はみ出し行政書士日記

破天荒(?)な行政書士が、遭遇する様々な事件に挑戦する日々の実態+α

文化の壁

2006年03月20日 23時07分12秒 | つぶやき
お茶の間に流れるCM「異文化コミュニケーション」

この言葉の真意はいったい誰が知っているというのだろう。

正直な話、私は今まで何百人もの外国人と接してきて、未だに異文化コミュニケーションをまともに出来ているとは言い切れない。
しかし、これは外国語能力がないからではない。
外国語能力など、異文化を理解するためには、取るに足らない技術かもしれない。

外国人との仕事をやり始めたころ、いや、正確には学生時代にボランティアで外国人との交流を始めたころから、異文化の新鮮さに驚き、考え方の違いに共感し、多くの刺激を受けて外国を理解したつもりになってきた。
少なくとも今の仕事に取り組むようになってからは、一般的な日本人よりは、海外の事情、特に中国、韓国をはじめとしたアジアの事情はそれなりに詳しくなったつもりであった。

しかし。しかしである。何百人という外国人と接し、外国人との付き合いが広がり、そして深まるにつれて、それぞれの人が持つ背景を全くといってよいほど理解できていないということを痛感させられる場面も増えてくる。
それはあたかも、天文学の進歩によって、宇宙の未知の領域が更に広がってしまったかのごとくである。

異文化の壁を乗り越えることがいかに困難なことか。
相手を理解したつもりであっても、その理解したつもりの部分は、真実ではないこともある。それを見抜き、理解することもまた異文化の理解。決して批判するわけでもなく、けなすわけでもなく、ただ理解する。それが如何に困難なことなのか。

「異文化コミュニケーション」
これほど重い言葉が、毎日お茶の間に流れる日本人の異文化理解度とはいったいどの程度のものなのだろうかと、疑問が頭にこびりついて離れなくなる。

最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (kensuke)
2006-03-21 01:47:04
コメント考えたんですが、難しくて、何て書けば良いのか解らずに消してしまいました。

また、お会い出来ればその時にでも話します、ハイ。
返信する
Unknown (mayumayusuzy)
2006-03-22 08:03:51
異なる文化を完全に理解するということは、

ある意味、自分のこれまでの考え方やモノの見方、歴史観・世界観を打ち壊すことでもあるかと思います。

それが出来るかどうかの分かれ目でもありますね。出来る人はめったに居ないと思うけど。



異文化の壁を乗り越えるには、一方通行ではなく、互いに相手の「気持ち」を理解したい、という双方の熱意が必要なのではないでしょうか。

気持ちがあるかどうかこそが、異文化コミュニケーションを難しくさせている一番の理由だと思います。
返信する