当たるであろう。次は、「形而上学的パラダイム」で、ある「立場の採用」あるいは「特定のモデルに対する確信」である。モデルについて、クーンは以下のように述べている 。

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トーマス・クーン/中山茂訳(1981/1971)『科学革命の構造』みすず書房補章第2節P209-210
モデルというものは、特に研究者グループに許容されるべき、また、採用されるべき類推と比喩とを提供する。そうすることによってモデルは、何を説明として、またパズルの解答として受け入れるべきかを決定するのに役立つ。また、逆にモデルは未解決のパズルの表を作り、そのおのおのの重要度の評価をする手助けをする。しかし、科学者集団のメンバーは、発見的なモデルでさえも普通は共有しているが、必ずしも共有する必要はないということに注意しておく。
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 簡単にいえば研究の基本概念や公式、定式は、モデルにあたる。STAP細胞論の場合も同じで、細胞に関する様々な知見はモデルである。

 クーンはさらに、研究者間で共有される要素として、「価値」をあげる 。「価値は記号的一般化やモデルより以上に、異なった集団の間でも広く共通して持たれている。そして、価値は、自然科学者全体としての集団的感覚を提供する」。これは、「特定の集団のメンバーが危機状態にあり、さらに後には自らの専門にたずさわっていく上で両立しない道の間の選択を迫られるような場合に出現する」(トーマス・クーン/中山茂訳(1981/1971)『科学革命の構造』みすず書房補章第2節P210-213)。学問的な問題や分岐という危機に対応する「予測」、パズルを解き単純で他の理論とも矛盾なく説明できるという理論全体への判断、社会的に有用であるべくだという信念などだが、特に、クーンは「精度の判断は時代を通じて、また、特定のグループのメンバーの個人差を越えて、かなり安定しているものである。しかし、単純性、首尾一貫性、説得性などの判断は、しばしば非常に個人差が大きなことがある」と述べて、さまざまな価値の基準にも優劣の違いが出ると述べている。
 こうした「価値」は、現在では、言語研究はもちろん、その他の人文・社会科学研究でも自然科学と同じく共有されるようになっている。これは研究の遂行や結果での判断基準の働きをするものと言えるだろう。
 最後は、「見本例(exemplars)」である 。クーンは、「見本例」を「科学者教育を受ける初めに遭遇する具体的な問題解答」であり、さらに「テクニカルな雑誌文献のいくらかは、学生に仕事のやり方を例示する典型的な問題解答」であるとしている。そして、こうした「見本セットの組み合わせの差が科学者集団の微細構造を与える」(トーマス・クーン/中山茂訳(1981/1971)『科学革命の構造』みすず書房補章第2節P210-213)
 言語研究で言えば、国語学の手本となる作業手順や論文の書き方あるいは一般言語学の手本となる術語の使用とそれによる分析で書かれた教科書のような、先輩から後輩へと伝えられる、概念、用語、資料の整理や提示法、叙述や説明の仕方の手本ということになるであろう。文字的なものばかりでなく、アンケートやインタビューなどでの調査法や整理法、そうしたものの解釈法など、研究全体に関わるような研究方法と活動の総体と言え、人文・社会科学でもこうした研究の総体が「集団の立場の構成」として、提示されるようになってきている 。
