「おーい! クラス替えの掲示、もう見た? 俺たち、また、同じクラスだぜ~。まぁ・・・一年間、よろしく!」
2組の教室前で、大声で叫ぶ淳の声に、私はどうしても動悸を抑えられない。
どうしてあんなに声を張り上げて・・・みんなが見てるじゃない。恥ずかしいったら、無いんだから。
私と真紀は、5組からクラス替えの発表を見て回っていた。
大抵の子は、1組からチェックしている。混雑を避ける為だった。
淳が言った事は、本当だろうか? 本当なら、もう4組、3組とチェックする必要などない。このまま、2組の教室へ向かえばいいのだ。
(まぁ・・・一年間、よろしく!)
また、同じクラスなんだ・・・・。
淳のことは、嫌いじゃない。
嫌いではないが、淳がいると、落ち着いて過ごせそうに無い。
小学校の頃は良かった。自然に話せて。男子の中でも淳は、比較的、気軽に彩に話しかけてきて、話しやすい方だった、と思う。
だった・・・思う・・・というのは、今では、そうではないからだ。話しやすい相手だった事は、過去の話で、中学へ入ってからは、なるべくなら目を合わせたくは無い存在だった。
例えば、こんなこともあったっけ・・・。
「あっ!」
ある日、淳は、こともあろうか、私の描きかけの風景画のデッサンを取り上げたのだ。
「いいんじゃない? これって・・・もしかして、あの校庭?」
何するのよ! という言葉が スイとは出てこない。
ただ呆気に取られて淳を眺めているだけだった。
淳は隣の席に座っている男子に話しかける。
「彩はさ・・・自分の絵は見られても、人のは無理矢理、見ようとはしないやろ? そこが彩の魅力っちゃ」
何? 今、淳は何って言った?
そこが―?
彩の―?
みりょく???
うんうん、と頬の筋肉を緩めながら頷く男子と、満足げな笑みを浮かべる淳の顔を交互に眺める。
私の絵、返して! と言いたくて。
私としては言ったつもりでも、ちゃんと声にはなってはいないようだ。
二人の男子は相変わらず頷き合って、私の顔と絵を見比べていた。
「ほれ! そんなに真っ赤にならなくても・・・」
ようやく自分の机に戻された絵に視線を落とし、私は息を吸い込んだ。
呼吸を止めていたんだろうか?
危うく酸欠で倒れる所だったよ!
言いたいことの半分はおろか、十分の一も言葉に出来ずにいた。
何でも言い返せた小学校時代は 何処へ行ってしまったのだろう。
淳は相変わらず、からかってばかり。
なのに自分は何も言い返せない。こんな不公平なことがあるだろうか。
淳と一緒のクラスで、落ち着いて一年を過ごすなんて。
到底できないな・・・。
全身が心臓にでも化けてしまったかのような、硬直した状態で、3組の掲示板前に立ったままでいた。
(また・・・あんな騒々しい一年を過ごすんだ、淳くんと・・・あ~ぁ・・・私はがっかりしてる。そうよ! がっかりしてるんだからっ!)
「彩! 淳が言う通りだよ。私達、みんな2組だ。行こっか!」
真紀の声にハッとする。
「う・・・・うん」
教室へ入ると、窓際に立ち、校庭を見下ろしている淳の姿が目に飛び込んできた。
私の気配を一瞬で感じ取ったかのように、淳がゆっくりと振り返る。
古い映画のワンシーンのスローモーションのように・・・なんていったら、大袈裟かな。
窓から差し込む光を浴びて、微笑みかけた淳が、ほんの一瞬、カッコよく見えたから、不思議。
「よっ! 彩! 遂に観念して教室へ入って来たか」
窓の外を眺めていた淳の横顔は、何故か真剣だったのに、私に目を向けると、にやっと、いたずらっ子のように笑ってみせた。
(あれは、目の錯覚だ、うん)
でも・・・・。
からかわれても、今回は嫌な気がしなかった。
いつか、小学校の頃のように、緊張しないで普通に会話出来る日って、くる?
ねっ?
来ると思う?
淳くん・・・?
おわり