goo blog サービス終了のお知らせ 

お道と臨床と~心づくりの処方箋~

天理教と臨床心理学の視点を含めて,まおという人間が考える日々の通り方や考え方について綴っています.

再びギターを手にとってみる

2006年10月18日 | 回顧録
長弟が昨日ギターを持って帰ってきました.次弟がギターをやりたいというので持ってきたようです.次弟がやるというので私もまた5年ぶりくらいにギターを練習してみようかなぁと思っています.

昔楽々弾けていた曲などを私も試しに弾いてみるのですが,音が思うように鳴りません.それでも,何度かやってみるとだんだん音が鳴るようになり,なんだかまた始めてみようかなという気にさせてくれます.

ちょっとギター関連の記憶を探ってみます・・・.

私は思春期・青年期前期に尾崎豊が大好きでして彼の曲をギターで弾いていた時期がありました.今思うとバカみたいな妙なこだわりも持っていまして,彼の命日と誕生日だけ路上へ弾き語りに出るという暴挙でそのこだわりぶりを発揮していました.天理駅や近鉄奈良駅あるいは三条通などの路上で何回かやりましたね.ギターははっきり言って下手くそでしたが,熱さが伝わればいいのだと勝手な理由付けをして恥ずかしげもなく弾いていました.友人によれば聞き苦しくない程度には弾けてはいたようですが.

コーヒーを買ってくれた見知らぬ人もいましたし,銭をギターケースに入れていってくれた人も幾何かいました.女性を連れているのを私に発見されてその口止め料にジュースを置いていった友人もいました.彼は私がギターを弾いているときに3度私に発見されています.2人の女性は彼の彼女にはならなかったので,私の弾き語りは彼にとって不吉イベントに終わるに思われましたが,3度目に連れていた女性とは今年結婚しまして私もその式に参加させてもらいました.1年に2回しか弾かないのにわずか2~3年の間に3回も私に発見され,3度目の正直で交際し結婚にまで至ったのですから彼はなかなかの幸運(?)です.

1曲だけ作詞・作曲もしたことがあるのですが,今となってはうろ覚えですし,仮に覚えていても恥ずかしくてとても口にはできません.途中でやめた2曲目の歌詞を長弟に見られて大爆笑されたこともあります.あれは不覚でした.処分し忘れた私が悪いのですが・・・.(ちなみに長弟は大の長渕好きでギターとハーモニカを使ってかなり上手に弾きます.)

そんなわけで大した思い出も技術もないギターですが,またぼちぼちやってみようと思います.次弟に負けないように.次弟は「ぶっちぎりで抜いてやるぜ」と言っていましたが・・・.

ところでこういう過去の話を打ち明ける場があるのってすごくいいなぁと思いました.自己満足な部分もあるのでしょうが,こうして書くこと自体にカタルシス効果があるようです.よかったら皆さんもやってみてはいかが?

※カタルシス=ギリシャ語で「浄化」.簡単に言えば心の中に溜まっているものを取り除いてすっきりすることです.心理療法には一般にカタルシス効果があると言われています.

今日は2記事書いたので前記事も忘れずにお読みください.

18日は吉野家牛丼限定復活

2006年09月07日 | 回顧録
18日は1日だけ吉野家の牛丼が復活するらしいですね.敬老の日にいかがですか?380円だそうです.
(ご老人にはボリュームありすぎるかもしれませんが・・・うちの祖父は大盛でもきっと食べてしまいます.)

吉野家と言えば,私が子どもの頃の大ご馳走でありました.父とどこかに出かけた後(大抵は教会行事)に,帰りにたまに食べさせてくれたのです.それが私たち兄弟には大きな楽しみの1つでした.当時は並が400円,大盛が500円だか550円,特盛が600円だか650円だったと思うのですが,子ども5人車に乗っていれば,プラス父(たまに母も)で6~7人前になるので,概算しても3000円程度はいってしまいます.しかも食べ盛りで親の負担など考えもしなかった頃ですから,大盛・特盛を遠慮なしに食べました.父は大きな身体に似合わず,いつも並を食べていたのを覚えています.今思うと,本当に経済的には貧しかったので大変だったろうなぁ,子煩悩だったなぁと思います.

もう父と吉野家に行くことは叶いませんが,もし行けるのなら腹いっぱい牛丼を食べさせてあげたいなぁと思います.そして,今書いたような昔話を父にしてあげたいですね.吉野家が完全復活したら,代わりに祖父を連れていってあげようと思います.18日はきっと混雑するでしょうから難しいかもしれませんね.

