ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

037. オンフルールの朝市

2018-11-23 | エッセイ

 今年の晩秋はフランスのノルマンディ地方を旅した。
 その中でもルーアンとオンフルールは二度目だが、一度目はもう30年も昔のことだから、初めて訪れるのと変らない。
 でも忘れられないこともある。

 オンフルールというとすぐに思い出す場面、それは…
 そのころはワーゲンのオンボロバスで旅をしていたのだが、オンフルールに着くと港に車を停めて町を見て回った。
 そして車に帰ってきて、「さあ、出発!」とエンジンをかけようとした時のこと、コトッと小さな音がするだけでいっこうに始動しない。
 何回やっても駄目で、ビトシも私も真っ青になって、それまでの楽しさがいっきに吹っ飛んでしまった。
 それから30分以上もいろいろやって、「もう駄目だ!ここでとうとうこの車を捨てることになるのか!」と、ほとんど絶望しかけた時に、突然「ブルンッ」とエンジンがかかった。
 二人とも飛び上がって喜んだ。
 「これで旅が続けられる!」
 この車はその後も時々ハプニングを起こしはしたけれど、いつも何とか自力回復してその後もスペイン、モロッコまで旅をして、スウェ-デンまで無事に戻る事ができた。
 戻る事ができたどころか、その後4年間も使い、5万キロを走破したのだ。

 今度オンフルールを訪れて、あの時車を駐車したのはどのあたりだったのだろうかと、懐かしく思い出した。
 昔は人影もまばらでのんびりした雰囲気の港だったが、今はレストランが軒並み立ち並び、観光客がわんさかと歩いている。
 でも港に面した村役場は昔のままだ。
 たぶん役場の前の広場あたりに車を停めたのだろうと思う。

 今回はル・アーヴルからバスで来て、次の日にまたバスに乗ってカーンまで行く予定だから、車の故障とは関係なく楽しめる。
 バスの時刻さえ間違えなければだいじょうぶだ。
 その日はブーダン美術館や異色の作曲家サティの家などを楽しんだ。
 町の建物は木組みの家(コロンバージュ)がほとんどで、どこを見ても絵になる。
 一ヶ月ほど部屋を借りて住んでみたいと思ったほど…。

 旧港から坂を少し登った所にサント・カトリーヌ教会(15-16世紀)がある。
 建物全体が全て木で作られていて、フランスではとても珍しい教会だ。
 オンフルールの後、ノルマンディの町や村を訪れたが、どこも石造りの教会ばかりだった。

 サント・カトリーヌ教会の前は石畳の広場で、その周りには駐車場の屋根にしては少し変な木組みが並んでいる。
 それを見て、明日は土曜日だから、ひょっとしたらここに朝市が立つのかもしれないと、わくわくした。

 次の朝、7時過ぎに出かけた。
 まだ薄暗い中で露天商の人たちがパイプを組んでテントを張ったりと、準備に忙しそうだ。
 私たちの泊っているホテルの前は衣類や鞄や雑貨を売る店が出るようだが、どの人も大きな声でお喋りをしながらのんびりと作業をしている。
 そういう出店が旧港まで続き、それからぼちぼちと食料品を売る店が出てきた。



 まず目に付いたのがカボチャを並べた店。
 そんなに大きくはないが、その色に驚いた。
 鮮やかな朱色で表面がつるりとしたカボチャ。
 ハロウィンの祭が近いので、その時に使うためのものかと思ったが、切り売りで買っているお客がいるのをみると食べるのだろう、味は美味しいのだろうか。
 ポルトガルのメルカドでは巨大なカボチャを売っているが、こんな朱色は見たことがない。
 カボチャ屋の先にはハムやソーセージを並べた店、その隣にはびっくりするような巨大なチーズを積み上げた店が準備に忙しそう。
 その店の名前はチーズを売っているのに「豚屋」、何故だろう?

 


巨大なチーズを切り売りする店。後ろは木造のカテドラルと鐘楼

 その先にはオリーヴを売る店。
 種類ごとに木の桶に入れてある。
 ほとんどの店がまだ準備中なので、いったんホテルに帰って朝食をとってからまた出かけた。

 もう全ての店が開店して、買物客もぞろぞろと増えている。
 ずらりと並んだ八百屋の店先には珍しい野菜が美しく飾ってある。
 いつも感心するのだが、フランスの市場や露天市の店でさえ、野菜や果物を見事に並べてある。
 庶民の末端までデザイン感覚が行き渡っている。
 そういうところも朝市の楽しみである。
 八百屋では赤い大根と煤をなすり付けたような薄黒い大根が並んでいたが、白い大根は見かけない。
 赤大根の隣にゴツゴツした蕪の様な物が並べてあった。
 これはすりおろすとワサビのように辛いらしいが、ポルトガルでは一度見ただけなので味は試していない。

 


ワサビ大根と赤大根とスス黒大根

 ちょうど茸の季節なのでいろんな種類の茸が売っている。
 見た目がマッタケに良く似たセップや黄色い茸、それに生椎茸も並んでいる。

 




 ポルトガルの市場やスーパーではいつもマッシュルームしか売っていないので、茸好きの私としては楽しみがない。
 森に出かけたら色とりどりのたくさんの種類の茸が生えているのだが、毒にあたったら大変なのでうっかり手を出せないでいる。

