ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

028. 窓辺の景色

2018-11-14 | エッセイ

 窓から見下ろす空地は水道局の工事のための土置き場になってしまった。
 ついでに水道タンクと事務所の建物と空地のすべてが金網のフェンスで取り囲まれてしまい、今では入口の門はしっかりと鍵が掛けられ、水道局の関係者しか中に入れない。

 以前は様々な人々がこの水道タンクの周りにやってきたものだ。
 朝8時ごろには近所の人たちが犬を連れて散歩にやってきた。
 人々はマンションで犬や猫を飼っている。
 猫は家の外に出してやればかってに散歩しているが、犬はちゃんと繋いで飼い主が一緒に歩いている。
 歩いているというよりは、犬に引っ張られている。

 ダルメシアンとまっ黒のラブラドールの2匹を連れた女性はかなりお洒落な人で、時には犬たちに真っ赤な首輪を着けて、彼女自身も真っ赤なスーツで犬たちとコーディネイト。

 水道タンクの南側に面してカルチャーセンターの五階建てのビルがある。
 その隣の鮭色のマンションからはとても太った中年の女性が小型の白い犬を連れて散歩に出てくる。
 のっしのっしと歩く彼女の側を小さな愛犬がちょろちょろとまとわりつく様子はなんとなく微笑ましい。
 土曜日になると、痩せて小柄なおばあさんがこれに加わり、二人と一匹連れの散歩。
 たぶん彼女の母親?(もしかしたら叔母かもしれない)は下の町にある老人ホームで暮らしていて、週末を彼女の家で一緒に過すのだろう。

 朝8時前後の散歩組が一段落すると、しばらくして何処からともなく茶色の大型犬ボクサーを2匹連れた、いや、2匹に引きずられた男が姿を現す。
 犬を鎖からはずすと、彼は木蔭に隠れるようにしてタバコに火を点ける。
 2匹のボクサーは矢の様に走り出し、空地をむちゃくちゃに駆け回り、やっと用足しの場所を見つける。
 それが済むか済まないうちに、主人の吹く無情の口笛が鋭く響く。
 タバコを吸い終わったのだ。
 ボクサー達はとても従順。主人の合図を聞くと、夢中で走って戻る。
 また鎖に繋がれてすごすごと何処かへ帰って行った。
 毎日たった5分間の散歩である。

 これと対照的なのが、おしゃべり爺さんとモップ犬。
 彼等はいつも昼過ぎに姿を現す。
 おしゃべり爺さんは散歩が目的ではないので犬に構わずすたすたと歩き、モップ犬はかなり後からよたよたとついて行く。
 モップ犬はかなりの年寄りで、しかも手入れをしてもらえないのか、いつも薄汚れてまるで雑巾かモップが歩いているように見えるので、私はこんなあだ名を付けてしまった。

 おしゃべり爺さんはまず水道タンクの事務所へ行って、当直の親爺さんを捕まえる。
 当直は昼番と夜番が交代で中の機械を見張っている。
 いつも一人なので退屈そうに外をぶらぶらしていることが多い。
 そこへおしゃべり爺さんがモップ犬を従えて毎日やってくるので、最初は喜んで話をしていた。
 二人の話し声は水道タンクの周りに建つマンションの壁に跳ね返って、とても大きく聞こえる。
 そのうちおしゃべり爺さんが一人でしゃべりまくり、当直の親父さんは口を挟む間もないほど。

 ポルトガルには時々こういうタイプの人がいる。
 そういう人は最初はとても控えめで、小さな声でボソボソと話す。
 しかしだんだんエンジンがかかり始め、張りのある大きな声で、すごいスピードでしゃべる。
 息をつくまもなく、エンドレス。目はらんらんと輝き、TVのカメラをヒタッと見据え、瞬きもしない。

 TVニュースによく出ていた軍事評論家がそうだった。
 ニュースキャスターは手馴れたもので、軍事評論家がヒュッとわずかに息を吸った時を見逃さず、高圧的に話を止めて、流れを自分の側に戻す。

 でも普通の人はこうはいかない。
 一方的に喋りまくる相手を呆然と見てはいるが、耳はしだいに塞がれ、意識はもうろう。
 相手の口がパクパク動くのを漫然とただ眺めている状態。
 これはそんなに何回も耐えられることではない。
 案の定、水道局の親父さんもしだいに事務所から出てこなくなった。

 我が家の窓の下には棟割になった長屋があり、その中は10軒のガレージになっている。
 そこでは時々ガレージの戸を開けて、車やモーターボートの修理をしていたりする。
 そこもおしゃべり爺さんの散歩コースで、たまたまガレージに人がいると、そこでまた一時間ほどは止まってしまう。
 あっちで一時間、こっちで一時間と、なかなか終らない散歩。
 モップ犬はその間、所在なげにじっとうずくまり、時々のそのそと歩いたりして辛抱強く待っている。

 モップ犬が吠える声を一度も聞いたことがなかった。
 飼い主のおしゃべりをいつも聞かされて、何ごとにも耳を塞いで、ついには自分で声を出す事も忘れてしまったのだろうか?

