明日の授業の準備は午前中のうちにちゃんと済ませた。配付資料の印刷もOK。昼食はスコーラムで。音楽のI先生とご一緒する。「英語を勉強するにはどうすればいいでしょうかねえ」などという、今さらな質問にも、先生はいろいろと具体的なアドバイスをくださった。
4コマの演習は、『反社会学講座』の、日本人のイギリスや欧米への憧れを実証的に揶揄した部分を読む。少し脱線して、イギリスの教育改革がどのように行われ、いかなる帰結に至ったかを詳しく説明する。ゼミの議論の流れには、その時々の味付けがあってもいい。
授業を終えると、今日の残務整理をする。いよいよ、という気分も高揚する。それこそ舞台は何度も観ているけれど、どこか今までと違った期待感がある。それは弘前という場所で劇団四季の公演が行われることの希少性に由来するのだろう。
一度宿舎に戻る。急遽ご一緒することになった同僚のY先生を乗せて、車で大学へ。正門のところでゼミ生のAさん、Wさんと合流。お、Aさんは、観劇ということで、しっかりとおしゃれをしてきましたね。まずは腹ごしらえということで、「真そばや 會」へ。Y先生とは何度か来ているが、2人は初めてという。食べ終わると、ちょうどいい時間だ。会場の弘前市民会館に向かう。
開場の15分前に着いたのだが、すでに駐車場は一杯で、市役所のほうにやっと停めた。入口のところには入場を待つ人が長蛇の列。それだけ地元の人の関心も高いと思うと、何だかうれしくなる。
入場すると、ロビーパフォーマンスが始まる。様々な扮装をした役者さんたちが歩いていく。3人で、ロビーをうろうろする。2人には、役者さんたちと「握手してみたら?」と勧めたが、ちょっと物怖じしたようだ。
目の前でハンドベルの演奏が始まる。この劇中の曲を美しい音色で奏でる。途中から子どもも参加する。

2階のロビーに上がると、奥ではタップダンスが始まり、その手前にで高脚のピエロが観客と握手をしていた。

このロビーパフォーマンスから舞台本番へという流れは、この作品の大きな魅力のひとつ。これから始まるという期待感が否応なしに高まる。僕らの席は右手ブロックの最前列(発売開始直後に必死で電話して取ったのだ)。客席の中から登場した夢の配達人は、一番通路よりに座っているAさんの目の前に立っている。
今日ピコを演じるのは吉沢梨絵さん。僕は吉沢さんが劇団四季に入る前、歌手だったころからのファンである。だから、2人には何としてでも吉沢さんのピコを観てもらいたかったのだ。今週ピコはダブルキャストが予定されていて、果たして吉沢さんが出るかどうか、それも朝からドキドキしていた理由である。ポップシンガーならではの、ちょっとパンチの利いた歌い方がいい。
相手役となるマコは花田えりかさん。この人のマコを観るのは初めてだが、高音の歌唱がとても美しく、しなやかな伸びがある。マコの母役の竹原久美子さんとのハーモニーが素晴らしい。
若いキャストが増えていく中で、ヤクザ役の野中万寿夫さんが健在なのもうれしい。野中さんのデビル役も観てみたい気はするが、やはりこの人にはヤクザが似合う。味方隆司さんは、以前観た配達人役が、とても知的な感じがしてよかったのだが、今日はデビル。コミカルな役どころもちゃんとこなしてしまうところが上手い。
一番大好きな遊園地のシーンも、舞台近くで観ると迫力十分だった。ローラーブレードを履いた役者さんたちが舞台上をぐるぐると回ると、その風を感じることができる。様々な小道具と、多彩なダンス。やっぱりこのシーンがいい。
休憩のところで、Wさんが「これで半分ですか」といった。前半だけでも盛りだくさんだったということだろう。でも、後半こそが物語としては素晴らしいのだ。少しの間、以前観たときの思い出話を語る。
そう、この作品も実に思い出深いものがある。僕が初めて観たのは、大学2年生のときで、僕にとっては2回目のミュージカルだった(最初に観たのは「ミュージカル李香蘭」)。同級生だったNさんと一緒に、確か青山劇場で観たのだと思う。ピコ役は保坂知寿さんだった。当時Nさんにはミュージカルについて、いろいろなことを教えてもらった。その後も何作かご一緒させてもらった。今僕がミュージカルファンであるのも、Nさんのおかげといっていい。大学を卒業して以来、ご無沙汰してしまっているが、お元気だろうか。
物語もクライマックスに近づき、ピコが霊界空港の仲間たちに別れを告げるシーン(「愛をありがとう」)では、ピコが涙を流しているのがわかった。何度も演じているプロの役者さんでも、感情移入してしまうほどの場面なのだろう。思わず僕までもらい泣きする。そして、ラストシーンは本当に泣いた。「光」になった人々が、舞台上のライトとして表現され、その中央でピコが「二人の世界」を歌い上げる。何度観ても素晴らしいと思える。
2人の表情からも、十分に堪能してくれた様子が見て取れた。実質的にはミュージカルは初めてのような2人にとっても、その楽しさが伝わったようだ。指導教員(ミュージカルの)としても、こんなにうれしいことはない。いつの間にか、秋口に青森にやってくる「エビータ」を観よう、といった話しにまでなっていた。小規模で、教員も未熟なゼミであるにもかかわらず、よく頑張って勉強してきてくれたことへの、ちょっと早めのご褒美だったが、喜んでもらえて何よりだ。
会場を出ると、強い雨が降っていた。車に着くまでかなり濡れてしまったが、それも気にならないくらい、気持ちが高ぶっていた。時間があればあれこれ感想を話すのも楽しかったのだろうが、2人とも家が遠く、しかも明日は朝一で授業があるとのこと。駅と駐車場に送り届ける。
僕はY先生と「さくら野温泉」へ。割引券で1500円が800円に。岩盤浴を3回繰り返し、温泉につかると実にさっぱりした気分に。楽しいミュージカルを観て、温泉でリフレッシュとは、週の最中には申し訳ないくらいのぜいたくな一日の過ごし方だった。