 ノルマンディはブルターニュと同じように牧畜とリンゴの栽培が盛んだという。
 なぜか葡萄は栽培できないのでノルマンディのワインというのはないそうだ。
 そのかわりリンゴから作られたシードル酒とカルヴァドスという強い蒸留酒。
 そして有名なカマンベールチーズなどが特産品だ。
 この朝市でも様々な種類のチーズやシードル、カルヴァドスなどの専門店が数件出ていた。

 


自家製のシードルやカルヴァドス

 シードルは普通のものが1本が3~5ユーロ。
 私たちはカフェに座るとビールではなく、グラス一杯のシードルを飲んだ。
 店によってシードルの味はかなり違う。美味しい時もあるし、はずれることもある。
 値段は一杯が3~4ユーロ。
 酒屋で売っているビン1本分の値段だが、ゆっくり休憩する席料が入っているのでしかたがない。

 珍しいところでは馬肉屋もあった。馬肉で作ったソーセージなどもいろいろ売っていた。
 フランスでは馬肉をミンチにして生卵を混ぜてそのまま食べるタルタルステーキというのがある。
 昔パリの友人宅でご馳走になったことがあるが、あっさりとしてなかなか美味しかったのを思い出した。

 


馬肉屋

 オンフルールは海に面しているから、シーフードもどっさり並んでいる。
 生牡蠣も値段がいろいろ、ハサミの大きなオマール海老も籠の中でもそもそ動いている。
 その他にはムール貝やアサリに似た二枚貝など種類が豊富だ。

 


オマール海老

 生牡蠣は日本の牡蠣とずいぶん違う。
 日本の牡蠣のように腹がぷっくりとはしていない、ペタンコ。
 それにレモン汁をかけたりして生で食べる。
 レストランでは12個いくらでメニューに載っている。
 ノルマンディのレストランでは定食メニューで前菜として生牡蠣六個付き、というのをたびたび注文した。
 デザートもチーズを選ぶと、ノルマンディのチーズが三種類付くからエコノミー料金で地方の味を楽しめた。

 


朝市のチーズ屋さん

 


商店街のショウウィンドウにはノルマンディの特産品が飾ってある

 私たちはパリに行くと、いつも小さなリュックをひとつずつ担いで地方に出かけて10日間ほどの旅をする。
 ノルマンディの旅では珍しいチーズやシードルなどをせめてひとつずつでも買いたいと思っていたが、あちこちの美術館でカタログを買ったらずしりと重くなって、空きスペースがなくなった。
 ポルトガルに帰る直前にパリのムフタール市場でノルマンディのチーズを買おうと計画していたのだが、急用でパリから日本に一時帰国したのでそれどころではなかった。
 次の時には車で行くのもいいかもしれない。
 そしたら重いものもかさばる物も気にしないで買える。
 でもポルトガルからパリまではすごく遠い。
 車で行くと最低3日はかかるだろう。
 それに我が家の車もかなり古くなってきた。
 ひょっとしてどこかの町角で、30年前のオンフルールでのハプニングが起こるかもしれないな~と、ちょっと心配でもある。

MUZ
(05/11/30)

 

(この文は2005年12月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに転載しました。)

 

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K.051. 呉須花絵椀 Tigela

2018-11-23 | 飾り棚

直径13.9cm 高さ5.2cm

 線彫りの上にアズレージョと同じ藍色で彩色された花が底に浮んでいる。
 ぶ厚く、焼きが硬いのでとても丈夫。
 大きさも形も手に馴染み、ちょっとした煮物を入れたりするのに重宝している。

 ポルトガルではこのような形のお椀をよく見かける。
 ソッパ(スープ)を食べるのに使われるが、レストランではこんな柄物ではなく、普通の茶色いお椀で出てくる。

 ポルトガルのソッパはとても美味しい。
 ソッパの種類はいろいろあるが、代表的なのは「カルド・ベルデ」。直訳すると「緑のスープ」ということになる。ポルトゲーサ(ポルトガルキャベツ)を細かく刻んでジャガイモとじっくりと煮込んだ薄緑色のポタージュスープ。

 ポルトゲーサはどこの家の畑や庭の片隅にも数本植えてある。
 夏が終ると苗を植えて、ソッパを作るたびに一枚か二枚の葉っぱをもぎ取って使う。
 ずいぶん丈夫な野菜で、どんな痩せた土地でも育つし、ほんのちょっとのスペースでも植えてある。葉っぱをもぎ取られるごとに、ぐんぐんと伸びて、真冬には私の背たけ以上にも成長している。
 秋から春にかけて煮込み料理などに使われる。
 冬の終わりには葉っぱがほとんどなくなって、残った棒状の茎が枝分れして菜の花をつける。
 この菜の花がメルカドに顔を出すと、そろそろ冬も終わりだな…と感じて、なんとなくウキウキしてしまう。
 ごわごわと硬い緑の葉っぱはビタミンやミネラルなどがたっぷり含まれている。
 健康食品として持てはやされている「青汁」の材料、ケールはポルトゲーサの葉とそっくりだが、同じものではないだろうか? MUZ

©2018 MUZVIT

 


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