 以上のような「専門母体」を共有要素として身につける場合、クーンが大切な課題としてあげているのは、「共有する例題としてのパラダイム」である 。それは、例えば、f=maというニュートンの運動の第2法則について、学生は、自由落下、単振子など、「さまざまな種類の物理状態下で、力、貭量、加速度を規定することを習う間に、学生はまた、f=maの適切な変形を編み出して、異なった状況下で力、質量、加速度を関係づけることを習うが、それはしばしば、今までの文献には出てこないようなものとなる」ことである。こうした課題で、学生は「その問題を彼が既に出会った問題と同じようにみなす方法を見付ける。その類似点を認め、2つ、あるいはそれ以上の特徴的問題の間のアナロジーを捉えて、彼は記号を関連づけ、かつて有効であることを証明済みの方法でそれらを自然と結びつける」。クーンは、このように述べて、学生が類似した問題を解く具体例での練習によって、既存の法則を「スケッチ」として身につけることで、「例題としてのパラダイム」が生まれるとした。クーンは、とくに例題によって「類似関係を掴む」役割が重要だとしている。
 言語学の研究でも同じことで、一定の分析法なり研究方法なりを決めて、それを一定の具体的対象について調査して、データを整理し、今まで言われてきた先行研究に位置づけることで、基本となる「例題としてのパラダイム」を学んでいることになる。現在、人文・社会科学でさまざまな研究法が教科書としてまとめられ、大学や大学院での教育で使われる教育システムが取られているが、それは、クーンのいう「共有する例題としてのパラダイム」にほかならない。
 このように訓練されたことの成果をクーンは、「知識」または「暗黙の知識」と呼び、それはデカルト以来「伝統的となっている解釈する作用としての知覚を、知覚の後にわれわれが為すことの無意識的な作用として分析する」ものではなく、「非常に多くの過去の経験が、刺激を感覚に変形する神経器官の中にこめられている」「知覚の完結性」である 。こうした「知識」は、「刺激を感覚に変換する神経作用の中にこめられてい」て、次のような特質を持つ 。
 それは教育を通して獲得される。それは、歴史の上でそのグループの周辺にたち現れた競爭者よりも、より有効にテストされ、見出されたものである。そして最後に、それより一層の教育を通じて、また、環境との不適合の発見を通して、変化を受けるものである。
クーンの例によれば、こうして獲得されたパラダイムの諸要素に「習熟した」科学者は、素人が素粒子の計測器(霧箱)の水滴の動きを知覚しても、それを理解するのに「思慮、分析、解釈」を必要とするのとは「器具から人間に至る刺激の処理の仕方が、全く」異なり、水滴を「電子やα粒子のなどの飛跡」として、ただちに受容する。このように「与えられた状況を、今まで見たある状況とは似ており、他の状況とは似ていないと認め」るのも、「暗黙の知識と直観」による。
クーンは、それが新しい観点を生み出すとしている 。
 通常科学の遂行は、対象や状況を類似性のセットにグループづける見本例から獲得される能力に基づいている。そのセットはある意味では、「何に関して類似しているか」という疑問に応えることなしにもグループ付けできる初歩的なものである。そして、いかなる革命も、その中心的な様相は、類似関係のあるものが変わるということである。革命前には同じセットにグループづけられていた対象が、革命後にはまったくちがったグループ分けをされる。
 コペルニクス、ガリレオ、ドルトンなどの例を挙げて、クーンは、こうした革命が起こったところでは、コミュニケーションの途絶が起こり、新しいグループは古いグループから途絶される。そこでの孤立を乗り越えるには、「互いに異なった言語集団のメンバーであることを認めた上で、翻訳者になる」ことが求められる。
 
