前回、北宋の政治家・詩人である蘇軾(そしょく)が東坡肉(トンポウロー)を考案したと言いました。
もう少し詳しく東披肉(トンポウロー)の誕生について説明しますと・・・。
北宋の高級官僚であった蘇軾ですが当時の政策論争に破れてしまい黄州(現在の湖北省武漢市あたり)の地方官として左遷されてしまいます。
この黄州の地の丘の東に住んだので東坡(とうば)と言う雅号を用いたので蘇東披(そとうば)とも呼ばれています。
黄州は豚肉が名産だったそうです。
蘇軾はこの豚肉を美味しく食べようとして工夫したとも、または煮豚をうっかり煮すぎてしまって偶然に東坡肉ができたとも言われます。
もちろん彼の雅号である東披から命名されました。
この度の飲み会では色々な物を食べたのですが、現在では韓国料理である生肉の刺身であるユッケをいただきました。
現在ではユッケは韓国料理といいましたが過去では韓国料理ではなかったのかと言いますと、実は元々中国料理だったのです。
このお話は次回に・・・。
もう少し詳しく東披肉(トンポウロー)の誕生について説明しますと・・・。
北宋の高級官僚であった蘇軾ですが当時の政策論争に破れてしまい黄州(現在の湖北省武漢市あたり)の地方官として左遷されてしまいます。
この黄州の地の丘の東に住んだので東坡(とうば)と言う雅号を用いたので蘇東披(そとうば)とも呼ばれています。
黄州は豚肉が名産だったそうです。
蘇軾はこの豚肉を美味しく食べようとして工夫したとも、または煮豚をうっかり煮すぎてしまって偶然に東坡肉ができたとも言われます。
もちろん彼の雅号である東披から命名されました。
この度の飲み会では色々な物を食べたのですが、現在では韓国料理である生肉の刺身であるユッケをいただきました。
現在ではユッケは韓国料理といいましたが過去では韓国料理ではなかったのかと言いますと、実は元々中国料理だったのです。
このお話は次回に・・・。
面白い。
中国人は生ものや冷たい飲み物を現在では口にしないのですよ!