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道の駅は赤字駅

2009-12-31 | 貧困の起源
市場で規格外となる野菜・果実が、「道の駅」では新鮮かつ有機野菜のイメージがあり、高値で大量に売れる。
道の駅での売値は、生産農家の談合による統一価格である。商品ケースの設置場所、商品の色・形の良いのが売れ、そうでない商品は売れない。




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道の駅は赤字経営
道の駅は、休憩所、トイレ、産地直売所を核とし、主要道路沿線に建設された。
1991年に「道の駅」が岐阜・山口に実験的にスタート、1993年から本格的開始となった。2009年末には日本各地の主要道路沿いに約1000か所つくられた。

その運営は
(1)自治体が設立した第3セクターに運営実務を任せ、自治体が赤字を補填している。運営主体の第3セクターには経営責任がない。そのため、売上の向上や、経費の削減努力などの経営意識が乏しくなり、赤字は増加する。

(2)運営主体の自治体あるいは第3セクターが、営業を民間会社に委託し、運営や売上の実務は委託先企業が行う。
自治体・第3セクターには一定の賃貸料収入がある。しかし、収益管理は委託先であるため、その金額は少ない。実質的運営にあたる民間企業のメリットが大きい。民間還元型の運営となる。

(3)自治体が第3セクターに管理運営を全面委託し、自治体は資本的な事業投資、経営に係わる助言・助成を行い、株主的立場に徹する。
運営主体は営業収支、販売促進、コスト管理面等の全てに経営責任を負っているため、民間企業としての営利優先の考えに徹した営業努力が求められる。

道の駅は、建設当初は、地元農産物の売り上げが好調であり、日本の農業の救世主となるかのように喧伝された。
しかし、運営主体はどうであれ、農産物は同一時期に収穫が集中するものであり、同一種類の農産物が道の駅に積み上げられる。

農産物の種類が乏しく、しかも高い価格では売れない。
そこで、客の要望に応える形で、他産地の農産物を早生種として売ったり、スーパーマーケットから買い入れて売ったりする。
値段も安くはできない。それで2度とは来ない観光客に、高く売る。

モラルハザードは一人二人にとどまらない。
大束200円のほうれん草をは、虫食いがひどくてほとんど食べられないのを、見えないように中にしばって売る。
昨日の売れ残りの手製パンの日付を書き換える。
閉店間の、手垢にまみれた、売れ残り商品を売っている。しかも定価で。
こんな商売では商店は倒産する。しかし、道の駅は存在する。

農家は、道の駅は自己資本をつぎ込んでいないから、店が潰れても痛みを感じない。そして、観光客は2度とは来ないから、何でもできるのである。
道の駅の運営者は、観光客の口コミの怖さを知っていない。

道の駅は、大都市にあった産地直売所が、数年で潰れたのと同じ経過をたどっている。初心に戻ってよい商品を売ることは、ごまかしのうまみを知った者には、無理なのであろう。
農産物は道の駅の外側駐車場のテント、店の中は農家の古民具展示場になる日は、遠くない。

道の駅が赤字経営に陥っても、道路付帯施設として、最終的に自治体の補助金によってカバーされる。事実、そうだから、道の駅は倒産せず、いつまでも赤字経営が続いているのである。




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