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山口瞳著「礼儀作法入門」新潮文庫

2006-06-27 | 世界地理
 卒業式・入学式
                山口 瞳

やまぐちひとみ(1826~95)はサラリーマンと作家の両立を続けながら、1962年、『江分利満氏の優雅な生活』で直木賞を受賞した。これは新潮文庫『礼儀作法入門』による。
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「仰げば尊し」は辛い歌だ
「卒業式の日に「仰げば尊し」を歌わせない学校があった。その学校は、小学校・中学校・高等学校・短期大学を含むところの、一貫した教育が行なわれる学校である。
なぜ卒業生に「仰げば尊し」という卒業式の歌を歌わせないかというと、教師にとってあれくらい辛い歌はないからだと校長が言った。また、卒業式は、生徒よりも教師にとって、より一層辛い日であるという。
なぜならば、それは、教師が、未完成な作品を上級の学校へ、あるいは社会へと送り出す日だからである。教師としてはああもしたかった、こうもしたかったという、その三割か四割かのことしかしてやれなかった作品(卒業生)を見ているだけで辛く悲しい。 後悔と慚愧とで胸が一杯になっている。そこへ「仰げば尊し、わが師の恩…⊥と歌われるのではたまったものではない。
なるほど、そう言われてみると、校長の気持ちがわかるような気がする.というより、私は、その話を聞いたとき感動した。ちょうどその日は卒業式のあった日で、夜になって、校長と二人の教師と私とで酒を飲んだ。校長は、毎年、卒業式の夜には大酒を飲むという。まあ、そうでなくても酒を召しあがる方ではあるが。
別の日に、その校長は、こんなことを言った。
校庭に一人だけ、ポツンと生徒が立っている。たとえば土曜日の暮れ方であったとする。その生徒は、そうやって、英語の単語でも暗記しようとしているのかもしれない。校長は、そういう姿を見るとたまらなくなる。その生徒は、家庭的に恵まれない子どもである。あるいは体の丈夫でない子どもである。あるいは自分の志望する学校に進学できなくて、浪人中であって、母校にふらふらと入ってきてしまった生徒である。
校長は、そういうとき、仕事を放りだして校庭へ駈けてゆくという。
そうして「おい!」と声をかける。「おい、××君!どうしている?」。肩をたたくこともある。「おい××君、勉強しているかい?」
どうしてもそうせずにはいられないそうだ。そうして、教育とは、教育の役目とは、そのことに尽きるのではないかと言う。教育とは生徒に声をかけてやることではないか。校長は、むしろ絶望的な調子で、それ以上のことはできないと言った。
私はこのふたつの話に感動した。この話をモトにして長い小説を書いた。


おたがいに「声をかけあう」
3月の初め、振袖を着た美しいお嬢さん方の群れに出会うことがある。まったく何事かと思う。そうして、すぐに卒業式だなと思う。娘をもった親は大変だなと思う。30万円も40万円もする振袖をつくるくらいなら、15万円の洋服をつくったほうがよっぽどいいのにと思う。親の気持ちはそうもいかないのかもしれないが。
そのとき、いつも、このなかに、教師に「おい、どうしている?」という親身な声をかけられた生徒が何人いるかと思う。ちかごろは、どこもマンモス学校になっている。あるいは受験校である。進学率第一主義である。教師と生徒との間の断絶が言われている。私は、ついに「おい××君!」という声をかけられずに卒業してしまう生徒の数が圧倒的に多いのではないかと思う。失意のときに教師に慰められ激励されるということがないのではないか。私からするならば、そういう教育は骨ぬきである。
100人の卒業生のうち50人が国立大学へ進学するということよりも、一人の不良学生、一人の気持ちの荒れた生徒を世の中に送り出さないということが真実の教育なのではあるまいか。
私の理想とする学校は寺小屋であり塾である。生徒を一人の人間としてその全体をとらえ、その生徒の性格と才能の向いているところをとらえ、ひきだしてやることが教育だと思っている。いまの学校はそういう具合になっていない。
もし、教師の側に、卒業式のエチケットがあるとするならば、せめてその日ぐらいは、できるだけ大勢の生徒に声をかけてあげることだ。それには、今のような、型通りの大がかりな卒業式でないほうがいい。それは、せいぜい、第一回のクラス会といった規模でありたいと思う。  
生徒の側のエチケットも同じことだ。教師の側も淋しいのである。
最初に書いた学校は、男子校もあるけれど、それは高校までであって、女子を主体とする学校である。したがって、生徒が卒業してしまうと、どうしても疎遠になってしまうと校長は欺くのである。さらに、自分の教えた学問が、女子の場合は活用される機会が少ないので残念であるという。
私は、在学中にも、卒業式の日にも、卒業の後も、おたがいに「声をかけあう」のが大切であり、それが学校の礼儀作法であるような気がしている。(諸君!これを読んで、そうだと思ったら、恩師に手紙を書こう)


