
その関係性を無視して通り過ごす事が出来ない事も。
それは人にとったら大変で辛いことも避けたいことも逃げたい事もあるけど、 頭の中に残る以上逃げることが出来ない私なのかも 。
先日話したように必ず自分を俯瞰し、第三者的に観て、理解を深めるし心の落としどころを見つける。
自分の考えが間違っていない事を見つけるのも自分の自信となる。
そこに私なりの答えをだせば終了出来ると知ったから。
人間性に関しては以前にも言ってるけど、気色悪くて生理的に無理な人じゃない限り嫌いにならない。
単に好きとか嫌いという価値観ではないような気がする。
まあ中には好きではないなという気持ちが湧く時もあるけど、それは多分人間性がにじみ出てる、その人間性が受け付けないんやと (^^;)
最近自分自身で気がついたことがある。 それも人と話してたり、聞いてもらってたりしながら気づくんだけど。
人間関係で自分の苦手な基準というか、自分の心のボーダーライン。
夫婦でも親子でもそうでしたが「これだけは!」「ここまでは!」というなかで、
昨日もズルい人と話していましたが、ズルい人もそうで、
嘘をつく人、事実を変える人、理解しようとしない人、言い訳をする人、言い訳が理詰めで責任転嫁する人。
そう思ってたら、何がボーダーラインかと思うと、
やっぱり人間関係の一番は「信頼関係」やなと。
人間関係の土台は信頼関係をどれだけ築けるか、
自分も心開けて心が落ち着くか。
それを自分が一番求めてる事やなって (^.^)
いくら心開いて打ち解けたと思っても信頼関係って崩れるときは一瞬だったりする。
そうなると心開くのも臆病になるし、面倒くさくなる。
心はいつも落ち着くところを求めている。
考えが腑に落ちるというのも、心が落ち着くところに落ち着くからだろう。
親子でもそれが無いと信じあえないし、静かに見守ってあげれない。
今私が一番落ち着くのってやっぱり自分が産んだ子供たちやなって思ったりする。
自分が育てたのもあって価値観が似ているのもあるかもしれないけど、築き上げてきた信頼関係もあるんやろうなって (^.^)
夫婦も親より長いかも知れないけど、嘘や隠し事があったり、理解しあえないでいて歩みよれないでいるとその土台は何か起こるといっぺんに崩壊する。
他人でもそう。
その人間関係の中でも信頼関係はポイントやなと。
価値観が似ていると信頼関係を紡いでいくのもそう時間が掛からないかも知れないけど、
その中に嘘とか小賢しいとかズルいと紡いでいくのもしんどくてエネルギー消耗するなと。
つくづく思う……。
自分も嘘つかないでズルくない人間に成長しないと自分を信じる事できないもんね (^^;)
それが出来ると心身ともに健康かも !(^^)!
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