格子戸の横に色違いのタイルを貼った元芸楼の向かいに位置した奇抜なデザインの岡部医院は既になく更地が広がっていた。医院跡地に入り南方に目をやる。
笠岡伏越遊廓は岡山県小田郡笠岡町伏越に在つて、山陽線笠岡駅で下車すれば東南へ約五丁の処である。乗合自動車の便があつて、伏越停車場で下車すれば直ぐである。笠岡町は瀬戸内海に臨んだ港町で、四国への便船がある。大高島、小高島、白石島、北木島、真鍋島、小飛島、大飛島等が鏡の様な海面に浮いて居て、山陽沿線でも景勝の地である。宿場から本廓に成つたのは、何年頃からであるかは判明していない。現在貸座敷は拾六軒あつて、娼妓は六十三人居る。店は写真式で陰店は張らない。娼妓は居稼ぎ制で送り込み制では無い。遊び方は時間制で廻しは一切取らない。御定りは七円廿銭であるが、午後九時から一泊ならば五円である。廻しを取らないから本部屋も無い。税は玉代の九分である。茲の娼妓は総て芸妓の鑑札を持つて居るので、御定りの時には必らず三味線を持参する事に成つて居る。三味も弾けば踊りも踊り、唄も唄えば舞いも舞ふと云ふ誠に便利な娼妓である。須らく娼妓の質も茲迄向上せしめねばうそである。妓楼は、栄楼、金八楼、吾妻楼、入船楼、勇喜楼、昭和楼、自由亭、月見楼、観海楼、朝日楼、三日月楼、虎屋楼、第二観海楼、於多福楼の十六(ママ)軒。
『全国遊廓案内』
更地の先の信号機は国道2号線の伏越交差点で城山隧道の手前(東側)に当たる。交差点の南にある伏越港からは笠岡諸島行きの船が出ている。小学生の頃この港から北木島に向かったことがあった。臨海学校というのは今でもやっているのだろうか。
交差点の手前で私はUターンし北へ歩いた。元妓楼の横を通り過ぎると古い家が軒を並べていた。煙草屋が廃業してから相当年月が経っているように思われた。
伏越一踏切を通過する貨物列車。昔の遊び人はここで蒸気機関車の黒煙を見たのだろう。自転車を押して坂を上る爺さんの後を追い浜街道に戻った。