 ところがある朝、建物の角からモップ犬がヨタヨタと姿を現した。
 おしゃべり爺さんの姿は見えない。どうやら朝はモップ犬だけが家から出されるようだ。
 いつものようにヨタヨタと歩いていると、近くの家から放された大型の犬が近づいてきた。
 元気あふれる若犬は奇妙な姿のモップ犬に興味をそそられて、ちょっかいを出した。
 そのとたん、モップ犬は若犬に立ち向かい、ギョンギョンと吠えながらドッシドッシと若犬を追いかけ回した。
 はぁ~、驚いた!

 夕方になると、どこからともなく子供たちが集ってくる。
 日本なら野球というところだが、ヨーロッパには野球はない。
 大人も子供も爺さんたちも、みんながフットボール(サッカー)に夢中である。

 水道タンクの上は平らなコンクリート張りで、かなり広い。
 テニスコートが二面取れるほどの広さがある。

 子供たちはそこによじ登り、向うの端とこちらの端にひとかかえもある石を置いた。
 それがゴールの目印。そこにゴールキーパーが一人ずつ立って、待ちかまえる。
 最初は気合が入って緊張しているが、なかなかボールがこないのでしまいにはブラブラしたり、しゃがみ込んだり。
 そんな時に突然ゴールを取られてしまう。
 ゴールキーパーにされる子供は、だいたいが小柄でボールのあつかいも下手なのが抜擢される。
 みんなボールをけるのが面白いのでゴールキーパーにはなりたがらないようだ。

 水道タンクの片方は地面から1メートルの高さもないが、もう一方は道から3メートルほどもある。
 ゴールをねらった球がそこから飛び出ると、試合は中断して、みんなからやいやい言われた、か弱いゴールキーパーがすごすごと球を捜しに行くはめになる。

 あんまり調子に乗って騒いでいると、水道事務所から親父さんが飛び出してくる。
 いつもは見て見ぬフリをしているが、時々すごい剣幕で怒鳴り散らす。
 本来はタンクの上は遊んではいけない、立ち入り禁止の場所なのである。
 子供たちはすごすごと引きあげていった。
 そして翌日はまたやって来たものだ。

 でも今は水道タンクの回りはフェンスに囲まれ、誰も自由に出入りできなくなった。
 雀や鳩たちは例外で、空から自由に出入りできる。

 以前は毎朝パンくずを持って空地にやってきたセニョーラも今は出入りできないので、4階の自分の部屋の窓からフェンスの中の空地に向って、パンの固まりを放り投げる。
 するとパンはバシッバシッと大きな音を立てて地面にぶつかり、砕け散る。
 毎朝ほぼ同じ地点に命中する腕前はたいしたものだ。
 その様子を屋根の縁や電線に止まって見ていた鳩たちが、次々と降りてきて食べ始める。

 毎朝、鮭色のマンションからはあの太った女性が小さな白い犬を連れて出てくる。
 でも散歩のコースはフェンスの外側になってしまった。

MUZ

©2005,Mutsuko Takemoto
本ホームページ内に掲載の記事・画像・アニメ・イラスト・写真などは全てオリジナル作品です。一切の無断転載はご遠慮下さい。

 


(この文は2005年1月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに少しずつ移して行こうと思っています。)

 

ポルトガルのえんとつ MUZの部屋 エッセイの本棚へ

 

 


K.042. インコの絵柄陶器椀 Tigela Pintura Papagainho

2018-11-14 | 飾り棚

直径 11.8cm


 最近は東京あたりでも逃げ出したペットのインコが自然に繁殖し群れで飛び回っていると聞いた。
 都市の温暖化で冬でも生き延びることができるのだろう。
 それに実のなる街路樹がたくさん植えられていて、餌には不自由しない。
 元々いた在来種の野鳥の生活空間を脅かす存在になり生態系の破壊に繋がると専門家は危惧しているという。

 ポルトガルの我家の窓でも時たまエメラルドグリーンの鳥が横切る。
 逃げ出したインコが我家に隣接する松の森にやってくるのだ。
 たぶん西側の家の鳥かごからだと思う。
 たまにそういうことがあるから、今までにかなりのインコが逃亡しているようだ。

 ピニャル・ノヴォの露天市では珍しい様々なインコが売られている。
 動物園でも見たことがない様な貴重種と思われるものもいる。
 「いいのかな~?」と心配しながらも見ているのだが…。

 ペルーやエクアドールの露天市ではジャングルで捕まえてきたインコを「買ってくれんかね~」と声をかけてくる。

 コロンビアでは宿で泊まり合せた客たちで申し合わせてジープをチャーターして野生のインコの群れを見学に行ったことがある。
 山奥の滝壷の中を飛んでいるインコの大群をみて感激したのを覚えているが、今それが東京の空で起っているのだろうか?

MUZ

©2018 MUZVIT