 クーンは、科学の価値として自然科学者を「本質的にはパズル解き屋である」とし、「パズル解きの能力に沿う高い価値は」、もし研究に対する中立的観察者が「予測の精度」、「専門的な問題と日常的な事象との間の均衡」などの評価基準のリストを作れば、それによって評価できる。従って、「科学の発展は、生物の進化のように定向的で不可避な過程である」と述べている 。つまり、問題をどれだけ的確に説明し、予測したり関連づけたりでき、解いているかが科学の進歩であって、「実体」や「真理」にどれだけ接近したかを評価基準とする必要はないとしている 。
 以上のように、クーンは「パラダイム」を、研究を生み出す諸要素と捉え、研究という行為を実現するための社会的で教育的な枠組みと、それを修得する過程およびそれによって実現された研究者とその組織の能力であると捉えている。決して、研究での「形而上学的」モデルを作る哲学的世界観や人間観を「パラダイム」として説いているわけではない。


 日本の文部科学省が「分析・解析方法、用語」を個人の所有物だから、「当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用する」ことは許されないとしたことは、研究とはどのような活動なのかをまったく理解していない文明への無理解である。基本的に、「分析・解析方法、用語」は研究者集団で共有されて、教育に使われ、学界の共通基盤を作るものである以上、個人の所有物などではありえず、従って、「当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用する」ことは何の問題もないのである。

 日本の文部科学省の規定を厳密に適用すれば、たとえば「名」という「名詞」に当たる概念が今の日本語での「名詞」の由来なので、その出典を平安時代の文献を探して、その作者と著作や辞書を論文に一々全部、注を付けて使用しなければならないし、この名称を使った新聞、雑誌、あらゆる出版物は勿論、テレビ、ラジオ、インターネット等のすべてのメディアは、この呼び方を使う場合には、その出版物やコンテンツにいちいち注釈を必ず入れて公開しなければ、すべて「不正」行為である。『吾輩は猫である』などの作品名はもちろん、芥川龍之介などの個人名を使う場合も、学界は勿論、メディア界も当然、いちいち注釈、典拠を必ず入れなければならない。
 いかに馬鹿げた規定か、お分かりいただけるであろうか。

 武田邦彦先生も繰り返し、日本人の著作権に対する非常に誤った考え方を指摘し、道理を弁えるように発言している。

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武田邦彦 音声:知恵の価値と著作権(1) まじめな日本人の錯覚
【要保存】 中村幸司NHK解説委員 「小保方博士論文は不正引用・著作権侵害」 は本当か ? #武田邦彦 #笹井芳樹 #小保方晴子 #時論公論
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 だから、もし自分だけが・・・という知的所有権を主張するならば、まったく新しい人工言語でも勝手に作って、自分勝手に発表するしかない。また、すでにあった自然言語や数学的表現を利用して、それに自分だけの権利があるというのは狂気の沙汰だろう。いつから日本語や英語に所有権が生まれたのか?すでにそうした発想自体が、人類文明に対する冐涜、暴力である。
 しかし、特許権や知的所有権は、それを認めているので、テストの成績以外には全く能のない官僚とその仲間の大学教授たちは、両者を混同したのである。
 以上の二点は、商業活動と研究が、官僚とその仲間の大学教授によって混同された結果起こった無理解と錯誤による定義の混乱であり、研究の不正にはならない。それ以外の「データ、研究結果、論文を、当該研究者の了解もしくは適切な表示なく流用する」場合の中で、それが自分に知的所有権がある、自分の新発見である、あるいは予算等をもらっておこなった研究計画の結果であるなどと、自分だけの研究成果であるかのように偽装されていた場合のみ、不正にあたる。

 見てのとおり、平成18年に出された日本の教育、研究に方向性を与えている文部科学省のガイドラインが惨澹たる誤解と無知による研究と商業活動を混同した奇怪な怪物になっているため、日本の研究活動は、11jigenのような、発表された論文の内容の誤り等を何でもかんでも研究の本質に関わる不正と混同するような無知蒙昧な人物あるいはグループを産み出してしまった。11jigenは頭のよい優等生で官僚や裁判官にはなれるかもしれないが、基本の道理が理解できない点で研究者としてはしばしばオリジナリティーが欠如した研究しかできないタイプの人である。「研究の不正」を正すというのは、好意的に解釈すれば善意からの行為だったのかもしれないが、その行為は前提が完全に間違っているので、結局、社会全体に非常に大きな悪影響をもたらすことになった。その最悪の結果が、人類史に残る日本人の文明への犯罪・STAP細胞言論弾圧事件である。
 STAP細胞理論が、今後「物理的外的刺激による細胞の多能性の回復」性として一般化されていったら、『毎日』『朝日』『NHK』および関連テレビ局がまったく理由に成らない理由で研究者を言論暴力で死に至らしめたことで人類文明に対する永遠の罪を背負うことになるように、STAP細胞言論弾圧事件の引き金を引いたご本人はどう責任をとるつもりだろうか?法的責任などはどうでもよいことで、ご自身は、今後永久に「STAP細胞言論弾圧事件の引き金を引いた」人物(グループ)として、地動説論者を火焙りにしたり投獄したカトリック教会や異端審問者等々と同じように、人類文明が続く限り文明の敵として歴史に記録されることになる。

