福島の焼き物と窯、戊辰戦争の激戦地を行く

青天を衝くー渋沢栄一の生涯 新型コロナウイルスを歴史に学ぶ

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令和2年戦後75周年記念として「戦前、戦中、戦後を生きる」(幼少編)

2020年08月15日 | 第2次大戦の前年に生まれる
松宮輝明「戦前、戦中、戦後を生きる」(幼少編)
平成27年「戦後70周年記念」マメタイムス新聞に掲載しました。
伊能忠敬研究会東北支部長
あさかの学園大学講師
安積歴史塾・二本松グレートアカデミー講師
旧長岡藩主牧野公奉賛会
松宮 輝明








◎令和2年8月、仙台市の新妻博子氏より「常磐湯本鹿島炭鉱の爆撃は昭和20年3月10日、東京大空襲の爆撃機によるものではないか」との新たな見解をいただきました。新妻博子氏はNHKニュス番組「75年後の仙台市空襲」で紹介されました。














松宮輝明「戦前、戦中、戦後を生きる(幼少編)」第1話  第2次大戦の前年に生まれる

2017年08月15日 | 第2次大戦の前年に生まれる
昨年、平成27年は第2次大戦終戦70周年記念の年でした。 筆者は、大戦の前年、昭和15年1月2日に生まれました。 祖父の松宮寛示は、明治15年の生まれ、 陸軍省の奏任官で、法務部の文書課長として 軍務に精励していました。 祖父は戦時中には陸軍第一師団の文官として、 陸軍の中枢に深く関わりました。 戦前、戦中、戦後の混乱の時代が私達の幼少、少年期でした。 戦時下爆弾の下を生き抜き、戦後の混乱と貧困の生活を過ごした少年、少女建が筆者の時代でした。

マメタイムス新聞社掲載 平成27年9月25日(金) ◎戦前の松宮家族、左から松宮タキ(母)、輝明(筆者2歳)吉見(長男10歳)、弘典(次男5歳)父は青森連帯に入営中