こどもおぢばがえりひのきしん

2006年08月02日 | 回顧録
こどもおぢばがえりは子どもに楽しんでもらうのも大事ですがやはりひのきしんする方も楽しむことが大事です.陽気ぐらしの本質は共に楽しむことですから,人を救けて我が身救かる同様,人を楽しませ我も楽しむ精神もまた大事なのではないかと思います.そのせいか,ひのきしんの人達(特に学生)はむやみにハイテンションを維持しようとします.移動時には唄を歌ったり,暇があれば芸出しをしたりと,活動中は疲れ知らずに頑張ります.大抵1年生は先輩に命じられ,やりたくないことをノリで強要され,嫌な思いをする反面,いざやってみたら目立てて嬉しいかものような複雑な感情を経験します.これを読んでいる人の中にも管内学校の卒業生であれば,身に覚えがある方はいるかと思います.

私は高校1年,2年は「ミラクルハウス」で,3年生は「天理プール」でひのきしんでした.3年生のときには班長を勤めさせてもらったので,かなり思い出に残っています.プールだから身体を絞らないとと思い,ひのきしんに向けて毎晩激しく運動をして当時62kgで安定していた体重を58kgまで減らしてひのきしんに臨みました.今思えば私の27年の人生で一番痩せていたときでした.(そしておそらく再び見ることはない肉体です.現在70kg前後です.)そのとき頭は上だけ残して五厘カットにしていたので,変な髪型だったのを覚えています.班長としては役不足だったかもしれませんが,私は私なりに盛り上げようと頑張りました.

毎日いろいろな人との出逢いがあり,そのどれもが短期間および短時間であったことから,寂しさを感じることもときにはありましたが,多くの人の笑顔に出逢えることが楽しみでもありました.後半になると疲れが出てきて勇み心が足りなくなってくることもありましたが,今来た子どもたちにとってのおぢばがえりは今なんだと言い聞かせて頑張ったことを覚えています.

高校3年間のひのきしんは本当に楽しく充実していたなぁと今振り返って思います.当時のような体力も若さももうないので今はしんどいですが,今も汗を流して勇んでいる学生を見ると当時の自分を重ね合わせて懐かしくなるのでしょうか・・・.天理を離れて5年目,こどもおぢばがえりにも5年まったく関与していません.

あけましておめでとうございます

2006年01月10日 | 回顧録
遅れましたが今年もどうぞ宜しくお願いします.
週3回更新を目指してがんばりたいと思います.
アクセスは毎日10-25程度とかなり少ないですが,数ではないと思っています.
数ではないと書いたところでふと高校時代のエピソードを思い出したので書いてみます.

高校の頃,私は天理高校求道部雅楽班に在籍していまして,ひのきしん係長というのをやらせていただきました.多分今も続いていると思いますが,日曜の朝,5時半から「早朝ひのきしん」という行事が本部周辺で行われています.おもに天理高校の北寮生と東寮生の有志が集まって掃除をさせていただくのですが,私の知っている先輩方の代は芸出しが主流でして毎週おもしろい芸(コントなど)を披露してくれました.我々の代はそうした芸に秀でた人がいなかったものですから,運営に関わっていた友人たちと話し合って「俺たちの代は純粋にひのきしんをさせていただこうという人が集まって少ない人数でも毎週続けさせてもらおう」というコンセプトで1年間やらせていただきました(これは私的理解なのでもし読んで違うと思った同い年の方いたらすいません).それで1年やらせていただいて引継ぎのお墓地ひのきしんのときには,250名近く(記憶は曖昧ですがとにかく大勢)の学生が集まってくれて感動したことを覚えています.数ではなくそれぞれの思いだと思ってやってきた1年でしたが,この日ばかりはさすがに嬉しかったですね.

ひのきしんは神様への感謝を表す好意で誰とやろうと結局は自分と神様との1対1のつながりです.ひのきしんという行為を媒体としますが,そこでそれぞれが神様への感謝の気持ちを表明すればいいのです.
同様に,ブログにおいても読んでくれる人がたとえ大勢でも少人数でも筆者と読者の1対1の関係だということです.インターネットという通信技術を媒体としますが,それぞれに感じることは違うわけで,私を含め多くのブロガーは人々の思考や感情を刺激する情報を発信するわけです.ですからアクセスがある限り書き続けたいと思いますし,たとえアクセスがなくとも言語化することで自己理解にもつながっていますので,更新を続けたいと思います.今年は目標150日です.
皆様今年も宜しくお願いします.



よく考えると上記の例はベクトルが逆かもしれませんね.