 研究者のはしくれなら、自分の論文を出して勝負するのが当然で、自分の論文が書けないので、腹癒せに他者の論文を攻撃して、自分の優秀さを証明しようとしていたようにも見える。こんな基本も分からない人物が、おそらくは(私立かもしれないし、研究機関かもしれないが)巨額の税金をドブに捨てている国立大学で、高給をもらってぬくぬくと「私は研究をしています」という顔をして、大量のゴミを論文と称して吐き出し続けて生きているようなものだから、日本の研究者の世界も生ゴミ生産基地と化しており、すでに末期症状と言える。この人物も、またこの人物がしていた「研究の不正」の指摘に対して何の反論もできなかった日本の国立大学も、もう死んでいると言えるだろう。

3.大学の終わりと近代文明の黄昏
 STAP細胞理論が間違っていることを証明するには、「物理的外的刺激で細胞が多能性を回復することはありえない」ことを、証明する必要がある。それが研究である。しかし、2014年15年、誰もそれはしなかった。STAP細胞が簡単にできなかったという理研での再実験でも、実は、簡単にできなかっただけで、難しくとも不可能ではないことは証明されていたのである。

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STAP現象、理研で再現されていたことが発覚…若山教授、不当に実験成果物を大量持ち出し2016.04.01
 1月に発売された小保方晴子氏(32)の告白本『あの日』(講談社)は、3月に入ってすぐ5刷りされ、販売26万部を超えるベストセラーとなっている。講談社担当者は「読者からは多数の共感と応援を頂いております」といい、これからも売れ行きは伸びるもよう。
 本書をめぐっては賛否両論が渦巻いているが、重要な点は本書の内容が本当なのかどうかという点であろう。そこで本稿では、小保方氏が所属していた理化学研究所が開示した書類等を参照しながら、時系列で検証してみたい。
 2014年3月10日、小保方氏の共同研究者であった若山照彦博士(山梨大学教授)が論文を撤回し、STAP細胞問題が表面化した。同年12月25日に公表された「研究論文に関する不正調査委員会」(委員長・桂勳氏)の「研究論文に関する調査報告」(P.13)では、STAP細胞の研究成果は「ES細胞の混入である可能性が高い」とされている。
 また、理研は15年3月20日に「運営・改革モニタリング委員会による評価について」のP.85で、STAP細胞論文は「ほぼ事実ではなかった」と宣言しており、STAP細胞はその存在を完全に否定されたかに見える。
 しかし、STAP細胞が発表された直後、若山氏は14年4月17日付「日経Bizアカデミー」記事『「その時マウスは緑色に光った!」若山教授が語った幻のSTAP細胞誕生秘話』内で、STAP細胞実験の成功秘話を克明に語っているのだ。これには多くの疑問の声が上がっている。さらに、アメリカの研究者グループがSTAP現象と同じ実験結果から多能性細胞をつくることに成功している。
 実はSTAP細胞論文への疑惑が取り沙汰された後に理研が行った再現実験で、STAP現象は確認されており、それは『あの日』(P.220)にも書かれている。
契約がないまま成果物を持ち出し
 小保方氏は『あの日』(P.155)で若山氏がMTA(研究成果有体物移転契約書)を交わすことなく実験成果物を理研から山梨大学若山研究室に引っ越す時に持ち出し、窃盗で訴えると理研が訴えたところ、「慌てて書類を出してきた」と告発している。筆者もこの件について、昨年5月頃から複数の関係者、担当記者から聞いていた。ちなみにMTAとは、研究者が研究所を引っ越す時に研究成果物を持ち出す許可を交わす契約書で、研究成果物の引越リストのようなものだ。
 独立行政法人には活動を国民に説明する責務があるとした「情報公開法」がある。そこで筆者は理研の情報公開制度を利用して、若山博士が作成したSTAP細胞実験用のMTAを取得した。
 それによると、若山氏が理研と引越先の山梨大と交わした最初の契約書の日付は14年の4月1日になっていた。若山研究室が理研から山梨大学に引っ越したのは13年3月だから、引越から約1年ずれた日付になっていた。しかも若山氏が英ネイチャー誌に投稿したSTAP細胞論文撤回を共著者らに呼びかけたのは14年3月10日だ。STAP論文に画像の不正引用が発覚し「STAP細胞の存在が信じられなくなった」と呼びかけた後に、大量のSTAP幹細胞と対照実験に使ったES細胞、TS細胞の移転契約書に捺印しているのだから驚きだ。
 なぜ、MTAの日付が引越時期よりも1年もずれた論文撤回後の契約だったのか。それは、若山氏が契約を結ばずに勝手に持ち出していたからだということが「あの日」の告発で解った。
 さらに、このMTAは細胞の樹立日(作成日)に記載ミスがあり、再契約が交わされているので、正式にSTAP細胞実験の成果物の移転届けが終了したのは15年9月30日。本来ならば研究室の引越と同時にMTA契約を締結しなくてはならない。情報開示により、若山研の杜撰な研究成果物の管理実態が露呈した。
