すずりんの日記

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小説「ある男の物語」2、老人の遺書Ⅰ④

2005年08月06日 | 小説「ある男の物語」
 あの時、そう、夏の日のあの一瞬、私が、どうにかして、前の車を避けてさえいたら、あの時、私が息子に運転を代わり、嫁と孫を助手席に座らせてさえいたら、あの時、私があの現場に車を走らせてさえいなければ、・・・息子たちは、死ぬことはなかったかもしれない。――そして、あの時、和子が、あんなことを言い出さなければ、私の家族が、それぞれの死を、こんな形で迎えることはなかったのだ。

 ――あの出来事が、20台を越す車による大事故であったことを、その場に巻き込まれていた、張本人である私が認識したのは、新聞の記事に載った事故車の写真の量と、3人の家族を一度に失ってベッドに横たわる私にマイクを向けるリポーターの多さだった。
 あの事故に巻き込まれた人たちのほとんどが重軽傷を負ったにも関わらず、死亡者が極端に少なかったのは、まさしく、不幸中の幸いだった。・・・私が、この事故を、第三者として、新聞を読んで知ったならば、真っ先にそう思っただろう。が、城山さん、何度も言うようだが、私は、そんな正当すぎる見解で弱い私想を殺してしまえるほど、強い人間ではないんだ。

 ――あの事故による死亡者は、3名。・・・その、たった1つの現実。それだけで、私の人生は終わったも同然だった。が、終わってしまったのは、あくまで、息子たち3人の人生で、不幸にも、私と、そしてもう1人、和子のそれは、あの時終わることはできなかった。


(つづく)
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