服装で自分を自立たせるな
ちかごろは学生服を着る人が少ないから、大学の入学式というのは、背広を着る最初の日といっていいかもしれない。在学中を学生服とか替上着とかジャンパーなどで過ごしてきた人は、卒業式が、背広を着る最初の日になるだろう。すでにして就職はきまっている。それを着て会社へも行くわけである。
最初に背広をつくるにはどうしたらいいだろうか。
背広の色は、濃紺か灰色だと思ったほうがいい。むろん、無地のものである。私は紺サージ(学生服の布地)が好きであるが、あれはすぐに膝のあたりが光ってくるので、かえって高価な贅沢なものになるという考え方もある(度々着ていると一年で駄目になってしまう)。だから、紺サージの感じに近い丈夫な布地を選べばいいと思う。
灰色の背広というのはフラノのことである。しかし、これも好き好きであるから、灰色の無地にちかいものなら何でもいいと思っている。
このふたつと思っていれば間違いがない。これは、長年にわたって体得したことであるから、どうか、そのまま信用してもらいたい。紺の背広、灰色の背広が一着ずつあれば、あとは各人の好き好きで、茶色でも、赤系統のものでも、縞柄でもチェックでも何でもいいと思う。最初は、とにかく濃紺、次に灰色とおぽえていただきたい。
オシャレとは何であろうか。
多分、人前に出て、その人のセンスがひと目でもわかるような、個性的な、目立つ服装という答えがかえってくると思う。これは間違いである。否、正反対である。オシャレとは、人前に出て目立たぬ服装をすることである。私はそう思っている。
これは極端な例として言うのであるけれど、薄汚れた背広、クシャクシャの派手なネクタイ、臭くて穴のあいている靴下で会合に出席すれば、その人は目立ってしまう。私が目立たぬ服装がオシャレだと言うのはそういう意味である。
間違っても黒の背広はつくらないように・・・。ところが、この間違いを若い人はやってしまうんだな。黒はカッコイイと思いこむ。黒は渋くて地味だと思ってしまう。しかし、黒と白ぐらい派手な色はないのである。黒の三つ揃い、襟は大きくて三角にとがっている。赤いネクタイ、長髪で愁い顔。これがいいと思ってしまう。電車のなかなどに、こういう青年がいるじゃありませんか。計算通りに、これは目立つのである。ただし、どうにも泥臭い。アラン・ドロンがこういう恰好でパリの下町を歩いたら颯爽として見えるかもしれない。しかし、それは映画のなかの話である。アラン・ドロンでもふだんはこういう恰好をしないだろう。武者人形が町を歩いている姿だと思っていただきたい。
私の言いたいことは、いい若い者が、新入生が、新入社員が服装で自分を目立たせようなんて考えるなということに尽きる。服装で目立たせようとするのは老人のすることである。かりに、卒業式一日だけ人目をひいたとしても、それが何になる。
私はほとんど紺無地の背広しか着ないが、困ることもある。洋服ダンスをあけてみると紺一色。いったい、どれがいつつくった背広であるかわからなくなってしまう。今後は、背広の裏に何か目印をいれようと思う。そうでないと、痩せていたときの洋服を取りだして、オヤ、また太ったかな、なんて思ってしまう。
私も洋服では失敗する。
去年の暮れに、白と黒のホームスパンで全体として薄灰色に見える背広をつくった。その余り布で鳥打帽をつくった。これは考えとしては悪くなかったと思う。いい感じである。年が明けて、その恰好で競馬場へ行った。まだ黒っぽい服装の多い時期である。私は頭から足もとまでグレイ一色。これは目立ったネエ。