 そうであるならば、若山氏が山梨大へ移転させたSTAP細胞実験成果物とされる保管物が、理研から移動されたものと同一かどうか判定できない。なぜなら、つくった本人が持ち出し、理研に「これとこれを持って行きました」と事後契約していたからだ。理研の研究室で若山氏が作成したSTAP幹細胞と、山梨大へ移転させ第三者機関へ解析に出したSTAP幹細胞が同じものかどうかも、検証することはできない。
 小保方氏は再現実験でSTAPを再現できないので、小保方氏が「STAP細胞作成を200回成功した」と言ったのは嘘だったのではないか、との疑惑が広まった。しかし、『あの日』(P.218)で小保方氏は実にひどい環境下で実験させられていたことを告白している。まるで鉛の防衣のような重たいエプロンを着けさせられ、身動きができず実験するのに不自由したとある。さらに実験中には立会人が置かれ、監視カメラ3台も設置、釘穴までセメントで塞がれたという。
 理研がこうした対応をとった理由について14年7月2日、再現実験の統括責任者である相沢慎一理研特別顧問は「世の中には彼女が魔術を使って不正を持ち込むのではないかという危惧があるため」だと記者会見で語っている。
一部、成功していた理研の再現実験
 小保方氏の再現実験では、STAP現象は確認された。それは14年12月19日に理研が発表した「STAP現象の検証結果」(P.2)の以下記述で確認できる。
「弱塩酸処理を行った場合では、その多くに STAP様細胞塊が形成されることが確認された」
 しかし、その出現数はごくわずかだと検証結果を報告している。わずかでも、確かに「STAP様細胞塊が形成」とある。STAP現象は確認されていたのだ。さらに連携して行われた丹羽仁史博士(熊本大学教授)の再現実験では、マウスの肝臓細胞の実験でATP浴という方法で刺激を与える実験をしており、これも多能性を持ったことを示す多能性遺伝子の発現が確認され、検証結果では49回のうち37回もSTAP様細胞塊の出現が確認されたとある。かなり高い確率だ(「同」<P.4>より)
 小保方氏は『あの日』(P.220)のなかで、再現実験によって「酸処理した細胞に未分化状態を示す多能性遺伝子の確認があった」と記しているが、丹羽氏が作成した「肝細胞由来のSTAP現象が確認された」という事実は、理研も検証結果で公表している。同報告書では「STAP現象」をこう定義している。
「マウスの新生児の各組織の細胞(分化細胞)を一定の条件でストレス処理すると、多能性を持つ未分化細胞にリプログラミング(初期化)されるという上記研究論文(STAP細胞論文)に記載された現象である」(P.1)
 つまり、STAP現象は再現実験で確認されていたのだ。
 しかし、理研の検証報告書では「自家蛍光と区別がつかない」など、上記の実験結果を否定する矛盾した言葉で締められている。「STAP様細胞塊」が出現し、自家蛍光とは違う遺伝子タンパクの発現が確認されたのであれば、「わずかでも成功、STAP細胞塊の出現を複数確認」と発表されてもいいはずだ。検証実験の主旨と小保方氏の実験環境を思えば、頻度よりもSTAP現象が確認できたことを重視するべきではないか。
 検証報告では、STAP様細胞塊でSTAP幹細胞、FI幹細胞をつくろうと試みたが失敗したとされている。また、STAP様細胞塊からはキメラマウスをつくる事はできなかった。つまり、『あの日』でも書かれているとおり、若山氏が行っていた実験パートは実態の影さえ見えない。
 『あの日』に書かれている内容と理研の公式発表「STAP現象の検証結果」には齟齬がないし、筆者の取材結果とも合致する。STAP細胞問題は、早急に第三者機関による再調査が必要なのではないか。
(文=上田眞実/ジャーナリスト)
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 実は「ない」ことを証明するのは非常に難しい。それができれば、間違っていることになるが、それでも論文で書いたことが間違っていることはなんら不正ではなく、研究では当たり前のことなので、11jigenが行っている行為=研究の間違いの指摘=研究の不正の摘発という糾弾は、完全に間違った基準による民間での検閲(=かつてのヨーロッパの魔女狩り異端審問も市民の摘発だった)であり、日本の学術界の根底を崩す、許し難い言論暴力行為である。赤字のように、日本の研究者のレベルはヨーロッパ中世の異端審問官レベルである。
 研究の間違いは、より客観的な専門的方法で訂正すればそれでよく、やり直せばそれでよいし、まさに、議論して解決すればそれでよい。また、間違いを指摘する形で新しい研究が出てくるので、まさに間違いは研究の母なのである。
 11jigenがしている異常な行為に日本の大学人が今まで誰も異を唱えなかった(中部大学の武田邦彦先生などを除けば)ことは、日本の大学とそこに所属する研究者集団全体が研究の根本的原則を間違えていることになる。そして、それどころか先のWikiの紹介では、海外でもその方法を認めていたということなので、海外の大学でも商業活動と研究の区別という基本が分からなくなっている学界人が多いと言える。この点から言えば、世界の大学とその研究者の多くもすでに死んでいると言えるだろう。近代文明は大学と共に発展してきたので、大学を産み出した根である研究の自由の価値への承認が、すでに日本は勿論世界の多くの国で分からなくなっていることは、近代文明の根が死んだのと同じである。

3.これは、前兆?!・・・
 前回は、STAP細胞言論弾圧事件の直接の犯人である、『毎日』『朝日』『NHK』および関連テレビ局を中心に人類文明への罪は永久に消えないことを述べた。前回も述べたように、特許やビジネスの知的所有権などまったく研究には何の意味もないし、まして著作権などの商法的責任や無意味で有害なだけの文部省のガイドライン違反などで研究の不備を糾弾することは完全に不当な、まさに法の美名を被った、ヨーロッパのかつての異端審問と同じ「言論弾圧」である。
 STAP細胞理論が実証されたら・・・(1):文明への「日本国」の罪は永久に消えない

 その根には、以上、述べたように、すでに商業活動と研究の区別ができなくなっている現在の大学と研究者の本質的問題があると言える。この点で、2014-15年、アメリカの大学もヨーロッパの大学も、その他どの大学も、またネイチャーの編集部や関連した研究機関も、誰一人、商業活動と研究とは別だという当たり前の前提を提起できなかったことを見れば、近代文明の根である大学はすでに死んでいる、つまり、近代文明を産み出した大学が死んでいるということになる。そして、大学という知的空間を失った近代文明もすでに命を失っていると言えよう。

 このことから派生して、おそらく近い将来、社会的大破局が私たち21世紀文明社会を襲うのは避けられないことなのかもしれない。


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